第101話 終戦、そしてその後
オレたちの攻撃を受けて、神人エィスと神人アトラスの体には大きな穴が空く。
胸に開いた穴に苦しみながら、二柱は声にならない悲鳴を上げるが、もはやどうにもならない。
まもなくして、奴らの身体は光となり、消滅していった。
「終わった……」
遂に長い戦いが終わった。
同時に、これで人間界と魔界の戦争も終わりを告げた。
すでに人間界の代表であるヴァレンシュタイン国王とは和解をしており、その前に出兵していたこのヴァレンシュタイン王国軍もこれで止めることができた。
百年続いた戦争も、これで完全に終わりだ。
オレは大役を終えた安心感から、ほっと胸をなでおろす。
こっそり逃げようとしていたオーテウス教大司祭ザズーを、ユウは逃がさなかった。
「よう、おっさん!久しぶりだな!てめえには散々世話になったな。しっかりと礼を返しにきてやったぜ。ケケケケ……」
「ヒィィィィィィ……」
オーテウス教団の残党狩りは、ユウに任せておいて大丈夫そうだ。
『神言』や精神魔法によって体の自由を奪われていたオレの部下たちは、エィスの消滅と共にその束縛から解放され、元に戻っていた。
オレはそんな部下たちに言葉を投げかけようと、歩み寄って行く。
近づいてきたオレに対し、部下たちは片膝を付き首を垂れ、最敬礼の姿勢でオレを迎えた。
ルビィ、ロック、マグマ、ジェニー、シオン。一列に整列し、片膝を付いた状態でオレと向き合う。
「頭を上げよ。皆の者、ご苦労であった」
懐かしい匂いがした。
人間に転生し人間界を旅する間、魔王である事を隠していると無礼な輩とも多く出会った。
しかし本来のオレの周りには、こうして正直で忠義に熱い大切な部下たちに囲まれていたのだ。
懐かしさに胸が熱くなる。
それぞれ久しぶりに会うオレに対して思いの丈があるであろうが、オレの許可があるまで誰も話し始めない。
オレから一人ずつに声を掛けてゆく。
「魔王軍将軍ロックよ」
「はっ!」
まず最初に声を掛けたのは、魔界の軍勢を率いる将軍ロックだ。
若いころには前線で戦っていた勇敢な戦士だが、年老いた今は若いころのような体力があるはずもなく、将軍として軍隊の指揮にのみ従事していた。
だが今回、老体にムチを打ってと言ったら失礼かもしれないが、ルビィ、ジェニーと共に危険を顧みず人間族の砦に飛び込んできてくれた。
そのおかげでオレのピンチを救ってもらう事もでき、また彼の撤退命令によって人間族との総力戦を避ける事ができた。
まったく八面六臂の活躍である。
「将軍の身でありながら、自ら危険な地へよくぞ赴いてくれた。おかげで助かったぞ」
「失礼ですが魔王様。私は将軍位を返上し、個人行動に移らせてもらいました。よって今はもう将軍ではなく、ただのロックとお呼びください」
「そうだったか。だが、おまえのその勇気ある行動のお陰でオレは助けられた。そしてお前の判断で魔王軍を撤退させたおかげで、人間族との総力戦という最悪の結果を避ける事が出来た。大義であった。将軍位を辞退したと言うなら、すぐにまた別の役職を与えてやるから覚悟しておけ。決して簡単に引退なんぞさせんぞ」
「こんな老人にありがたきお言葉。魔王様のためでしたら、どんな仕事でも謹んでお受けします」
そうは言っても、もはや戦争も終わった。ロックには軍隊の顧問や若者たちの指導などに当たってもらうことになるだろう。
そしてオレは次の者に声を掛ける。
「魔王親衛隊隊長ルビィよ」
「はっ!」
オレに名を呼ばれ、ルビィは面を上げる。その顔には、すでに止まらない涙があふれていた。思わずオレは笑ってしまう。
「どうした?魔界最強の剣士が台無しだぞ、フフフ」
「申し訳ありません、魔王様。魔王様……、私は……私は信じていました。魔王様は必ず帰って来てくれると……」
オレはほほ笑みながら、そっと手をルビィの頭の上に添える。
「心配をかけたようだな。すまない」
「いえ!そんな、魔王様……」
ルビィはさらに泣き出して、それ以上の言葉を続ける事ができなくなってしまう。
普段は誰よりも厳しく、部下たちからも恐れられているのだが、鬼の目にも涙というか、もうそんなレベルではない泣き方だった。
オレはそれにまた笑ってしまいながら、軽く頭をポンポンと叩く。
「ともかくありがとうルビィ。ただいま帰ったぞ」
「おがえりなざい、まおうざま!!!」
