第100話 決着
ミルス平原で始まる寸前だった人間族と魔族の総力戦は、幸運にも回避することができた。
だが神人エィスと神人アトラスという二柱の神人を前に、オレの部下たち魔族の精鋭は戦闘不能に陥ってしまった。
オレ自身は、神器の恩恵で『神言』は無効化しその他の攻撃によるダメージは魔力による自己治癒力ですぐに回復できていた。だが同時に一柱しか攻撃できないオレの攻撃は、すぐに他者蘇生魔法で復活されてしまい、なすすべがない。
そんな二柱の神人を相手に絶望をしていたオレの目の前に、そいつは現れた。
信じられないと目を疑った。だが、オレがそいつを見間違うはずがない。
神人二人の前に絶望しているオレの目の前に突然空から降り立ったのは、紛れもなく勇者ユウ、その人だった。
「ユウ!!どうやってこちらの世界に来たのだ?!」
「フフフ」
ユウは笑いながら片手を上げる。
「これだ」
そう言ってユウは手首に付けたバングルを見せつけてきた。
バングルには解読不能な古代文字が刻印されていた。古代文明が残した魔法のアイテムに違いないだろう。
「帰還魔法のバングルだ」
なるほど。異世界とこちらの世界との行き来は、勇者召喚や等価交換魔法などの特殊な魔法でしかできない。古代文明の魔道具の力で、世界の壁を越えて転移して帰って来たという事か。
「おい、貴様は何者だ?」
オレとの殺し合いの最中に突然現れた乱入者に、エィスは殺気だった声で問いかけてくる。
アトラスは無表情で、エィスの横で棒立ちのままだ。
ユウはエィスの質問に素直に答えず、オレに聞いてくる。
「誰だあのガキ?」
「ああ、あいつらはオーテウス十二柱のうち二柱、神人エィスと神人アトラスだ」
「って事は、オレをここに呼んだザズーが崇拝してる敵ボスって事か?」
「その通りだ」
名前を出され、エィスたちの後ろに控えていたザズーがはっとした顔になって驚きを上げる。
どうやらユウの顔を思い出したようだ。
「はっ?!貴様は勇者か?死んだはずでは?なぜ髪の色が元に戻っているのだ?」
「転生した。髪はその時元に戻った」
「何だと?!」
さらっと答えるユウに、ザズーは混乱したままだ。
「ザズー!貴様あいつを知っているのか?何なんだあいつは?」
「はっ、あの男は、私が異世界から召喚した勇者であります。魔王と相打ちになり死んだと思っていたのですが……」
「僕らの敵という事でいいんだな?」
「はっ」
「神に対して無視するなどという無礼を働いたのだ。味方だろうが許さんがな。おい、そこのおまえ『死ね』」
エィスはザズーに確認が終わると、ユウに対して『神言』を発動した。
「しかしユウ、どうしてオレがここに居る事がわかった?」
「ああ、王都でスカーレットに会って状況を教えてもらったんだ。おまえが神人エィスを倒しに魔界に向かってるって。まさか神人が二匹もいるとは聞いてなかったけどさ。それで俺は空を飛べるから、馬なんか使うより断然早く来れたってわけ」
「ああ、なるほど」
エィスを無視して、オレはユウに事情を聞く。
なるほど。スカーレットにはマルスという子供を王都へ連れて行くよう指示をしたが、それが功を奏したのかもしれない。
「まあ魔界っつっても広いんで、さっきのどデカい雷が落ちるの見えなきゃそんな簡単に見つからなかったかもな、ワハハ!」
アトラスに対し全くダメージを与えられなかった雷撃魔法だが、ユウがそれを目印に真っすぐ駆けつけてくれたと言うのなら、全くの無駄な一撃だったわけではなかったようだ。
「きさま、さっきから何で平然と会話を続けている?なぜ僕の『神言』が効かないんだ?」
エィスの苛立ちが止まらない。何を言っても相手にしないユウに対して、今にも怒りが限界に達しそうだ。
「『神言』は、同じ神の力を持つ武器『神器』を所有者している者には効かないのだろう?」
親切なオレは、エィスに丁寧に教えてやる。
エィスは混乱しながら、ザズーにそれを尋ねる。
「まさか奴は、あの剣の所有者なのかザズー?」
