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ヴォオス戦記・暁  作者: 南波 四十一
15/42

その者の名は、アイメリック――。

 大陸が終わらない冬に閉じ込められるまで、ヴォオス三賢王の登場以降、世界は繁栄の坂道を自らの脚で踏みしめて登るのではなく、四頭立ての馬車に乗り、後方に流れる景色をのんびり眺めるかのように、なんの困難にもぶつかることなく、駆け上っていた。


 金と暇を持て余した貴族が経済的ゆとりから安易にいくさを起こし、大陸の各所で互いの領地を奪い合う愚かな遊びが、欲望の衝動を抑えきれない若者たちの間に蔓延する性病のように広がっていた。

 この愚かな遊戯に唯一参加していなかった国がヴォオスであったが、それはヴォオス貴族が他国の貴族と比較して人的資質に優れていたからではなく、豊かな国土と、四本の主要大陸隊商路によってもたらされる富を狙い、主に単独で、時に連合軍を組んで、近隣諸国が侵略を繰り返し、内乱という愚かな遊びに手を出さなくとも、いくらでも暇つぶしの余興があったからに過ぎない。


 ヴォオスほどではないにせよ、大陸隊商路の整備と治安維持が一定の水準で確立されて以降、ヴォオスの隣国も経済の流通は目覚ましい発展を遂げ、人の往来をより活発化させた。

 そして、戦を起こし、維持するだけのゆとりと、戦を起こし、奪うだけの価値のある財貨を貴族たちが手にした結果、ある一つの職業が需要を伸ばすことになる。


 傭兵だ――。


 経済的ゆとりが増したとは言え、正規兵を万単位で維持することは、たとえ領地持ちの貴族と言えども簡単ではない。兵士とは、平時には単なる金食い虫でしかないからだ。

 ヴォオスと違い、奴隷制度が社会構造の基盤となっている国々では、主に歩兵は奴隷が務めることになる。そのため、いざ戦となればそれなりの数をそろえることは出来るが、普段過酷な労働で使役され、当然戦闘訓練など行うことのない奴隷歩兵は、攻撃のための戦力としてはまったく期待出来ない。彼らはあくまで使い捨ての生きた盾なのだ。


 守ってばかりで勝てる戦はない。盾をいくら揃えたところで、敵将の首を取ることは出来ないからだ。

 そこで必要となるのが剣としての役割を担う傭兵だ。

 今日まで自軍で雇い入れていた者が、金さえもらえば明日にでも敵としてこちらに剣を向けてくる傭兵を好まない貴族は多い。それでも、正規兵と違い平時には切り捨ててしまえるその利便性は魅力であり、多くの貴族が臨時戦力として雇い入れた。


 傭兵が使い捨ての戦力であることは、奴隷歩兵と何ら変わることはない。

 そのことを自覚している彼らは、いたずらに命を消費させないために傭兵団を結成し、一つの団として雇用契約を結ぶことがある。

 これは雇用する側である貴族にも利点がある。

 武勇に優れてこそいるが、用兵能力に劣る武将より、並の武勇しか持ち合わせなくとも、用兵能力が高い武将の方が、戦局全体に対する影響力は大きい。

 それと同じように、個としての戦力よりも、数を生かせるだけの練度を持った戦力の方が、同じだけの数の傭兵をそろえた場合強いのだ。


 傭兵という存在がいくさにおいて確固たる地位を築くと、名をはせる者が現れてくる。

 その大半が有力な傭兵団の団長であったが、ごく稀に、個人の武勇によってその名を天下に知らしめる者も現れる。

 それらの者たちが手にした武勲は、旅の吟遊詩人たちの手によって脚色され、民衆が広く好む物語となり、傭兵の名と共に大陸中に広がっていった。

 それはまさしく勝ち取った名であり、傭兵物語に憧れる少年たちは羨望と敬意を持ってその名を語り、同業の傭兵は嫉妬と悪意を持ってその名を口にした。


 名をはせた傭兵の中には、貴族や、時には王族から取り立てられ、それまでの流れ者の生活から一転、騎士や貴族として新たな人生を歩む者がいた。だが、その一方で、大半の傭兵が、その武名を目当てに狙われ、命を落とした。

