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ヴォオス戦記・暁  作者: 南波 四十一
22/42

命名<暁>

どうも、前回投稿するのをすっかり忘れていた男、南波 四十一です。

げん担ぎで17時台に投稿することにしているのですが、今回のようにコロッと忘れたり、急な用事で投稿したくても出来ないといった事態に備えて、最悪18時に予約投稿するようにしておりますので、投稿日に読んでくださる数少ない勇者=読書中毒者のみなさま(たぶん十人くらい(笑))、水曜と土曜は、どうか広い心で18時まで様子を見てやってください。

※勇者=読書中毒者は南波にとっては最上級の褒め言葉です。念のため(笑) 南波は基本アナログ人間なので、常にいつでも読めるように本を一冊装備しております。RPGで初期装備を装備しないまま裸でうろつき回ったとしても、現実世界で本を装備しないことはありません。装備していないと若干不安になるガチの中毒者ですから(笑)

執筆の方は終盤に差し掛かっておりまして、どうやら追いつかれずに最後まで書けそうなので、水曜、土曜の投稿は確定と思ってください。モンハンXXを手にしたらどうなるか非常に危ういですが(笑)

それではヴォオス戦記・暁、本編をどうぞ!

あっ! 今回ちょっと長めです。すいません!

「カーシュよ。ここにはその程度のことで度肝を抜かれるような人間はおらんぞ」

 引退勧告を受けたヴァウレルが、ニヤリと笑って返す。

 カーシュナーは父の言葉に、その斜め後ろに指を突きつけて応えた。

 ヴァウレルの振り向いた視線の先に、これはお家騒動勃発かと、動揺を隠せないでいるテオドールの姿があった。

「真面目か!」

 ヴァウレルが呆れ気味にツッコミを入れる。


 実はもう一人度肝を抜かれていたオリオンは、単に反応出来ないでいただけだった。


「父上。テオはクライツベルヘン一の良識家です。今のは正直に受け止めてしまうでしょう」

 アインノルトが助け舟を出す。

「何年わしと一緒に居るつもりだ。少しは慣れろ!」

 ヴァウレルががっくりと肩を落とす。

「も、申し訳ありません」

 テオドールが額に大粒の汗を浮かべて頭を下げる。


「と言うことは、カーシュナー様の先程のお言葉は、ご冗談ということで……」

「言ったことは本気」

 念のために、といった感じでテオドールが口にした確認の言葉を、カーシュナーが一刀両断する。

「ヴァウレル様!!」

「お前、面倒臭いから引っ込んでおれ!」

 またもや真面目に受け取ってしまったテオドールを、ヴァウレルが邪険に下がらせる。


「昔はもう少し冗談が通じたんだがな……。ダーンの方は大丈夫か?」

「まだ大丈夫です。空気を読んでボケることまで出来るようになりました」

「まことか! テオドールの家系は代々堅物ばかりだったからな。忠義に厚く武勇に秀で、才知にもける。これ以上ない人材なのだが、いかんせんつまらん」

 ヴァウレルがぼやく。


「父上。クライツベルヘン家の気質をお考えください。歯止めをかける者がいなければ、どこまでも際限なく無茶をする性格です。テオやダーンのように、良識に基づいて待ったをかけてくれる者が、クライツベルヘンには必要不可欠なのです」

