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第九夜 牢屋にて

「誰か~、出してくれ~」

 俺は寒々とした牢屋の中で、鉄格子を握りしめていた。石造りの部屋の中に簡単なベッドが置いてあるだけの牢屋は、地下牢ということもあってか昼間だというのに薄暗く、なんとも気が滅入る。ジャディとの戦いでスパイ容疑は晴れたはずなのに、もう2時間くらいここに閉じ込められている。

 看守はいるにはいるが、俺の声に答えるどころか、まるで耳を貸してくれない。

(少し落ち着いたらどうですか?)

「お前なあ、どこの世界に牢屋に入れられて落ち着くやつがいるんだよ。俺は今まで自転車の持ち主確認でしか警察のお世話になったことがないんだぞ」

(それはお気の毒でした。…それより、私に聞きたいことがあるんじゃないですか?)

「そうだ、さっきの老人。ヴリトラハン、だっけ?あれはいったい何者なんだ?」

(老師は昔からの知り合いです。一緒に旅をしたこともありますが、随分会えていませんでした。だからあなたが彼を呼び出したときは少なからず驚きました)

「へー…お前でも驚いたりするんだな」

(しますよ。…これからは彼を呼び出すことで戦闘に加わってもらうことができます。また、彼の力を借りて、あなたが彼の魔法を執行することもできるようになりました)

「嘘、俺が魔法使えるの!?」


 俺は思わず大声を上げた。公務執行とか、確かに魔法じみてるとは思っていたが、本当に俺が魔法を使える日が来ようとは。なんだか自分が違う世界の人間になったような気さえしてくる。

(―――誰か来たようですよ)

 マニュアルがぐふふ、と浮かれている俺に注意を促す。牢屋にいくつかの足音が反響する。ここからでは牢の外は見えないが、その足音の1つが小走りでこちらに向かってくる。 

「シュウ!よかったー、無事ね!」

「ネーシャ!もう動いて大丈夫なのか?」

 うん、とネーシャはその場でくるりとターンをしてみる。溺れかけて気を失ったときは心配したが、もう大丈夫なようでよかった。青のミニスカートが翻って、なんともかわいいじゃな、ゲフンゲフン。…彼女から視線を外した先に、後からやってきた足音の主がやってきた。

「はじめまして。君がタカバ シュウだな」

「あなたは?」

 190はあろうかという大きな体に、立派な装飾の入った鎧をまとった男。だが不思議と圧迫されるような威圧感はない。屈託のない笑顔がその理由だろうか。

「俺はアレス。ここの兵団のまとめ役をさせてもらっている。ジャディとの話はネーシャ君からすべて聞かせてもらった。…今回はうちの兵士が迷惑をかけてしまった。血の気の多い連中とはいえ、本当に申し訳ない」

 アレスはそう言うと頭を下げた。どうやら俺にまつわるスパイの容疑は晴れたらしい。ネーシャが満足そうに微笑んでいる。きっと一生懸命に説明してくれたのだろう。

「今すぐここから出そう。経緯が分からなかったとはいえ、牢屋にいきなり入れるのはいささか乱暴な対応だったと私は思う」

 アレスは後ろについてきた看守を呼び、牢を開けさせる。俺は伸びをしながら牢から抜け出す。

「お父さんとお母さんも解放してもらえたわ。ありがとうね、シュウ」

「おじさんたちも無事なんだな。いや、よかった安心した」

 いやー、これで一件落着だ。全員の無事を喜ぶ俺たちに、アレスは申し訳なさそうに声をかける。

「今回はこんな迷惑をかけて申し訳ないのだが、実は君たちに折り入って頼みたいことがあるんだ」

「…俺たちにですか?」

 ああ、とアレスはうなずく。

「私たち兵士団は日夜、フォンスの治安維持に当たっている。その役割の1つに、街の外の巡回も行っているんだ。他の街からの流れ者や、モンスターがフォンスの外を徘徊しているからね」

アレスは説明を続ける。俺はなんだか少し嫌な予感がしてきた。

「いつもなら何人かのグループを編成して、巡回に当たるのだが困ったことに、待機していた兵がみな感電してしまって動けそうにない」

 予感は段々確信に変わってきた。

「だから、私と君たちとで巡回に出てほしいんだ」

 やっぱりそうなったかー。どうやらネーシャは先にこの話を聞いていたらしい。

「私たちが一方的に悪いわけじゃないんだけど、ちょっとは責任もあるかなって思って。私には戦う力はないけど…」

「ネーシャ?」

 ネーシャは俺のそばで手をかざす。するとネーシャの掌が淡く光り、俺の体を包んだ。指や腕にできた打ち身やあざが、綺麗に消えていく。

「えへへ、私、回復ならできるんだ」

「私たちも編成を見直してみたが、50人分の欠員を完全にカバーすることはできなかった。ここはフォンスを助けると思って協力してくれないか」

 アレスは再び頭を下げる。

(これは仕方ないですね)

「だな…。分かりましたアレスさん。巡回のお手伝い、させていただきます」

「そうか!ありがとう、助かる!」

 アレスは顔を上げ、感謝を伝える。まあスパイ容疑を晴らすなんてことと比べたら、外のパトロールなんて楽なもんだろう。

「シュウ君の力はすでにネーシャ君から聞いている。だが、さすがに3人では万が一という時に心もとない。だから今回はもう1人を加えた、4人のパーティを組んで行こうと思う」

「もう1人ですか?」

(嫌な予感がします)


 ああ、とうなづくアレスの後ろから、階段を降りてくる足音が聞こえる。

「―――戦士長、お呼びですか?…げ」

 降りてきたのはジャディだった。アレスはおお来たか、とジャディを迎える。

 俺もなんだか嫌な予感がしてきた。あと、げ、ってなんだ。俺のセリフだわ。

 白い歯を見せてアレスはニカッと笑う。

「では、この4人で今から街の外へ巡回に向かう。よろしく頼むな、みんな」

 

 この笑顔に騙されてはいけないと思った。

 

「ああ、そうだ!言い忘れていたことがあった。ジャディ―――」

 階段に向かうアレスは思い出したように足を止めた。

 ジャディはビシッと両手を体の横に付けて、直立不動になる。顔には冷や汗のようなものが見える。

 アレスはこめかみに血管を浮かびあがらせながら、ジャディに警告する。

「お前たちが街中で横柄な態度をとったり、一方的に暴力をふるったことはすでに聞いている。…兵士団としてあるまじき行為だ。今後、二度とないように。―――いいな、二度目はないぞ?」


 戦士長アレス、どうやら悪い人ではないようだ。

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