第39話 魔王、王女救出
「うそだろ?王女まで狙われたのか?」
侍女の悲鳴を聞きつけ、王女の部屋へと向かうヴォルトに、ユウがそう話しかけた。
ガーゴイルの襲撃は、次期王位を狙ったいずれかの王子の仕業だと思っていたため、王位継承権のない王女まで狙われるとは考えもしなかったのだ。
こうなったら認めるしかないだろう。あれだけかっこつけて発表したヴォルトの推理は完全に間違っていたと。今回の連続王子襲撃事件は、王位継承とは別の動機があったようだと。
だが今は王女の部屋に救出に行くのが先だ。
ヴォルトが悲鳴の聞こえた王女の部屋へと飛び込む。
「大丈夫か?!」
部屋には、倒れる王女を介抱しようと寄りそう侍女の姿があった。
「王女が襲われたのか?ガーゴイルは?」
王女の部屋にガーゴイルの姿はなかった。
念のため≪周辺捜索≫の魔法で確認したが、城内に魔物の姿はなかった。
石像へと戻っている可能性も考えられたが、それより先に王女を助けなくてはいけないと思い、ヴォルトは二人の元に駆け寄った。
「ヴォルト様。お部屋に入ったら、カーラ様が倒れていて。お怪我はないようなのですが、顔色がこんなに青くて……」
侍女の言う通り、王女に外傷はなかった。だがまるで血の気が引いてしまったように、顔色が真っ青になっていて意識がないようだ。
「ん?これは……?」
ヴォルトは王女の横に落ちていた石に気が付くと、それを拾い上げた。
すると何かに気が付いたように、ヴォルトは王女の額に手を当て、何かを確認すると言った。
「なるほど、そうか。大丈夫だ。これはおそらく魔力欠乏症だ。一気に大量の魔力を消費しすぎて、体内の魔力が枯渇してしまったのだろう。これなら少し魔力を供給してやるだけで治る」
そう言うと、ヴォルトは王女の額に手を当て、呪文を唱えた。
「≪魔力供給≫」
ヴォルトの掌から魔力が王女に伝わると、一瞬王女の身体を淡い光が包んだ。
すると先ほどまでの顔色が嘘だったように、以前までの健康的な肌の色を取り戻す。
そして王女はゆっくりと目を開けた。
「……サンドラ(侍女)?あ、あなたは。私は何を……?」
「意識が戻ったようだな」
その後も侍女が介抱していると、やがて王女の意識もはっきりとしてきた。
そしてヴォルトは直接話したいことがあったため、二人で話したいことがあると、他の人間を退室させた。
本来簡単に許されることではないが、王子と王女の命を救ったヴォルトを信頼し、意外とあっさりとその部屋にいた全員が二人を残して部屋を去った。
「さて……。分かったことと、聞かせてもらいたいことがある。まずはオレが分かったことから話させてもらおうか」
ヴォルトにそう言われ、椅子に座っていた王女は、何かに怯えながらでも覚悟したようにうなずいた。
「今回お前がいない場所でだが、第二、第四王子の部屋にやってきたガーゴイルが倒され、そして先ほどお前の弟第五王子も襲われた。第五王子についてはオレが魔法で治療した。王子たちは全員無事だから安心しろ。さて、その三体のガーゴイルを操っていたのはお前だな?」
王女は恐怖に震えていたが、少し間を空け返事をした。
「もう何もかもお見通しですよね……。そうです。私がやりました」
少しの間ヴォルトは、その真意を見通すかのように王女の目を見つめていた。
まもなくして懐から先ほど拾った石をテーブルに置いた。
王女もその石を見る。
「これは魔石だな?」
ヴォルトの言葉に、王女は静かに頷いて肯定した。
「実はオレはこの魔石を見たことがある。オレが偶然戦って倒した魔法使いが持っていたものだ。後で知ったのだが、その魔法使いはこの国を襲ったテロリストで、魔石は魔法使いギルドから盗まれたものらしい。その時一緒にいたこの国の騎士団のサラに預けたのだが、オレはその時は魔石の事はそのまま忘れてサラと別れた」
王女は黙ってその話に耳を傾けている。
ヴォルトと最初に出会った時に噛みついてきた気の強さは息をひそめているかのようだ。
ヴォルトは話を続ける。
「オレは王都に来たばかりでな、実は今の詳しい事情も昨日サラから聞いたばかりなのだ。サラは魔石は盗まれた魔法使いギルドに返却をしたと言っていた。おまえはたしか魔法省で働いていると言ったな」
王女はこくりと頷く。
「魔法省を通じて魔法使いギルドからこれを手に入れたのだな?」
再び王女は頷いた。
「ガーゴイルを同時に三体も操れるほどの魔力を持った魔法使いはこの国にはいないと聞いた。お前にも三体ものガーゴイルを操る魔力はない。だからお前はこの魔石の魔力を使って、ガーゴイルを操っていたのだな?」
「その通りです……」
「だがオレにもまだ分からない事がある。なぜそんな事をしたのだ?犯人は次期王位を狙っているのかと思ったが、この国の法律では、女であるお前にはそもそも王位継承権がないのだろう?第一王子だけを狙っていたのなら個人的な恨みの線も考えるが、全ての王子、自分の弟にまで手を掛けたのはなぜだ?」
犯行については素直に認めたが、ヴォルトが動機について尋ねると、王女は恐怖に顔を引きつらせ泣きそうな顔で答えた。
「こんな事を言っても信じてもらえないかもしれませんが……、今考えると自分でも信じられないのです。でもさっきまでは、私の中では彼らに対する憎しみがいっぱいで……。私がいくらがんばっても所詮女である限り私には王位継承権がないのに、兄たちは努力しなくても王位継承権がある。無能な兄や、王位継承を拒む兄たちに対して、嫉妬や恨みの気持ちでいっぱいだったのです。みんな死んでしまえばもしかしたら私が王位に就く可能性もあるんじゃないかと……」
王女は、話しながらどんどんと涙があふれてきて、最後には言葉にも詰まりながら、自分の中にわいていた殺意について語りだす。やがてそれ以上話せなくなると、ヴォルトは言った。
「分かった。分かるぞ。つらかったな。いつも一人でがんばってきたのだろう?テロリスト事件の時も、お前に責任を取らせようとするバカなやつらがたくさんいたそうだな。他人に責任を押し付けるだけのずるいやつらばかりだったのだろう?オレもそういう奴らをたくさん見て来たから分かるぞ。大変だったな」
ヴォルトの言葉に声を上げて泣き出す王女。ヴォルトはそれを黙って見守る。
やがて王女が落ち着いてきたところで、再びヴォルトは話を続ける。
「お前の処遇については、明日国王と相談しよう。それにしてもどうもこの魔石は、おまえたち人間には持て余す代物のようだ。魔力だけでなく、劣等感などの悪い感情もぞうふくさせてしまうのではないだろうか?テロリストも自分が認められないという不満が動機だったと聞いた。お前の殺意も、今収まっているというなら、この魔石が増幅させたのだと思う。おまえたちには危険だ。これはオレが預かっておこう」
ヴォルトはそう言い残して王女の部屋から出て行った。




