表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴォオス戦記・暁  作者: 南波 四十一
8/42

予定変更

 リタとヘリッドが案内された部屋には、総勢六人の男女が集まっていた。その中心は当然カーシュナーだ。

「紹介する。リタとヘリッドだ」

 二人は特に気負うことなく、ごく普通に頭を下げた。五大家筆頭の王都における別邸で、状況的にどう考えても只者ではない人たちを前にして平常心を保てるのだからたいした胆力だ。


「バルトアルトはわかるね。その隣にいる女性がシラーで、その隣にいる男性がペテルだ」

 名前を出された順に頭を下げていく。

 シラーと呼ばれた女性は、執事長であるバルトアルトを補佐する立場のようで、年の頃で言えば三十を過ぎたばかりに見える。背は高からず低からずで、どちらかと言うと細身だ。化粧っ気のない顔は素朴ながらも整っており、リタは化けるには最適な顔だと思った。

 対してペテルと呼ばれた男は屋敷の下男のようで、作業着から除く手足は細く、削ぎ落したかのように頬はこけ、長く尖った鼻と、やせているせいで余計に目立つ頬骨を持ち、ぎょろりとむいた大きな眼をしている。まだそれほどの年齢ではないはずなのだが、額がすっかり後退してしまっており、なんとも無様な風体をしている。清潔にしていても汚れて見えてしまう損な顔だ。とても五大家の屋敷に勤められるような人間には見えない。


「二人にはいい話がある。全員で確認をしておきたかったアイメリックなんだけど、今はクロクスの身辺警護を離れて、私兵団の指揮を執っている。それまではクロクスが役職上王宮に詰めていることが多く、必然的にアイメリックも第一城壁内にとどまっていたけど、今は頻繁に第三城壁内までを行き来しているらしい」

「クロクスはアイメリックを、ゆくゆくはヴォオス軍組織に組み入れ、大将軍ロンドウェイク様の力を削ぐ考えのようです」

 バルトアルトが情報を追加する。


「どこの生まれかもよくわからない傭兵なんかをヴォオス軍が受け入れますか?」

 ヘリッドが疑問を素直の口にする。

「そもそも本人の能力が飛び抜けています。強兵の国と謳われるヴォオス軍を見渡しても、一対一で渡り合える者はいないかもしれません。歴代の諸王と比しても遜色のない剛勇のロンドウェイク様も、大陸一の弓の達人と謳われるレオフリード様でも及ばないでしょう。それほどの男が宰相クロクスを後ろ盾として立つのです。実力主義を掲げるヴォオス軍に、アイメリックを拒否することは出来ないでしょう」


 バルトアルトの言葉に、リタとヘリッドは思わず顔を見合わせた。これがカーシュナーの言葉であれば多少の脚色もあるだろうと思えるが、バルトアルトに真顔で言われると、その評価が言葉通りのものであると受け取らざるを得ない。だが、たとえがあまりにも大げさで、正直そんな人間が存在するのかと思ってしまう。


「クロクスもいよいよ動き出したか」

 カーシュナーが腕組みをしてうなる。

「ヴァウレル様からは今のところ特別な指示はなく、情報を集めるにとどめております」

「そうだね。現段階でも、ヴォオス軍はクロクスがばら撒いた金で骨抜きもいいところだ。ロンドウェイク様の支配力も、四割を保てればいいところだろう。残り二割程も削れれば、陛下同様大将軍もただのお飾りになる。今さらそちらに対してうちが打つような手はないな」

