第18話 勇者、転生
「その後は魔王、お前も知る通りだ。飛空艇の進路に待ち伏せしていた俺がお前を急襲し、相打ちになり、お互い転生して生まれ変わり今に至る……」
勇者による、これまでの経緯の説明が終わった。
勇者が転生した場所、ここシャンダライズ王国の水精霊神殿では、先ほどまでこの勇者の説明を、水精霊神殿の神官、人間として生まれ変わった魔王、そしてシャンダライズ王国騎士団の新人女騎士サラの三人が黙って聞いていた。
「長~。お前の説明長~!なんだか三か月くらいかかった気がするぞ」
「う、うるせえ!そういう事言うな!もっとこう、話の内容に触れろよ……。いや、おまえにまっとうな反応を期待した俺がバカだった」
勇者の説明を最後まで聞き終えた魔王の第一声に、勇者も戸惑う。
勇者自身も自分で話しながら、話がここまで長くなるとは思わなかったので、ちょっと恥ずかしくなる。
一緒に説明を聞いていた水神殿神官と、騎士団から派遣されてきた女騎士は、重苦しい表情をしている。
「勇者よ、オレが気になった事がいくつかあるのだが、いいか?」
ようやく魔王がまともに話そうとするので、勇者は静かにうなずいた。
「まず、オレの飛空艇を襲ったのは偶然会ったわけではなく、待ち伏せしていたと言ったが、その情報はどこから?まさか魔界に内通者がいるのか?」
「詳しいことは俺も教えてもらえなかったんで、分からん。ただ情報が入って、お前が通るというその進路上に俺一人で待ちかまえて奇襲したんだ」
「そうか……。まあ、その事はまた後で考えよう。次に気になったのは、なぜおまえの転生先はこの神殿だったのだ?この国は、お前が元居たヴァレンシュタイン王国から遠く離れているだろう?魔界では転生の秘術というものは古代魔法の一つで、全貌が把握できていないんだ。だからオレも転生を失敗して人間界に人間として生まれてしまったんだが……」
「ああ、俺の場合はそこは計画通りだ。この国に転生するよう、俺が意図的に魔術を改ざんしたんだ」
「なんだと?」
「俺は魔族との戦闘の合間、この世界の事を少しずつ情報収集をしていた。そんな中、水精霊魔法の中に転生魔法があると聞き、勇者という立場を利用して魔法をかけてもらった。俺の身体は状態変化魔法が無効になっていたが、状態変化と転生は別らしく、無事に転生の魔法がかかり、胸にルーン文字による刻印が刻まれた」
「一緒だ。今は消えてしまったが、オレも転生前、魔法をかけてもらうと同じように胸にルーン文字の文章が刻まれていた。やはり人間界の転生魔法と魔界のそれとは同じ魔法のようだな……」
「そうか。それで、精霊魔法を教える精霊神殿という組織と、信仰系魔法を使うヴァレンシュタイン王国の国教であるオーテウス教とは別の組織だという事は知っていたが、それでもやはり完全に信用できなかった。あの憎たらしいザズーが絡んできたらやっかいだと思った。そこで俺は一計を思いついた。転生魔法の刻印の一部を、書き換えてしまおうと思ったんだ」
「バカな?!そんな危険なことを!意味も分からず術式を書き換えてしまえば、何が起こるか分からないんだぞ?」
転生魔法の刻印を書き換えたという勇者に対し、魔王は驚く。だが勇者は、それは自分の目論見通りの結果となったという顔で、ニヤリと笑った。
「ルーン文字とやらを調べたら、少し解読できたんだ。転生魔法の刻印の意味の一部がな」
「なんだと?!」
「その部分はおそらく、緯度と経度が記されていた。転生場所となる座標だろう。元々はヴァレンシュタイン王国の水精霊神殿の座標だったため、俺は一文字書き換えて、この国に生まれ変わるよう細工したんだ」
「そ……そんな事が可能なのか?」
「結果的に上手くいったようだぜ」
「そんな無茶な……」
勇者の無謀っぷりに、さすがの魔王も驚きを隠せない。だがその度胸の良さは認めざるを得ないだろう。