 

 多くの傭兵物語が生まれ、瞬く間に消えていく中、ヴォオスでその名と物語が聞かれ始めたのは、今から約十年ほど前になる。

 上背こそあるが、明らかに少年の面立ちをした美しい傭兵が、戦場に現れた。

 敵味方共に、傭兵たちはどこぞの貴族の落胤らくいんかと、その傭兵の出自をうわさした。


 出る杭は打たれる。

 そんなありきたりの説明で事足りるほど安易な理由から、その傭兵の少年は周囲から疎まれた。

 醜い男たちの嫉妬を、娼婦たちが笑ったことで、少年に対する敵意はさらに増した。

 うわさがうわさを呼び、少年が小貴族同士のケチな戦に参加した時には、敵味方すべての傭兵から狙われる状況になっていた。


 両軍合わせてようやく千にとどくかという小規模な戦闘に参加した傭兵は意外に多く、両陣営共にその兵力の約一割を傭兵が占めていた。

 この程度の規模の戦しか出来ない小貴族が、傭兵を雇うのは経済的に厳しいのだが、互いの対抗意識から借財をしてまで傭兵を雇い入れ、その数を競い合った結果だ。


 少年は周囲の殺意を理解していながら、平然と戦場に現れた。

 その背中を狙う仲間のはずの傭兵たちは、戦場にあって気負いものければ殺気立つでもなく、景勝地に観光にでも来たかのように敵軍を眺めてたたずむその姿を見て嘲笑った。

 あれはどうやら白痴はくちの類だと考えたのだ。


 白痴と馬鹿にしさげすもうと、その立ち姿は浮世離れした美しさだった。腰まで伸びた長い髪はゆるく風になびき、陽の光を受けて艶やかに輝いていた。

 その姿に舌打ちする者。足元に唾を吐く者。その美しい姿を切り刻む瞬間を想像して舌なめずりす者。思い思いの憎悪を込めてその姿をにらみつける傭兵たちの中に、股間を大きく膨らませ、興奮で荒い息をつく者たちが多数見受けられた。

 タマを取りに来たのではなく、別のタマ・・を取りに来た者たちだろう。


 開戦の角笛が鳴り響き、奴隷歩兵と共に、両軍の傭兵たちが走り出す。

 どれほど歪んだ理由でこの戦に参加していても、彼らは本職の傭兵だ。いきなり味方の傭兵に斬りつけるような真似はしない。そんなことをすれば裏切り者として雇い主から自分が斬りつけられることになるからだ。

 両軍の傭兵が激突するまで我慢する。乱戦になれば後はいくらでも言い訳が立つ。

 少年以外の傭兵たちにとって、この戦はすでに痛み分けということで話がついているのだ。けが人は出しても死人を出すつもりは毛頭ない。

 所詮は使い捨ての消耗品。それが貴族の傭兵に対する評価だ。今回のような小貴族同士の小競り合いで、傭兵同士が本気で互いを削り合うようなことはないのだ。


 そんな死人が出ないはずの傭兵同士の戦場に、血の雨ならぬ血の旋風が吹き荒れる。

 なぶり殺しになるはずの少年を中心に、刃のつむじ風が渦を巻き、顔面や首、頭部といった急所が切り裂かれ、吹き出した血飛沫ちしぶきが剣風に乗って横殴りに吹きつけて来るのだ。

 敵味方合わせて約百人の傭兵たちに戦慄が走る。


 少年はすべてを理解したうえで、受けて立ったのだ。


 一瞬の戦慄が過ぎると、狂ったような怒りがわきあがる。

 次の瞬間、血の旋風が怒りの渦を巻きとり、双方の雇い主である貴族など完全に無視した一対百の壮絶な殺し合いが始まったのであった。


 戦慣れした男たちが放つ深い殺意と怒りの奔流に、近くで戦っていた奴隷歩兵たちがしり込みして戦場から逃げ出す。

 それによって戦場の異常事態に気がついたそれぞれの貴族たちが、一時軍を引き、事態の収拾に当たろうとした。だが、所詮は小貴族同士がちっぽけな面子めんつを賭けて起こした戦に過ぎない。そこに込められた殺意の量は、今、戦場で傭兵たちが放つ異常なまでの狂った殺意には到底及ばなかった。