「はっ?そ、そうです。そうでした」
「そういう事は早く言え!」
あの剣とは、オレが最初に捕まった時にこいつらに没収された『殲滅し尽くす聖剣』の事だ。
二人は間抜けな会話を交わしている。
ユウが来た事で、オレが先ほどまで感じていたこいつらに対する恐怖心は消えた。
そうすると、もはや間抜けな雑魚にしか見えなかった。
「では神に対する無礼の代償として、無残な死を用意してやろう。≪生贄≫」
エィスがユウへと魔法を掛けるが、ユウはきょとんとした顔をしている。
「ま……魔法にまでも耐性があるのか?」
エィスの精神魔法にも抵抗したユウに、さすがのエィスも動揺をする。
そこで遂にアトラスが動いた。
「エィスよ。貴様の精神魔法はまどろっこしすぎるのだ。俺の雷撃魔法のように分かりやすいのが一番だ。≪神の雷≫」
アトラスが右手を肩の上に構えると、その手の中に雷の槍が発生する。
オレの身体に大穴を開けた、恐ろしい魔法だ。オレには魔力による自己治癒力があるから良いようなものの、普通の人間がこれを食らったらひとたまりもないだろう。
「ふん!」
その姿を見ても平然としているユウに向かって、雷の槍を思い切り投擲するアトラス。
雷の槍はユウの胸に突き刺さると、そのまま消滅した。
ユウの胸には傷一つない。
「な?バカな!」
先ほどまでずっと無表情だったアトラスにも、ついに動揺が見えた。
「言っとくけど俺、攻撃魔法も状態異常魔法も、完全無効だから。俺を倒したかったら神器か物理攻撃しかねえよ?」
ユウの勇者魔法の一つ≪束縛無効≫。常時発動型のこの魔法は、回復魔法以外の、ユウを傷つけようとする魔法を完全に無効化してしまう。
つまりは勇者であるユウは、こいつら神人たちの得意な攻撃は全て通用しないのだ。
そう。神器『殲滅し尽くす聖剣』の所有者である『勇者』は、魔王を倒すための存在ではなく、こいつら邪神を倒すために存在するのだ。
敵の中で一番最初に状況が把握できたのはザズーだった。
「エィス様、アトラス様、逃げましょう!」
「バカな事を言うな!何で僕たちが人間ごときから逃げなきゃいけないんだ!こいつ自分で弱点を言っただろう?物理攻撃で殺してやればいいんだよ!」
「そうだ。今、向こうに神器は一つしかない。向こうに我々の攻撃が通じないように、こちらも二柱いるかぎり蘇生魔法があるのだ。我々が負ける要素はない」
エィスとアトラスはそれぞれそんなことを言う。
まだ分かってないこいつらに、オレがはっきりと伝えてやる。
「あのな、まだ分かってないみたいだけど、ユウが来た時点でおまえらの負けが決まったんだからな?」
オレの言葉の後に、ユウがにやりと笑いながら続く。
「俺らが組んだら最強だから」
短い言葉だが、それに全てが要約されていた。
魔王であるオレと勇者ユウがタッグを組んだら、例え敵が神だろうが負ける気がしない。
「はっはっはっ!馬鹿め!おまえたちに僕たち神人を殺せるわけがないだろう?」
「まだ分かってないみたいだな……。ユウ」
「ああ。『殲滅し尽くす聖剣』」
ユウが、その銘を呼ぶと、手の中に神器『殲滅し尽くす聖剣』が姿を現す。
「バッ、バカな?!ザズー!剣は隠しておけと言っただろうが!」
「厳重に隠しておいたはずなのですが?!」
「バカはおまえらだろう?さっき教えてやっただろう?神器は所有者の意思でどこにあっても転移して呼び出せると」
オレの持つ神器『灰燼に帰す弓』、ユウの持つ神器『殲滅し尽くす聖剣』。同時に攻撃をすれば、いくら他者蘇生魔法を無限に使える神人であろうと終わりだ。
「ばっばっばっ……」
混乱するエィスが発する声は、もはや言葉にならない。
「あいつら片方だけ殺すと生き返らせるから、同時に殺るぞ」
「じゃあ俺はデカい方な」
「ではオレはチビだ」
そして最後にエィスとアトラスが同時に悲鳴を上げる。それがやつらの最後の断末魔だった。
「「やめろー!!!」」
「≪魔法の矢≫!」
「≪神風特攻≫!」
オレ達の攻撃は、それぞれ神人の身体を貫いた。