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第十三夜 砦にて

次の日、俺はフォンス北部へとやってきた。マニュアルとの作戦を成功させるには、どうしてもここの人たちの協力が不可欠だからだ。

「はああ?…俺たちにニックスへ行くのを手伝え、だあ?」

「無理だね、できることなんか何もない」

「せっかくあそこから逃げ延びたんだ、二度と関わりたくないね」


 話しかけても万事この調子だ。どうすればいい、この作戦にはとにかく大勢の人手が必要になるってのに。

(残念ですが、私たちでは彼らの心を動かせそうにないですね)

「…だからって諦めたらまた白紙だぞ」

(ええ、なので動かせる人に依頼しましょう)


………


 ルボルト王と謁見してから、今日で14日が経った。俺たちはもう一度王と話をするために、謁見の間にやってきた。

「それで、どうだシュウ。ニックスへの道筋は付けられそうか?」

 ルボルトは早速話を切り出した。

「はい、計画自体は立てられました。なんとかニックスへ行けるかもしれません」

「かもしれない、というのは?」

「私の考えでは成功率は50%…。この作戦を成功させるには、陛下とコギーさんの協力が必要です」

 俺はルボルトに、マニュアルと立てた計画について話す。

「ふむ…なるほど。分かった、私も協力してみよう」


 俺たちは再びフォンス北部へとやってきた。

「また来ても無駄だよ」

「そうそう、俺たちにできることなんてありゃしないよ」

 北部の人たちは完全に諦めきっている。だが、今回はなんとしてもその重い腰を上げてもらう。

「いいや、できることはある!」

「コギーさん、…それにルボルト陛下!?」

 北部の人たちは陛下を見ると、慌てて立ち上がる。

 フォンスの王が来たという話を聞いて、1人また1人と人が集まってくる。その全員に聞こえるようにルボルトは語り掛ける。

「ニックスから来た人たちよ、聞いてほしい。私はこれからニックスへ赴き、ノリトレン王との会談を行う。だが、交流が断絶してから長い時間が過ぎている。ノリトレン王と会うためには、どうしてもここの皆の力が必要なのだ」

 コギーも一歩踏み出て語り掛ける。

「ノリトレンが王になってから、私たちは大切なものを奪われてきた。大切な家族や仲間、隣人を無くした者もいるだろう。そして何よりニックスでの生活を失って、今我々はここにいる。…だが、このままでいいのか!?」

「皆がニックスでつらい思いをしてきたのは私も知っている。今もあそこでは苦しい思いをしている者たちがいる。それはかつてのキミたちの姿だ。私はなんとかこの状況を変えたい。このフォンスを皆の笑顔が見れる街にしたい。そのためにも、皆の力を貸してほしい」

 集まった群衆の中から、おずおずと1人の若者が手を上げた。

「そ、それで、陛下やコギーさんは俺たちになにをして欲しいんですか?」

「皆には、声を上げてもらいたい。…そう、大きな声をだ」


 翌日、フォンスの広場には大勢の人々が集まった。北部の人たちはそのほとんどが集まっている。これならなんとかいけそうだ。

 俺たちは集まってくれた人々、そして陛下とともにフォンスを出発した。街の人と陛下を守るために街の防備以外で割けるギリギリの兵士たちも付き添う。目指すはニックスの南の街道だ。

 道中何度かモンスターと遭遇したが、兵士たちとヴリトラハンの雷でなんとか被害を出さずに切り抜けることができた。


「あれが、ニックスを守る砦か」

 俺はゴーグルで砦を見つめる。石造りの大きな砦はまさに堅牢といった印象だ。あれを落とすのは確かにこちらも相当な被害が出るだろう。

「本当に大丈夫なの?」

 ネーシャは心配そうに俺に尋ねる。

「大丈夫、…まずは俺の仕事だ」

 行ってくるよと一団から離れて、俺は1人砦の方へと歩いていく。一歩、また一歩と進むごとに砦は大きくそびえたつ。砦から50メートルほどの所で、一本の弓矢が俺に向かって放たれた。警告の意味だろう、弓は俺の足元に突き刺さる。

「大体、この辺りがギリギリ攻撃が届かない距離だな…やるぞマニュアル」

(ええ、大丈夫です)

 俺は大きく息を吸い、意識を集中させる。目の前の砦を凝視し、できるだけ正確に頭に焼き付ける。

「公務を執行する!」

 俺の声に反応するかのように、街道に沿って生える木々や岩々が動き出す。木は根から抜け、岩は地面からその身を現す。

「土木許認可、…建設開始!」

 3万人の見えない人手が作業を開始する。木々は次々と加工され、木材へその姿を変える。岩々も見えない力に砕かれ、削られ、大きな壁として次々に積み重ねられる。

 大量の木材と石材を組み合わせ、一時間と経たずにニックスのそれと瓜二つな砦が完成した。

 砦の完成を確認すると、待機していた街の人々が砦へと合流してくる。

 皆、口々に砦の完成に驚きの声を上げる。

「本当にすごいな。あっという間に砦が出来上がってしまった」

「ここからはコギーさんたちの出番です、…思いっきりお願いします」

 俺からのバトンを受け取ると、今度はコギーが一歩歩み出た。

 コギーは、みんなから見えるように手を高々と上げる。するとその瞬間、

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 集まった人々が出せるだけの大声をあげた。物凄い声量だ。まるでその声は、「これから戦でも始めるかのよう」だ。

 コギーは手を上げ下げし、街の人々へ声を上げる瞬間を伝える。まるでオーケストラの指揮者のように、1つ1つの声を重ね合わせ、戦の号令へと変えていく。

 30分ほど号令を繰り返したころだろうか、ニックスの砦から1人の兵士がやってきた。馬に乗った兵士はこちらの砦へ叫ぶ。

「貴様らはどこの者か!」 

 俺はコギーさんの手を下げてもらい、ニックスの使者に答える。

「我々はフォンスからやってきた!」

「ニックスへ攻め入るのが目的か!」

「そうだ!」

 俺の返答を聞いて、街の人々がざわつく。

 無理もない、こちらにはモンスターをやり過ごすだけの兵と武器しかない。街の人々に至っては丸腰だ。

「だが、そちらが話し合いの用意があるならやぶさかではない!こちらにはフォンス王、ルボルト様もいらしている!こちらに見合った人物を立てるならば、交渉する用意があると伝えろ!」

 ニックスの兵士は分かった、と馬を走らせる。

「これで向こうは動いてくれるでしょうか…?」

 コギーは不安そうに皆の声を代弁する。

 俺は不安が伝わらないように自信を張って答える。

「大丈夫、きっと動く。向こうはこちらの砦が1から出来上がる様を見ている。不気味に思えてるはずだ」


 ニックスの兵士が戻ってから、1時間…2時間と時間ばかりが過ぎていく。

 街の人々にも憔悴している様子が見て取れる。

 

 そんな時、砦から馬にまたがった兵士が出てきた。…もしも開戦ならこちらの負けだ。


 祈るような思いで敵の伝令に耳を澄ませる。

 皆、固唾をのんで言葉を待つ。


「分かった、交渉を始めよう!こちらはノリトレン王が出席する!護衛を連れて、明日の正午にここで会おう!」


 皆が喜びに湧き立つのをコギーが必死に止める。

 俺はルボルトと目と目でうなづき合う。

 まずは第一段階クリアだ。あとはなんとしても明日の交渉でニックスの現状を変えるしかない。

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