救出作戦案
どうも、ヴォオス戦記<暁>を書いている人、南波 四十一です。
さる12月26日、某所で親切な方がヴォオス戦記をおススメしてくださったおかげで、完結から1か月以上が経ち、ぜんぜん読まれない状態に陥っていたのがうそのように読まれ始めました。(と言っても人気作と比較すればあってないようなレベルですが)
そのおススメバブル状態が1月15日に終了いたしました(笑)
アクセス数、16日12件、17日16件、18日12件の閑古鳥状態に無事(?)戻っております。
あまりにも読まれなくて心折れた自分にとっては夢のような3週間でした。感想ももらえたし!
この場をお借りしまして、おススメしてくださった親切な方にお礼申し上げたいと思います。
ありがとうございました!
それではヴォオス戦記<暁>の本編をどうぞ!
カーシュナーと手を組んだオリオンたち元暗殺者は、ギルドの<掟>を破ったギルドマスターゼムと、その考えを支持した幹部たちを粛清するために、障害となる可能性の高い男、<大陸最強の傭兵>アイメリックの実力を見定めることにした。
言葉だけではどうしても伝わらない怖さを理解することにカーシュナーがこだわったからだ。
アイメリックの動静を探るため、カーシュナーは暗殺者たちと自身の配下との顔つなぎを行った。
オリオンたちも優れた情報収集能力を有しているが、いかんせん人数が少ない。なによりギルドから追われる身でもある。元々王都どころか諸外国にまで広い情報網を持つカーシュナーが情報収集に当たる方が効率的なのだ。
とは言え、カーシュナーの身体は一つしかない。カーシュナーの判断を仰げない状況下で元暗殺者たちとカーシュナー側の人間が協力して事態に当たる必要に迫られる可能性もある。
盗賊ギルドと言う一癖も二癖もある連中を相手にするのだ。ある程度は互いのことを理解していなければ、思わぬ状況で足元をすくわれかねない。
その辺りも含めてカーシュナーは、リタとヘリッドをカーシュナー配下の主要な人物に引き合わせたのだ。
これまでアイメリックが第一城壁内にその身を置いていたため、なかなか偵察する機会がなかったが、クロクスの身辺警護から離れ、クロクス配下の私兵集団を取りまとめることになったことから、偵察する機会を見つけることが容易になった。
まるでオリオンたちに味方するように事態が好転したことで、余裕の生まれたカーシュナーたちの会話は例によって脱線する。その話の中で、リタがある可能性に気がついた。
ギルドに残してきた子供たちが、薬物による洗脳を受ける可能性が高いという事実にだ――。
カーシュナーたちは急遽予定を変更して、新たに教育係の長に就任したスタインを、不用意にギルドを刺激することなく排除することにした――。
◆
「……ってな具合なんだ」
クライツベルヘン家の別邸から戻ったヘリッドが、仲間たちに経緯と状況を説明する。
「俺が気がつくべきだった」
オリオンが、ただでさえ不機嫌に見える顔を思い切りしかめてつぶやく。
「気がついたところでどうすることも出来やしなかったさ。連れてこれなかった時点で、そこが俺たちの限界だったんだ」
「……リタはどうした?」
ヘリッドの言葉に小さくうなずくと、オリオンは話題を変えた。
「とりあえず先にリタからの伝言だ。許可を待たずに行動することを許してくれとのことだ。俺からも謝る。お前をないがしろにするつもりじゃなかったんだ」
「かまわん。俺たちがギルドを離れた時点から考えれば時間が経ち過ぎている。行動は早ければ早いほどいい」
「すまん。リタに関しては任せていいと思う。あの天使さんは、俺たちの一歩も二歩も先を行ってるよ。俺たちは個々の能力に恵まれすぎて、人の使い方がまるでなってない。ギルドを元に戻すには、準備と人手が必要だ。天使さんはその両方を持っている。その上であくまでも俺たちの考えを優先してくれる。命令することに慣れている貴族とは思えない度量だ。頼りにしていいんじゃないかな」
