和解
どうも、正月休みを利用して減量する予定が、背中を痛めてしまい逆に増量してしまった男、南波 四十一です(泣)腹の肉が突っ張って、マジでやばい状況です(笑) いや、笑っている場合じゃない!
え~、以上、ぜんぜん関係ない話でした。
それではヴォオス戦記・暁、第6話をどうぞ!
「当面の計画かなんかあるの?」
後に部外者たちに<分派>と称されることになる盗賊ギルドの離脱者の仲間に入ったカーシュナーが、オリオンに問いかけた。
ダーンとヘリッドが見張りに立ち、全員食事を済ませて身体を休めているところだ。
暗殺者は、一般人のように朝起きて夜眠るなどという規則正しい生活を送ることは当然出来ない。必要とあれば何日も眠らず、標的を殺害する機会を待ち続けなくてはならないこともある。そのため、一週間以上眠らずに活動出来るよう訓練を受けている。同時にたとえ五分、十分という短時間でも睡眠を取り、体力の回復を図る術も体得していた。
盗賊ギルドと言う特殊な環境に囲まれていたが、仕事の必要上一般的な知識、見識は十分身につけていたオリオンたちは、ギルドを離脱後、身を隠すことにはさほど苦労はしなかった。だが、いかんせん人とのつながりが全くない。
ギルドマスターゼムをこのままにしておくことは出来ないが、対抗するにしても今の仲間たちだけではどうすることも出来ない。
大陸最大の都市ベルフィストを牛耳る犯罪組織は、その規模でも大陸最大と言うことなのだ。
戦闘力だけを見れば申し分ないのだが、数の差が生み出す力の差は、オリオンの能力がギルド三百年の歴史の中でも突出して優れていようと、覆すことは不可能であった。
「ギルドが権力の手先であることは絶対に認められない。ゼムを討つ」
それがどれだけ難しいことか承知の上で、オリオンは言い切る。
「そうだね。盗賊ギルドにおいて、ギルドマスターの決定は絶対だから、クロクスとギルドを切り離すためには、消えてもらうしかない。あとはギルドマスターよりの幹部も狩らないとだめだろうね」
その道程の困難さから、言葉が重くなりがちなオリオンに対して、カーシュナーはあっけらかんとした感じで、オリオン以上に内容を詰めてくる。
こちらはオリオンとは違い、目の前に横たわる障害を気にも留めていない。どうせ越えなければ望むものは手に入れられないのだ。それが困難であるとかないとかを考える事に意味はないと割り切っている。
感情が豊かであることは間違いない。だが、時折見せる徹底した割り切りは、暗殺者として育てられた自分以上に、感情を削ぎ落しているように感じられる。
感情を持っていなかった自分たちよりも、持ってしまった感情を、必要とあれば完全に切り離せるその精神力は、自分よりも上かもしれないとオリオンは思った。
「おい! 新入り!」
二人の会話にリタが割って入る。
「ヘリッドとダーンを休ませる。ついて来な」
そう言うとカーシュナーの首に腕を回し、強引に引きずって行った。
おいていかれまいとカーシュナーは必至で足を後退させる。ついて行けないと首が締まるからだ。
「ちょっと見張りに行ってくる」
海老反りのまま足をちょこまかと動かしながら、カーシュナーはオリオンに手を振った。
オリオンは呆れてため息をつきつつも手を振り返してやる。
この男と出会ったおかげで、前向きという言葉の意味が初めて分かったような気がする。物事を真剣に受け止めることと、その重さに引きずられてうつむき、足を止めてしまうことはまるで違う。
つい出来ないことを考えてしまう思考を振り払い、オリオンはどうすればゼムを討ち、ギルド本来の姿を取り戻せるかに思考を向けた――。
◆
ヘリッドとダーンと交代し、見張りに立ったリタとカーシュナーは距離を取らずに並んで立っていた。女性としては平均的な身長のリタも、ほぼ二メートルも身長があるカーシュナーと並ぶと小さく見える。カーシュナーがいつものように猫背ではない分余計に身長差が際立つ。
リタは口を開こうとして一度閉じ、カーシュナーの耳をつかむと容赦なく引き寄せた。
地下空間であるため声が響く。見張りに立って敵を引き寄せたのでは間抜けもいいところだ。そう思ったからこそ、リタはカーシュナーの頭を下げさせたのだ。
「あんた、本気なんだろうね?」
かけらも響かないのにはっきりと聞き取れる声でリタは問い詰めた。
「どれについて聞いてるの? 基本全部本気だよ」