「それはわかっておる。だからといってそこに面白味を求めてはいかんということにはなるまい?」

「クライツベルヘン家に乗れる・・・人間は、最終的には汚染・・・され、歯止めをかけるどころか、その回転に巻き込まれてしまうのがオチ・・です」

 アインノルトの正論に、ヴァウレルは一言も返せなかった。クライツベルヘン家の悪影響は、下手な伝染病よりも感染力が強いのだ。


「話が本筋から逸脱し過ぎてよくわからくなってしまったのだが、実際のところ、カーシュはお父上をどうしたいのだ?」

 ここにテオドール以上に乗らない・・・・男がいた。

「おおっ!」

 アインノルトとテオドールが、思わず感嘆の声を上げる。

 悪乗り状態のヴァウレルとカーシュナーの間に割り込むのは至難のわざなのだ。


「そうだね。俺の体力が尽きる前に、話を本筋に戻そうか」

 これは軽口ではなく、事実であった。

「酒を用意させます。まずはおかけください」

 表には出さなかったが、カーシュナーの体調を危惧していたテオドールが、全員に椅子を進める。


 執務室内にある応接用のテーブルに、テオドール以外の四人が座る。オリオンは遠慮しようとしたが、ヴァウレルとアインノルトがそれを許さなかった。テオドールもヴァウレルに見えないように、後ろからこっそり拝み倒してくる。どうやらオリオンはヴァウレルにかなり気に入られてしまったらしい。


 ヴァウレル、アインノルト、オリオンの前に酒とグラスが並べられたのに対し、カーシュナーの前には大量のレバニラ炒めが用意された。

 運んできた使用人に、テオドールが親指を立てる。いい仕事だ! という意味だ。

「いや、いくら血が足りないからって、レバニラって……。うまっ!!」

 呆れ気味だったカーシュナーも、ひとくち口にした途端、思わず叫んでいた。

 扉からこっそりとのぞいていた料理長が会心の笑みを浮かべる。


「貴族もレバニラ炒め、食べるんですね」

 オリオンが素朴な感想を口にする。

「レバニラだけでは飽きてしまいます。他にもいろいろとご用意致しておりますので、たくさんお召し上がりください。皆さまはもうすぐご夕食の用意が整いますので、それまでお待ちください」

 テオドールはそう言うと、自ら三人に酒をそそいでいった。


「話を戻しますが……」

「カーシュナー。ひとくちくれ」

 戻りかけた話の本筋が、再び脱線する。

「ヴァウレル様!」

 テオドールが厳しい声で諌める。

「ひとくち、ひとくちだけだ!」

 そう言うとヴァウレルは、手でひょいとつまんで口に放り込む。

「手でっ!!」

 食った者勝ちだと言わんばかりに、ヴァウレルは指についた油をなめた。

 テオドールが怒り出す前に、使用人の一人がサッと手拭きを渡す。


「それで、カーシュナーよ。先程の話は、……料理長! 夕食にレバニラ炒め追加だ! ……どういう意味だ?」

 態度も口調も一見真面目だが、やっていることは無茶苦茶だ。

 オリオンは、隣で絶品レバニラ炒めに舌鼓を打っているカーシュナーに目をやり、次いでその父親であるヴァウレルに目を向けた。


 縦にひょろ長く、顔だけを見ればやさしげな美青年でも通用しそうなカーシュナーと、前後にぶ厚く、横に広い体躯に、整ってこそいるが、ひとにらみで野盗が逃げ出しそうな厳めしい顔をしているヴァウレルは、外見的には全く似ていない。兄のアインノルトも似ていないという意味で言えば同じなのだが、父親よりも全体的に均整がとれている分、まだカーシュナー寄りと言える。

 外見は全く似ていないにもかかわらず、オリオンはよく似ていると感じた。

 似ているというより、同じ血が流れているということがよくわかる感じだ。


「この国はまもなく大きく荒れます」

 いきなり真面目な話になる。

 オリオンはこれも別角度でふざけているのだろうかと疑ったが、どうやらようやくまともな会話になりそうだ。


「すでに荒れておるだろう。五大家の領内では、この終わらない冬の影響による餓死、病死者は出ておらんが、他の領地ではすでにいくつもの村が滅んでいる。一つの村を、滅んだと見せかけて村ごと保護してクライツベルヘンへと脱出させたのはお前ではないか。何を今さら言っておる」 