聞き取るのに困難なその言葉に、他の部下たちからもクスクスという笑い声が漏れた。
「そして次にジェニー」
「はっ!」
「普段は遠距離支援攻撃を行っているお前が、自ら死地へと飛び込んで来てくれてありがとう。お前たち三人があの時現れてくれたおかげで、オレの腕力と魔力を封じていた手枷と首輪を外すことができた。あれを外す事が出来ていなかったら、さすがのオレもなすすべがなかっただろう。ありがとう」
「滅相もありません。ですが魔王様の感謝のお言葉、ありがたく頂戴いたします」
「うむ」
その横で、今にも処罰を待っているような表情で震えて待っていたのは、マグマだった。
「魔王親衛隊副隊長、マグマよ」
「は!ははあっ!!!」
オレに名を呼ばれ、マグマは小刻みに震え始める。
マグマはエィスの魔法によって心を奪われ、奴の手先として仲間たちを襲った。そしてあろうことか、自分の同僚であるルビィを血祭りにあげてしまったのだ。操られていたとは言え、オレたちの大きな障害となった事は確かだ。
「も……申し訳ありません……魔王様。ど……どんな処罰も、う……受けます」
そう言ってマグマは、頭を地面へと付ける。
「何を言うマグマ。オレ以外あいつの精神支配からは逃れられなかったのだ。仕方があるまい」
「で……ですが、魔王様に剣を向けたのは、じ……事実。ど……どんな罰でも、受けます……」
「ならば、貴様の命をもらおう。今後、魔界の平和のために、貴様の命を捧げてくれ」
「はっ!ははあ!ぜ……全力で全うします!」
マグマはさらに頭を地面へとこすりつけた。そんなことしたら痛いだろうに……。
そして最後に、シオンだ。
「副官シオンよ」
「はっ!」
シオンは人質となっていて意識がなかったが、その前に人間族の軍と休戦協定を結んでいたと聞いた。
「おまえも人間族との戦争を終わらせるために、がんばっていてくれたそうだな」
「魔王ヴォルテージ様不在の間に、勝手な判断をして申し訳ありません」
「いや、それは良い。実はオレも人間界で、ヴァレンシュタイン王国の国王と終戦の確約を取ってきた。そこで人間たちを戦争へと扇動していたオーテウス教を追放が決まり、オレは魔界に出兵している軍隊を止めに来たのだ」
「おお!それでは!」
「ああ。これで長きにわたる人間たちとの戦争は終わりだ。もはや無駄な血は流すことはないだろう」
オレの戦争終了の宣言に、他の部下たちも驚きの声を上げる。
そうだ。終わったのだ。
「魔王様が私と同じように終戦に向けて行動していてくれたとは」
「ああ。結果的におまえはオレの願い通り動いていてくれていた。それは良いだろう。ところで……」
「はい」
「そもそもオレが転生することになった、勇者の奇襲だが、どうやら魔界から情報が漏れていたようなのだ。オレが乗る飛空艇の進路の情報が、人間族に伝わっていたらしい」
そこまで聞いて、シオンの顔色が悪くなる。
額に汗がにじみ始め、何か言い出そうとしている。
「……おまえだな?」
確信があったわけではないが、オレは疑問をぶつけてみる。
そもそもこいつはオレに黙っていろいろと策略を練ったり、勝手に行動をする癖がある。
人間族と休戦協定に辿り着けたのも、多少なりとも人間族とのパイプを持っていたからではないだろうかと睨んでいる。
シオンはオレの言葉に固まったまま数秒間動かなかったが、突然マグマと同じように地面に頭を突いて告白し始めた。
「申し訳ありません!人間族の情報を入手するために、交換にこちらの情報を提供したところ、まさかあんなことになるとは思いもよらず……、あの勇者、敵のど真ん中に飛び込んでくるなどと、頭がおかしいとしか思えません」
「おいユウ、おまえの頭がおかしいってよ」
「あ?」
振り返れば、勇者魔法≪接続線≫で逃げる事も倒れる事もできずに固定されたザズーが、顔面が赤黒くはれ上がるまでユウに殴られていた。もはやその顔面は原型をとどめておらず、意識があるのかどうかも怪しい。
「なんだって?」
ユウがこちらへと近寄ってくる。
「オレが飛空艇で進軍している時に、魔王軍のど真ん中に飛び込んで来たお前は頭がおかしいんだと」
「い、いえ、決してそのような?」
「さっきおまえそう言っただろうが」
本人を前に、前言を撤回しようとするシオン。
だが頭がおかしいと言われて、ユウは爆笑をしていた。
