第15話 勇者、覚醒
――ここはどこだ?
――灰色の壁と高い天井。後ろには高さ3mくらいの大きな像があった。俺がいる場所は部屋の中でも少し高くなっていて、三段の階段を下がったフロアには、変な服を着たオッサンとその部下らしき集団がいる。そして奴らは俺を見つめていた。
俺は意識が朦朧としながら上体を起こす。(さっきまで横たわっていたらしい)
俺が階下の連中を見ると、そいつらは声をそろえて「おおお!」と感嘆の声を上げた。
「ここはどこだ?」
俺が一言目にそう発すると、真ん中にいる背の高い帽子をかぶったおっさんが話しかけてきた。
「よくぞいらしてくださいました勇者様。ここはヴァレンシュタイン王国、オーテウス大聖堂です。早速ですが勇者様、あなたが勇者である証拠をお見せください。」
そう言うと横の男が長いお盆の上に置かれた剣を持って階段を上がってくる。
「待てよ!ふざけんなよ!勇者って何だよ!勝手に拉致ってんじゃねえぞ!」
俺は意識がはっきりしてくると、ここに来る直前の事を思い出した。職場の美容院にいた時に、突然足元に魔法陣が現れてここに瞬間移動されたのだ。そうだ、これは拉致だ。誘拐だ。つまり犯罪。常識的に考えて、こいつらは悪い奴らだ。
ドカッ!
男は片膝を付き、剣の乗った盆をこちらに差し出していたが、俺はその剣を乗っている盆ごと蹴り上げた。剣はカランという音を立てて床に転がる。
「まずもっと先に言う事があるだろう?てめえら自分の都合ばっか押し付けてるんじゃねえぞ?今お前ら俺のこと勇者っつったよな?ベタベタじゃねえか!世界を救ってくれってか?ふざけんなよ!」
不満のない日常を突然奪われた俺は、怒りが収まらなく、罵声を吐き出し続ける。
「ええい、品のない男だ。取り押さえろ!」
帽子の男がそう言うと、周りの男たちが俺に向かってくる。こんなやつらの言う通りになってたまるか!
一番先頭に立ち俺に掴みかかろうとした男に対し、俺は躊躇することなくそいつの横顔をぶん殴る。
拳を引き戻すと俺は両手を固く握り、殴り合う構えを取る。
次の男を殴ろうとすると、そいつはパンチを交わし手首を掴むので、俺は伸ばした手を強く引き戻す。そのまま体制を崩した男の頭を両手でつかみ、思い切り引き寄せると同時に膝蹴りを顔にくらわした。男は鼻血を出しながら叫び声をあげて倒れる。
その隙に、別の男に後ろから羽交い絞めにされる。俺は一旦上半身を前に倒し頭の後ろに隙間を発生させると、勢いよく後ろに沿って後ろ向きに頭突きをくらわせる。直後、そいつも鼻血を出して奇妙な叫び声を出す。
その後も俺は手加減することなく、俺に掛かってくる奴らに対し、拳でそいつらの顔面を殴り続けてやった。その結果、誰も俺を取り押さえることはできず、俺の周りには顔から血を出してうめき声を上げる人間が数多く横たわっていた。
「ふざけんなよ!言う事を聞かなきゃ力づくで取り押えるのかよ?野蛮人が!」
乱闘でハァハァと息を切らしながら、未だ階下で偉そうにしている帽子の男に怒鳴ってやった。さすがに男の顔にも怒りが見えた。
「こんな男が勇者だと言うのか?もし勇者でなかったのなら、最も残忍な死罪にしてくれる。」
「ああ?勇者もクソもねえ!俺を元の世界に帰せよ!」
俺はそいつに向かって歩いてゆく。すると次の瞬間、男は手に持った杖のようなものを俺に向けた。
「≪束縛≫」
「な……なんだこれ?」
突然俺の身体は固まった。歩行中の姿勢のまま、両手両足が動かせなくなったのだ。
「≪全体小回復≫」
次の言葉では、俺の足元に倒れる男たちにきらきらとした光が降り注ぐ。
まさかこれは……魔法ってやつか?!