 ヴァウレルが手にしたグラスから、注がれていた酒を一息に飲み干しながら言う。その所作に、現状に対する強い不満が現れている。


「北は特にひどい状態です。反乱は、いつ起きてもおかしくないでしょう」

「それについては、シュタッツベーレン家とボルストヴァルト家から情報は得ておる」

 シュタッツベーレン家はヴォオス北部に、ボルストヴァルト家は北東部に領地を構える五大家だ。

「我が身のことしか考えておらん馬鹿どもの下につかされた人々は確かに気の毒だ。だが、だからと言って五大家が干渉するわけにはいかん。反乱は起こるだろうし、流血も避けられん。そして、それらは力ない人々の犠牲と言う形で終わるだろう」

 ヴァウレルが不機嫌そうに差し出したグラスに、同じく眉間にしわを寄せながら、テオドールが新たな酒を注ぐ。


「それと父上の引退がどう結びつくのだ?」

 アインノルトが素直な疑問を口にする。

 本来民衆を救済すべき貴族がヴォオスの民衆を虐げているのだ。同じ貴族として恥じ入る気持ちはあっても、それに対して五大家筆頭当主が責任を負ういわれはない。


「反乱が民衆主導の内は、各貴族による単純な武力制圧で十分でしょう。ですが、各地で単発的に発生する反乱を、誰かがまとめ、指揮すれば、この国の北半分の民衆を敵に回すことになります」

 カーシュナーの言葉に、オリオンは手の中のグラスに向けていた視線を上げる。


「そのような報告は受けておらん。何か独自につかんだか?」

 手にしていたグラスを置いてヴァウレルが問いかける。先程までの悪乗りの気配は微塵もない。

「この段階で尻尾をつかませてくれるような相手なら、わざわざ父上に会いには来ません。ですが、俺が思いつく程度のことを、世の中の陰謀家が考えないわけがない。ましてや何もせずに指をくわえているなんてことはあり得ない」

 不吉なことを自信満々に言い切る。


「例えば?」

 オリオンがたずねる。

「この国の現状に不満を持つ者。ヴォオスに敵対する国。ヴォオスと友好関係にある国々と敵対する国。挙げ始めたらきりがないよ。ヴォオスが持つ富。これから生み出される富は、常に敵を招く。ヴォオスの弱体化を図り、それによって利益を得ようなんて人間は、降りやまない雪と同じように、際限なく湧いてくるのさ」


「仮に他国が蠢動しているとして、それだけの余力のある国がどれほどある? 終わらない冬の影響は大陸全土に及んでいるのだぞ」

 アインノルトが眉をしかめる。

「どこが動こうと、自国の兵を動かすのは、ヴォオスを混乱させた後です。余力のあるなしはこの際関係ありません。仮に、この終わらない冬の影響が比較的少ないゾンあたりが、不満の多い中級以下の貴族や、軍内部の反クロクス派に資金援助などをして反乱を扇動し、それに成功したとして、その結果弱体したヴォオスを、イェ・ソンやエストバあたりが、これはゾンの成功だから、うちは今回関係ないからみたいなことを言って見逃すと思いますか? それどころか比較的友好度の高いルオ・リシタも、涎を垂らしながらヴォオスに侵略して来るでしょう」


「なるほど。問題は原因ではなく、結果が招くさらなる侵略か」

 アインノルトが腕を組んでうなる。

「誰の手によって、どれほどの規模の反乱が起こるかはわかりません。止めるべきであれば動き、利用すべきであれば乗る。そのための備えを、クライツベルヘンはすべきなのです」


「それがわしの引退なのか?」

「はい。今、我々が前提としているのは、各貴族、もしくはヴォオス軍が鎮圧可能な規模の反乱に対してです。ですが、それこそヴォオス存亡の危機を迎えかねない程の反乱が発生したらどうなるでしょうか?」

 カーシュナーが歯の隙間に挟まってしまったニラに悪戦苦闘しながら、とんでもないことを問いかける。

 そっとテオドールが爪楊枝を差し出す。

 真面目な話をしている状況で、この男はごく自然にこういった事態に陥る。緊張感を壊す天才だ。


「ニラは美味しゅうございますが、すじが……」

 テオドールが、これはしょうがないと言った口調でつぶやく。ダーンもそうだが、その父親も、なんのかんの言おうと、カーシュナーの言動を良く受取ろうとするのだ。

 