つまらないことを言った瞬間即座に耳をねじろうと考えているリタが耳を離してくれないため、カーシュナーはいたって真面目に答えた。
「ゼムと幹部連中を討ちとるって話さ。こうは言いたくないけど、ギルドの警備は厳重だ。王宮の閨房にでも忍び込めって言われる方がよっぽど楽だよ。あたしにはゼムにこの手が届くとは正直思えない……」
「オリオンや他の仲間を無駄死にさせたくないってわけね。それは俺も同感。でも、ギルドマスターに手がとどかないかって言われたら、俺は行けると思う」
カーシュナーはニヤリと笑って見せた。
「あんたはギルド本部の警備がどれほど隙のないものか知らないだろう? どうしてそんなことが言えるんだい?」
それは、今までのように否定するための言葉ではなく、カーシュナーの言葉を理解しようという前提の問いかけだった。
カーシュナーはニヤリとではなく、素直に笑った。
「リタ。まず前提から間違っている。俺はギルド本部の位置も、警備体制も、君たち以上に知っている。ギルドの追跡部隊に先んじて君たちを見つけることが出来たのは、ギルドのそれなりの地位と場所に、クライツベルヘンの密偵が入り込んでいるからだ」
「マジで?」
大きな声を出せない分、顔中で驚きを表現する。
「組織が育ち、<掟>が根付いた時点で五大家は盗賊ギルドから手を引いたけど、その動向から目を離すほど無責任じゃない。それに、ギルドの情報収集能力は、王都に限れば王国軍の諜報組織以上だからね。監視目的と言うより、情報網を利用していたんだよ」
「貴族って奴は、盗人以上に腹黒だね!」
リタが眉間にしわを寄せる。だが、その口元はニヤリと笑っていた。知らぬ間にカーシュナーに毒されたようだ。
「お褒めのお言葉と受け取っておきましょう。その腹黒が、知り得た情報を踏まえてあえて言わせてもらう。ゼムの首は取れる」
「あの警備に穴があったとは思わなかったよ」
「穴はない」
「はあっ!? それでどうやってゼムの首取るんだよ!」
リタがさっそくカーシュナーの耳をねじりあげる。
物音をたてずにのたうち回り、響かない小声で悲鳴を上げるというカーシュナーのある種の芸に、リタはついに吹き出してしまった。
必死に築いてきたカーシュナーに対する壁が崩れる。
「あんた、本当に本気なんだろうね。ときどき全部が壮大な悪ふざけなんじゃないかって気がするよ」
「最後にそう思わせることが出来れば、俺の勝ちなんだけどね」
真っ赤になった耳をさすりながら、カーシュナーはニヤリと笑って答えた。
「完璧な警備を破って、どうやってゼムの首を取るんだい?」
「完璧だったのは今までだ。クロクスと手を組んだことで、ゼムには予測出来ない綻びが生じている。それは必ず大きな隙間となって、俺たちの手をゼムの首まで届かせてくれる」
「クロクスと手を組んだんだから、今まで以上に動きやすくなるんじゃないのかい? 人も増やして組織をでかくすることだって出来るだろう?」
「確かに。でも、いくらヴォオス一の権力者でも、盗賊ギルドとのつながりがはっきりと表沙汰になれば、そんなに悠長に構えてはいられない。クロクス派の貴族や、文官や武官も、立場上すべてを黙認することは出来ない。どれほど盤石の権力基盤を築いたとしても、転落の危険性は常にある。飾りものとは言え、上に国王がいるんだからね。盗賊ギルドはそれほど派手に動き回ることは出来ない」
「なるほど。手を組んだって言っても、立場的には下ってことだからね」
「そうしたのは、リタたちのギルド離脱が原因だけどね」
「やっぱり?」
「それまではゼムもかなり強気に出ていたけど、クロクスお目当ての暗殺者主力に逃げられたんだから、立場はないでしょ」
二人は顔を見合わせると、声を出さずに笑い転げた。
「あんた悪い奴だよ」
「悪い奴に対して、より悪い奴でいられるように精進しております」
「なんだよ、それ!」
そう言ってまたひとしきり笑った。
「わかっていると思うけど、ゼムは君たちに対して怒り狂っている。これまでの冷徹さと計算高さが狂うほどにね」
「あたしたちだよ」
「んっ?」
「恨みを買ったあたしらの仲間になったんだ。あんたも他人事じゃないんだよ」
そう言ってリタはニヤリと笑った。それはカーシュナーによく似た人の悪い笑みだった。
「……なるほど。他人事みたいに考えていると、俺の尻にも火がつくってことか」
カーシュナーは一本取られたとばかりに苦笑した。