「……俺たちはまず、信頼すことを覚えなくてはならないというわけか。未知の領域だな」
「そうでもない。つまるところ<掟>ってのは、ギルド内の信頼を確立するための共通認識だったってことさ。俺たちは、仲間同士なら<掟>を中心に一つになれた。実はうえの連中なんかより、よっぽど人を信じることが出来るのさ」
ヘリッドが、王都の地面の上に住む人々を皮肉る。
「だとしたら、信頼に値する人間を見極める目をしっかり養わなければならんな」
「そうだな。その辺、俺たちはあきらかに経験不足だ」
「いっそ奴にすべて任せた方がいいのかもしれんな」
オリオンが肩をすくめる。
「それは違うぜ、オリオン。俺たちの洗脳を解いてくれたのはお前だ。俺たちはお前だからついて来たんだ。他の誰にも従うつもりはない」
「…………」
「それに、天使さんは俺たちの成長を期待して、判断を預けてくれているんじゃないかと思うんだ」
ここでヘリッドはニヤリと笑って見せた。
「ゼムや他の幹部連中を始末したところで、一度破られた<掟>はそう簡単に回復するもんじゃない。下手したら同じ形には二度と戻らないのかもしれない。じゃあギルドは消えてなくなるのか? それもない。クロクスと関わっちまった以上、奴と手を切らない限り、ギルドは消えることさえ出来ないんだ。じゃあどうするか? 俺らで新しい<掟>を作り、俺たちでギルドをまとめるしかないんだよ」
「だから俺たちの成長を期待してくれているってことか」
「その辺は期待じゃなくて強制だと思うぜ、俺は」
「ヘリッド。お前気がついているか? 笑い方があの男に似て来たぞ」
「いけね。俺まで天使さんに毒されちまったら大変だ。悪影響を受けるのはリタだけで十分だ」
そう言って笑った顔は、やはりカーシュナーのニヤリ笑いによく似ていた。
オリオンはただ地下空間の低い天井を見上げるしかなかった――。
◆
「スタインをあぶり出すって、いったいどうやるんだい?」
リタがカーシュナーにたずねる。カーシュナーはギルドに襲撃をかけるような強硬策を用いずに、スタインを始末出来ると言ったのだ。
「簡単だよ。スタインの洗脳が解けていることをばらせばいいのさ。暗殺者主力の離反が、実はスタインの謀だったと思われるようにね」
「!!!!」
このとんでもない考えに、リタは思わず目をむいた。
「それまで教育係の長だった男は、リタたちの離反の責任を取らされて、粛清された。そしてその後釜に座ったのがスタインだ。この一連の流れの中で、得をした人間は誰だい?」
「スタインだ!」
「そう。実際は穴埋めによる昇格なんだけど、人間は美談よりも醜聞を好む生き物だ。実力も確かにあるようだけれど、野心を持つ人間にとって、他人の成功は妬ましいだけだからね。そこに、一ネタ放り込む。するとどうなると思う? 棚ぼた式に幹部の地位を得たスタインを快く思わない連中が、そのネタを手に、勝手にスタインの足を引っ張ってくれるってわけ」
「悪辣だなあ。でも面白い!」
リタが手を叩いて喜ぶ。
「それだけじゃない。暗殺者集団はギルドマスターの直属だけど、暗殺者たちがギルドマスターに絶対服従するのは、教育係による洗脳のおかげだ。その教育係もギルドマスターに服従するよう洗脳を受けている。粛清と言う絶対的な力を持つからこそギルドマスターの権力は絶大なんだ。でも、そこにギルドマスターに対し、かけらも服従する意思のない人間が入り込み、暗殺者たちの洗脳を行っているとしたらどうする?」
「大事だね」
「大事どころか、主力こそ失ったけれど、いまだにギルド内でのゼムの立場を支えている暗殺者たちを根こそぎ持って行かれる可能性だって出てくる。はっきり言えば、暗殺者たちの支配権を持つ者が、ギルドの支配権を持つんだ。<掟>を失った今、ギルドマスターに誰がなろうと、反対意見を抑えつけられるだけの力があれば、そいつがギルドマスターなんだよ。そして、スタインは現在、ギルドマスターであるゼムと暗殺者たちの間に直接立つ立場にある」