「ギャハハ!確かにおかしいよな。実際それで俺も殺されたんだし」
「ふふふ、だそうだ。シオン」
「はっ!」
「シオンよ、知っているか?過去というものは変えることができない。変えることができるのは未来だけだ。だから過去を後悔しても何にもならないし、時間の無駄でしかない。だから過去を肯定するのだ。あの時はあれでよかったのだと思うべきなのだ」
「はい」
「オレはあそこでユウと相打ちになって死に、また転生の秘術の不具合で人間の姿で人間界に転生してしまった。だがそのおかげで、今まで知らなかったたくさんの人間界の事を知ることができた。ユウも同じだ。オレの攻撃が致命傷となって死に、転生の秘術で別の国に転生した。その結果オーテウス教団の嘘から抜け出すことができ、オレと共に力を合わせて戦うことができた。だから……」
「はっ」
「貴様のやったことも、結果的に今この結果に辿り着くきっかけの一つだったのだ。許そう。だが今後は勝手なことは控えてくれよ」
「ははあ!魔王様のご厚情に感謝いたします!」
魔界にオレがいない間に、こいつがオレが死ぬ原因を作ったと知れていたら、死罪になっていてもおかしくはなかった。
だからこそシオンは、自らの危険を顧みずに人間たちとの休戦を急いだのかもしれんな。
まあ、全て結果オーライだ。
「それとおまえたちに伝えておきたいことがある」
「はっ!」
全員が声をそろえて返事をする。
「これまで魔界と人間界とは交流を持って来なかったが、今回の終戦を機に開国をすることにする」
「開国とは?どういう事ですか?」
シオンから質問が返って来る。
「うむ。言葉の通りだ。国の扉を開く。これまで人間界との扉を閉じていたため、お互いに相手の事が分からず、疑心暗鬼から今回の戦争の原因となる誤解も生んだ。だからこれからは人間界とも交流を持ち、お互いの事を知ることを始めるつもりだ」
「し、しかし魔王様、人間たちとはこれまで戦争で殺し合っていた関係。お互いにお互いの種族の事を憎んでおります。戦争を終わらすことはできても、お互いを知るための交流などできるとは思えません!」
「オレはそうは思わんな」
シオンの反対意見に対し、オレはきっぱりと否定をする。
「しかし……」
「実際に今現在、きさまたちは人間の姿となったオレに対して、変わらぬ忠誠を誓ってくれているではないか?」
「それはお姿は変わりましたが、魔王ヴォルテージ様に代わりありませんから!」
「人間も魔族も同じだ。見た目が少し違うだけで、中身は変わりはない。魔力に慣れているかどうかの違いはあるがな」
「肌の色も角のあるなしも、太っているか痩せているか、背が高いか低いかと同じ、身体的特徴の一つだとおっしゃるのですか?」
「そうだ。オレは人間界を旅してきて、つくづくそれを実感した。そしてお互いを知る必要もな」
「分かりました。魔王様がそこまでおっしゃるのなら」
その後、洗脳の解けた五万のヴァレンシュタイン王国軍の指揮官と話し合い、人間たちの軍隊は魔界より撤退。
日を改めて、オレとヴァレンシュタイン国王と会談をし、正式に魔界と人間界との戦争に終戦を結んだ。
これで正式に、人間界と魔界の百年にわたる長き戦争は終わりを迎えた。
その後ヴァレンシュタイン王国では、オーテウス教は完全に解体された。
大司祭ザズーは、国際的にも禁止されている精神支配魔法を使い国王を洗脳し、また魔王が魔物を操っているなどというデマを流布して戦争を扇動した罪により、断首刑となった。
他にも、自主的に神人に協力していた司祭たちは死刑に。神人の存在を知り後悔をしたが、後に引けなくなっていた者たちは、国家に反逆する思想まではなかったとされ、終身刑を言い渡された。
勇者ユウは、神器『殲滅し尽くす聖剣』の所有権を放棄すると、勇者魔法も使えない只の若者へと戻った。
剣も魔法も、向こうの世界では必要がないのだそうだ。
『殲滅し尽くす聖剣』は、またいつか別の神人が地上に現れた時に新しい勇者を呼ぶために使ってくれとの事だった。
ユウから、四十年前に召喚された勇者タイゾーが、アトランティスで邪神と呼ばれた神人ドラゴを殺したという話を聞いた。
だとすると完全に消滅した神人は、オレたちが倒したエィス、アトラスと合わせて計三柱。オーテウス十二柱はまだ九柱残っている事になる。将来『殲滅し尽くす聖剣』が必要になる可能性は大いにあるだろう。