 気の抜ける状況で、ヴァウレルとアインノルトは、真剣にカーシュナーが提示した可能性を検討する。

「おそらく、全貴族に招集がかかるでしょう」

 アインノルトが父親に確かめるように言う。

「だろうな。カーシュナーが設定した状況に陥った時点で、ヴォオス軍のみでは対応しきれない状況のはずだ。現在ヴォオス軍は、食料不足の影響から各地の砦、城塞及び、軍全体の常駐兵数を削減しておる。大反乱に対応出来るだけの兵数は確保出来んはずだ。必然的に貴族の私兵を当てにせざるをえまい」

 ヴァウレルがうなずく。


「兵数を削減していると言われたが、削減された兵士たちの生活は保障されているのですか?」

 オリオンが疑問を口にする。

「一応はな。何故そんなことを聞く?」

「このご時世に職を奪われて放り出され、満足に食うことも出来ないとなれば、そう言った人たちは反乱に加わるのではないかと思ったので」

 オリオンの言葉に、ヴァウレルとアインノルトは顔を見合わせた。


「おおいにあり得ます。いや、間違いなくそういった事態になるでしょう。ヴォオス軍は削減された人数分弱体化し、反乱は削減された人数分、組織としての力を増す事になる」

「カーシュナーよ。これは荒れるどころか、国が亡びかねんぞ!」

「はい。反乱を扇動する人間の能力が高ければ、反乱を鎮圧出来たとしても、ヴォオスは他国の侵略に対し、これを排除出来るだけの国力は残らないでしょう」

「貴族だけではなく、五大家も動かなければならなくなるな」

 事態を想像出来たのだろう。アインノルトの眉間に、深い縦じわが刻まれる。


「ですが、五大家は動きません。勅命に対する拒否権がありますから」

「そうだな。五大家は動かん。下手な消耗は、クロクスに対する抑止力の喪失に繋がりかねん」

 カーシュナーの言葉に、ヴァウレルもしかめっ面でうなずく。

 クロクスの権勢は絶大だ。そして、その野心も本物だ。

 クロクスが現状宰相の地位に甘んじているのは、ひとえに五大家の勢力を恐れればこそなのだ。


「父上。状況がそこまで進んだ場合、俺はクライツベルヘン軍を動かしたいのです」

「動かしてどうする?」

 頭ごなしに拒否されても仕方のない提案を、ヴァウレルは興味深そうに問い返す。

「軍をと言うより、クライツベルヘン軍の名前をですかね。まあ、それでも、質はともかく、数は三千騎から五千騎は必要ですが」


「クライツベルヘン軍が動いて、五千騎程度ではすむまい? 最低でも三万騎は動かさねば、むしろ動かさんことより大きな批判を受けることになるぞ。最悪、クライツベルヘン家に反意ありと断じられかねん」

「そのために、父上には病により当主としての職務が困難となり、第一線を退いたことにしていただきたいのです」

「なるほど! これでようやく最初の話にたどり着くというわけか」

 ヴァウレルが納得して、手の平を拳でポンと叩く。ずいぶんと古臭い表現だ。


「国の危機に、これまでの常識を覆し、五大家は王家の要請に応え、兵を動かす。だが、兵数を動かさないために、クライツベルヘン家の一時弱体化を演じるための布石というわけか。だが、それだけではいささか弱過ぎるのではないか? 仮に父上の後を継ぎ、俺がクライツベルヘンを治めることになったとしても、まだヴァールーフがいる。クライツベルヘン軍が動くのであれば、あいつが率いて参戦せざるをえまい。お前にクライツベルヘン軍を預けるには、もう二手、三手必要なのではないか?」

