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第16話 勇者、逃亡

 パリィーン!


 大聖堂の天窓を体当たりで破った俺は、建物の外に飛び出した。屋根をゴロゴロと転げるが、屋根から落ちる一歩手前で屋根にしがみついて止まる。

 そして俺は立ち上がり辺りを見回した。今いる場所は小高い丘の上のようで、見渡す先には高い城壁や木々、そしてさらにその向こうには一面に広がる城下町が見えた。その建物はどれも中世ヨーロッパのようで、俺がいた日本の面影は全くない。本当に異世界に来てしまったんだという絶望感に包まれた。

 そして後ろ側を見ると、今いる場所よりさらに高い山となっていて、城壁や高い建物が見える。山の頂上にある建物が城だろう。だとするとこの国で一番偉い人間が住んでいると思われる。


 大司祭とかいうやつは頭がおかしいので交渉ができなかったが、国王ならば対話に応じてもらえるだろうか?もし国王も頭のおかしい奴だったらこの国から逃げ出すしかないかもしれないが。

 どちらにせよ、このまま街に降りても、日本に帰る方法を探すのは難しいだろう。俺は城に向かうことにした。


「≪雲海接続クラウドコネクト≫」


 俺は左手を斜め上に挙げ、呪文を唱える。聖剣の説明通り、左手とその先にある雲が見えない線で接続されたのを感じる。そしてその接続線コネクションを短くすると、俺の身体は雲に向かって引き寄せられて行った。

 斜め方向に上昇を続けると、城の一番高い塔の真上に辿り着く。そこで接続線コネクションを解除し、塔のバルコニー部分に着地する。

 なんとなく一番高いところへやって来たが、国王の部屋で間違いないだろうか?

 バルコニーから城の中に入ってゆくと、その部屋には一目でそうだろうという服装をした、王女がいた。


 金色の腰までの長いストレートヘア。窓から入って来た俺を驚いた表情で見つめるその目は、大きく青い色をしていて、まるで人間ではなく人形のようだった。だが実際に動いて息をしている。


「いきなり邪魔して悪いな。あんたこの国の王女か?」


「……はい。あなたは、その赤い髪とその聖剣は、もしかして勇者様ですか?ザズーは勇者様の召喚に成功したのですね!」


「召喚に成功?拉致に成功の間違いじゃねえのか?!」


 カッとなった俺は右手に持った剣を王女に向ける。驚いた王女は、後ろにのけぞり尻もちをつく。脅かしすぎたか。


 部屋の音に気付き、太ったメイドが心配して部屋にやってきた。


「姫様、何かありまし……キャーッ!」


 メイドは、姫に剣を向ける俺の姿を目にし、叫び声を上げる。その声を聞き部屋の外が騒がしい。チッ、面倒なやつらが集まって来やがった。

 メイドの叫び声を聞き、王女の部屋に騎士のような恰好の奴らが集まって来やがった。鎖帷子を着て、頭には丸い帽子のような兜をかぶっている。俺の姿を見つけて、そいつらは腰に下げている細長い剣を抜きやがった。


「待て待て待て待て!ちょっと話を聞け!国王に会わせろ!国王と話をさせろ。いるんだろう?王様的な奴がよ。」


 俺が国王への面会を要求すると、王女は騎士に向かって黙って頷いた。何人かの騎士のうち一名が部屋を出て行った。国王を呼びに行ってくれたならいいが、援軍を呼びに行ってやがったらぶっ殺してやるからな。


「姫様をお放しください!」


 勇敢なメイドが俺の剣先でしりもちをついている王女に近寄る。別に人質にするつもりでもなかったんだが、まあ流れでこんな感じになっちまったんで、こいつらは国王に会うまでの人質に決定だな。


 メイドが王女を抱き起し椅子へ座らせる。俺は剣を構えたまま待っていると、階段を上がってくる足音がした。そして部屋にやって来たのは、王冠をかぶり豪華なマントを羽織ったひげ面=おそらく国王と、さっきのムカつく帽子の大司祭だった。


「勇者よ!何をする!」


 部屋に入るなり怒鳴る国王。


「おいおい、それはこっちのセリフだよ。いきなり俺を誘拐して奴隷にする魔法をかけてきたのはそっちのオッサンだぜ?」


 俺の言葉を聞き、大司祭を一瞥する国王。そして俺に向き直ると言葉を続ける。


「勇者よ?何があったのだ?なぜ姫を襲う?要求は何だ?」


「要求は決まってるだろう?俺を元いた世界に帰せ!」


「おまえは勇者なのだぞ?魔王を倒すべく呼ばれたのに、その義務を果たさず帰還を望むなどとは……」


「義務って何の義務だよ!」


 バン!と、俺が剣を振るうと、横にあったテーブルが両断される。テーブルの前に座っていた王女の顔が青ざめる。


「てめえらの都合で俺の自由を奪っておいて義務もクソもねえだろ!てめえらの言う通りになるつもりのない俺を元の世界に帰る事こそお前らの義務だろうが!」


 勝手なことばかり言うこいつらに俺の怒りはまた沸騰しだした。


「ま、待つのだ勇者よ。暴力はいかん!話し合おう。」


「先に暴力をふるってきたのはそっちのオッサンだろ!都合のいいことばっか言ってんじゃねえぞ!」


 俺は怒鳴って剣を国王の方へ向ける。フッと横の大司祭の帽子が斬れる。やべ!この剣、ちょっと離れたところでも斬れちゃうみてえ。危ねえな。

 切れた帽子の上部がふわっと落下する。自分の頭の上の惨劇に大司祭の顔は蒼白する。ざまぁ!