 下手に手出しすれば雇い主である自分たちにさえ噛みつきかねない状況に、二人の貴族は戦いの渦の外側から、ただひたすら静観するしかなかった。


 戦場の空気を支配した傭兵たちは、金にもならない私戦にのめり込んでいた。

 一方的に殺戮するはずだったガキに、不意を突かれて先手を取られた。何が何でもその首を上げなくては腹の虫がおさまらない。それに何より、たった一人の子供相手に手を引いたとあれば、今後の仕事にも影響してくる。傭兵という仕事は足元を見られたらお終いなのだ。


 血相を変えて襲い掛かってくる傭兵たちを、少年は打ち合うことすらせず、神技としか思えない体捌きで、かわしつつ斬り、斬ることで次の斬撃をかわし、殺意の激流をするりと泳ぎ切ってみせた。

 結果、真っ先に襲い掛かった十数人の傭兵たちは、ただ思い切り空を切り裂いただけで、憎い相手に一太刀も浴びせることなく死んだのであった。


 数瞬の内に出来たしかばねの絨毯の真ん中に立つ少年は、無邪気に笑っていた。そこに快楽殺人者の陰は微塵もない。蟻をいたずらに殺す幼子の無邪気さに似た喜びだけがあった。

 その尋常ならざる強さと、それに反する殺気のなさに、異様なものを感じた傭兵たちの足が止まる。

 だが、その程度でしり込みすることはない。貴族に飼われた正規兵ならいざ知らず、いくつもの戦場を渡り歩いてきた傭兵は、強い相手を仕留める術を心得ていた。


 傭兵たちの中から長柄の武器を手にした者たちが進み出る。

 その速さも体捌きも、間合いの外から攻撃し続ければいいのだ。それでも難しければ、ぐるりと囲んで弓で射殺してしまえばいい。始めからそうしないのは、たとえ一対百の戦いを仕掛けた卑怯者であっても、いきなり飛び道具を手に取らないだけの見栄があったからだ。  


 傭兵たちの冷静な対応に、少年は満足そうに一つうなずくと、一気に間合いを詰めにかかった。

 そう来ることを読んでいた傭兵たちが、一斉にそれぞれの槍を突き出す。幾人かが胴を狙って突き出し、幾人かは、その槍を飛び越して間合いの内側に入ってくるであろうと予想をつけ、上段突きを繰り出す。

 獲った! 

 誰もがそう思った攻撃だったが、少年はまるで地を這う大蛇にでもなったかのように、突き出された槍の壁のわずかな下の隙間を一気に駆け抜けかわしてみせる。


 人の膝下程度の高さしかない隙間を、手にした剣を構えたまま、まるで地面に飛び込んでいくかのように低く進んでいく。尋常ならざる足腰の強さだ。

 傭兵たちは始め、少年が逃げ場をなくして倒れ込んだものと考えた。故に、その先があるとは考えなかった。

 自分たちの両足が次々と斬り飛ばされるまでは――。


 まるで達磨だるま落としのおもちゃのように背丈が一段低くなった傭兵たちの壁をすり抜けた少年は、その後続として詰めていた飛び道具を手にした傭兵たちの中に飛び込んでいく。

 乱戦に持ち込んでしまえば飛び道具は使えない。ましてや一対百の戦いである。下手に弓など射れば、いかに腕自慢であろうと、仲間に当てるのが関の山だ。


 手にした弓を剣に持ち返ることすら出来ないうちに、一息で五人の傭兵が斬り伏せられる。

 その周囲にいた者たちは、いくら場慣れした傭兵と言えども恐怖を覚えずにはいられない。

 その後さらに一人の傭兵が、少年の斬撃を受け止めようとして上げた弓ごと両断されると、一気に恐慌状態に陥った。


 至近に迫った死から何とか逃れようと、傭兵の一人が矢を射る。

 一時たりとも動きを止めない少年を捕らえられるわけもなく、傭兵の射放った矢は、仲間の脚を射ぬいた。 

 射抜かれた方はたまったものではない。まともに身動きが取れなくなったところに少年が迫ると、傭兵は狙いも定めず次々と矢を射放ったのであった。

 狙ったときよりもはるかに高い命中精度で次々と仲間に矢が突き刺さって行くと、恐慌は一気に全体に拡散した。

 逃げようとする者。まだ立ち向かおうとする者。それぞれが互いの動きを阻害し、気の短い者が手にした剣を目の前の男に振り下ろした瞬間、恐慌は同士討ちへと発展した。

 

