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第五夜 オフィスにて

「おはよう、シュウ。朝よ、起きて」

 ネーシャの声とともに、朝日がシュウのベットに降り注ぐ。ネーシャが開けた窓の向こうからは、心地よい朝の空気と、屋台街から聞こえる人々の喧騒が入ってきた。

「もう、朝か。思いっきり寝たなあ。ぐっすりだったよ」

「それはよかったわ。このベッドは少し小さかったでしょう。大丈夫だった?」

「バッチリ。この寝癖を見ればどれだけ快適だったか分かるでしょ?」

 俺はそう言いながら自分の頭を指で示す。自分でも頭が物凄い状態になっているのが分かる。うねうねと爆発が繰り返した頭を見てネーシャは思わず笑った。

「そうね、まずは下で顔を洗ってきたらどう?もうすぐ朝ごはんができるわ」

「朝ごはんまでいただいちゃっていいの?」

「もちろんいいわよ。シュウはお客様だもの。ご飯を食べたらさっそく街を散策しましょ」 


 ネーシャの家の洗面所を借り、朝ごはんをみんなといただく。献立はパンと目玉焼きと見たことのない野菜のサラダ。パンは麦の香りがとてもよく、2つもおかわりしてしまった。早朝からネーシャがパンを買いに行ってくれたらしい。焼き立てのパンはとても温かく、ほんのりと甘い味がして美味しかった。

「すいません、朝ごはんまでいただいてしまって。本当にお世話になりました」

「いいのよ、そんなかしこまらなくて。またいつでもいらっしゃい」

 パールはにこやかに答える。シバも玄関の奥から見送りに出てきてくれた。

「そうだな、また来るといい。その時はまた一緒にご飯でも食べよう。ネーシャ、気を付けて行ってくるんだよ」

 ネーシャはええ、とうなづくと早速屋台街の方へと歩き出す。

 この屋台街は来た時から活気があったが、それは朝でも健在だった。朝市のようなものだろうか、昨日より野菜や果物が多く並んでいるのが目に映る。大勢の人が屋台を練り歩き、生活に必要なものを買い求めている。

「すごい活気でしょ?この街の屋台はほかの街よりも店の数や種類が豊富で有名なのよ」

「たしかにすごいね。とにかく人が多い」

「このフォンスは泉の都として、たくさんの街がくっついてできた所なの。だからいろんな交易が重なり合っていて、品ぞろえが豊富なの。だからきっとシュウの探しているものも見つかるはずよ」

 合併を繰り返してできた街ってことか。どうりで民家も多ければ屋台の列もとても長いわけだ。大勢の人があつまってにぎわっているこの感じは、どこか中華街に似ているところがあるな。


 元の世界へ戻る扉を探して歩くこと30分。屋台街ももう終わりという頃、頭の中に声が聞こえた。昨日話しかけてきた手引書、確かマニュアルと言ったか。

(前方20メートル先、左手に元の世界への扉があります)

「え、お前そんなことが分かるのか?どこだどこだ」

「ちょっとシュウ、どうしたの?」

 俺はマニュアルの指示に従って、目的のところへ向かう。そこは屋台街の終点にある、公園へと向かっていた。フォンスという街に合わせてか、この公園も広い。木々が生い茂り、屋台で買った食べ物を食べている人がそこかしこのベンチに座っている。

 マニュアルが指示していたのはそんな公園の中心にある噴水だった。

「・・・ここが本当に横浜に戻れる場所なのか?思いっきり噴水だぞ」

(嘘はつきません。ここから横浜市庁舎の屋上に戻ることができます)

「急にどうしたのシュウ?」

「どうもこの噴水から元の世界へ戻れるみたいなんだ。・・・ちょっと信じられないけど」

「どうしてそんなことが分かるの?」

 あー、なんて説明したらいいんだろう。頭の中で手引書がー、なんて言っても信じてもらえないだろうしなあ。ここは詳しく説明するより、行動してみる方が早いだろう。

「ちょっと周りの人を見張ってて。ちょっとこの噴水に入ってみるから」

「え?ちょ、ちょっとシュウ・・・」


 ネーシャの戸惑いをよそに、俺は恐る恐る噴水の中に足を浸ける。冷たい水が気持ちいい、がしかし噴水は太ももあたりのところで地面に届いてしまった。

「おい、マニュアルさん。どこが元の世界に戻るって?」

 ネーシャに聞こえないよう、ひそひそと叱りつける。するとマニュアルから少し呆れたように答えが返ってくる。 

(嘘はつかないと言いましたが。・・・あと3秒、2、1。・・・帰還します)

「え、うわ、おい!」

「シュウ!」

 マニュアルのカウントダウンと同時に、噴水の床が抜けた。いや、まるで抜けたようにガクンと感触が消え、俺は頭までどっぷりと噴水の中に消えて行った。目をつぶり、どこまでも落ちていくような感覚が続いたかと思うと、したたかに尻を床にぶつけた。


「痛っ!あいったー・・・・」

 尻をさすりながら立ち上がって周りを見ると、そこは見慣れた風景。周囲を高層ビルに囲まれた、横浜市庁舎屋上からの景色が広がっていた。見慣れたはずの景色なのに、なぜだろう今はすごく安心している自分がいる。

 屋上には太陽が降り注ぎ、コンクリートをギラギラと照らしつけている。

「ん?太陽・・・?今何時だ?」

 確か俺は残業していたはずだが・・・。その独り言に、マニュアルが答えた。

(今は9月3日、土曜日の午前7時10分です)

 その回答に一瞬頭が真っ白になる。

「嘘だろ?!あれから3日は経ってる!」

(私は嘘はつかないと言ってるでしょう)

 そんなマニュアルの声などお構いなしに、俺は屋上から急いで庁舎内へ駆け降りる。エレベーターのスイッチを押すが、すぐには来そうにない。とても落ち着いて待っていられない、階段を駆け下りる。向かうは俺の職場、5階のオフィスだ。


「・・・ひどい。あんまりだ」

 オフィスに戻った俺の目には、書類の山と化した自分のデスクがどんよりと佇んでいた。やりかけのままになっていた仕事の上に、無残にも3日間分の書類が積み重ねられ、パソコンのディスプレイには「○○様より電話。折り返しご連絡ください!」といった長沢からの伝言の付箋が所狭しと貼り付けられていた。


 異世界に迷い込み、そんな異世界から無事帰還した俺がまずしたことは、2日間の休日出勤だった。

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