 アインノルトの指摘に、カーシュナーはニヤリと笑って見せた。

「その二手目次第で、お前の提案、飲んでやろう」

 ヴァウレルもニヤリと笑って言う。 


「ここにいるオリオンたちと俺は、盗賊ギルドに対して、ケジメ・・・をつけます」

 不意にカーシュナーのまとう気配が変わる。これまで一度として見せたことのない、戦場に立つ時の顔だ。

 途中から話の規模が大きくなりすぎてついて行けなくなっていたオリオンは、いきなり叩きつけられたカーシュナーの百戦の気に当てられ、目の覚めるような思いを味わった。


「クロクスと盗賊ギルドが機能する事態は、五大家としても避けたい事態でしょうが、俺は現在反盗賊ギルド組織の一員です。五大家の利益とは離れて動いています。仮にこれから俺たちがやろうとしていることが五大家にとって不利益になるとしても、俺はあくまで仲間たち・・・・・の想いを最優先して動きます」

 それは、ある意味決別宣言と言ってもよかった。だが、一度オリオンたちの仲間に加わると言った以上、カーシュナーは筋を曲げるつもりはなかった。


 カーシュナーの本気に、オリオンは心が震えるのを感じた。

 カーシュナーのことは信頼している。だが、カーシュナーには本来の目的があった上で自分たちに接触してきたのだ。仲間になると言った言葉は、リタやヘリッドを強引に納得させるための方便にすぎないと考えていた。


 自分たちとのつながりを、ここまで本気で考えてくれているとは思っていなかったのだ――。


 自分の人生を卑下するつもりはない。選択肢のない人生の中で、全力で生きてきたつもりだ。だが、気持ちのどこかで、元暗殺者である自分たちを、五大家の御曹司であるカーシュナーの下に置いていた。互いの間にあった壁はなくなったが、その下に刻まれた線は消えてはいなかったのだ。

 その時が来れば、カーシュナーは自分たちではなく、家を選ぶと思っていた。それが当たり前なのだ。


 所詮自分たちは、王都の地下を這い回る、犯罪組織の構成員でしかないのだから――。


「いちいちそんなに構えなくていい。そういう男になるように、父上や俺たちはお前を育てたのだ。ゴドフリート様から、何が正しいかは学んだはずだ。その正しさを貫けばいい。ただし、クライツベルヘン家の不利益なるような案件に関しては、手は貸さん」

 カーシュナーの、いざとなれば家を捨てると言わんばかりの構えに、アインノルトがニヤリと笑って答える。

「まあ、今回の開拓村の発展に関するようなことであれば、いくらでも協力するがな」

 ヴァウレルもニヤリと笑って付け足した。


 硬い、弾き返すような反応が返ってくると予測していたオリオンは、アインノルトとヴァウレルが、あっさりとカーシュナーの考えを受け入れたことに驚いた。

 仮にもヴォオス最大の貴族、クライツベルヘン家の当主と次期当主である。自分たちのような身分の者と、五大家の人間が行動を共にすることを何故受け入れられるのだろうか。

 器の大きい人間であることはよくわかるが、貴族社会の常識をあまりに逸脱し過ぎている。

 その想いが顔に出ていたのだろう。ヴァウレルが吠えるように笑う。


「君は今の貴族たちが敬うに足るだけの人間たちで構成されていると思うかね?」

 顔は笑っているが、目は笑っていない。オリオンは素直に答えることにした。

「思いません。むしろ、今の貴族名簿は、この世から消えていい人間を、上から数えてまとめた物と大差ない内容になるでしょう」

 この辛辣すぎる回答に、ヴァウレルだけでなく、アインノルトとカーシュナーまで大笑いする。


「無口なわりに上手いことを言う。その通りだ。そして、我々はそのような現実が長続きするとは思っていない。ヴォオス建国三百年を目前にして、この国は終わるだろう」

 他の人間が言えば、不敬な世迷言でしかない。だが、クロクスが国政を牛耳り、国王が飾り物にすぎない現在、ヴォオス貴族においてもっとも強大な力を有する男が口にすれば、それは予言めいた力を持つ。


「国が滅べば貴族も平民もない。そこに残るのは能力差だけだ。そうと知っていて君を拒むのは、真っ先に消えるべき貴族は自分だと言っているようなものだ」

 そう言ってアインノルトは肩をすくめた。

「まあ、国の状況とか関係なく、クライツベルヘン家の人間は、元々人を能力で判断するからね。ある意味家柄さえ良ければまともに扱ってくれる連中の方が、よっぽどやさしいんじゃないかな?」

