一度きりの・・・
恒輝は打撃が絶好調だった。
初回いきなりスリーランホームランを放つ。
これで高校通算本塁打を18とした。
5回裏を終了し、8-2で高崎商業がリードしていた。
6回表から高崎高校は慎平が登板した。
3者凡退に打ち取る。
6回裏から高崎商業も動く。
シートの変更に伴い、大夢はライトの守備についた。
この回から、黒岩大河投手が登板。大夢のライバルでもある。
大河は裕登も知っている。
裕登が東吾妻中にいた頃、彼は嬬恋中のエースだった。
中学地区決勝戦で投げ合ったこともある。
実力は彼が間違いなく上だ。140キロ近い速球に加えてスタミナも豊富だ。
そんなチームが県大会を逃すのは不思議とまで言われていた。
しかし、高校に上がればそんなことは問題ない。
即戦力として充分な能力と資質を持ち合わせていたのだ。
これまでエース神津、左の小平と共に継投策で勝ち上がってきた。
たまに一塁を守る左サイドの矢部と外野兼任の坂上も登板した。
連戦を勝ち抜くには投手陣の整備を充実させることも重要だった。
7回表、松葉慎平と坂上大夢の高校初対決が遂に実現する。
2人は幼なじみだ。
小学校の頃から野球を続けてきた仲間でもある。
中学時代に同じベンチメンバーに入ったこともある。
大夢が野球部でのいじめに耐えられず陸上部に逃げて来た間も、
慎平は大夢の味方をした。
「お前は何も間違ったことはしていない、あんな低俗な奴と放課後を共にするより、自分の実力を磨き上げてみないか。野球については俺がフォローする。大人がどうこう言うかもしれないけどそれを承知してのことだ」
慎平は中学校が嫌いだった。だから、高校で目的や目標を持って、文武両道に励んできた。
自分が味方につけた仲間に味方をしてもらえる希望もあった。
もしかしたら何かの歪みで縁を切られるかもしれない。
全てを承知し、全てを自分の選択で生きてきた。
この回の先頭バッターは大夢。
プレイが宣告された。
慎平は小さめのワインドアップから振りかぶって投げた。
1球目。ど真ん中に全力のストレート。
大夢は見送った。
慎ちゃん、やっぱりそうか。努力は裏切らないのは本当だ。
高校でだてに練習してきたわけじゃない。
きっと想像を絶するんだ、俺には知らない何かが。
試合に結果を出す時にどれだけ投げ込んだかなど重要じゃないぜ。
よく、俺はこれだけやってきたから試合で大丈夫だってぬかす奴はいるけど、
そういう奴こそ緊張感を持ってやれよと言いたくなるよ。
俺はそれだけ自覚して厳しくやってきた、だから今が楽しい。大夢ならわかるよな。
2球目、インコース高めのストレート。
大夢はカットする。ファール。ツーストライクと追い込まれた。
やっぱり、コントロールだけじゃない。
周りに県内屈指の投手と宣伝されてるお陰で風格がまるで違う・・・。
意識が違うのか・・・進学校とだけでそんなにも違うのか。
俺にはわからねぇ。
やるな大夢。
とにかく俺はこういう相手はホントに投げづらい。
160cmのバッター故に、ストライクゾーンも低い。
そのバッターから2球続けてストライクを入れられたのは自信になるな。
これほどやりがいのある打者はそうそういない。
さて、次はどうかな。
3球目はカーブ。
ボール球だったが、かろうじて当ててファールにした。
4球目も5球目もきわどいところを大夢はカットする。
カウントは依然としてツーストライクのままだ。
「やべぇ、ツーストなのにあの20番、当てに行ってるぞ」
「普通空振りしてるだろ、どんだけ必死なんだよ」
そりゃ周りから驚かれるに決まってるさ。
俺と慎ちゃんが二人きりに練習してた時に、
無駄についてしまったんだよなぁ、そんな技術が。
なるほどな。
面白い特技は健在だ。
ボールを後ろにそらしたくがないために、
悪球でもバットに当てて前や自分にかえる。
100%とまでは行かないが、確実に大夢はレベルアップしている。
慎平は1つボールを外して、一呼吸置いた。
大夢は高崎高校に入っても普通に勉強についてこれる。
しかし彼は商業高校を選択した。
あの頭ならいくらでも資格をとって卒業しているだろうな。
先を越されてしまうな、大夢・・・。
フルカウントからの10球目、大夢は打った。
ポテンヒットを防ぐため、あらかじめ前進守備を敷いていた外野フライに終わった。
打ち取った慎平は少しほっとしていた。
結局この対戦は1回だけで。慎平は3回を2失点に抑えた。
ライトを守っていた大夢は最終回裏に登板。
黒岩が作ったピンチを見事無失点に抑えて12-4で高崎商業が優勝した。
群馬県1位通過を果たし、春の選抜をかけた関東大会に出場する。