怪物、マサカリストレート
この年の関東大会においても、高崎商業にはツキがあった。
私立優勢の中で公立勢で唯一ベスト4まで進んでいた。
初戦、山梨代表の日川高校を0対8で7回コールド勝ち。
準々決勝では茨城代表の土浦日大を3対5の接戦を制した。
そのうち大夢は初戦、9番ライトで先発出場し、
6回から登板して2イニング無失点を記録した。
準々決勝では8番ピッチャーで先発登板し、
3回途中2失点で降板し、レフトに回った。
6回の3打席目に代打を告げられたが、
その采配が功を奏して逆転に成功した。
大夢は投手と野手の二刀流も期待されていた。
上毛新聞の記者に話す機会があった。
「自分がマウンドに立つ時は主役で、野手としての自分は脇役」
また1つ名言が生まれた。
緩急とコースを使い分ける魔術師的な投球スタイルと
ミートセンス抜群と反応の良い走塁と守備力を売りにしている。
1年生にしては県内でもすごい注目されようだ。
自分ではそこまで呼ばれる程の実力はないと謙遜していた。
準決勝、千葉代表の市立船橋との対戦。
そこでは背番号11の宮間鍬形がいた。
1年生なので大夢と同い年。
最速150キロ超の速球が武器だ。
あの村田兆次を彷彿させるようなマサカリ投法。
カットボールやスプリット、チェンジアップを投げる。
コントロールにやや難があり、大夢はそこに漬け込んだ。
代打として出場した大夢。
速くて重い球に真正面から勝負しても当然勝ち目はない。
じゃあどうすればよいのか。
大夢は知恵を働かせた。
打てないなら敢えて打ちに行かない、当てられるのが強みなら当てに行こう、と。
当てに行くけど、一つだけ気をつけていた。
アウトにならない、ということ。
もしくは、アウトになるリスクを下げる、ということ。
実は準決勝の試合前、大夢は監督にこっそり筋肉疲労を訴えていた。
部員すべてにおいて適材適所で起用することは前々から伝えていたので、
1人当たりの負担がスタメンに依存しないはずだ。
にもかかわらず負担のまだ残る大夢。
160cm50kgの体ではいくら体脂肪を絞っても明らかに筋肉量が違う。
普通の高校球児にでさえ差はあるのに、鍬形との対戦では、無理があった。
しかし、大夢は体の使い方次第で対応可能とみた。
鍬形のボールが指先から離れた瞬間、
どこのコースに来るのかまるで予測できているかのようにバットを合わせる。
もちろん、大夢は一切サイン盗みを働いていない。
鍬形は大夢に悟られているようで投げるのが怖くなった。
結局粘られて、四球を出した。
鍬形は思う。
ちっ。
決して調子は悪くないんだが、ああいうタイプのバッターは嫌らしいな。
けれど、勝負してわかったこともある。
力でねじ伏せるだけが、ピッチングじゃないんだと。
もうワンステップ必要だな・・・お互い甲子園確実だからこの冬でやるべきことを自分に課して
春に繋げていこう。
あ、そうだ。
疑問に残るのが、坂上が代打出場だけに終わったことだ。
出塁するためだけに起用したのか?
てっきりそのまま守備につくと思ったぜ・・・
もし、そのまま守備についてたら、
俺たちは負けていた。
そう、準決勝では、市立船橋が終盤に逆転勝利した。
だが、鍬形は勝った気がしなかった。
坂上、残念ながらお前に限っては初見殺しが効かなかったようだ。
スタメンに出るようなことがあったら全部三振に抑えてやる。
わかってても打てない速球を、その時までに完成させる・・・。
大夢は逆に筋肉疲労になった原因を反省していた。
酷使ではない。単に不摂生だっただけだ。
食事の量、摂るタイミングなど、生活習慣を見直すことにした。
春に向けて、この冬は暖房よりも熱くなるだろう。