第11話 魔王、新人いじめに会う
オレは冒険者ギルドで新規登録を頼むと、受付の女は、冒険者タグとやらを作りに奥に入って行った。
しばらくの間、オレは待つ。
やることもなく、店内を見回す。店内には数人の客がいた。するとテーブルに座りながらニヤニヤとこちらを見ている男がいた。その男の頭は禿げあがっていて、非常に体格がいい。腹がぽっこり出ている。いわゆるアンコ型体型というやつだ。そう、まるでそれはデカいオークだ。そんないかにもガラの悪そうなやつが、オレと目が合うと話しかけてきた。
「兄ちゃん、冒険者なんて危ないからやめときな。」
「ん?忠告はありがたいが、そうは言っても金を払ってしまったしな。」
面倒くさいのでその男から目を逸らす。ところでこの店は昼は食堂になっているようだ。昼食はここでとってもいいだろう。金ならまだ銀貨2枚ほどある。
すると先ほどのアンコ型が席から立ち上がり、こっちへゆっくり歩いてきた。面倒臭えなあ…。
「無視すんなよ兄ちゃん。冒険者ってのはな、俺たちみたいな荒くれものがなる職業なんだ。あんたみたいな色男がお遊びでなるような職業じゃないんだよ。」
そう言ってオレの目の前までやってきた。腹だけじゃなくて背も高い。俺よりも一回りほど高いので2mあるんじゃないだろうか?そんなでかいやつに前に立たれたら、視界がふさがるじゃないか。
「何なんだお前は?構ってほしいのか?」
「俺は兄ちゃんの事を心配して忠告してやってんだよ。危ないから冒険者はやめときな。不要なタグは俺がもらってやるぜ。ヒャッハッハ!」
何を言ってるんだこいつは?新人の冒険者タグを横取りしたいだけか?普通に銀貨3枚の価値があるって言ってたしな。
「心配してくれているのに申し訳ないが、オレは最強なので大丈夫だ。」
「おいおい!そんな小さな体で何が最強だよ?!」
「おまえがでかすぎるのだろう?体格だけならオレだってそこそこだぞ。」
「ヘッヘッヘッ!確かに口だけは最強みたいだな。いいか、世界は広い。この俺よりも強い奴はざらにいるんだ。おおかた山奥にでも住んでいて、ゴブリンでも倒して自分は強いと勘違いして、これなら冒険者として一旗あげられると思ってこの町まで出てきたんだろう?世間知らずもいいとこだ。」
「はぁ…。」
ウザい。至極面倒だ。部下がいればこんなやつの対応は押し付けるのに…。魔界が懐かしい。
「心配してくれてありがとな。おまえみたいな肥満体型でも務まるのだから大丈夫だろう?」
「な、なんだとこのヤロウ!!!」
デカいオークは顔を赤くして怒り、大声を上げる。
「マードック!止めな!今度ここで騒ぎを起こしたら追い出すよ!」
と、その時、後ろからさらに大きな声が響く。さっきの受付嬢だ。デカいオークの名前はマードックというのか。
「へへヘ……、新人の指導をしてただけさ…。」
女の威勢のいい声にビビったのか、マードックは大人しく引き下がって、先ほどまでいたテーブルまで戻って行った。女にビビるなんて、情けない奴だ。
「そこの新人さん、登録が済みましたよ。」
そう言って女は、チェーンの付いたネックレスタイプのタグを、オレに差し出した。
小さなプレートに、オレの名前などの情報が書かれていた。
「あなたは登録したばかりだから、6級の冒険者ってことになります。クエストをこなしていくほど階級は上がります。それぞれの階級は…」
「とりあえず手っ取り早く稼ぐ仕事はあるか?」
「…細かい説明をしてもすぐに忘れそうですね。まあ冒険者ギルドの仕組みは、おいおい覚えていってください。6級冒険者へのクエストは、こちらですね。」
女はそう言って、受付の近くにある黒板を指さす。そこには階級ごとにクエストがチョークで書き込まれている。6級のクエストは新しく書き込まれたものはなく、消さずにずっと同じ仕事が募集されているようだ。
「えーっと、薬草収集=銅貨1枚、毒消し草収集=銅貨1枚、ゴブリン討伐1体につき銅貨1枚。…………これだけか?」
