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ヴォオス戦記・暁  作者: 南波 四十一
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作戦決行

どうも、おススメバブルが弾けたはずが、まだちょっとずつヴォオス戦記が読まれていることに驚いている男、南波 四十一です。

ヴォオス戦記の方でまたまた評価していただけたので、この場をお借りしてお礼申し上げます。

お読みくださるだけでもありがたいのに、評価までつけていただき、ありがたい限りです。

それではヴォオス戦記・暁の本編をどうぞ! 

 王都の雑踏は、世界中が終わらない冬の脅威にさらされている中、まるで別世界の出来事のように活気づき、人込みにあふれていた。

 商業区の中でも外壁寄りにある店は、比較的安価な品を扱う下級層の王都住人向けの店舗が寄り集まっている場所だった。と言っても品不足で場所によってはすでに死者も出ている状況である。王都で暮らす下級層は、他都市で言うところの中級層以上の人々と言うことになる。


 スタインはうっかり監視を撒いてしまわないように気を配りながら歩いていた。


(普通は逆だろ!)


 撒くつもりなどなく、ごく当たり前に歩いているつもりだが、それでも自分についてこられない監視たちにスタインはいら立っていた。

 ゼムの前では堪えたが、もう我慢など必要ない状況になったスタインは、苛立ちと共に唾を吐き捨てる。

 店の前に唾を吐かれた店主がにらみつけて来るが、スタインはまるで意に介さない。


 自らを囮としてオリオンたちの釣り出しを考えているスタインは、盗賊ギルドの構成員ではない、素人・・による犯罪が行われていないか巡回しているていで、適度に表の世界に姿を見せていた。

 二日目の今日も、何気ない風を装いながら、周囲に鋭い視線を配っている。


 スタインは今日も撒き餌のつもりで姿をさらしている。

 離反したオリオンたちの人数は限られている。ギルドのように組織力を持たない彼らの情報収集力はたかが知れている。自分の存在に気がつくには、時間がかかるはずだ。

 と思っていた矢先、手の中に何かが押し込まれた。背後からだ。


 振り返るような馬鹿はしない。だが、完全な死角からきょかれたため、冷や汗が吹き出すのを止めることは出来なかった。

 まだやれるという自信がスタインの中にあったが、現役と一線から退いた者の差を突きつけられ、スタインの自信は砕け散った。

 背後の気配が去る。


 スタインはまだにらみつけている店主に向き直ると詫びを入れ、一年前から比べると十倍の値段に跳ね上がった品を購入した。

 途端に愛想の良くなった店主が品物を包んで渡す。

 スタインは包みに紛れ込ませる形で手の中に押し込まれた物を移動させ、素早く逆の手に移すと確認した。それはギルドで用いられる隠語で書かれた手紙だった。


 内容は以下のようのものであった。

 洗脳が解け、そのままの勢いでギルドを離れてしまったが、時間を置き冷静になると、その行動の愚かさに気がついた。ギルドに戻りたいのでそのための橋渡しを頼みたいといった内容だった。

 残してきた教育中の子供たちのことをひどく気にかけている様子もうかがえる。洗脳が解けて、母性が顕著に表れたのだろうとスタインは判断した。

 ギルドに戻る手土産として、残りの暗殺者たちの所在を教えるとなっている。

 そして、最後に差し出し人として、リタと署名がされていた。


(リタ……? ああ、あの女か。そう言えば、以前この名で仕事をしたことがあったな。それを名乗っているのか)

 スタインの頬がいやらしく歪む。洗脳を利用してその身体を弄んだ時の記憶がよみがえったのだろう。

 顔がニヤつかないように必死でこらえているが、早くて連射の利かない粗チン野郎だと暴露されてしまっていると知ったら、さすがのスタインも落ち込むに違いない。


 スタインはリタからの申し出を疑わなかった。脱落者はいずれ出ると踏んでいたからだ。暗殺者たちは身体能力に優れ、高度な教育も受けているが、終わらない冬という異常気象下にある世の中で、何の後ろ盾もなく生活していけるような能力には乏しい。いずれ食うに困り、ボロを出すのは目に見えていた。


(そう言う意味で言えば、この女はずいぶん賢いと言えるな。状況を読み、見切りをつけることを知っている)


