第参夜 初めての決裁
「やっと見つけた、大変よ!急いで来て!」
ネーシャを呼びに来た人は、血相を変えて建物に入ってきた。
「どうしたの、なにがあったの?」
ネーシャは不安な様子で尋ねる。
「あんたの両親が連れてかれてる!急いで家に戻るんだ!」
街の人に腕を引っ張られて、ネーシャは走り出す。俺も後をついて走る。ここのとこはまだ何一つ分からないが、どうものっぴきならない状況だということだけは察した。
街の中央の泉から、また屋台が立ち並ぶ街中へと走っていく。
屋台街をすり抜けて走る。ネーシャの息が切れる様子に焦りと緊張が浮かんでいた。
ほどなくして人だかりが見えてきた。
あそこがネーシャの家なのだろう。
「お父さん、お母さん!」
息を切らせながらネーシャは叫ぶ。見ると鎧の男たちに今まさに連行されようとしていた。
「これは一体どういうこと?!なんでお父さんたちを!」
「この2人には他国のスパイを手引きした容疑がかかっている。よって、今から取り調べを行うため連行しているというわけだ」
「スパイ?いくらなんでも言いがかりが過ぎるわ!」
鎧の男たちは笑みを隠そうともせずに続ける。
「その男だ。見たこともない服装、聞いたこともない言葉。そして見ろ、その男の持ち物から見たこともない貨幣が出てきた。これを証拠と言わずして何と言う!」
俺はスーツのポケットをまさぐる。・・・無い。財布がなくなっている。きっとあの殴られたときに落としたのか。
それにしてもこの身なりと財布でスパイ容疑か。関係のない人の親を無理やり連行しようなんて・・・。
「この人はスパイなんかじゃないわ!この国の水にも慣れていなかった人が、どうやってそんな大それたことできるって言うのよ!」
「それは取り調べで明らかにする。おい、そこのお前!お前も一緒に来い!スパイは首をはね、その協力者は財産の没収と労働刑だ!」
鎧の男の命令で、俺は兵士に瞬く間に縄を掛けられてしまった。
腕に縄が食い込み、ネーシャの両親たちと繋がられる。
ちくしょう・・・このままこいつらの言いなりになって連れてかれるしかないのか。
(・・・公務を執行しますか?)
「は?公務?」
(はい。伺います・・・目の前の男に“強制教育”を執行してよいでしょうか?)
「強制?・・・教育?」
鎧の男たちと部下の兵士たちは俺のつぶやきなど意に介さず、縄を乱暴に引っ張られ、俺はつんのめった。
(あなたはこのままでは著しく身の安全を損なう恐れがあります。起案はすでに済んでいます。あとは鷹羽 秀の決裁が必要です。)
一体この声はなんなんだ。起案とか決裁とかそんな会社の話なんて今は聞きたくない、それどころじゃない!
ええい、もう、どうにでもなれ!
「・・・決裁する!公務を執行せよ!」
(決裁を確認しました。只今より鷹羽 秀の眼球を通じて、強制教育を執行します。)
「おい、さっさと歩けこの!」
鎧の男が俺に殴りかかろうとする。
俺は目をそらさず、ヘルムの奥の視線を睨むように見つめた。
「・・・撤収。撤収だ。この男はスパイではない」
鎧の男は脱力した様子で腕を垂らし、周囲の兵士たちに命令する。
兵士たちは突然の命令にうろたえる。
だが、鎧の男はそんな兵士たちの様子はまったく意に介さず、叫ぶ。その目はどこかうつろで焦点が合っていない。
「・・・繰り返す!鷹羽 秀氏、他2名の身柄を開放し、兵士宿舎へ撤収せよ!これは命令だ!」
鎧の男の命令に、慌てて兵士たちは俺とネーシャの両親の縄をほどく。ネーシャと両親はお互い駆け寄り、体を抱きしめあった。
そんな3人すら視界に入っていないように、鎧の男は兵士を率いて去っていく。
俺も、ネーシャも、彼女の両親も、そして周りの街の人たちも何が起きたのかわからず、ポカンとした顔をしている。
男たちが去った後には、俺の財布だけが残されていた。