新チーム始動
春県ベスト4の高崎商業に大波乱が起きた。
ケガなどで主力を欠いた中での初戦。
1点リードで迎えた最終回裏、同点タイムリーを打たれ、なおもピンチが続く。
ピッチャーに疲れは目に見えていた。しかし、ベンチは動かなかった。
ピッチャーが投じた129球目。
大きく上がった打球は外野フライと思われたが、
風に乗ってすれすれライト線ポール直撃のサヨナラツーランを浴びた。
新興勢力の伊勢崎清明に2-4でサヨナラ負けを喫した。
不運が付きまとおうが負けは負け。
指揮官は選手層を厚くするため、チームの底上げを図った。
また、3年生が引退することで、下級生がより長く野球ができる、と前向きだった。
引退した3年生は、就職活動に公務員試験が待ち受けている。
一方、大夢たちはスタンドで応援している立場であった。
部員が半端なく多いため、ベンチから漏れた上級生もいる。
1年生は全員応援だった。
やはり実績は大事だ。
能力は高くても、実績を認められなければ、メンバーにはなれない。
いくら恒輝でも1年春だけの成績だけで夏メンバーになれるわけではない。
野球だけが実績ではない。
野球に繋がる実績も作る必要があった。
例えば、チームワークだ。
いくら個人の能力が高くても、チームのことを考えなければ雰囲気が悪くなる。
だからといって能力が低い方がいいのかというとそういうわけではない。
揚げ足取りの発想自体低俗だ。
能力はつけられるだけつけておくのはまだマシである。
現実問題として生まれた環境や身の上は個々に違うのだから、
そんな一人一人を上手くまとめていくのは至難の業である。
ところが実際にそれを成し遂げる人がいるのもまた現実だ。
そうでなければチームワークが大切なんて考えも生まれなかった。
だからキャプテンは慎重に選ばなければならない。
個人としてはどうあれ、結果的にチームが良くなっていけばそれで良いのだから。
もちろん恒輝は先輩を立てるのは上手かった。
先輩も恒輝を信頼していた。
しかし、まだ1年ということもあり、全員に浸透するにはまだ不十分だった。
恒輝が活躍することによって、誰かが嫉妬するくらいなら・・・と恒輝は遠慮していた。
代打で出場した時に当然見えていて打てる球をわざと空振りして人目はばからず怒られもした。
逆に自分が悪者になるんだ。
誰もいないところでこっそり監督に言われた。
「正直に言ってくれないか?あれはわざと空振りしたんだな?」
「はい、だって、(試合に)出られない先輩に申し訳ないですもん。いいんですよ・・・」
恒輝は少し間を置いた。
「前田には期待してるんだ、怒ったのも悪気があったわけじゃないんだ。わかってくれ。」
「いや、大丈夫ですよ。監督、夏大はベンチから外してもらってもいいですか。自分自身を見つめ直したいんです・・・」
「わかった。遠慮したがる前田の気持ちもわかる。そういうことなら、1から出直して来るのは大いに結構だ。前田ならすぐに這い上がってこれる。そう信じてる。」
「ありがとうございます。」
大夢たちからしたら恒輝がスタンドで応援していること自体意外だった。
あるチームメートが恒輝と話していた。
「なぁ、恒輝。」
「ん?どうした?」
「すんげー聞きにくいことだけど、」
「大丈夫だよ、気にすんなって」
「おう、どっか体悪くしてるのか?」
「いや、特にそういったのはないよ」
「そっか、余計な心配したな。監督にめっちゃ怒られただろう、あれすごい気になっててさ。」
「あぁ、あれね」
恒輝は苦笑いしながら答えた。
「わざと空振りするのは確かに悪いことだ。一生懸命やってる人からしたら怒るに決まってるさ。」
「じゃぁ、なんでそうわかってて空振りしたんだよ。」
「まぁまぁ、言っちゃあなんだけど僕の才能を妬む輩が面倒くさくてね。」
「県内屈指の部員数だからそりゃ色んな人いるわな。」
「だから開き直って遠慮したわ。それで結果的にチームワークが良くなるなら僕が犠牲になっても良いと思うんだ。」
「犠牲になっても良いチームワークって・・・」
「結局はそうじゃん、個人の表現したって自己中心に捉えかねないし。」
話を聞いてた大夢が一言言った。
「負けるが勝ちって言うもんな」
「大夢、よく言った!それだよそれ!」
「何かやたら嬉しそうだぞ恒輝君」
試合終了のサイレンが鳴った。
出れなかった主力を含む上級生はむせび泣き、立つことも歩くこともできず、悲しみに包まれた。
厳しい現実に打ち勝ってやろう。
新チームの挑戦は既に始まっている。