 父であり、クライツベルヘン家当主の考えに、カーシュナーも納得する。

 何気なく口にしているが、クライツベルヘン家はヴォオス軍をと言うより、王家そのものを切り捨てている感がうかがえる。


「ヴォオス軍をクロクスに取られて大丈夫なのかい?」

 納得いかないリタが問いかける。

「実力主義なんてたいそうなことを謳っているけど、今のヴォオス軍は貴族主義になり果てているんだ。本当に実力のある者が以前のように取り立てられることはもうない。だから軍の士官の大半は、たいした腕もなければ頭もない貴族の子弟で埋められている。馬鹿の下につけられた兵士たちは当然不満を持つし、そんな状況じゃ縦のつながりなんて生まれようもない。外敵の侵略に対してならまだしも、その兵力が内戦で数字通りの力を発揮することはもうないだろう。まあ、軍内部が腐ったから、クロクスも金で高官たちを買収できたわけだしね。気骨を失った軍人なんて、買い手のつかない病気持ちの家畜みたいなもんだから、クロクスが欲しいならくれてやるさ」


「無茶苦茶言うね~!」

 ヘリッドが呆れるのに対し、リタは実に面白そうに聞いている。

 そんなリタの様子にヘリッドは、これは完全に毒されているなと内心でため息をつく。あまり口が悪くならなければいいがと思ったが、もうだめだろうと思い、あっさりと諦めた。

 考えていることを読んだのだろう。リタがじろりとヘリッドをにらむ。


「クロクスがヴォオス軍に時間を割いている間は、むしろこっちにとっては時間にゆとりが出来るってことか。それにしても、まさかヴォオス軍がそこまで腐っているとは思わなかったよ」

 ヘリッドがリタの眼光をかわすために、話をカーシュナーに振る。

「英雄アペンドール伯爵が軍を去り、その盟友であり前大将軍でもあったゴドフリート様も王宮を離れられてからは加速度的に腐って行ったよ。ロンドウェイク様やレオフリード様が尽力されているけど、もはやどうすることも出来ないだろうね。とりあえず、対外的に弱体化さえしなければそれでいいよ」

 カーシュナーの口調に冷たいものが混じる。


(こいつ、ヴォオス軍もどうにかするつもりかもしれないな)


(こりゃあ、血の制裁ってやつが、いずれヴォオス軍に降りかかるね)


 ヘリッドは面白そうに、リタは楽しみで仕方がないと言わんばかりにニヤリと笑う。


「クロクスが軍に対する影響力を強めようとしている背景には、アイメリックを手に入れたこともあるだろうけど、盗賊ギルドがオリオンたちを失ったことも大きいだろうな。クロクスは盗賊ギルドが欲しかったんじゃあない。暗殺者と言う脅しの切り札が欲しかったんだからね」

「今からでも売り込んでみようか?」

「大喜びで買ってくれるだろうね。クロクスはケチじゃない。価値のあるものに出し惜しみなんてしない。そうなれば盗賊ギルドは、使い道のない端切はぎれみたいに捨てられるさ」

