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第十二夜 10日目のフォンスにて

「そらそら!また剣先が下がってきてるぞ、上げろ上げろ!」

 アレスは剣を俺に構えたまま檄を飛ばす。フォンスでの生活も今日で10日目。俺は日課にしている剣の稽古で今日も絞られている。兵舎の横では待機中の兵士たちが「しっかりしろー」とヤジを飛ばしてくる。

 俺はヤジに背中を押され、アレスに斬りかかる。だが、アレスは俺の攻撃を軽く受け流し、つばぜり合いの形に持ち込む。

「この形でお前にできることは2つだ。1つ目は押し返す。思いっきり弾き飛ばさないと、腕や腹を切られるぞ。2つ目は”強制教育”だ。先のリザードマンとの戦いで見せた洗脳は至近距離しか活きない。この形に持ち込めば、1対1ならお前の勝ちだ」

 アレスは仕切り直しだ、といったん剣を引く。俺もアレスと距離を取る。

「だからお前にはとことん受けの練習をしたほうがいい。相手がどれだけ技量が上でも、一撃受け止められさえすればいいからな」

「はい…残り4日間、俺にみっちり剣を教えてください―――」

 



「お疲れさま、シュウ。今日もすごい鍛えられたねー」

 ネーシャは仰向けに寝転がる俺のそばに座ると、タオルを貸してくれた。

「ありがとう、なんとなく剣の動きが分かってきたよ。これもアレスさんが時間を割いてくれるからだ。感謝しないと」 

 俺はタオルで汗を拭きながら立ち上がる。こうしてネーシャには毎日稽古が終わるまで付き合ってもらっている。最初は不格好なところを見られるのが恥ずかしかったが、少しずつでも剣の扱いが良くなっているので慣れてきた。さて、次は北部にいるコギーのところに相談に行かなくては。

「あ、ちょっと待って。腕に打ち身ができてる。治してあげるわ」

 ネーシャは俺の右腕に手をかざし、傷を治してくれる。

「ありがとう、ネーシャ。いつも助かる。君が傷を治してくれるから、俺も思い切って稽古ができるよ」

「いいのよ、私にできるのはこうしてシュウを応援するだけだから」

 ネーシャは治癒魔法を終えると、かざした両手を俺の掌に重ねる。温かく柔らかい感触が掌に包まれる。

「私たちのために頑張ってくれてありがとう。私も頑張ってシュウを応援するから…」

 俺はネーシャの手を握り返す。掌が緊張して汗で濡れる。これが自分の汗なのかネーシャのなのかは分からない。自然と体と体の距離が近づいていく。ネーシャの吐息まで感じられる。甘い香りがする。

 ネーシャが目を閉じる。俺も―――

「ヒューヒュー。うらやましいねー」 

 兵舎から数人の兵士がこちらに気づいて茶化してくる。俺とネーシャは急に我に帰り、パッとお互いの手を放し距離をとる。

 野暮なことしてんじゃねえ!とジャディが兵士の尻を蹴り上げているのが見えた。


「ありがとう、ネーシャ。あー…君も一緒に行く?これからコギーの所へ相談しにいくんだけど」



 俺はネーシャとともに北部の一角に向かった。コギーは俺たちのことを快く迎えてくれた。

「よく来てくれた、2人とも。…今日もニックスの話だね?」

うなづくと、コギーはニックス周辺の地理・地形について教えてくれた。

「ニックスは東・西・北を山脈に囲まれた盆地に位置している。南の街道が唯一の街へのルートだが、そこには砦が設けられていて警備が厳重だ。モンスター退治と脱走者が出ないように見張りを立てる意味もある」

「どうやってここを突破するかだな。こちらは兵を大勢連れてはいけないし、向こうは砦で防備は完璧だ。下手に仕掛ければこちらが全滅する」

 俺は地図を見て頭を抱える。見れば見るほどニックスにたどり着くには砦を正面突破するしかない。

「こう…こっそり忍び込めばいいんじゃない?」

「それは無理だ。砦の見張りは24時間体制だ。唯一見張り番が交代する瞬間に隙があるが、それも我々が脱出の際に使ってしまったからな。さらに警備は厳重になっているだろう」

「そっかー…」



 俺とネーシャはコギーの家を後にする。

 北部の夜道は、昼間のそれよりも薄暗く活気などとても感じられない。道端には座り込んでいるものや眠り込んでしまっている者たちがいる。

「お、そこにいるのはいつぞやの坊主じゃねえか」

 見ると以前俺たちからお金を巻き上げようとした男が道端に座って酒を飲んでいる。何も食べずに飲んでいるのだろう、すでに顔は赤く上機嫌だ。

「今日も金を出せって言うのか?」

「バカにするなよ。コギーの旦那から聞いたぜ。あんたらはニックスに行こうって話じゃねえか。それも俺たちのために。そんなやつ相手にカツアゲなんかするかよ…」

 男はそう言うとまた酒をあおる。

「砦をどうやって越えるかで悩んでるんだ。なあ、なにかいい案はないか?」

「へ!無理だね!俺たちにできることなんか、なーんもありゃしねえさ!」

その通りー!という声が口々に路地のどこからともなく聞こえた。


 俺はネーシャとともに家に戻る。2階に入ると、そのままベッドに体を預けた。さすがに毎日の稽古と北部への往復は骨が折れる…。

(…なぜ、そこまでこの件に肩入れするのですか?)

「なんだ、この10日間ろくに話しかけないと思ったら。急にそんなこと聞いて」

(あなたはこの世界の人間じゃありません。なのにこんなに必死になる理由が分かりません)

「俺さあ…横浜が好きなんだよ」

(はい…?)

「活気があってさ、キラキラしてんだよ街も人も。そりゃあそんな所ばかりじゃないけどさ。それでも新しいスポットとか出来ては、笑顔になる人たちがいるんだよ」

(話が見えません)

「ここと横浜は似てるんだよ。屋台街や北部なんかがさ。それでそこの王様がなんとか良い街にしたいって頑張ってるんだ。横浜市職員が肩入れしないわけがないだろって話」

(ルボルト王に謁見した時からあなたの様子はおかしかったですね)

「そうだなー。一目見てビビビッと来たんだよ。この人は心からこの街をなんとか変えたいと思ってるって伝わったんだ。尊敬とか心酔みたいなものだろうな。すごい熱い気持ちになった」

 俺はベットから起き上がり、窓から外を見下ろす。家々からは光が漏れ、そこに住む人たちの息遣いが感じられるようだった。

(あなたはなぜ横浜市で働こうと思ったのですか?)

「横浜が好きだし、同時に嫌いでもあるから…かな。いい思い出も、忘れてしまいたい嫌な思い出も横浜にはたくさんある。でもそんな街を少しでも良くしようと思う人たちと一緒に働けたら、やりがいあるなと思ってさ」

(とても不夜城にうんざりしていた人のセリフとは思えませんね)

「それを言うなって。初心を忘れてたんだ。…ここに来たおかげでそれを思い出せた」

(なら絶対に帰らないといけませんね)

「そうだな。だから頼りにしてるぜ、マニュアル」


 俺はまたベッドに仰向けに寝転んだ。腕を頭の後ろに組んで、一向に出もしない考えをめぐらす。


「でもなー。あの砦をどうするかなんだよなー。…正面から戦うのは駄目、忍び込むのも駄目。もちろん山越えなんてもってのほかだ。」

(大丈夫、私に考えがあります)

「え?」

(こちらも砦を建ててしまうんです)


「…はい?」


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