 まだ笑いながら、カーシュナーが皮肉な言葉を付け足す。


「俺たちは、ギルドマスターゼムと、奴を支援した幹部たちを粛清します。盗賊ギルドがクロクス傘下となった現在、ギルドと事を構えるということは、クロクスと敵対することを意味します。すんなりゼムの首が取れるなどとは思っていませんが、その一線だけは譲れません」

 先程カーシュナーが語ったことを、自身の口から伝える。カーシュナーはあくまで支えだ。仲間たちを代表して話をする以上、前に出るのは自分でなくてはならない。


「首を取った後はどうする?」

 それはごく当たり前の質問だった。だが、オリオンは明確な答えを即座に返せない。これまでは、ゼムを討ち、ギルドを再び、<掟>を中心とした本来の姿に戻すつもりだった。だが、クライツベルヘン家の三人と言葉を交わすうちに、自分の考えの浅さに気がついてしまっていたのだ。


「王都はクロクスの手の中だ。その中でクロクスを真っ向から敵に回して、ギルドの再建は不可能だろう」 オリオンが言葉に出来なかった現実を、アインノルトが口にする。

 何か言葉を返さなくてはと知恵をしぼったが、うめき声すら出てこない。


「やれるところまでやったら、王都を追い出されて、クライツベルヘン領で悪事を働くつもりです」

「なにっ!!」

 カーシュナーが何気なく放り込んだ言葉に、さすがのヴァウレルとアインノルトも意表を突かれる。

 オリオンも呆気に取られてカーシュナーを見つめる。


「ゼムの首を取れるかは、実はクロクスの気まぐれにかかっているんだ」

 カーシュナーがオリオンに説明する。

「俺たちが王都である程度動けているのは、ギルドに力がないと言うより、ギルドがクロクスに介入させないようにしているからだ。奴が本気になって俺たちを狩り出しにかかったら、どれほど巧みに隠れたとしても、表立って用意出来るクロクスの数の力をかわしきることは出来ない。クロクスが本気になる前にゼムを討つしかないんだ」


「それはわかる。だが、どうして俺たちが王都から逃げ出さなければならない?」

「ゼムの首を取れば、さすがのクロクスも俺たちを危険視する。俺たちと言うより、オリオン、お前をだ」

「…………」

「そうなれば、クロクス子飼いの私兵団だけでなく、ヴォオス軍を使って正式に俺たちを狩り出しにかかる。アイメリックの遊びとは根本的に質が違うんだ」

「…………」

「引き際を間違えると、仲間たちを殺す。みんながこのことを知っている必要はないが、お前だけは常に頭の隅に置いておかなければいけない」

「……わかった」

 オリオンは自分の中にある感情のしこりを無理やり呑み込んだ。


「そこで! ただで追い出されるのもしゃくなんで、活動拠点を王都からクライツベルヘンに移し、荒らし回っているように見せながら、クライツベルヘン内のクロクス派を潰すという計画です」

「お前たちを狩り出そうとするクロクスの動きを逆手に取るということか」

 カーシュナーの説明に、ヴァウレルが納得する。


「クロクスからすれば、厄介の種であるお前たちが、奴の野望の最大の足かせとなっている我がクライツベルヘンに流れ込み、我々の力を削ぐ形になる。クロクスからすれば一石二鳥というわけだから、それ以上深追いはしないだろうし、王都を荒らし回った反盗賊ギルド組織が流れ込み、治安が悪化したことになるクライツベルヘン軍は、外に兵を送るようなゆとりはなくなるというわけか」

 カーシュナーの説明をアインノルトが引き取り、大いに納得する。


「それと、ゾンが牽制の動きを見せるはずですから、それに対してゾンとの国境警備の要であるミデンブルク城塞に援軍を出すという形で兵を動かせば、クライツベルヘンは反乱に対し、形ばかりの兵力を出しても言い訳が立つというわけです」