「分かった!悪かった!このザズーがした無礼はワシが謝ろう。悪かった。」


 国王は謝るが、隣の大司祭は謝る気配を見せない。やはりこいつはムカつく。


「そっちのオッサンは謝る気はねえのか?帽子だけじゃなくて髪の毛まで切って禿げ頭にしてやろうか?」


 俺がそう言うと、先ほどまで青くしていた顔が、怒りで赤くなりだした。


「勇者よ。おまえが元の世界に帰りたいのは分かった。だが私たちが困っているのも分かってくれ。私たちの要求は、お前に魔王を討ってもらいたい事。その念願が叶えられたら、お前を元の世界に帰すと約束しよう。」


「なんでテメエ交換条件出すんだよ!?テメエらが困ってようが俺は関係ねえだろう?」


 すると、国王が突然両膝を地に付けた。


「勇者よ。まことに勝手な事を言っているのは承知している。本当にすまない。だが、我々も必死なのを分かってもらいたい。頼む。この国を救ってくれ……。」


 そう言うと、国王は床に足を付けた状態で頭を下げた。


「陛下!お止めください!」


 周りにいた騎士が、土下座をする国王を止める。だが国王は頭を下げたままだ。

 どうやらこの国王は、横にいる大司祭より話の通じる人間なのかもしれない。


「……分かった。話だけ聞いてもいい。だけど国王と二人でだ。他の奴らは部屋から出ていけ!」


 俺はそう言うと、他の奴らを部屋から追い出す。国王が俺と二人きりになる事に反対してなかなか出て行こうとしないが、国王が他の奴らをなんとか部屋から追い出してくれた。


「さて……。」


 先ほど両断したテーブルの横の椅子に、俺たちは座る。


「それじゃ、あんたらの要望を聞くだけ聞こうか。その希望に応えられるかどうかは分かんねえけどな。」


 俺がそう告げると、国王は話し始めた。


「まずは勇者殿の対しての数々の非礼、改めて謝罪する。ザズーも、国民のためと思ってやったことなのだ。許してもらいたい。」


「ああ、そのことは許すわけにはいかないが、あんたはあいつとは違うみたいだから話だけ聞こう。」


 国王はためらいながら、淡々と説明を始めた。


「最初に、我が国の現状について説明させてもらおう。我が国は北側に山脈を背負い、南側の国々との国交がある。山にある鉱山で取れる鉄などから、剣などの武器、鍬などの農作業具、その他様々な工業製品を生産し、南側に売るのが我が国の主要な生産物だ。だが山には一つ問題があった。山脈の向こう側は、魔界と呼ばれる精霊のいない土地がひろがっており、魔族と呼ばれる生き物が生息しておる。魔族は人間に似ているが、肌は黒く、頭には角があり、顔には入れ墨のような模様がある。魔界では精霊がいない代わりに魔力に満ちていて、魔族は総じて魔力魔法の使い手だと言う。魔界とはほとんど国交がなかったのだが、最近になって魔族と思われる攻撃が続いており、我が国は反撃に出ることになった。」


「戦争か。」


「うむ。最初の内は我が軍が押していた。先制攻撃で魔界の砦を落とすことが出来たのだが、それ以上の進軍ができなかった。魔界では精霊力がないため精霊魔法が使えないのだ。精霊魔法という武器を失った我が軍は、大打撃を食らい撤退した。これは魔界と人間界の戦争なのだが、魔界と隣り合っている国は我が国だけだ。後方の国々は直接的な被害がないため、わが国に力を貸そうとしない。だが我が国は、魔界の軍勢が人間界に攻め入る事ができないよう、境界線で戦い続けているのだ。」


「魔族ってそんなに悪いやつらなのか?」


「その通りだ。魔族は、まるで悪魔のような恐ろしい外見をしている。その残忍な魔法は、我々の軍を大量に殺害した。特に恐ろしいのは、魔王と呼ばれる男だ。魔王はこの世界に棲むすべての魔物の王とされている。魔族は魔界から出てくることは少ないが、魔物は人間界全体に生息してしまっていて、人間の生活を脅かしている。魔王とは、まさに悪の根源だ。魔王の使う弓から放たれる魔法の矢は、どんなものでも灰に変えてしまうという。また魔王の放つ雷撃の呪文は、一度に大量の人間を死に至らしめる。もはや人間には魔王に抗う術はない。」


「まじかよ……ヤベえじゃん」


「だが我が国にも一つだけ希望の光があった。それは国に伝わる、神々の時代の武器と呼ばれる神器『殲滅し尽くす聖剣エクスキューショナー』だ。『殲滅し尽くす聖剣エクスキューショナー』は、異世界から召喚された勇者と呼ばれる者にのみ使用を許されると言う。勇者の使う魔法は勇者魔法と言って、精霊魔法とも魔力魔法とも違う、独特の魔法で、魔界であろうが使用が可能だと言う。我々を救うのは、もはや勇者殿しかいないのだ。勇者殿をお呼びするのに不手際があったようで、重ね重ね謝罪する。本当に申し訳なかった。だが、我らのために、魔王の首を討ちとって来てくれぬか?」


「事情は分かった。……だけど俺は人殺しなんてしたこともないし、戦争の役に立てるとは思えないぜ?」


「もし軍と一緒の行動が無理だと言うなら、単独行動で相手軍をかく乱して我らの力になってもらえるだけでもいい。それか魔王一人を討ってくれればそれだけでよいのだ。もし魔王を討ちとってくれたら、それで勇者殿を元の世界に帰すことを約束しよう!」


「まじかよ……」





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