「あたしらを追うってことは、完璧な警備体制を誇る本部から出てこざるを得ないってことか」
「もしくはこれまで使わなかったごろつき連中を捜索の手に加えて来るだろうね。一人一人は馬鹿でぼんくらでも、数の力は侮れない。何と言っても今では世界一の金持ちが味方に付いているんだ。クロクスはケチじゃない。おそらく今頃はかなりの人数が増員されているはずだ」
「ってことは、あの穴熊野郎は巣の奥にこもりっぱなしってわけか」
「だけど使える人材を現場の監督に出すはずだ。その穴埋めに外の人間がギルドに入る。<掟>を持たない人間がね」
リタはこのときようやくカーシュナーの狙いに合点がいった。
これまでリタはギルドが大きくなることを恐れていたが、それはたくましく成長するというより、飽食の果てに肥え太るようなものだったのだ。
警備態勢がどれほど完璧でも、その警備につく人間は完璧ではない。人間の質が落ちれば落ちるほど、ゼムの首を狙うための隙が大きくなるのだ。
「ゼムはクロクスと手を組んだことで、むしろ自分の首を危うくしていることに、きっと最後まで気がつかないんだろうねえ」
リタの大きな眼が、三日月のようにきれいな曲線を描いて細められる。それは笑うというより、間抜けなネズミを見つけた猫のようであった。
「最後の最後に気づかせてあげるくらいのやさしさは、あってもいいんじゃない?」
そう答えるカーシュナーは、悪徳商人のような顔をしている。
「そういうのは気づかせるって言うんじゃない。思い知らせるって言うんだ。あんたやっぱり悪い奴だよ」
リタはそう言うと、カーシュナーの頬をやさしくなでた――。
◆
「なんだ? 和解したのか?」
次の見張りと交代して戻ってきたリタに、ヘリッドが声をかける。
「まあね。オリオンが認めたんだ。いつまでもあたしが突っ張ってるわけにもいかないしね」
「ってことは、ゼムの首を取る算段もあるってことなんだな?」
「あんたは本当に察しがいいね」
リタはそう言うと、オリオンの隣に腰を下ろした。そして、黙って見つめてくるオリオンに、カーシュナーとの会話を要約して説明した。
「……そういう見方もあるか」
ギルドの巨大化が、むしろギルド内に隙を作るという発想に、オリオンは素直に感心した。
組織の中にあり、組織の在り方といものも理解したつもりだった。だが、理解することを諦めた無能な人間たちが組織と交わると、どのような変化が起こるかについてはまったく考えていなかった。そんな人間を仲間に迎え入れるということ自体オリオンの発想にはなかったのだ。
オリオンは自分が、ある部分においてまったく無知であることを痛感した。
有能過ぎるが故に、無能な人間を理解出来ないのだ。
嫉妬や妬みから来る効率を無視した行動が予測出来ない。
オリオンにとってそれは、無駄以外の何ものでもないからだ。
「オリオン。裏切り者ゼムは当然として、クロクスはどうするんだい? これまで通りなら、ここまでしたクロクスも制裁の対象だろう?」
ゼムに関しては、不用意に動くか、組織の肥大化に伴い、警備がゆるむまで情報収集を続け待つしかない。ゼムに対する当面の方針が決まったので、リタはギルドに三百年守り続けた<掟>を破らせたクロクスに対し、どう動くか問いかける。
「クロクスには届かないよ」
それまで口を挟まず聞き役に徹していたカーシュナーが口を挟む。
今の状況をどこか楽しんですらいるように見えたその表情が、厳しく引き締められている。
「身びいきかもしれないが、ギルドの警備網よりは、クロクスの周辺警備の方がゆるいんじゃないか?」
ヘリッドがカーシュナーの変わりように驚きつつ問いかける。王都ベルフィストに居を構える貴族の警備状況は常に調査がなされている。いつ大口の仕事が舞い込んでもいいようにだ。
当然クロクスの調べもついている。その警備が厳重なのも承知している。それでもギルドと比較すると、警備に立つ人間の質に差があり、その分ギルドマスターであるゼムの方が警戒は厳重だと言える。
「今は奴がいる……」
「奴?」
カーシュナーにここまで警戒心を抱かせる存在に興味を持ったオリオンが聞き返す。
「大陸最強の傭兵、アイメリックだ」
カーシュナーの隣で、ダーンが厳しい表情でうなずくのを見て、全員が表情を引き締めた――。
次回は11日の17時ごろに投稿する予定です。
次回もお付き合いいただければ幸いです。