「オレが転生に失敗した事と何か関係あるかもしれないな。術式が少し間違えていたのか、それともどこかでおかしくなってしまったのか……。勇者よ、転生魔法について他の情報はないか?」
「後は……、成功率は50%くらいだと聞いていたな。俺もお前も運が良かったな。それと生まれ変わったら、子供や赤ん坊になっていたり、顔も変わって別人のようになってしまう可能性があると聞いてたけど、俺もお前も死ぬ前とあんま変わんねえな」
「……それはおそらく、オレたちの魔力が強かったからだな」
「え?」
「オレもお前も、運が良かったというだけではないという事だ。オレは死ぬ瞬間、自分の中の魔力が大量に消費されるのを感じた。恐らく転生するために魔力を使ったのだろう。もし自分の持っている魔力が少なかったならば、大人としての身体を再生しきれなかったり、最悪の場合は転生に失敗していたということだろう」
「なるほどな。言われてみればその通りかもな」
魔王と勇者は、お互いの持っている情報をすり合わせる。そして少しずつ真実に近づいていった。
「あとな、お前がオレを討ち取ったら、お前の祖国に帰してくれると約束したそうだが、本当にそんな事は可能なのか?」
「何?」
「異世界に限らず、精霊やいろんなものを呼び出す召喚魔法という魔法は聞いた事がある。だが送り返す魔法というものは聞いた事がないな。何という名前の魔法なのだ?発送魔法?聞いた事がないなあ……」
魔王の言葉に勇者は黙り込む。
国王と約束はしたものの、実は勇者も完全に信じてはいなかったからだ。
恐れていたのは、国王はできると信じているが、実際に召喚魔法を使うザズーら司祭たちが、後になってできないと言い出すことだ。
そんな勇者の表情を見て取ったのか、魔王は続ける。
「恐らくヴァレンシュタイン王国の国王は、事実を全て知らされていないようだな。恐らく魔界への侵略戦争を仕掛けているのも、その大司祭と一部の富裕層、そして軍の上層部といったところか?」
魔王は自分の推論を、改めて考えをまとめるかのように呟く。そして、悔しそうな表情の勇者に再び声を掛ける。
「それで、勇者よ、お前はこれからどうするつもりだ?ヴァレンシュタイン王国を離れて一人で故郷へ帰る術を探すか?それとも騙していたやつらに復讐するか?」
「早く帰りたいところだが、復讐はしなくちゃいけないな。逆にそれが帰る近道になる気がする。やつらをボコボコにして、俺を呼んだ召喚魔法について詳しく説明させなきゃいけないな」
「ふむ、ならばオレとお前は行き先が同じなようだ。ならば、お前たちが魔族と魔物を混同している誤解を晴らすことに協力してくれないか?」
「戦場で死んでゆく兵隊も、それを誤解して騙されている被害者だしな。できることがあれば手伝うが……」
「よし!決まった。勇者よ、オレと一緒にヴァレンシュタイン王国を目指そう。オレは、貴様の復讐と帰還の手伝いをしよう。そしておまえは、オレが戦争を止める手伝いをしてくれ」
魔王による勇者のスカウト。それは魔界最強の魔王と、人間界最強の勇者が手を組むということだった。
魔王が差し出す右手を、勇者は素直に握り返す。
今、シャンダライズ王国の水精霊神殿の一角では、歴史的な一瞬を迎えた。
同席していた精霊神官と女騎士は、目の前の出来事の重大さに慌てるしかできなかった。
「勇者よ、オレは魔王ヴォルテージこと、今は冒険者ヴォルト。ヴォルトと呼んでくれ。勇者よ、いつまでも勇者と呼んでいては何かと都合が悪いだろう?お前の名前は何というのだ?」
勇者は少し躊躇してから答える。
「ユウだ……」
「は?」
「だから、名前はユウだ!」
「勇者ユウ……、語呂悪っ!ワハハハハ!」
「うるせえ!だから言いたくなかった……」
かくしてここに、転生魔王と転生勇者のタッグが結成され、そしてこれから人間界と魔界の戦争を止めさせるための旅が始まったのだった。