 リタの冗談に、カーシュナーが悪乗りする。


「もしそうなれば、ゼムは手のひら返して俺たちを裏切り者呼ばわりするだろうな」

「違いない。あれはそういう奴だよ」

 ヘリッドの皮肉にリタが吐き捨てる。


「もし本当にそうしたら、あんたはあたしらを消しに来るんだろうね?」

 リタが冗談交じりに問いかける。目の奥が少し本気だ。

「もちろん。ゼムと手を組んで、総力を挙げて殺しに行くよ」

 もちらも冗談交じりに返してくる。リタと違い、瞳の奥をのぞかせるようなことは一切しない。それだけに余計に恐ろしい。

「ゼムなんか足手まといでしかないだろ?」

 ゼムと組むと聞き、リタが馬糞ですべって牛糞に突っ込んだような顔をする。

「足手まといだよ。でも、クロクスの仲介でオリオンの下にギルドが入ったりしたら、途端に厄介な存在になる。だから俺の下につけて邪魔な人間を使い潰すのさ」

 にこやかな顔のまま、悪辣なことを言う。

「ゼムにはどう転んでも明るい未来はないってことだな!」

 二人のやり取りを聞いていたヘリッドが吹き出す。

 見ると堅物だとばかり思っていたバルトアルトや他の二人も笑っている。意外と黒い笑いが好きらしい。


「クロクスなんかについてあんたに狙われるのは願い下げだね。どう考えても面倒くさい!」

「まあ、本当にそうなったら、クロクスの方を狙うよ。アイメリックを差し引いても、オリオンを狙うより楽だからね」

「大国ヴォオスの宰相だぞ?」

「あいつはやり過ぎだ。世界一の金持ちで満足していればよかったのに、野心を大きく育て過ぎた。どう転んでも除かなければならない」

 ヘリッドの問いかけに、カーシュナーが答える。先程は隠した本心を、今度は翠玉の瞳に乗せる。


「俺たちとんでもない奴を仲間にしたんじゃないか?」

「男ならこのくらいは言いな」

 ヘリッドの言葉に返ってきたリタの台詞セリフは、男以上に男前だった。

 これにはヘリッドも肩をすくめるしかない。


「カーシュナー様。話が大きくなりすぎているかと……」

 脱線しまくる会話にバルトアルトが釘を刺してくる。

「そうだな。クロクス云々はまだ先の話だ。当面はギルドの弱体化に全力を注ぐ。クロクスと完全に切り離すのは無理でも、ギルドマスターのゼムと、<掟>破りを支持した幹部たちは狩らないといけない。そうすれば、オリオンたちみたいにはっきり反意を示さないまでも、今回の<掟>破りに納得出来ていない連中も、ギルドから離反しやすくなるはずだ」


「そうだな。俺たちはギルドを敵に回しても、自分たちの身を守れるだけの強さがある。だが、ギルドには荒事には向かない連中が多い。俺たちはギルドそのものを否定したわけじゃない。そいつらのことは、俺たちが考えてやらなきゃいけない問題だ」

「……自分たちのことで手いっぱいで、そこまで頭が回っていなかったよ。確かに、考えなきゃいけないね」

 ヘリッドもリタも真顔に戻る。


「その辺を細かく考える必要はないんじゃないか? ギルドに身を置くぐらいだ。真っ直ぐに感情を爆発させる熱血漢なんていないだろ。情勢がこっちに傾くまで、ちゃんと本心は腹の底にしまって立ち回るさ」

 カーシュナーが笑顔で二人の気持ちをほぐす。

「……そうだな。こういう時こそ冷静に事を運ぶ我慢強さがものを言うからな」

 ヘリッドが普段の砕けた調子を取り戻す。

「方針が変わればそうも言ってられないよ」

 カーシュナーの言葉にも、リタの表情は硬いままだった。


「方針?」

 ヘリッドが問い返す。

「暗殺者の育成には時間がかかる。肉体的なことや技能的なこと以上に、ギルドに対する絶対的な忠誠を刷り込むことがね。あたしらは幸いにもオリオンのおかげで洗脳が解けて、自分・・になることが出来たけど、一緒に脱出出来なかったガキどもはそのままだ。……強化するために薬を使うかもしれない」

「……可能性は高いな。俺たちの離脱で、教育係の長だったアウフは始末されたはずだ。となれば後釜に座るのは奴しかいない。スタインならむしろそうするだろう。そういう男だ」


「ペテル?」

 カーシュナーが鋭く問いかける。

「そうですな。あれは独断でそういうことをする男です。確証はありませんが、スタインは自身にかかっている洗脳を自力で解いている可能性があります。あれだけ洗脳を深く理解すると、自身には効果がなくなる場合がありますので。もしそうであれば、何をしでかすかわかりません」

「薬はあるのか?」

 バルトアルトがたずねる。

「常備はしていないでしょうが、スタインなら材料さえあれば自力で精製出来るでしょう」


 ギルドの内情を自分たち以上に把握していることに、ヘリッドとリタは舌を巻いた。おそらく、こちらが知らないだけで、このペテルと言う男は自分たちのことも直接知っているに違いない。