「あたしたちの離反が、ギルドマスターの地位を狙ったスタインによる謀だという話にも信憑性が出てくるってことか……」
「それまで感情なんかかけらも見せなかったオリオンが自力で洗脳を解き、みんなの洗脳まで解いてしまったなんて話より、よっぽど説得力があるからね。何より、スタインにはその洗脳技術で自身にかかっていた洗脳解き、それを隠していたという事実がある。一つのうそが、他のすべての虚構を実体化させてくれるのさ」
「それってもしかして、あたしらの出番なくない?」
リタが不満気に口を尖らせる。
「いや、それだけでスタインを始末するとは思えない。実際リタたちの離反に関しては無実なんだし、本人も必死に訴えうだろうからね。調べれば矛盾点も出てくる。なにより、ゼムの権力がガタついているこの時期に、血の粛清なんかやらかせば、次は自分が粛清されるんじゃないかと考える者たちによって、ゼム自身の命が脅かされかねない。それに、前任の教育係の長を処刑したその判断も、直接口に出して問い詰められはしないだろうけど、疑問視されることは間違いない。幹部たちとの無用な軋轢を避けるために、ゼムは最低でもスタインに無実を証明する機会くらいは与えるはずだ」
「それでいぶり出し成功ってわけか」
「スタインに疑いがかかることで、その無実が証明されるまで、薬物による子供たちの洗脳強化も一時的にではあるにせよ、中断させることも出来るはずだ」
「……そこまで考えていたんだ」
「直接手がとどかなくても、子供たちを守る手段はあるってことさ」
カーシュナーはニヤリと笑った。
「子供たちが薬漬けにされるのを防げたとして、奪い返す算段はあるのかい? そのまま置いておけばいずれは薬で洗脳を強化されるはずだ。これまで担当していた腕利きのスタインがいなくなればなおさらね」
「リタから聞いた限り、スタインって男は君にずいぶんとご執心のようだ」
「絶世の美女だからね。あたし」
リタがしれっと答える。
「君からギルドに戻りたいと交渉を持ちかけるんだ。奴は必ず乗ってくる」
「……他の仲間たちの情報を手土産に、私だけ助けてくれってわけだ。それはわかったけど、あんた今、あたしの言葉を流したね?」
「えっ! とんでもない! リタが絶世の美女だってことは周知の事実だからね。雪は白くて冬は寒いってのと同じくらい当たり前の事実過ぎて、引っかからなかったんだよ!」
絶世の美女発言をうっかり流してしまい、追いつめられたカーシュナーが、必死で言い訳をする。
「確かにね。あたしが絶世の美女って事実は今さら言うまでもなく、一目見ればわかる話だよね。わざわざ言う必要なんかなかったね。……って、なるかあ!! あたしのボケを流すんじゃないよ! 次やったらぶつよ!」
リタは全力でカーシュナーの脇腹を殴りつけてから言った。
「いや、次じゃないよね! 今、思い切りぶったよね! って言うか、ぶつんじゃなくて殴りつけたからね! 子供たちのことで落ち込んでいるみたいだから真面目にやっていたのに、ひどいよ!」
「ふん! あんたがあたしの気遣いなんてすんじゃないよ! あんたはあんたらしくしてな! きっとそれが一番いい結果につながっているんだから!」
それは自分を気遣ってくれるカーシュナーへの、リタなりの気遣いだった。
「じゃあ、そうさせてもらいますか。リタにはスタインを釣り出すエサになってもらうからね。奴の執着を利用する。おそらくそれで子供たちも取り戻せるはずだ」
「スタインの釣り出しはわかるけど、それでそうして子供たちを取り戻せるんだい?」
