第41話 魔王、揺るがず
その日の午後、シャンダライズ王国の王族全員が、国王により呼び出された。
急な招集に戸惑う者がほとんどであったが、心当たりがあった者が数名おり、彼らはおおむね暗くふさぎ込んでいた。重い話になるであろうと知って。
国王の横にはヴォルトとユウが座っていた。見慣れぬ二人が国王の横に座っている事に、二人を知らない者たちには困惑の表情が浮かぶ。
また室内には王族だけではなく、元老院議長、大法官、騎士団長スカーレット、教皇などがおり、王国としての重要事項が伝えられるのは間違いなかった。
呼び出した全員がそろったところで、ざわつく室内に国王の声が響く。
「静粛にせよ」
国王の一声で、先ほどまで騒がしかった室内に沈黙が訪れる。同時に緊張感が走った。
「本日は王位相続についての重大事項を伝えるために集まってもらった。まず最初に紹介をしておく。わしの隣にいるのは、わしの友人であり某国の国王であるヴォルト殿、そしてその隣は勇者ユウ殿だ。二人は現在亡命し極秘活動中のため、二人が現在ここにいることについては他言無用である。もしこれを破った者は、シャンダライズ王家より除籍の上、追放とする」
その言葉に室内がざわつく。
なぜ今その二人がこの部屋にいるのか?亡命者を匿う事のデメリット。そしてなぜ国王がその二人をそこまで庇うのか。国王には問いたい事がたくさんあり、説明を求める声が上がった。だが、それらは全て無視して国王は再び言った。
「沈まれ!二人の事については今はそれ以上の説明をするつもりはない。いずれ二人の目的が達成されれば、二人の事は皆に知れることとなろう。だが今日は二人の話をするために集まってもらったのではない。これ以上の詮索は無用だ。今日の話は、まずは第一王子ジャットバイゼンについてだ」
「何を言っているんですか貴方!そもそもジャットはまだ来ていないじゃないですか?」
この中で一番派手な衣装と化粧をしている、国王と同じくらいの年代であろう女性――第一王妃が、声を荒げてそう言った。眉間にしわを寄せ、唇をゆがませ、その表情には既に怒りに満ちている。
「ジャットバイゼンは、昨日、こちらのヴォルト殿に対して失礼な態度があったため、取り押え地下牢へと投獄した」
室内にどよめきが起こる。
「あなた!何を言ってるの?!息子が牢屋に入れられて平気なの?!悪いのはその男の方でしょう!すぐにそいつを取り押さえなさい!」
「事情も聞かずにヴォルト殿に対してそのような事を言うな!不満があればまず詳しい話を聞くのが先だろう」
「ふざけないで!私を誰だと思っているの?シャンダライズ王国第一王妃エスメラルド・プレゼンス・シャンダライズよ!」
そう言って第一王妃は席を立ってヴォルトに向かって歩き出す。
「起立を許可した覚えはないぞ!」
国王の言葉にも耳を傾けずヴォルトの横に立つと、その肩を掴んだ。
「どこの弱小国の王だか知らないけど、シャンダライズ王家に無関係なあなたは出て行きなさい」
「やれやれ、こいつは息子にそっくりだな。……いや、逆か」
「出て行きなさいって言ってるでしょ!」
そう言って第一王妃はヴォルトを席からどかそうと肩を思い切り引っ張る。だがヴォルトの巨体は一切揺るがない。
「キィイイイィイ!」
いくら引っ張っても動かないヴォルトに怒りが沸点まで達し、遂に第一王妃はヴォルトに対し平手打ちを放った。
パシッ!
ヴォルトの顔に当たる直前で、手首をヴォルトに捕まれる。
「放しなさい!あなた何様のつもりなの?!」
ヒステリーを起こしてヴォルトを非難する第一王妃。
国王は既に呆れを通り越して何も言えずに視線を逸らしている。
室内にいる者たちは、また始まったかという呆れと、それに逆らうヴォルトがどうなってしまうのかという事に恐怖を感じていた。
「ババア。貴様の方こそ、何か勘違いしているようだ。この国で一番偉いからと言って、この世界で一番偉いわけではないのだぞ。オレは対話の準備はできているが、貴様に対話の意思がないなら、強制的に排除するだけだ」
「エスメラルド。今すぐ土下座して謝れ」
国王のその言葉に、第一王妃はさらに激怒する。
「ふざけるな!あなたどっちの味方なの?!」
「おい、国王。第一王子だけでなく、こいつまでオレの手を煩わせるつもりか?」
「すいません、ヴォルト殿!おい、衛兵!今すぐ第一王妃を連れ出せ」
第一王妃は手を封じられ、空いた足でヴォルトを蹴り飛ばそうとするが、掴んだ手をひねり体勢を崩されそれもままならない。ジタバタともがくその姿は、とても醜く、誰の目から見ても愚かな姿に映った。
国王に呼ばれた二人の衛兵がすぐに駆け寄り、第一王妃の両脇を掴んでヴォルトから離す。
「陛下、どちらまで連れて行けば?」
「地下牢に決まってるだろう!早く出て行け!」
「ふざけるな!放せ衛兵!私は第一王妃だぞ!」
その言葉に衛兵は一瞬躊躇するが、続く国王の言葉に肝を冷やす。
「もはやその女は王妃ではない。その女に惑わされて逃がしたら貴様らただでは済まさんぞ!」
「は……はい!」
衛兵たちの額から滝のような冷や汗が流れる。
その間も次々と発せられる王妃の言葉に、心臓を掴まれたような恐怖感すら感じているのだ。従うべき言葉を間違えた時、自分たちは破滅する。
「そいつを黙らせないと衛兵も大変だろう。≪沈黙≫」
ヴォルトの魔法により、第一王妃の声は聞こえなくなった。王妃は必死で声を振り絞るが口から音がでない、手足に力を入れて暴れるが衛兵に力強く捕まえられ逃げれない。
「これでいいだろう。連れて行け」
「はい!」
衛兵は少し落ち着きを見せ、第一王妃を部屋から連れ出した。
その出来事に室内には、ホッとした者と、顔を青くしている者といる。
いずれも、今この部屋の中では、この国の未来に向けて重大な出来事が起きているという事は実感していた。