盗賊ギルド誕生秘話
予定では17時ごろ投稿するはずでしたが、所要のため中途半端な時間に投稿させていただきます。内容はそこまで中途半端ではない。……はずなのでお楽しみ下さい。
それではどうぞ!
ヴォオスはかつて<神にして全世界の王>魔神ラタトスの支配する土地であった。
その版図はヴォオス全土はもとより、ヴォオスの南に広がるゾン、東の山国エストバ、北東に領土を持つ草原の国イェ・ソンの一部にまで広がっていた。
それは神話時代に大陸で最大の版図を誇った古代帝国ベルデの領地であり、<神々の大戦>後、唯一生き残ったラタトスによって奪われた地でもあった。
それから千年。人々は魔族の支配の下、文字通り魔族の家畜として生きることを余儀なくされた。
絶望の千年が貯えた怒りがウィレアム一世を生み、彼のもとに五人の勇者が集った。
彼ら六人は魔神ラタトスに対抗するため、<神々の大戦>により肉体を失い、その魂を天上へと旅立たせた神々に願い、<力>を授かる。
そして、授かった<力>を使い、ウィレアム一世と五人の勇者が魔神ラタトスを打ち滅ぼすまで、人類の上にのしかかった地獄のような支配は続いた。
ラタトス打倒後、ウィレアム一世はその地にヴォオスを建国する。
ウィレアム一世は大陸隊商路の共同建設を持ちかける代わりに、各国へとかつての領土を返還した。
大陸経済から取り残されることを恐れたヴォオスの北西に領土を持つ森林大国ルオ・リシタは、他の三国のような領土の返還という大きな見返りのない状況にもかかわらず、積極的に大陸隊商路の建設に加わった。
それ以来、各国は経済の成長と共に、目覚ましい速度で国力を回復していく。
そんなヴォオスの中で、ウィレアム一世と共に、直接魔神ラタトスを打ち滅ぼした五人の勇者たちは、それぞれが広大な領地と、半独立と言っても過言ではない程の特権を与えられ、ヴォオスの発展と共にその権勢を増していった。
その規模はもはや一貴族領などではなく、小国並みの権勢となった。
五大家が自らそのような態度をとったわけでも、求めたわけでもなかったが、いつの間にか五大家に対する扱いは、大貴族ではなく、王族に対するものと遜色のないものになっていた。
それはヴォオス国内にとどまらず、近隣の王家からもその存在が尊重されることからもよくわかった。
五大家の子息と言えば、一国の王子と同価値があると言える。
そんな大物が、今、自分たちの前にいる。
驚きの声こそ上げなかったが、さすがのオリオンもすぐには言葉にならなかった。
「って言っても、四人兄弟の一番下だから、たいした力はないんだけどな」
驚く一同に、カーシュナーは申し訳なさそうに頭をかいてみせた。
誰もこのカーシュナーの突拍子もない言葉を疑おうとはしない。カーシュナーに対し否定的なリタですら、「うそつけ!」などといった言葉を口にしなかった。
それは、カーシュナーがこれまでに示してくれたことに対する説明が、五大家と絡むとしっくりと来るからだ。
リタが不審に思っていた盗賊ギルドですらつかめていなかった地下通路と隠し部屋の存在を、カーシュナーが知り得ていたのも、犯罪者の寄せ集めに過ぎない盗賊ギルドなどより、はるかに権力の中枢に近い位置にいればこそなのだ。
なにより、今や絶大な権勢を誇る宰相クロクスにとって、唯一政敵と呼べる存在が五大家なのだ。それは五大家にとっても同様だ。むしろ、その権勢で考えれば、その力の天秤はクロクスに傾きつつある。
盗賊ギルドとクロクスが手を組み、クロクスの権力基盤が強化されることを阻止しようとするのは、五大家の人間であればむしろ当然であった。
「俺たちはギルドとたもとを分かったとはいえ、<掟>を捨てたわけではない。相手が五大家であろうと、媚もへつらいもしない」
「わかっている。俺も別に、五大家の名前を振りかざすつもりはないよ。この先いずれ知れることだから、隠したと思われないように始めに言っただけさ。質問の答えにもなったし」
オリオンが築いた精神的壁を、カーシュナーはあっさりとかわして答えてみせる。
「どういうつもりだ? 俺たちを傘下に引き入れたいのではないのか?」
「俺は手を組みたいんだよ。手を組むことと、五大家に従わせることはまるで違うだろ? 権力に従わせようとすること自体、クロクスが盗賊ギルドに対してやったことと一緒じゃないか。それでどうしてクロクスを批判出来る? だいたい、この行動自体俺の独断で、親父や兄貴たちは何も知らないんだから」