 そんな中でも少年に狙いを定めて挑んでくる者がいる間は、少年も楽しそうに剣を振るっていたが、それだけの実力者を少年が消費しつくすと、少年は大混乱の中、まるで台風の目の中にいるかのように、一人取り残された。

 少年は剣をだらりと下げると静かにたたずみ、周囲の狂乱を、早く終わらないかなと言いたげに眺めた。

 しばらくは退屈そうに眺めていたが、突然吹きつけた風が周囲の傭兵が巻き上げた土ぼこりをすくい上げ、少年をほこりまみれにした次の瞬間、不機嫌そうに顔をしかめた少年の大虐殺が始まった。


 先程までの戦いを楽しむ動きとは明らかに異なり、それは農夫が田畑にはびこる雑草を苛立たしげに引き抜くような、作業的な動きであった。

 それまでの戦いで、少年はけして手を抜いてはいなかった。だが、戦うというより、つまらない作業を嫌々こなしているといった感じの今の方が、はるかに多く命を奪っていた。


 遊びがなくなった分、効率が増したのだ――。


 狂ったように殺し合っていた傭兵たちだったが、自分たちが狩られる側の人間であることをようやく悟ると、それまで必死で斬りつけていた目の前の相手を放り出し、開戦当初の薄汚い見栄もかなぐり捨てて逃げ出した。

 ここで状況判断の遅い者たちがさらに斬り伏せられ、喧騒に包まれていた戦場に静寂が訪れる。


 小貴族の小競り合いとして始まったこのいくさは、傭兵の暴走と言う大混乱に発展し、最後はしかばねと血の海に、ただひとり少年だけが立つという異様な光景で幕を閉じた。

 状況を見守るしかなった両陣営の貴族は、すべてが終息した今も、死神の逆鱗に触れることを恐れ、動けないでいた。


「ちょっと来て!」

 少年は一言、遠巻きに眺める両陣営に声をかけた。

 普通なら誰も相手になどしない。少年は貴族にとっては奴隷と大差ない、使い捨てるべき人種、傭兵でしかないなのだから。 

 だが、両陣営の大将である貴族二人は、少年のたったそれだけの呼びかけに応え、少年の元へと馬を進めた。それは本能からの行動だった。お付きの騎士も反射的に従って来たが、守るべきはずの主より前に馬を進めようとはしない。


「お主、何ということをしてくれたのだ……」

 少年が言葉を口にする前に、少年の雇い主側である小貴族が、足元に横たわる五十体以上の屍を見つめながら非難する。本当は見たくはないのだが、少年の目を見てしまうのが恐ろしくて視線を離せないのだ。


「これで、傭兵に支払う費用は僕一人分で済みますね」

 小貴族の批難など軽く無視して、少年は周囲を両手で指し示すと言った。

 あまりにもあどけないその口調に、小貴族はうっかり少年に目を向けてしまう。

 顔は笑っている。瞳も笑っている。だが、その笑いは加虐的な笑いであった。

 小貴族は恐れていた通り、少年から視線を剥がせなくなってしまう。


「君、さっきの話をもう一度して」

 少年はそう言うと、死んでいるとばかり思われていた脚元の男を引きずり起こした。

 目立った外傷はないが、脇腹の衣服が血に染まっている。それでいて衣服には小さな切れ目が入っているだけだ。突く軌道と引く軌道が全くぶれていない証拠だ。


「……俺たち傭兵は、この戦の前に談合して戦っているように見せかけて、戦が終わるまで適当にやり過ごす計画だった……」

 刺された脇腹を抑えながら、傭兵は正直に話した。

 傭兵たちのこの戦での目的は、目立ち過ぎた少年を戦にまぎれて始末することだったのだ。たいした財力もない地方の小貴族のために真面目に戦ってやるつもりなど始めからなかったのだ。