 それだけにペテルの言葉は二人の心に焦りを生む。


 カーシュナーのどこかふざけた雰囲気が一変する。

「ゼムの前に、そのスタインとやらを消す必要がある」

「そうだね」

 カーシュナーの意見にリタがうなずく。


「組織そのものがゆるまない内に幹部を始末したりすれば、ゼムやその他の幹部を始末しにくくなります」

 バルトアルトが冷静に指摘する。

「大事の前の小事ですね。よくわかります。今までの俺たちだったら気にも留めなかったでしょう。でも、心を取り戻した以上、ガキどもを見捨てるような男でいたくはない」

 普段の様子からは想像出来ないほどの熱を込めて、ヘリッドがバルトアルトを見据える。

 バルトアルトの頬がわずかにゆるむ。それはヘリッドの甘さを笑ったのではなく、その熱さを認めたのだ。


「決定権はオリオンにある。でも、オリオンはガキどもを見捨てるような男じゃない! ゼムや他の幹部連中の首を取るのが難しくなろうと、あたしらはやるよ!」

 それはカーシュナーの目的と微妙に食い違う。クロクスと盗賊ギルドが完全に連動することを阻止するのがカーシュナーの目的だ。最優先事項であったクロクスが暗殺者を握るという事態は、想定外のオリオンの離反のおかげで未然に防がれたが、クロクスがヴォオスの裏社会まで完全に牛耳る事態も避けなくてはならない。

 ここで大きく動くことは、盗賊ギルドとクロクスの双方に強い警戒心を抱かせることになる。それはカーシュナーの目的達成の障害になりかねない。


「君らがやらないなら、俺がやるよ。それよりもリタ。思い出せる限りのスタインの行動を教えてくれ」

 反対されると思っていたが、予想外の答えが返ってきた。思わずバルトアルトに目を向けると、小さくうなずく。冷徹なまでに現実的なようでいて、甘い部分もあるようだ。


 リタは思い出せる限りの情報をカーシュナーに話した。一緒に教育や訓練を受けていたはずのヘリッドが驚きに目をむく。スタインが性行為の技術指導を行っていたなど初耳だったのだ。

「完全にクロだな」

 カーシュナーが吐き捨てる。

「そのようですな」

 答えるペテロも嫌悪感を隠そうともしない。


 密偵や暗殺者にとって、性行為は相手を油断させたり、心をつかむために必須の手段である。状況によっては相手を骨抜きにしたり、とりこにしてしまう必要もある。そのための技術は当然身につける。

 ヘリッドもリタも、もちろんその道でも凄腕だ。

 だが、本来指導に当たるのは、男の暗殺者ならば女を知り尽くした男性指導員が当たり、指導とは別に相手役としての女性が用意される。女の暗殺者も同様だ。

 それはあくまで教育であり、そこに快楽が入り込む余地はない。

 女の暗殺者の指導を、男の教育係が一人で行うことなどあり得ないのだ。


「今思えば、指導ってわりにしつこくなめまわしてきたし、やけに早くて連射も利かなかったからおかしいとは思ったんだよね。ぜんぜん練習にならなかったからね」

 リタが完全に馬鹿にした笑みを浮かべる。

「本気で腰を振る訓練を受けた女には、どんな男もかなわないものよ」

 それまで一言も発することのなかったシラーが、小さく笑ってつぶやく。

 この瞬間、女たちは通じ合った。


「二度とたたなくなるくらい抜いてやればよかったのよ」

「一回で終わりなんだよ」

「そこをたたせて抜くのが腕なのよ。玉なんか縮み上がってなくなるまで絞りつくしておやりなさい」

 シラーはそう言うと、男たちを見回した。

 カーシュナーやヘリッドはおろか、バルトアルトとペテルを含めた全員の腰が引ける。


「と、とにかく、スタインの洗脳が解けていることは確実だ。であればやりようはある」

 女性二人の妖しい視線に耐えながら、カーシュナーはなんとか話の方向を修正した――。 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