「そんな勝手なことしていいのかい?」
ヘリッドが面白そうにたずねる。そのすぐ後ろで、まったくだと言わんばかりにダーンがうなずいている。
カーシュナーは思わず苦笑いした。
「勝手をするんだ。駄目だったら切り捨てられる。ただそれだけだよ」
「マジかっ!」
ヘリッドがダーンに確認する。今や腹の中が読めないカーシュナーではなく、ダーンの反応がすべてだった。
疲れた顔でダーンがうなずくと、全員が納得した。
その反応に納得がいかないのはカーシュナーだけだ。
「クライツベルヘン家は貴族とは思えないほど厳しい実力主義なのです。万が一カーシュナー様がご自分の過失から敵に捕まるような事態になっても、助けは一兵もないとお考えください」
「もとから貴族など当てにしていない。これは俺たちギルドの問題だ」
ダーンの言葉に、オリオンは短く答えた。
「おっ! それは助かる。家の力は借りられないって説明しようと思っていたとこなんだ」
カーシュナーがにやりと笑う。
「そんな状況でどうしてギルドの問題に首を突っ込む?」
カーシュナーの言葉をとりあえず脇に置き、オリオンは重ねてたずねた。
「そっちにとってはギルドの問題でも、こっちにとってはヴォオスの将来にかかわる問題なんだ。もう一年も雪が降り続いている。ヴォオス三百年の歴史を振り返っても、過去に例を見ない異常気象だ。この状況でクロクスにこれ以上権勢を伸ばされては、いざというときに手出しが出来なくなる。その状況だけは避けなければならない」
「それを自分個人の問題としてとらえているのか?」
五大家の子息でありながら、その支援が受けられないということは、クライツベルヘン家は表だって宰相クロクスと事を構えるつもりはないということだ。
「そっちがギルドの<掟>を重んじるように、俺にも譲れないものがある。たとえ家の力を頼れない状況だからと言って、早々に投げ出せることじゃないんだ」
不意に帰ってきた真面目な答えに、オリオンは満足した。
<掟>と言う意味で言えば、ギルドマスターの決定は絶対なのだ。権力に魂を売り渡したと批判し、仲間を連れてギルドから離反したオリオンは、そういう意味で言えばやはり裏切り者なのだ。
洗脳の効果もあるだろうが、オリオンの考えが少数であり、大多数の人間がギルドマスターであるゼムの決定に従っているのも、悪い意味で<掟>に縛られているからなのだ。
己の考えが大勢を占めないからと言って、行動もせずに諦めることを、オリオンは是とすることは出来なかった。どうやら目の前の男も同様の精神構造のようだ。それでいて、現実的でもある。
これだけの隠れ家を用意し、オリオンと交渉するための下準備を完璧に整えてからこの場に臨んでいることが何よりの証拠だ。
これまでは仲間の身の安全の確保で手いっぱいの状況で、ギルドに対する行動は何一つとれていなかった。カーシュナーはそんな状況のオリオンが最も必要としていたものを提示してくれたのだ。
これで本腰を入れてギルドに対し、どう行動するか考えることが出来るようになる。
「俺たちはクライツベルヘンの意向には従わない。それでいいんだな?」
「もちろん。むしろ家のことは忘れてくれ。金も人手も頼れないんだから」
「だとしても、あたしは貴族と手を組むのは反対だね。そもそも貴族って時点で信用出来ない。絶対にあたしらを利用するつもりだ!」
話がまとまりかけたところでリタが口を挟んだ。
リタの意見はもっともだった。貴族とは総じて利己的な人間なのだ。
命令すること。それに人々が従うことを微塵も疑っていない。
自分たちとは精神構造がそもそも違うのだ。そんな連中の口車に乗って、いいように利用されるのはまっぴらだった。
「手を組むのが駄目なら、俺をギルドに入れてくれ」
リタが口にした反対理由を予想していたのだろう。カーシュナーが代案を出す。それもこれ以上ないほど非常識な代案だ。
「ば、馬鹿じゃない! 貴族が盗賊ギルドに入れるわけないだろ! ふざけんなっ!」
カーシュナーの提案に、リタがむきになって言い返す。