「6級の仕事はそれくらいのもんですよ。ちなみにゴブリンを倒すことができたら5級に上がります。でも5級に上がってもクエストは同じのしかないですけどね。」
女の言う通り、黒板には5級のところにも同じクエストしか書かれていなかった。
「ここらはゴブリンくらいしか出ないし、町をモンスターが襲うような事もないですしね。後は時々旅人や行商が護衛を雇う時があります。とはいっても募集があるのは4級以上の冒険者ですけどね。」
「これじゃなかなか金を稼げないじゃないか。動物を狩ってた方がよっぽど儲かるじゃないか。」
「そうですよ。だからこの町では、本業と兼業で冒険者をやってる者がほとんどです。それに儲かる仕事は取り合いになります。あのマードックみたいに、仕事を取られないように新人にちょっかいだしてつぶそうとするやつだっています。あいつには関わらないように気を付けてくださいよ。」
「あいつの方から絡んでくるんだ。どうにかしてくれ。」
「冒険者同士のいざこざには基本的にギルドは関与しません。ただ店内で暴れるようであれば、店主に言って出入り禁止にしますけどね。」
「はぁ、面倒だな。分かったよ。」
しかし、金を稼ぐ方法がないなあ…。草取ったりゴブリン倒したりしても、銅貨をちびちびもらえるだけのようだ。それっぽっちじゃ食費の足しにもならない。どうしたもんやら。まず何か食ってから考えるか…。
そうしてオレは、マードックたちのいる食堂の方に移動する。何か頼もうとしてたら、またマードックが話しかけてきた。本当ウザい。一思いに殺してしまいたい。でもぐっと堪える。なぜならオレは辛抱強いからだ。
「なあ、兄ちゃん、さっき兄ちゃんは最強だって言ってたよな。それだったら昼飯代掛けて、勝負しねえか?」
マードックは、オレに冒険者を辞めろではなく、なんと勝負の提案をしてきた。
「え?昼飯おごってくれるのか?」
「違えよ!もしお前がかったらおごってやるってことだよ!」
「じゃあお前のおごりってことじゃないか」
「テメエ…はなから俺様に勝つつもりしかねえのかよ…。」
マードックはまた顔を真っ赤にして、プルプルと小刻みに震えだした。怒っているのだろう。だが先ほど女に怒られたので、暴れるのを我慢しているようだ。
「勝負と言うと、どうする?店の外で殴り合えばいいのか?」
「おいおい、そんなことしたら俺がおまえをいじめたみたいになっちまうじゃねえか。暴力はやめて、腕相撲で勝負しようぜ。」
「何だ、そんなのでいいのか。分かった。」
オレはマードックの向かいに座る。マードックは上着を脱ぐと、その太い腕をこれ見よがしに見せびらかせてからテーブルに肘をつく。上腕部には意味不明の「Z」という入れ墨がしてあった。これが彼にとってかっこいいのだろう。
まだ始まっていないというのに、腕に力を入れて太さを強調している。本当ウザイな。
オレはマードックの手にオレの手を組み、そしてゆっくりと右手をテーブルの上に降ろす。試合準備完了だ。
「へへへ。バカが。かかったな。もう逃げられやしねえぜ!今まで何人もの新人を再起不能にした、腕折りのマードックとは俺の事だ!」
そう言って力を籠めるマードック。
「あれ?」
マードックは禿げ頭のひたいに血管を浮き上がらせながら、必至の形相で不思議そうにこちらを見る。
「もう始まってるのか?じゃあ行くぞ。」
そう言ってオレが右手に力を入れると、テーブルのマードックが左手で掴んでいる部分が割れ、マードックの身体は右手の肘を支点にぐるっと一回転した。
バキン!ドスン!と、大きな音を立ててマードックは回転しながら床に倒れる。右手は倒れてテーブルに付いたのでオレの勝ちだ。
「オレの勝ちだな。」
何が起きたのか理解できていないのか、マードックは床の上で不思議そうな顔をしてオレを見上げていた。
その後オレたちは、受付の女にこっぴどく怒られた。テーブルはマードックに弁償させるという事で許してもらった。