「全く手間取らせおって……。最初から言う事を聞いておればこんな力づくに言う事を聞かせなくても済んだのだがな。」
さっき光を浴びた男たちは、俺のパンチが何事もなかったかのように、次々と立ち上がる。いくらゲームをやらない俺だって分かる。魔法で回復しやがったんだ。
「お前たち、今から愚かな勇者を隷属する。」
「ええ?!」
帽子の男の言葉に、周りの男たちが驚愕する。
「ですが、奴隷が国際法でも禁止されている今、隷属魔法も禁呪となっています。」
「人類の命がかかっているのだ、勇者に我らを救う意思がないなら、禁呪であろうが行使は仕方あるまい!いくぞ」
そう言うと男は呪文を唱え始めた。
「≪魔法陣≫」
俺が召喚された時と同じような魔法陣が、俺の足元に現れ、下からの光が俺を照らす。先ほどの束縛魔法で、俺は四肢に力を入れても全く動かない。逃げることは不可能なようだ。
「オーテウス大司祭ザズーの名に於いて隷属を命ずる。≪絶対隷属≫」
それに周りの者たちも続く。
「≪隷属承認≫」
「≪隷属承認≫」
すると、次の瞬間俺のひたいに焼けるような痛みが走る。続いて右手の甲、左手の甲と、まるで焼き印を押されたような激痛だ。湯気のようなものが上がり、実際に皮膚が焼けたのではないかと思う。左右の手の甲には、それぞれひし形の奇妙な模様が、額にも同じように焼き印を押されたような痛みが残る。恐らくこれは、魔法による奴隷の烙印だろう。
「≪束縛解除≫」
「ぐあっ!」
突然身体の自由が戻り、俺は姿勢を崩して膝から崩れ落ちる。
「ふざけやがっててめえ!」
身体の自由を取り戻した俺は、帽子の男に殴りかかる。
だが、構えた拳を振り出すことができない。なんでだ?!
「奴隷は主人には逆らえない、それが隷属魔法だ。もはやお前は私に逆らう事はできない。そしてこれは三重強制魔術だ。術者と同等かそれ以上の力を持った魔術師三人以上でないと解呪不可能だ。諦めるのだな。」
「ふざけやがって……。」
人を勝手に拉致して、その上奴隷にして言う事を聞かせるなんて、滅茶苦茶じゃねえか。
「さあ、勇者よ。先ほど叩き落とした、神の時代より伝わる古代の武器、神器『殲滅し尽くす聖剣』を手に取るのだ。もしもお前が勇者ならば、聖剣はお前を主人と認め発動するだろう。もしお前が勇者でなければ、即刻死刑にしてやるから安心するがよい。」
「ふざけんな!」
俺は口に出す言葉と裏腹に、体は逆らう事が出来ず、男の言うまま床に転がる先ほどの剣に手を伸ばす。
柄を握り持ち上げると、剣が光りだし、俺の頭の中にメッセージが流れだした。
(初めまして。ご主人様。私は神器『殲滅し尽くす聖剣』に組み込まれた人工知能です。貴方を私の新しい勇者として登録します。)
「人工知能だと?」
(イエス、マスター。続いて私を所有してもらう事で新たに取得されたスキルを説明させてもらいます。大きく言って二種類の特殊能力が貴方に授けられました。その特殊能力は、勇者魔法と呼ばれる貴方にだけの専門の魔法となります。)
「勇者魔法……だと?」
俺と剣が会話している間にも剣からあふれる光は止まらない。それを眺めている先ほど自分の事を大司祭と呼んでいた男も、驚きの表情で俺たちを眺めていた。
「おお!間違いない。この男こそ、伝説の勇者である。」
そして俺と剣との会話も続いていた。
(まず最初の勇者魔法は、≪接続≫です。これは貴方の左手の掌と、その先にある対象物を見えない線で接続します。その接続線の長さは自由に調整できます。対象物が手に持てる程度のものであれば、接続線を短くすることによって、瞬時に離れているものをその手に寄せることができます。対象物が貴方の身体より大きなものの場合、接続線を短くすることによって、貴方の身体が対象物に引き寄せられます。発動するには、対象物に手をかざし、対象物の名前+接続と唱えてください。接続解除する場合は≪接続解除≫と唱えてください。)