「ギルドへの加入は、王都とその周辺で仕事をする際、事前に上納金を納めてギルドに登録し、仕事の後には決められた割合のあがりを納めることに同意して、ギルドマスターの許可をもらうだけだろ? それだって、実際に話がギルドマスターのところにまで上がることは稀で、大抵は窓口をあずかっている顔役の承認で済むはずだ。だいたい上納金を納める際に、身元や前科なんて問題にしていないだろ? この場合、君らは現ギルドマスターの権限を認めていないわけだから、彼が承認してくれればそれでいいんじゃないの?」
むきになるリタとは対照的に、カーシュナーはしれっと答えた。この答えも事前に用意していたのだろう。
オリオンはどこまでも用意周到な男だと思った。
「筋は通っているね」
カーシュナーの言葉にヘリッドもうなずく。
「通ってなんかいるか! 前科者と貴族を一緒にするな! それなりの大仕事をこなしてきたって言うんなら、そいつは勲章にもなるだろうさ! だからギルドもいちいち詮索しないんだ! 腕の良い盗人やスリは、ギルドの収入源になるからね。でも、貴族なんて肩書は、裏の社会じゃ勲章どころか、ただの恥じゃないか!」
「それはお前の個人的な感想だ」
リタの言い分もそれなりに筋が通っていたように聞こえたが、オリオンはばっさり切り捨てた。
「貴族がギルドに入るなんておかしいよ!」
それでもリタは食い下がる。
「知らないかもしれないけど、盗賊ギルドの設立者たちは、全員貴族だよ」
これで何度目になるか、カーシュナーが再び爆弾を落とす。
「!!!!」
オリオン以外の全員が驚きに目をむく。今度はダーンも同様だ。
「ってことは、あんたも初耳か?」
ヘリッドがダーンに確認する。
「初めて聞きました。そもそも盗賊ギルドが実在する組織だと知ったのも、それほど古い話ではないのです。それまではただのおとぎ話だと思っていましたから」
「あんたが知らないってことの方が余計に信憑性があるな。信頼云々は関係なく、根本的に知らなくていいことってのはあるもんだ。むしろあんたのことを考えれば、あの天使さんは余計なことは教えないだろうからな」
ヘリッドの考えに、オリオンもうなずく。この男の部下であるダーンと言う男は、善良な人柄であることが一目でわかるような人間だ。必要もない汚れ話を吹き込んで、その人柄を汚すようなことをこの男がするとは思えなかった。
「なんでそんな三百年も昔のこと、あんたが知ってんのさ!」
リタはそう言いながらも、頭の片隅ではその答えを見つけていた。あえて問いただしたのは、別の答えが欲しかったからだ。
「盗賊ギルドを設立したのは、五大家のそれぞれの初代。つまり、建国王ウィレアム一世とともに魔神ラタトスを打ち滅ぼした五人の勇者なんだよ。そして、設立の中心となったのが、うちの御先祖様であるクライツベルヘン家の初代様ってわけ」
「やっぱりかあぁっ!!」
リタが頭を抱えて絶叫する。思った通りであった。
リタ同様ダーンも悲鳴を上げる。
ダーンにとって仕えるクライツベルヘン家の初代は、神にも等しい存在なのだ。それが盗賊ギルドという闇の組織が作りだされるに至った元凶でもあったのだから、まさに青天の霹靂と言ったところだ。
ただ一人オリオンだけは納得していた。
約三百年。その存在は先程ダーンが口にしたように、いまだにおとぎ話程度にしか思われていない。その秘匿性の高さははっきり言って異常だ。
ギルドに関わる人間の質はピンキリだ。犯罪者に身を落とす時点で、その平均はかなり低いと言えるだろう。そんな劣悪な人間が複数関わっているにもかかわず、一般にその存在が漏れることはほとんどない。
むしろ親が聞き分けのない子供をしかりつける時の丁度いい魔物代わりに使っているくらいだ。
「お母さんの言うこときかないと、悪い盗賊が来て連れていかれちゃうよ!」
と、いった具合だ。
犯罪者の寄せ集めが、<掟>を中心に、王国軍以上の結束を見せることがそもそもおかしいのだ。そのまとまりも、ギルドマスターゼムの裏切りによってほころびを見せたが、いまだに強い拘束力を持ている。
洗脳の技術や、暗殺者が身につける技能など、どう考えても社会不適合者の群れから生み出されるような技術ではない。
オリオンは盗賊ギルド設立当初に、高い組織力と技能を持った集団による支援があったのではないかと考えていた。
ギルドのどこにもその考えを裏付けるような証拠は見つけられなかったが、オリオンは盗賊ギルドを観察した結果、そう結論づけていた。