そしてユウは再び等価交換の古代語魔法によって、日本というユウの故郷がある世界へと帰ることとなった。
今度こそ今生の別れだ。
「今度こそ本当のさよならだな、ユウ」
「おう。こっちの世界が本当に平和になって、俺も心置きなく帰れるぜ」
「婚約者殿によろしくな。ユウを借りてすまなかったと伝えておいてくれ」
「へっ。分かったよ。じゃあな!」
「ああ。ありがとうユウ」
別れの挨拶を終えたオレたちは、古代語魔法使いのじいさんグラナダに合図を送る。
合図を受け、古代語魔法が発動し、ユウは日本へと帰っていった。
そしてそこには等価交換でユウの代わりにこちらに呼び寄せられた、ガラス瓶が一つ残されていた。
結局この等価交換の古代語魔法というのは、交換元と交換先のものの所有者が物々交換を承認すれば、どんなものとでも入れ替えができたらしい。だとしたら深く悩まずとも、小石一つでも構わなかったようだ。
今回ユウと交換したものは、向こうの世界の酒だそうだ。オレに飲んでくれと言ってユウが婚約者に用意させておいたらしい。ありがたくもらっておくことにする。
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戦争が終わり、再び魔界の王として君臨したオレは、ヴァレンシュタイン王国、シャンダライズ王国などの人間界の主だった国々との国交を開いた。
人間界への魔石の輸出を始めた。そもそも魔石は魔界では珍しいものでもなかったため、格安で売ってやることになった。人間には魔石は危険なものであるため、取り扱いについての指導も忘れずに行う。
またお互いの国への出入りをできるようになった。
シャンダライズ王国からは、スカーレットが大使として魔界へやってきた。大使という名目は建前で、彼女に特に大事な仕事はない。スカーレットは同性のルビィに対し、憧れというか尊敬というか、感じるものがあったようで、自分よりも体格の大きなものとの戦い方を教えてくれと言って剣術を習うようになった。
どんどん結婚と縁がなくなっているぞとは、本人にはとても言えなかったが。
シャンダライズ王国は、第二王子のオズワルドが正式に国王の座を継いだ。
王位継承の儀式には、オレも魔界代表で出席させてもらった。
この国も悪いものを吐き出してしまったのだから、今後より一層発展してゆくことを願う。
オズワルド一人ではなく、テディ、マキシマム、そしてピエールという兄弟が支えてくれるのだ。大丈夫だろう。
半獣半人の、デュラン、ユーゴ、カイトの三人とも再会をした。
彼らの国を襲ったと言う神人アトラスは、オレが倒したことを伝える。
おそらく海の向こうにあるという彼らの国ギュスティオンでは、主人を失ったアトラスの使い魔である泥の巨人ヘドロが行動不能になっているだろう。
どれだけ被害が出たか分からんが、これ以上の虐殺はもう行われないはずだと告げ安心させる。
すると、カイトは国へ帰ると言い出した。王族として、復興する祖国のために力になりたいと言うのだ。
デュランとユーゴはカイトの命を守ることが彼らの使命であり、神人亡き今、祖国に帰ってもカイトを守れると判断したため、その申し出に従うことにし、彼らは再び魔の海を渡って半獣半人の国へと帰ることになった。
その他にも、終戦直後には色々な事があった。駆け足でそれらの出来事が過ぎていき、再び落ち着いてきた頃、オレは置手紙を残し、一人黙って国を出た。
オレがいなくなった後もシオンたちがなんとかしてくれるはずだから大丈夫だろう。
オレが向かった先はカイトのところだ。魔の海を渡るのはいくら半獣半人の三人でも大変なはずだ。彼らの道中の用心棒として付いて行ってやることにしたのだ。
そしてもう一つオレは旅の目的があった。
それは全てのオーテウスの神人の撲滅。
やつらが次に地上に降りてくるのを待っていても、いつどこに姿を現すか分からない。
だからオレは旅をして、奴らが住むというオーテウス教国のオーテウス山まで乗り込んでやることにした。
その国が世界のどこにあるのか分からない。だが必ず見つけ出し、奴らを完全に倒してやる。
こうして、オレの新たな旅が始まった。
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※ここまでお読みくださりありがとうございます。次回最終回となります!