 この事実を知った両陣営の小貴族は、それまで少年が作りだした戦場の空気にのまれていた反動もあり、烈火のごとく怒り狂った。奴隷と同程度に見下していた者たちに、逆に見下されていたという事実が余計に怒りを煽ったのだ。

 両貴族は直ちに配下の騎士に指示を出すと、逃げた傭兵たちを追わせた。


「それで、そちらの貴族様。僕がこっちにいるこの状況で、まだ戦を続けますか?」

 少年の無邪気な口調の問いかけに、怒り狂っていた相手陣営の小貴族が凍りつく。

 そして、その少年の言葉に、戦を起こしたもう一人の張本人もハッとする。傭兵の裏切りに、戦の最中にあることすら失念していたのだ。


 威圧感などまるでない少年の言葉であるにもかかわず、問われた貴族は敗北を受け入れた。

 この少年の剣が、今度は自分を狙って振るわれるかと思うと、傭兵たち同様つまらない見栄など張りようがなかった。

 これにより勝利を手にすることになった小貴族も、相手に対する開戦当初の敵意はとうに萎え、これ以上の過剰な戦いを望む気にはなれなかった。


 仮にこの戦で相手貴族の首を取り、領地を攻め落とすようなことをすれば、それを理由に本格的な野心を持つ有力貴族に、敵討ちという侵攻のための大義名分を与えかねない。それは結局自身の命と領地を失うことになるのだ。

 傭兵の少年が目立ち過ぎてしまったがために命を狙われたように、小貴族も下手に力を増したりすれば、それを脅威と感じた大貴族から狙われかねないのだ。

 少年は実力でそれを排除したが、自分には大貴族相手にそんな真似は出来ないと、小貴族は思った。


「戦も終わったので、もし、今お給料をいただけるのなら、このまま次の土地に行きたいんですけど」

 少年が期待交じりの視線を向けてくる。

「……いくら欲しい?」

 この戦はこの少年一人で勝ったようなものだ。小貴族は少年がかなりの金額を吹っ掛けて来るのではないかと思い、恐る恐るたずねた。

「契約通りお願いします。別に名のある首を取ったわけじゃないですからね。でも、余分に褒美をくれるなら、喜んで受け取りますよ」

 少年は肩をすくめると、いたずらな口調で答えた。

 

 小貴族は肩透かしを食らったような気分だったが、本人がそれでいいと言っているので、契約の三倍の額を報酬として支払った。

 少年が開口一番口にしたように、小貴族は戦に勝ち、その上で本来傭兵に支払うはずだった報酬を、少年一人分で済ますことが出来るのだ。三倍どころか、十倍払ってもおつりがくる。

 少年が差し出された報酬を確認する際、額が少ないと怒り出すのではないかとひやひやしながら見守っていたが、特にもめることもなく少年が提示された額で納得してくれたので、小貴族は内心で安堵の吐息をついた。


 一瞬小貴族の脳裏に、

「私に仕えないか?」

 という言葉が浮かぶ。

 だが、その言葉は口に届く前に喉の奥につかえてしまい、大きな生唾を飲む音に変わった。


 少年を召し抱えるということが、檻に入れることすらかなわない猛獣を飼いならそうとする行為に等しいことに気がついたからだ。

 代わりに小貴族は少年に名を問う。


「アイメリックです」

 少年は答えると、小貴族に背を向け、自分が手にかけた無数の屍が転がる戦場を、軽い散歩にでも出かけるような足取りで後にした。

 

 この後少年には<百人殺し>の二つ名が付くことになる。

 実際に手にかけた人数は半数の五十人ほどだが、逃げたの五十人の傭兵が、少年が暴いた事実により小貴族に狩り出され、全員処刑されたため、百人殺しの二つ名になったのだ。


 この二つ名から始まり、少年は大人になるまでの過程で<大陸最強の傭兵>という二つ名を手にする。


 少年の名を最初に世に送り出した<百人殺し>の二つ名は、今では覚えている者すらほとんどいない。

 それは、この後アイメリックが残すことになる数々の武勲が、あまりにも大き過ぎるためだった――。


 




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