それがいま証明されたのだ。予想をはるかに上回る事実によって――。
「一つ聞きたい。何故勇者たちは犯罪者集団などを組織したのだ?」
当然の疑問だ。
「建国王であり、五人の勇者を率いた英雄ウィレアム一世は、見事なまでに清廉潔白の人だったらしい。その人柄は誠実で、性格は粘り強く努力家だった。絶望を受け入れて暮らす人々に、蜂起を促すために、ウィレアム一世は戦い、訴え続けた。
だが、ラタトスを恐れるあまり、人々は自分たちのために戦い、その境遇から救い出そうと懸命な努力を続けるウィレアム一世を何度も裏切り、ラタトスに取り入ろうとした。
裏切りの連続の中で、心が折れる仲間も数多くいた。誰よりも傷ついているはずなのに、それでも笑顔で仲間を励まし、ただひたすら真っ直ぐに、人々のために<神にして全世界の王>魔神ラタトスを倒そうと努力し続けた。
人々はその姿に心うたれ、最後には一丸となってラタトスとその眷属の魔物たちと戦った。
そしてついに、ウィレアム一世はラタトスを討ち果たし、この地にヴォオスと言う国を築いた。
人々は歓呼の声を上げ、ウィレアム一世を国王に迎えた。
この時にはウィレアム一世の中には、笑顔で自分を讃える人々から受けた裏切りと言う仕打ちに対する痛みはなくなっていた。すべては報われたと考えていたからだ――」
ここで全員が眉をひそめる。それはちょっと違うだろうと――。
「だが、五人の勇者は違った。特に、後にクライツベルヘン家の初代当主となった勇者は、時にその身に、時に心に受けた深い傷と痛みを忘れてはいなかった。
何より、世界が持つ残酷さ、人の世が持つ汚さを、彼は良く知っていた。
政がきれいごとの上に成り立たなければならないことは承知している。
だが、それだけでは抑えきれない、人が持つさもしい業というものがある。
五人の勇者はウィレアム一世が、この穢れに触れることなく、自身の理想を追い求められるようにと、王都の地下に盗賊ギルドを設立した。
盗賊ギルド誕生の経緯は、ざっとこんな感じなんだよ」
カーシュナーは最後にそう付け加えると、湿度を持たない笑みを浮かべた。
それは人間の醜い部分を理解し、知ることによって生じる怒りも嫌悪も持たず、ただ受け入れることが出来た者だけが持つ、超越の笑みであった。
この男が建国王ウィレアム一世が持たなかった穢れを、代わりに背負ったというクライツベルヘン家の初代当主の子孫だという話も素直にうなずける。
「……過去にそのようなことがあったとは知りませんでした」
この中でおそらく一番衝撃を受けたであろうダーンが、ため息とともに言葉を漏らす。
「テオドールに言うなよ」
「わかってます。衝撃のあまり毛髪が抜け落ちかねませんからね」
テオドールと言うのはダーンの父親で、現クライツベルヘン家当主ヴァウレルの幼少期からの友であり、腹心の部下である。
ダーンの家系は代々頭髪と文字通り縁の薄い家系で、テオドールは額の辺りの境界線がかなり曖昧になってしまっている。先程のダーンの答えは、普段ならネタで済むのだが、今回ばかりは衝撃が強過ぎて、本当に毛根が死にかねない。
「どうする、オリオン?」
ヘリッドが小首を傾げて問いかけてくる。リタの最後の抵抗も、盗賊ギルドがそもそも貴族が作った組織であることから何の意味もなくなってしまった。
「別にかまわんだろう。お前が優秀な人材だということもよくわかった。俺のやり方に従うのなら、お前も今日からギルドの一員だ」
「ありがとう」
答えたカーシュナーは、リタに視線を向けた。いら立った鋭い眼光がこちらをにらんでいる。カーシュナーは鼻の頭に親指をつけると、手の平をひらひらと振ってみせた。
「殺すっ!」
元暗殺者だけに、かけらも笑えない言葉を吐き出すと、リタはカーシュナーを追いかけ回した。
「あんたはどうする?」
オリオンがダーンに問いかける。
「あのお方だけだと、皆さんにご迷惑をおかけしますので、一緒にお世話になります」
元暗殺者をからかって追い回されている主人を眺めながら、ダーンは申し訳なさそうに申し出たのであった。
オリオンは思わず小さく吹き出した。
その様子を、リタとカーシュナー以外の仲間たちが、今日一番の驚きを込めて見つめたのであった――。
次は7日土曜日17時ごろに投稿いたします。引き続きお付き合いいただければ幸いです。