「リタはギルドから離反したものの、まるで無計画な行動だったため、生活に困窮してしまったことを訴えるんだ。オリオンたちと一緒にいたら、飢え死に間違いなしだってね。そこに加えてギルドからの執拗な追跡だ。逃亡生活に疲れ切り、オリオンに見切りをつけたとしても、何の不思議もない。洗脳が解けたことでかえって情緒不安定になってしまったと考えたスタインはリタの言葉を疑わない。そこに子供たちのことも心配だと告げる。これまで抑え込まれていた母性本能が、君を支配していると考えるだろう」
「感動の御対面とばかりに、スタインがあたしとの交渉の場に子供たちを連れて来てくれるとでも言うのかい? それはないよ。スタインはそんな奴じゃない」
リタが難しい顔をする。
「もちろん、スタインはそんな理由で連れて来るんじゃない。子供たちを傷つけられないと読んだスタインは、君を捕らえるための道具として、子供たちを連れて来るのさ」
「……ものすごく納得出来る理由だよ。胸くそ悪いくらいにね」
リタがどすの利いた声で吐き捨てる。
「リタはその場で捕まってくれ。スタインは罠の可能性を考慮しているはずだからね。リタが捕らえられてもオリオンたちが救出に現れなければ、スタインは今回の接触が、リタの単独行動だと納得するはずだ。スタインにつけられた監視もそれで納得する」
「その場にゼムが動員出来る限りの人間を配置して、あたしらを待ち受けたりしないかい?」
「その時点でゼムのスタインに対する信頼は皆無だ。むしろオリオンと示し合わせてゼムの周辺から出来得る限り人をはぎ取り、警備が手薄になったゼムの首を狙って来るのではないかと考えるだろう。スタインの洗脳が解けていたという事実は、ゼムをより深い疑心暗鬼に落とし込むはずだからね。おそらく結果に関わらず、ゼムはスタインを排除しようと考えるだろう。裏も取らずに処分したと言わせない程度のことしかしないはずだ」
「なるほど。他の幹部にしても、追いつめられたはずのスタインが、一転あたしら離反者たちを捕らえて、ギルド内で発言権を得るようなことになっては欲しくないだろうからね。手柄を立てる手助けになるような真似はしないってわけか」
「お察しの通り」
「だとしたら、スタインが子供たちをあたしを捕らえるために連れ出すことを認めないんじゃないかい?」
「スタインは許可なんて求めない。求めたが最後、却下され計画を潰されるのは目に見えているからね。それがわからないほど馬鹿じゃないから、今でも洗脳が解けている事実を隠して好き勝手に振る舞っていられるのさ。追いつめられたスタインは、手柄という既成事実を作り上げるために、すべてを自分の胸一つに納めて行動する」
「子供たちを取り戻すのはいつにするんだい。あたしはそれまで捕まっていなきゃならないんだろ?」
「スタインの監視から誰かが報告が戻るまで待ってもらう。そのうえで残りの監視共々スタインを始末する。正体のばれたスタインが、リタを捕らえると見せかけて離反者たちと合流し、逃走したと見せかけるためにね」
「報告を入れさせるまで待つ必要があるのかい?」
「いきなり監視との連絡が途絶えれば、ゼムも即座に動くはずだ。子供たちを連れて目立たずに逃げるためにも、多少の時間稼ぎは必要だ。成功の報告は、相手を油断させるのにうってつけだからね」
リタはなるほどとうなずいた。
「その後でスタインが逃げたという情報が入っても、ゼムとしては丁度いい厄介払いになるし、幹部たちに対しても、それ見たことかって顔が出来るわけだから、腹も立たないってわけか」
「そう言うこと。ゼムにスタインを取り除くことが得だと思わせることが最大の目的なんだ。狩ることが確定済みのスタインに、間違っても返り討ちにあわないでくれよ」
「現役のあたしらが、現場離れて十年以上になるスタインにやられるようじゃお終いだよ。何も変えられない。ゼムに対する反撃の第一歩なんだ。完璧にこなしてみせるさ」
そう言うとリタは自信あり気に笑った。
「まずはスタインがギルドから干されるのを待つとしよう」
「その場にいられないのが残念だよ」
二人は意地の悪い笑みを交わしたのであった――。
次は21日になります!