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第十四夜 絶望にて

 翌日、お互いの砦の中間地点で会談が行われることになった。数人の護衛を連れての会談は、こちらは俺とアレスが参加することになった。


「初めまして、フォンス王。私がニックスの王ノリトレンだ」

 自己紹介する男はルボルトと同じくらいの若さだろうか、40代くらいに見える。

 ルボルトは怪訝な顔をしている。

「あなたがニックスの王ですか?…5年前は別の王だったはず。先王はお亡くなりに?」

「ああ、先王は死んだよ。私が手にかけた」

「…なんと」 

 俺たちは息をのんだ。アレスはその場の空気を変えようと、交渉を切り出す。

「そ、それでは交渉を始めましょう。ニックスからの亡命者たちの件ですが―――」

「要らん」

「なに?」

 ルボルトは眉をひそめる。

「そんな話は要らない、と言ったのだ。私からの要求は1つだ。…フォンスは今すぐ我がニックスの軍門に下れ」

「な、なにをバカなことを!」

 アレスは動揺を抑えきれない。

「今この場でこの要求が受け入れられない場合、お前たちの命をいただく」

 ニックス王の言葉を合図に護衛の兵士たちが一斉に剣を抜く。俺は心の中で舌打ちした。交渉の場を無理やりでも設けたつもりだったが、相手は初めからそんなつもりはなかったのか。完全に今回の行動は裏目に出た。…だが、それでもまだ目はある。

「そんな要求は受け入れられないな」

 俺は手を兵士たちに手を掲げる。威嚇の意味も込めて盛大に行こう。

「公務執行、ライトニング!」

 俺は兵士たちに雷を落とす。兵士たちはみな感電し、その場に崩れ落ちる。ルボルトはノリトレンに再度交渉を促す。

「ノリトレンよ、今ならまだ交渉を再開できる。だから―――」

「交渉はせんと言ったはずだ。兵士を倒したくらいでいい気になるな」

 ノリトレンは手をかざしてはっきり言った。

「公務執行…ヴリトラ召喚」

「な、公務執行だって!?」

 目の前には黒い雷とともに、1人の剣士が現れた。

 公務執行?ヴリトラ?俺はマニュアルに尋ねる。

「どういうことだ、マニュアル!向こうも公務執行を使えるって―――」

(…おそらくあのノリトレンは、あなたと同じ向こうの世界から来たのでしょう)

「おい、お前はどこから来たんだ!?」

 ノリトレンは笑いながら言う。

「そんなことはどうでもいいだろう。私は向こうでの名を捨てた。この世界の人間として、王として生きると決めたのだ。それよりいいのか、お前たちの王を逃がさなくて?」

「…ルボルト様、ここは逃げてください!」

 アレスは言うや否や、剣を抜いてヴリトラに斬りかかった。だが、ヴリトラはそれ以上の速さで剣を操り、アレスの全身を瞬く間に切り刻んだ。

「ぐあっ…」

「アレスさん、大丈夫ですか!くっ…公務執行、ヴリトラハン召喚!」

 俺は手をかざし、ヴリトラハンを呼び出す。

 ヴリトラハンは目の前の状況を見ると感慨深くヴリトラに話しかけた。

「久しいの、ヴリトラよ。新しい主を得たようでなによりじゃ。それで…今回も儂の敵になるのか?」

「無論だ。…ノリトレン王よ、あれの雷は強力です。ここは私に任せてニックスへお戻りください」

 ヴリトラはノリトレンに告げる。

「いや、お前をして強いと言わしめる雷に興味がわいた。…一撃でいい、その雷を受け止めろ」

 ノリトレンはそう言うなり、ヴリトラハンに向かって近づいていく。

「ほっほっほ。豪気な男じゃ、ヴリトラよ…ならばこの一撃、防いでみせい」

 ヴリトラハンは両手を空にかざす。空は急激に曇り、暗黒の雲が立ち込める。遠雷が聞こえたかと思うとその瞬間、雷がヴリトラ目がけて走った。

「はあああ!」

 ヴリトラは剣を両手に構え、雷を迎え撃つ。雷を受け止めるように渾身の剣戟を放った。

 ノリトレンは歩みを止めることなく、ヴリトラハンとの距離を詰めていく。

「なるほど、俺のヴリトラと互角とはな。その力、俺のものにするとしよう…公務執行、強制教育!」

 ノリトレンはヴリトラハンの目をのぞき込むように見入り、そして俺からヴリトラハンを奪っていった。

「ヴリトラハン!」

 俺はヴリトラハンに呼びかける。

「すまんの、我が主よ。…このままではみな殺されるぞ。早く、逃げるのじゃ」

「驚きだな、強制教育の洗脳に抗うとは…やはりその辺の人間とはわけが違うということか。だがそれもいつまで保つのかな?」

 ノリトレンは楽しむようにヴリトラハンの目を見つめ続ける。

 俺は剣を抜いてヴリトラの前に立つ。だが手は震え、足に力が入らない。せめて、せめてルボルトだけでも逃がさなければ。

「陛下、早くお逃げください…!」

「いや、このまま私1人逃げ延びるわけにはいかない。お前たちだけでも生きてほしい」

「何言ってるんですか、陛―――」


「―――下!」

景色が一変し、俺とアレスは地面に倒れこんだ。

「シュウ!アレスさん!大丈夫!?」

「ネーシャ?ここは?一体何があったんだ?」

 俺は周囲を見渡す。周りにはネーシャやジャディたちがいる。それにここは砦じゃない、フォンスの泉の教会の中じゃないか!

「陛下が移動魔法を使われたのだ…私たちを逃がすために。早く戻らねば!」

 アレスは傷に構わず立ち上がろうとするが、出血が多く倒れてしまう。

「アレスさん、動かないで!今治します…!」 

 ネーシャはアレスに治癒魔法をかける。

 状況は最悪だ。ノリトレンにヴリトラハンを奪われてしまった。あの雷が今度は俺たちに振ってくる、さらに向こうにはヴリトラがいる。アレスですら一瞬で倒されてしまったのだ。…戻ったところで全滅は確実だ。

(ひどい顔をしていますよ)

「ああ、本当だな。ひどい顔だ。負け犬の顔ってやつかもしれないな」

 俺は泉の水鏡で自分の顔を見る。 


 水…

 鏡…


「なんとかなるかもしれない。ジャディ、ネーシャ、力を貸してくれ!」

 2人に作戦を説明する。泉にはもう負け犬の顔は映っていなかった。

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