第十一夜 謁見の間にて
フォンスに帰ってきた俺たちは、兵舎に装備を置く間もなく、この街の王に今回の報告をすることになった。謁見の間という、来客用の広間に俺たちは通された。来客用というだけあって赤いじゅうたんや大理石の柱など豪華な作りになっている。
「アレスさん、俺なんかが王様に会っちゃっていいんですか?正直、作法とかわからないし不興を買っちゃったりしないですか?」
「そんなことでお怒りになるような狭量な方ではないよ。むしろ異世界からの客人と聞いては、あの方は喜んで話をしようとするだろうな」
アレスの言葉にジャディとネーシャはうんうん、とうなづく。なんでそこシンクロしてんの?
(私も今の代のフォンス王には興味があります)
なんだ、お前まで興味津々か。じゃあ遠慮して辞退するわけにはいかないな。俺も腐っても政令指定都市の職員だ、市長となら…話したことはないが、遠くから見たことならある。大丈夫、似たようなもんだろきっと。
内心緊張しながら王の到着を待っていると、部屋に控えていた兵士が立ち上がり号令を上げた。
「フォンス王ルボルト様の入室である」
部屋の奥の玉座に近衛兵を連れて、フォンス王ルボルトが座る。王というからには勝手におじいちゃんを想像していたが、今目の前に座っている王はなかなかに若い。ちらりと見た限り、たぶん40代くらいだろうか。そして俺はルボルトを見た瞬間、何かに打たれたような感覚にあった。全身が痺れるような、心臓が跳ねるような感覚だ。
「今回の巡回、ご苦労だったねアレス」
近衛兵が下がると同時にルボルトはアレスに語り掛けた。
「はっ、恐れ入ります陛下」
「お元気そうで何よりでございます。陛下」
ネーシャとジャディはそれぞれに王への挨拶を口にする。
「そして君が異世界から来たという客人かな?」
「…」
俺は自分でもわかるくらい緊張していた。ルボルトが話しかけているのに、俺はその言葉にどう反応していいか分からないでいた。
(どうかしたか?お前らしくもない)
「あ、は、はい」
マニュアルの指摘で俺はようやく言葉を返すことができた。
俺の間の抜けた返事にもかかわらず、ルボルトは笑ったりせず続けた。
「君は遠くから来たそうだが、どんなところから来たんだい?」
「はい、私は日本という国からやってきました―――」
俺は日本のこと、横浜のことを話した。フォンスのように活気がある街だということ、魔法がないこと、科学が発達していること、自分が街を支える行政組織に所属していることを。
ルボルトはその話1つ1つを興味深く噛みしめるように聞いた。
俺はそれが嬉しくて、つい矢継ぎ早に話を進めてしまう。
そこにアレスが言葉を挟んだ。
「陛下、ご歓談のところ大変申し訳ありませんが、実はもう1人お話を聞いていただきたい者がおります」
「そうか、報告にあったニックスからの亡命者だね」
はい、アレスがうなづくと部屋の扉が開けられ、先ほどアレスに相談を持ち掛けた男が入室した。男は俺たちの後ろまで来ると、ルボルトに向かって跪いた。
「陛下、本日は謁見のお時間をいただきまことにありがとうございます。私はニックスで穀物ギルドを総括しておりましたコギーというものです」
「遠くニックスから大変な旅路だっただろう。まずはゆっくり体を休めてほしい。それで話というのは―――」
「陛下!どうかニックスに兵を!我らが街を、その御力で解放してください!ニックスはもうかつてのような夢の街ではございません!」
コギーは声を張り上げ、精一杯の訴えをルボルトに伝える。
「ニックスはもはや、そこに住む人々のための街ではありません。ノリトレンが支配することを是とした者たちが私腹を肥やすための街となっております。高い税率、失業率、官僚たちの腐敗、ノリトレンの息のかかった者たちが営むギルド以外の廃絶…。民は食べるものもなく、次々と飢えて死んでいっております。」
「そうか…やはり私が思っていた以上にニックスの状態は悪いのだな」
「はい、ノリトレンの支配から脱しようとする者や不満を述べる者がいれば、すぐに監獄に収監される密告社会となっております。民同士で監視し合い、密告し合う街になっております。ニックスを脱出しようとしたらそれだけで死罪…私のギルドの仲間たちもここに来るまでに半分以上は捕らえられてしまいました」
コギーは涙を流しながら惨状を訴え続けける。跪いた絨毯には1つ、また1つと涙の跡が生まれている。
「かつてのニックスはどんな流浪の民でも受け入れ、北の厳しい環境でも仕事をこなし、民1人1人が協力し合って暮らしを営んでおりました。モンスターに村を襲われた者、排斥を受けて逃げてきた者…誰にとってもそこに居場所を見つけることのできる街でございました。ですが今は死んだほうがマシと思えるほどの圧政が敷かれております」
「ここ数年、ニックスから亡命してくる者たちが増えているのは私も知っている。コギー、お前の話はよく分かった。だが、今すぐ兵を向かわせることはできないのは分かってほしい」
「そうでございますか…」
コギーは力なくうなだれる。
「だがせめて、今はその疲れを癒してほしい。私もニックスをこのままの状態でいいとは思わない。…それだけは覚えていてほしい」
コギーは兵士たちに付き添われて退室する。
入れ替わるようにアレスが口を開く。
「コギーたちの一団は30名ほどでございました。兵舎では受け入れることはできませんので、やはりこの街の北部へ行くしかないでしょう」
「そうか…遠い世界からの客人よ、どうか笑ってほしい。命を懸けてフォンスを頼ってきた者たちを満足に受け入れることもできない、この私を」
「そんな…」
俺には言葉を続けることができなかった。
「彼らに満足に生きがいを与えることもできず、無気力な生活を続けさせてしまっている。このままではフォンス全体にまで影響が波及しかねない。…アレス、やはり私は心を決めたよ」
「そんな、どうか今一度お考えを!」
「いったい、どうしたって言うんですか…?」
ネーシャはアレスに尋ねる。
「陛下は、御身自らニックスへ赴き、ノリトレンとの会談を設けようとしておられるのだ。だが、ニックスからの断交が宣言されてからもう5年。そんなことをしようとすれば、ノリトレン一派からの妨害は必至だ。…命を奪われるようなこともあるかもしれん」
「では兵団を挙げて陛下をお守りすればいいのでは…?」
「いや、それはできない。街の防備に支障が出てはどんな被害が発生するか…。それにニックスは北の厳しい天候と山岳地帯に囲まれた天然の要塞都市だ。正面から攻略するのは不可能だろう」
アレスは厳しい顔で現状を俺たちに説明する。
「…でも、なんとかなるんじゃないですか?」
俺は思ったままを口にする。ルボルトを除く、その場の全員が言葉をのんだ。
「できると思うか?」
(おい、自分が何に首を突っ込もうとしているか分かっているのか!)
「2週間、時間を下さい。それでなんとか見通しを立ててみます」
俺はマニュアルの静止をよそに提案を続ける。
自信なんてない。だが、この街のトップが命を懸けてやろうとしていることに、自分もなにか力を貸したいと思ったのだ。目標はアレスをして「天然の要塞」と言わしめた、ニックスまでの安全な道のりだ。
「力を貸してくれ、マニュアル。俺とお前ならきっとなんとかできるさ」
(…私は知らん。どうなっても私は知らんぞ)
こうして、フォンスでの2週間の生活が始まったのだった。