俺は頭の中に流れる、この聖剣の説明を聞く。話せば回答してくれるようなので、疑問に思ったことを聞いてみる。
「空気とか形のないものとは接続できるのか?」
(回答、大気などの形のないもの、炎や水など、どこまでが1つと判断できないもの、ものとして認識されていないものとは接続することができません。逆に、触れないものでも、雲、海、などの群体としてそれと認識されているものとならば、接続することが可能です。)
なるほど。そして説明は続く。
(第二の勇者魔法は、≪束縛無効≫です。これは常時発動型の魔法であり、呪文を唱える必要はありません。これは名前の通り、貴方の状態を変更させる他者の魔法の影響を一切受け付けなくなります。魔法によって発生させた後、物理攻撃として変化する攻撃に対しての防御力はありません。例として、直接火炎魔法による攻撃は無効化されますが、魔法で起こした火で枯れ木を燃やし、燃えた枯れ木から発生する炎では火傷をします。それでは今から≪束縛無効≫を発動させて良いですか?)
「ああ。」
こいつらの言いなりになるのは御免だが、自分の力になる事であればこの際徹底的に利用させてもらう。
(それでは≪束縛無効≫を発動します。)
聖剣がそう告げた瞬間、俺の身体全体が光に包まれる。この光るというエフェクトだが、魔法が発動する時によくあるようだ。
そして光が消えた瞬間、俺のひたいと両手の甲にあった、奴隷の紋章が消えていた。
(貴方に≪絶対隷属≫の魔法がかけられていたため、解呪されました。現在、魔法による状態変化はありません。)
待て!今、奴隷化が解除されたと言ったか?!これでこいつらの言いなりにならなくても済むんじゃないか?
見ると、大司祭らは聖剣の声が聞こえていないため、俺にかけた魔法が解けたことにまだ気付いていないようだ。
バレたら次は何をされるか分かったもんじゃない。
俺はそう考え、聖剣の説明が終わるまで大人しくその時を待った。
(以上で勇者魔法の説明は終わりです。またこの魔法の応用で、特定の使用方法に魔法の名前を付ける事でその後発動させることができます。またこの私、神器『殲滅し尽くす聖剣』は、どんなものでも切り裂くことができる地上最強の切れ味を持つ剣となります。使用しない時には異空間に収納され、『殲滅し尽くす聖剣』と銘を呼んでもらうことで、瞬時に貴方の手の中に現れます。――以上で、初期登録説明を終わります。もう一度最初から説明しますか?)
「いや、充分だ。」
(それではこれより貴方を新たな勇者として登録します。今後ともよろしくお願いいたします。)
聖剣にそう告げられると、俺の身体はもう一度光に包まれた。その光によって俺の身体は完全に『勇者』となったのだろう。その時自分では気づかなかったが、髪は真っ赤な色に代わり伸びて長髪になっていた。
「おお!その姿はまさしく伝説の勇者!それでは勇者よ。魔王を滅ぼし人類を救ってくれ!」
大司祭がそう俺に告げると、俺は一言答える。
「やだね!」
「何と?!」
「≪天井接続≫!」
俺は左手を上に挙げ呪文を唱える。俺の意思に従って天井と繋がった接続線を短くする=俺は猛スピードで垂直に上昇する。
「≪接続解除≫、≪窓接続≫!」
上昇途中で接続を解除し、今度は横の天窓へ方向転換。
「≪接続解除≫!」
窓と接触する直前に接続線を解除すると、俺の身体は横方向に飛ぶ勢いのまま窓に激突。俺の身体は窓を割って大聖堂の外に飛び出した。
大聖堂内部では、逃げ出した俺に激怒する大司祭が、俺を追うよう部下たちに指示を出していた。