「……カーシュナー。わかっているだろうが、ゾンを刺激し過ぎるなよ。牽制が本格的な侵攻に姿を変えてしまったら、本末転倒だからな」

「はい」 

 ゾンの動きに、カーシュナーが何らかの形で関与していることを読んだヴァウレルが釘を刺す。カーシュナーも素直に返事を返したが、その目にはいたずらな光が宿っていた。


「そこまで状況を読んでいるのなら、わしは何も言わん。クロクスの傘下についてしまった盗賊ギルドの能力が低下してくれることは、五大家にとっても願ったりの状況だ。暴れて来い!」

 ヴァウレルの言葉に、カーシュナーは笑い、オリオンは深く頭を下げたのであった。


「それにしても、反盗賊ギルド組織というのは、いかにも言いづらいな。なにか新しい名前はないのか?」

 アインノルトがオリオンにたずねる。

 そんなことは考えたこともなかったオリオンは、思わずカーシュナーに視線を向けた。

 翠玉の瞳が、明らかに面白がっている視線を返してくる。好きなように決めろということだ。


 真っ白な頭の中に、不意にある名前が降りてくる。

 それは下級層民の間で爆発的な人気を誇る、<異世界伝>という物語に出てくる、<シノビ>と呼ばれる者たちの、ある組織の名前だった。


「……あかつき、俺たちは<あかつき>と名乗ろうと思います」

「<暁>か。いいじゃないか」

 アインノルトが笑顔でうなずく。

「暁と言えば、夜明け前か。ヴォオスは今、歴史の節目に差し掛かっている。状況次第では、この国は明けない夜に飲まれてしまうだろう。<暁>、夜明けを待つ者たちか。オリオン。君なら必ずやり遂げるだろう。君の活躍に期待する」

 ヴァウレルも満足そうにうなずいた。


「俺だけではありません。カーシュナーを含めて、俺には頼りになる仲間たちがいます。俺たちの力を合わせて、必ずゼムと幹部たちの首、取ってみせます」

 力強く答えたオリオンの顔は、珍しく誇らしげに笑っていた――。









 王都の地下の一室で、盗賊ギルドのマスター、ゼムは、顔をしかめて一人の客を迎えていた。

「今頃になって、よく顔を出せたものだな」

 吐き捨てた言葉には、ひとかけらの好意も含まれてはいない。

 ギルド構成員なら、誰もが震え上がる冷たい声色だ。

 だが、言われた方は軽く肩をすくめて受け流してしまう。

 洗脳されていた時とは明らかに違うその反応に、ゼムはいら立った。


「久々に顔を合わせた息子に、ずいぶんな態度ですね」

 今も冷たい目でにらみつけられている男が、見る者を溶かしてしまうような極上の笑顔を浮かべる。

「何が息子だ。貴様とて、俺を父親などとは思っていまい」

「実の息子を暗殺者に仕立て上げ、洗脳したからですか? 俺は別に恨んじゃいませんよ。心が広いんで」

「いい加減にしろ!!」

 男の、人を食ったような物言いに、ゼムが怒声を張り上げる。


「無駄話はいらん。用件だけを言え。それが俺の役に立つのなら、生かしておいてやる」

 声の冷たさが、言葉が脅しではないと、言葉以上に雄弁に物語る。 

 言われた男は、わざとらしく震えあがってみせた。

「ジョルジュ!!」

 ゼムの怒声が再び室内を満たす。

 周囲に控えている護衛の男たちが、自分に向けられたわけでもない言葉に冷汗を流す。


 ジョルジュと呼ばれた男は、先程同様軽く肩をすくめただけでゼムの怒声を受け流すと、指を一本立てて左右に振った。

「一つ訂正。俺、今はジョルジュじゃなくて、ヘリッドって名乗ってますんで、一つよろしくお願いします」

 そう言ってヘリッドは、ニヤリと笑った――。


 

次回は3月8日予定です。

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