第23話 魔王、墓場で遭難者捜索
オレたちは、遭難者がいるという墓場の中の洞窟へと足を踏み入れて行った。
おそらくこの洞窟の中に、先ほどの遭難者を麻痺させた麻痺毒を持ったモンスターがいるはずだ。気を付けなければならない。
麻痺毒を持ったモンスターというと何だろう?ヘビか?クモか?サソリか?墓場の中なのだから、麻痺毒を持ったゾンビなども考えられるな。
一応≪周辺捜索≫の魔法で洞窟内を確認したのだが、この魔法は生者用の魔法のため、アンデッドの姿ははっきりと捉えることができなかった。
また小型の動物や昆虫の場合、数が多すぎて把握しきれない。
そのため≪周辺捜索≫の魔法ではモンスターの姿は把握できなかったのだが、少し奥に三名の人間が倒れているという事が分かった。その三名がおそらく救助対象だろう。
まあモンスターはどうでもいい、人間だけ助けてさっさと帰ろう。
「ここを右に行ったところに三人倒れているようだ」
オレがユウとジュードを誘導する。あまり深くない洞窟とはいえ、中は暗い。足元に注意しながらオレ達は進む。
「いたぞ」
オレの予告通り倒れている三名の男を発見する。オレたちもちょうど三人だから、一人で一人を運び出せばいいだろう。
三人とも≪麻痺≫に掛かっていると思ったら、一人は違った。麻痺しているのではなく、眠っているようだ。
「こんなところで眠るなんて、度胸のあるやつだな」
ユウがそう呟くが、そんなわけがあるはずがない。麻痺毒を持ったモンスターがいるのかと思っていたが、どうやら違うかもしれない。
「これは≪催眠≫にかかっているんだ。≪催眠≫の個体スキルを持ったモンスターというより、これは魔法攻撃じゃないか?」
オレの言葉を理解したジュードは顔色が変わった。
魔法使いが敵の場合、麻痺だけを気を付ければいいモンスターと比べて、著しく危険性が増すのだ。
オレは麻痺回復の魔法は使えないが、睡眠覚醒の魔法なら使えるため、とりあえず催眠にかかっていた男を目覚めさせて状況を聞き出すことにした。
「≪睡眠覚醒≫」
ガクガクと身体を揺らし、その男は目を覚ます。するとその男は突然怯えだした。
「大丈夫だ。助けに来たぞ」
「ヒイィィィ……」
オレが優しく声を掛けてやったのにもかかわらず、男は震えながら頭を抱えていた。
「だから大丈夫だって。失礼な奴だな」
「いや違うぞヴォルト。そいつはお前を恐れているのではない。おそらく≪恐怖≫にかかっているのだ」
怯える男に腹を立てると、ジュードがそう説明を加えた。
「≪恐怖≫?おい、お前!≪麻痺≫に掛かってる他の奴らといい、一体ここで何が起きたのだ?」
オレがやや強引に男の肩を揺らし問い詰めると、男は怯える声で言った。
「し……死霊が出た……」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ヴォルトたちが墓場でスケルトン退治に精を出している頃、冒険者ギルドでは緊急クエスト対応のための急造パーティーが編成されていた。
「遅くなりました!」
そう言って息を切らしながら冒険者ギルドに入って来たのは、≪悪霊退散≫魔法の使える悪霊払いの職業を持った神官、ライアンだった。
「ライアン!急に呼んですまない。ハーケンからの情報をまとめると、どうやら郊外の共同墓地に死霊と思われる個体が出現した。これから急きょ討伐へ向かう」
「神官は一人だけで大丈夫か?そいつが≪麻痺≫したら終わりだぜ?それに墓場には死霊だけじゃない、スケルトンだっているんだ。しっかりとメンバー編成しねえと……」
「回復係か?回復魔法使いなら伝手がある。今から連絡してくるよ!」
そう言うと一人の男が出て行った。
「急いでくれ!俺の仲間が取り残されてるんだ。早くしないと……」
「ハーケンさん、落ち着いて。貴方の仲間は必ず助けます。もし突然襲われたならあなたのような2級冒険者たちでも全滅させられてしまうかもしれませんが、≪恐怖≫、≪催眠≫、≪麻痺≫の精神攻撃を放ってくる死霊だという情報が分かっているのです。万全の状態で討伐に向かいましょう」
冒険者ギルド内部は、慌ただしい雰囲気で混乱していた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「死霊だと?」
「なんだその死霊っていうのはよ?」
オレがジュードの呟いたモンスター名を復唱すると、モンスターの知識が全くないユウが質問してくる。今日は質問しまくりだな。
オレが教えてやってもいいが、博士にその役を譲ってやるとしよう。
「ジュード」
「あ、ああ。死霊とは、その名の通り死んだ人間の霊魂がモンスターとなったものだ。ゾンビやリッチーが、己の死んだ肉体という実体を持っているのに対して、死霊は実体を持たないモンスターだ。つまり死霊には、物理攻撃が完全に通用しないんだ」
「幽霊か?」
「ああ、実体を持たないと言う意味では幽霊と同じだ。だが幽霊と一つ違うのは、死霊は魔術を使う。だから危険なんだ。戦士である俺たちにとって相性が悪すぎる!」
そう言ってジュードは怯える。
「ふーん……」
そんなジュードに対し、他人事のように平気な表情のユウ。
怯えるジュードに、オレが声をかけてやる。
「安心しろ。そんなときのために魔術師のオレがいるんじゃないか」
「ヴォルト。お前の得意な魔法は何だ?」
「≪魔法の矢≫だ!」
オレは胸を張って答える。だがジュードの反応は、オレが求めるものとは違った。
「一番初歩的な魔力系攻撃魔法じゃないか……。そうだよな。お前まだ5級冒険者だもんな……」
「何を言っている?初歩的な魔法だが、熟練度が増すほど攻撃力は高まるぞ?オレの≪魔法の矢≫は最強だ!」
「分かるぞ。魔法を覚えたばかりはそういう気持ちになるもんだ。ともかく死霊に会うのはヤバい。こいつらを置いて逃げよう」
「せっかく発見したんだから、洞窟の外まで連れてってやろうぜ?」
「道具もなしに麻痺した人間を運搬するのがどれだけ大変か分かってるのか?もたもたしてたら俺たちだって危険だ!」
「分かった分かった。ジュード、お前は死霊が怖いのは分かった。良いだろう、お前だけ先に帰れ。こいつらはオレとユウで運ぶ」
「バ、バカ野郎!スケルトンを倒したからって調子に乗るんじゃねえ」
「おい、ジュード後ろ!」
「バ、バカ野郎!そういう冗談はやめろ!」
「冗談じゃなくて」
「な……?」
ジュードが振り返ったそこには、真っ黒な洞窟の中に、半透明の白い人間の姿が浮かび上がっていた。