 スタインはともすれば早くなりがちな足を意識的にゆるめると、餌に極上の獲物が喰いついた事実を隠すために、意味のない巡回を続けた――。 









「お疲れさん」

 スタインに手紙を渡して戻ってきたリタに、カーシュナーが声をかける。

「あいつすごいビビっていたよ!」

 開口一番リタが吹き出す。

 これを受けてカーシュナーはニヤリと笑う。

「その場にいたかったねえ」

 二人は目を見合わせると、同時にゲラゲラと笑った。


「ここまではあんたの読み通りだけど、スタインがあの手紙を素直にゼムに渡すってことはないかい? ギルド総出で網を張る方がどう考えても効率的だろう?」

 作戦の穴を埋めるべく、リタは疑問に思ったことはすべてカーシュナーに投げることにしていた。今思ったことも、作戦の前提がスタインの独断行動を想定して組まれているからだ。


「スタインの見張りが驚くほどゆるいのには気がついただろう? あれはゼムがスタインを信頼しているからじゃない。逆に逃げ出す隙を作っているんだ。一度逃げれば、幹部たちもスタインの処分に異議を挟むことはない。むしろギルドマスターを諌めてまでかばってやったのに、その面子を潰されることになるわけだから、ゼム以上に執拗に追うはずだ。スタインに味方はいない。最低限の立場を守るためにも、結果の欲しいスタインは自力でリタの捕獲を行うはずだよ」


「そんな状況で子供たちを独断で連れ出せるのかい?」

「連れ出せる。と言うより、連れ出そうとしても、ゼムは止めない」

「どうして?」

「作戦が上手くいけばよし。行かなくてもスタインには子供たちという長い尾ひれがつくことになる。追跡は容易だし、逃げるのならば当然子供たちは置き去りにせざるを得ないから、スタインの裏切りをより強く印象付けたいゼムにとっては格好の材料になる。仮にもゼムはギルドマスターにまで登りつめ、幹部たちをまとめて三百年間守り続けて来た<おきて>を捨てさせた。そして、一時とは言え宰相クロクスと対等の立場で手を組んで見せた男だ。その能力は歴代のギルドマスターと比較してもかなり高い。この程度の計算は瞬時にすませるさ」


「頭の回る奴ほどあんたの手のひらの上っぽいね」

 リタが皮肉な笑みを浮かべる。

「頭のいい奴ほど、物事の考え方に一定の方向があるからね。それさえ見極めることが出来れば、思考を先読みするのはさほど難しいことじゃないんだ」

「なるほどね。その見極めはあたしも身につけなきゃいけないね。今後の役に立ちそうだ」

「リタなら出来るよ。それよりそろそろ戻ろうか。スタインのために、入念な歓迎の準備をしなくちゃいけないからね」

 リタはニヤリと笑ってうなずいた――。









「人の配置は了解した」

 リタから作戦内容を説明されたオリオンはうなずく。

「どうも苦手だな。人を使うというのは」

 作戦の最後尾で、子供たちを逃がす役目についたオリオンがぼやく。


 暗殺者は元来個人で行動する。標的次第では二、三人で組んで行動するが、原則一人ですべてをこなす。暗殺者の主力がそろっているとは言え、オリオンとの能力の開きは大きい。今回の作戦も、筋書き次第ではオリオン一人でこなせてしまうのだ。

 だが、それでは人は育たない。洗脳により生きた人形のように過ごしてきた彼らは、人間らしい個性を身につけるためにも、それぞれが自身を成長させるような役目が必要なのだ。


「他人を率いて離反した以上、オリオンには人の上に立つ器を育てる義務がある」

 作戦の説明に際して、カーシュナーから言われた一言だった。

 一人で出来るからといって、何でもやってやることが良いわけではない。信頼し、任せることが人を育てるのだ。

 カーシュナーからの提案を、ヘリッドとリタが支持し、この作戦で前線を任せられた者たちが賛同したことで、オリオンは不承不承ながられたのであった。


「オリオンが最後に控えているってわかっていると、安心して作戦に集中出来る」

 仲間の一人がそう言った。

 これまで洗脳により抑えられていた感情が解き放たれたことで、今まで縁のなかった緊張や不安を覚える者が多く存在した。

 戦いにおいてそれらは能力を抑制する可能性のある邪魔ものでしかないが、それこそが人が人らしくあるために必要な感覚なのだとカーシュナーは言った。

 それと同時に、

「頼り切ってはいけない。それは個々の自立の妨げにしかならないからだ。君たちは一人一人がオリオンを支える柱になるつもりで作戦にあたってくれ」

 と言った。

 オリオンを支えるという発想は、今までの彼らにはなかったものであり、その考えがそれぞれの表情を引き締めた――。


 



