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第14話 勇者、召喚される

 俺の仕事は理容師。つまり髪を切ることだ。いつものように仕事をしていると、久しぶりに同級生のサトルが客としてやってきた。

 こいつとは特別友人だとかいうわけではない。ただ学生時代同じクラスだったというだけだ。だが一応知り合いという事で友人価格(半額)で髪を切ってやっているので、いつも俺の働いている店へ髪を切りにやってくる。

 高校を卒業してから顔を見ることはなかったのだが、専門学校時代にバイトしていた理髪店にたまたまこいつが来て、オレの練習でタダで髪を切らせてもらった。そして俺が専門を卒業し正式に別の美容院に就職すると、俺の後をついてくるかのようにこの店に髪を切りにくるようになった。


 サトルは小太りでちょっと不衛生で、要するに俺のいる店のしゃれた雰囲気にそぐわない。こいつが来ると他のお客さんが少し嫌な顔をする。

 そしてこいつの問題はその外見だけではなく、そのとっつきにくい性格だ。なんというか、自分は特別で優遇されるべきだと思っているようだ。そんなだからコイツには友達が少ない。いや、もしかしたら一人もいないんじゃないか?

 だからオレとしても、できることなら店に来てほしくないと思っている。

 だがこいつはそんな周りの反応などお構いなしだ。しかもなぜかこいつは俺の事を友達だと勘違いしてやがる。店以外でお前とつるんだことなんかねえだろうに。


「今日もいつも通りでいいか?」


「ああ。」


 カットの内容を聞くと、適当でいいという返事が返って来た。

 耳が出るくらいの長さで、トップは短めに、毛先をザクザクすく事で、多少伸びてもあまり印象が変わらないようにする。こいつはあまり頻繁に髪を切ることはない(できればあまり来てほしくくもない)ので、2か月くらい切らなくてもいいような感じに仕上げる。


「女の子にモテるようにしてくれよ!」


「もちろんだ」


 俺は適当に相槌を打つ。

 とか言って、こいつはあまり自分の髪型にこだわりはない。多少前髪が短くなろうが長かろうが、本人は至って気にしないようだ。だから俺の練習台になってもらっていた頃なんかに、失敗してどんどん短くなってしまった時も、今回はさっぱり仕様だな、なんて気にも留めていないようだった。


「そう言えばお前、結婚するんだってな?俺も出席してやってもいいぞ?」


 どこから聞いたのだろう?サトルは俺の結婚の話をしだした。

 俺は今年の年末に、学生時代から付き合っていた恋人と結婚式を挙げる。だが当然こいつは呼ぶ予定はない。


「あ、ああ。良く知ってるな?まだ働き始めたばかりで金がないから、身内だけでこじんまりとやる予定だから。」


 嘘である。地元のツレや職場の人たちなど、それなりの人数を呼んでいる。だがコイツが来たら場がしらけるし、周りの人間に、こいつと俺が結婚式に呼ぶほど仲が良いと勘違いされるのも困る。


「そうか。でも俺が結婚する時にはおまえを呼ぶからな!」


「そ……そうか……。」


 結婚もクソも、お前今まで二十年生きてきて、今まで一度でも彼女がいたことがあるのかよ?

 と、思ったが口には出さないでおこう。


 その後はだいたいいつものこいつの趣味の話を聞かされる。

 二十歳彼女無し童貞のサトルの趣味といえば、ネットゲームとライトノベルだ。

 俺の趣味はバイクいじりとツーリング、あとは彼女と過ごす時間を大切にしている。

 こんな全く趣味嗜好の違う二人の会話がかみ合うはずもなく、髪を切っている間はいつも一方的にサトルの話を聞いているだけだ。


「だからな、俺の趣味は二つとも関係があるんだ。ネトゲを元に小説化されたり、小説が元にゲーム化されることもあるから、俺の知識は他でも役に立つんだ。でもやっぱり異世界モノが一番面白いな。もし本当に突然MMORPGの世界に転移したらどうする?俺くらい知識があれば生きていけるけど、おまえじゃ生きていけないかもな。」


 こいつの話す異次元の言葉に、俺は理解に苦しむ。


「あ、ああ……。」


「マジでもし今からいきなり異世界行ったらどうやって生きてく?まずは金だよな。俺ならやっぱりオセロとかのボードゲームを作って売るかな。でもそういうのってマネして作れちゃうじゃん?異世界には特許とかなさそうじゃん?だから最初は儲かるけど、途中から儲からなくなりそうだよな。そうすると後はこの世界の食い物だな。マヨネーズって自分で作れるって知ってた?マヨネーズ作って売れば、最終的に宮廷料理人になって金持ちになれるかもしれないぜ。」


 なんで今俺はこいつとこんな話をしているんだろう?こいつと話してると、ストレスでだんだん頭が重くなってくる。


「まあでもお前には関係のない話しかもな。」


 全くその通りだ。


「そもそも異世界に召喚される勇者は、引きこもりだったり、趣味もなく仕事だけして生きてるやつだったり、この世界に未練がなくなった人間が異世界で新しい人生を始めるのが定石だな。お前みたいなリア充は異世界に行きたくてもチャンスねえだろうな。異世界に呼ばれるのは、俺みたいな悟りを開いた人間と決まってるんだ。」


 俺は相槌も面倒になって黙っている。こいつカットが終わるまで黙っててくれないかな。


「さっきの話だけど、異世界に行くとチートが与えられる場合があるから、さっきの金もうけの知識も必要がないパターンもあるな。後はあれだな、MMOPRGの場合、転移前にどれだけ課金アイテムを買っておくかも重要だな。転移後の事を考えて、課金はしといた方がいいぜ。課金してる?」


 話の前後が良く分からないが、こいつは今ゲームの話をしているのだろう。


「課金?俺そもそもゲームやってねえしな……。」


「それじゃダメだぜー。課金大事だぜ?」


 何なんこいつ?ゲーム会社の回し者なの?


 そんな不毛な時間が続くので、俺はさっさとカットを終わらせる。


「さあ、終わったぞ。」


 俺がそう言った時、異変が起こった。

 突然足元から光が差したのだ。俺は慌てて下を見る。他の店員も突然店内の光量が増し異変を感じ、俺の方を見る。

 俺の足元、店の床には、魔法陣のようなものが現れ、その模様から光が発生していた。


「うわっ、何だこりゃ?!」


 俺は慌ててそこから飛びのく。だが魔法陣は俺の足元を中心にするように、俺が移動する方向に付いてきた。


「どうした?」


 サトルが椅子から振り返る。慌てる俺を見て叫ぶ。


「転移か?!待て、そいつじゃない!こっちだ!俺だろう?」


 サトルは椅子を降り、俺に近寄ってくる。


「助けてくれ!なんだこれ?」


 俺はよろよろとふらつくが、どちらに行っても魔法陣の中心は俺の身体の真下になり、逃げ場はないことを知る。

 他の店員が「どうしたの?」と声を掛けてくるが、俺は何もできない。


「違うだろ!そいつじゃねえだろ!俺じゃねえのかよ?!」


 サトルが叫ぶ。その間も魔法陣から差す光はだんだんと強くなる。


 やがて完全に光に包まれると、それまで職場にいたはずの俺は、全く知らない場所にいた。

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