 スタインの討伐及び子供たちの奪還の準備が終わり、後は指定の時間を持つのみと言う段階に至って、一つの知らせが入った。

「アイメリックがギルド本部に入っただと!!」

 この知らせに驚愕の声を上げたのは、これまで誰よりも冷静であったカーシュナーだった。

 大きく舌打ちするとらしくもなく、苛立ちもあらわに行ったり来たりする。


「厄介ですね」

 そんなカーシュナーにダーンが声をかける。

「そんなにかい?」

 それほど重要とは思えないリタが、普段はにやけている顔を思い切りしかめているカーシュナーに問いかける。


「あの男が一番厄介なんだ。頭が切れる以上に、勘働きが異常にいい。理知的に行動出来るくせに、その根拠は裏付けのない勘頼りだったりする。今になってギルド本部に入るのがその証拠だ。この作戦の本来の目的を見抜かれかねない」

 カーシュナーがしかめっ面のまま説明する。


「……そこまでなのか?」

 これまで幾度もカーシュナーに驚かされ、オリオンと同等に評価している男の言葉に、ヘリッドが声を落として問いかける。

「そこまでだ。最悪を想定しておかなければならない」

 おそらく頭の中ではその最悪の事態に対する対応策を検討しているのであろう。ヘリッドの問いに上の空で応える。


「オリオン。俺とダーンはアイメリックの動向を探る。いざとなったらよそでひと騒ぎ起こして奴の気を引けないか試してみる。出来れば俺からの連絡を待ってくれ」

 言うが早いか、カーシュナーはダーンを引きつれ、アジトを飛び出していった。


「あの男をあれほど慌てさせるのか。やはり一度そのアイメリックと言う男、見ておく必要があるな」

 カーシュナーの背中を見送ったオリオンが、うなるように言った。

「そうだね。でも、向うはカーシュに任せよう。あたしらはあたしらの仕事に集中しないとね」

「ああ、天使さんが戻ったとき、俺たちの方は失敗しましたじゃ、笑い話にもならない。これまで天使さんが俺らのために骨折りしてくれた分、しっかり応えようぜ」

 リタとヘリッドの言葉に、全員が大きくうなずく。

 オリオンはそんな仲間たちの姿に、カーシュナーが言っていた人を育てるということの意味を実感した――。









 王都の地下に網の目のように張り巡らせれた地下水路の一角に、オリオンたちは身を伏せていた。

 水量が豊富なおかげで、下水処理が主目的の水路は、一般の人々が想像するよりもはるかに清潔で、臭いもそれほどきつくない。

 地上が終わらない冬で凍りついていることを考えれば、温度が一定の地下水を主な水源としているおかげで、地下水路はむしろ快適と言ってもいいくらいだ。


 身体に馴染んだ闇の中に身を潜め、オリオンはカーシュナーからの連絡を待っていた。

 予定の時刻は過ぎている。これ以上ただ待つわけにはいかない。何らかの判断が必要だ。

 作戦を決行するのか、中止するのかだ。


「スタインが読み通り子供たちを連れ出したことは確認出来ている。どうする。オリオン?」

 ヘリッドが最終的な判断を求めてくる。

 これ以上はスタインに無用な警戒を持たせることになる。また、いくらゼムがスタインを切り捨てたがっているとは言え、この状況をまったく放置してそのままというわけがない。引くにしろ、その判断が遅れれば、この場からの離脱にも危険性が伴うことになる。


「やろう。リタに合図だ」

 スタインを排除し、同時に子供たちを取り戻せる機会は二度と来ないと判断したオリオンは、作戦を決行した。

 闇に包まれた地下水路の中を、闇の住人たちが動き始めた――。

次回は28日予定です!

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