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女狂性騒曲

作者: koh

 全国チェーンの居酒屋の一室に三人の女性が座していた。それぞれの会社が休みである土曜日の夜、彼女たちは女子会と称して夜な夜な愚痴、不満、嘆き、希望、将来などを吐き出し続けていた。


「私たちも、もう二十六歳だね」

「いつの間にか、すいぶん年取っちゃったね」

 ハイペースでジョッキを空にし続けていた陽子は、沈鬱気味に視線を落とした。それにつられて、金魚のフン体質である明美も同じように伏し目がちになった。

「そうかなあ? 知ってますか? 日本人女性の平均寿命って八十六歳なんですよ。思わずため息がでるほど長い時間でしょ? 人生ってのはこれからの方がずっと長いんですし、今までのことなんて大したことないんだと思うなあ」

 真里奈は陽子たちと年は同じだが、派遣社員として働いている。あっけらかんとしたその性格が社風にうまくハマり、社内では上司を含め大抵の人と気軽に話すことができた。若干の同性からはあまりいい印象を抱かれなかったが、真里奈はそんなことはまったく気にせずに、黙々と与えられた仕事をこなし続けていた。

「いやあ、でも二十六歳はきっとなにかのターニングポイントよ。ここらで恋愛の萌芽くらいは芽吹いてくれないと、いよいよ残り物になちゃうわ」

「ま、恋人ができる気配もないからこうやって女三人で飲みに来てるんですけどね。アラサー、アラフォーどんと来いですね!」

 真里奈は恋人、そして結婚という儀式に執着するタイプの女ではなかった。むしろ、そういう人種を毛嫌いしていた。陽子さんも明美さんも、どうしてそう悩むことがあるのだろうか。時代は二〇一六年。恋愛、結婚だけが人生の充実でないことは自明ではないか。年齢は同じだけれど、この人たちは考え方が前時代的なんだわ。親の影響かしら?


「先週、街コン行ってきたのよ。いま流行ってるでしょう、女性は格安だから気軽に参加できるのよ」

 自分の恋人の品定めの席に気軽に参加してどうする。真里奈は心の中で突っ込んだ。

「あっちゃんと行ったんだけどね。もう三十代から四十代のギラギラした体育会系しかいないのよ。正直ブルーカラーはちょっとね、と思ってたし、やっぱり街コンに参加する時点でなにかのふるいにかけられてるからマトモな男性との出逢いには期待できそうになかったわ。ランチも近所の安いお店でがっかりしちゃった。ねえ、明美」

「う、うん。街コンてあんな感じなんだね。私はじめてだったから。男の人の目線ってちょっと怖いよね。品定めされてるようであんまり居心地良くなかったかも」

 お前だって男を品定めするために行ったんだろうが。第一、男に顔や身体をジロジロ観察されることがそんなに気味の悪いことだろうか。真里奈は決して美人とは言えなかったが、独特の愛嬌と人当たりの良さで数々の男たちの妄想世界に登場してきた。真里奈もそれを自覚しており、男という生き物はエロとプライドのみで構成されていると考えるようになった。

「街コンなんてどこの馬の骨かもわからない有象無象がわらわらやってくるんでしょ? そんな動物園みたいなところより、普通に合コンしましょうよ。なんと今回は○×商事の正社員です。私たちとも近い業界だし、話も弾むと思いますよ」

「えー、あそこって超大手の商社じゃな~い。あんたのどこにそんなパイプがあるのか未だに謎だわ……。とにかく、もちろん行くわよ」

「わ、わたしも参加したいです」

 控えめな声で明美も乗じた。

 分かりやすい単細胞女どもめ。こういう人たちって結局ずっと結婚できずに、妥協した恋人と妥協した生活を送るのが関の山だわ。それで「わたし幸せ♪」なんて自己暗示して偽りの愛を育んでいくんだわ。

「みんなノリがいいですね~。男たちの方は大丈夫だから、みなさんの都合が良い日付を教えてくださいね。もちろんお金はすべて男側で払うように言っときますから」

 

 運ばれてきたハイボールをものの十数秒で飲み干すと、陽子は改めて礼を言った。

「いつもいつもゴメンねえ。セッティングばっかりしてもらっちゃって。マリちゃんも参加したらいいのに。恋人ができると人生が輝くわよ!」

 恋人がいないと輝かない人生なんてクソ食らえだと思ったが、恋人がいると自分はどういう状態になるのか関心はあった。しかし、目の前の恋愛至上主義者(失敗作)の言動を観察していると、恋愛というのは人間の本能であると同時に、動物の本能でもあるのだと考えた。例えばセックスがいい例だ。私たちはセックスの最中に果たして相手を人間として見ているのか、動物として見ているのか、その境界は限りなく曖昧である。そうこう考えていると、目の前にいる陽子がキツネザルに、明美がタヌキに見えてきた。正体を暴くために頬を往復ビンタしてやりたかったが、釈明の手間を考えると力の入った手は膝の上に収まった。

「輝きかあ。わたしは自分本来の輝きが恋人に奪われないかで日々怯えてしまいそうですよ。だから、恋人の輝きも奪っちゃダメなんです。人と人とが関わることは生半可なことじゃないんですよ。そこんとこ本当にわかってますか先輩たち」

 と、こういった寸劇も毎回入れることにしている。陽子さんはスマートフォンでメッセージのチェック(どうせ来てない)、明美さんはテーブルの隅に置かれた調味料を馬鹿丁寧に並べ直していた(無駄を擬人化したような女だこいつは)。

「ようし! 次の合コンも決まったことだし、そろそろ出ましょうか。みんなに幸あれ~」

 幸福の女神はお前以外の全人類を祝福するだろう。席を立ち財布を取り出していると、陽子は脱兎のごとく伝票をさらってレジへ早足で歩いた。明美も真里奈もそれなりに必死なフリをして後を追った。しかし清算は既に済んでおり、陽子は得意気に口角を上げ、理由なく他人に嫌悪感を与える顔をぶら下げて笑っていた。明美と真里奈は今日はじめて同じ思いを抱いた。

「キモい」

 

 義務的な礼を済ませ、店を後にした。それぞれの帰宅ルートは違うので、ある交差点から三人は別々の道へと歩き出した。

「それじゃあまた今度ね。グンナイ♪」

 明らかに酔っているが、楽しそうな陽子を見ていると明美も元気をもらえた。

「楽しかったよ~。真里奈ちゃんもありがとう。私たち三人ずっと一緒に居られたらいいなあ」

「なにセンチになってるんですかあ。これからも半永久的に開かれる女子会ですよ。四十になろうが五十になろうが関係ありません。それではまた」

 三人はそれぞれ長さの違う影を落とし、人混みに消えていった。


 なんでもないような飲み会が 幸せだったと思う

 なんでもない酒のこと 二度とは戻れない店♪


 莫迦な替え歌を歌い終えた真里奈は、スマートフォンを取り出し電話をかけた。

『いま終わりました。次は○×商事との合コンになりそうです。――はい――はい。もちろん十分警戒しております。明日、録音データを渡しますのでご確認ください。それではおやすみなさい、社長』


 通話を終えると、真里奈はスマートフォンのイヤフォンジャックに先日家電量販店で買った安物のイヤフォンを取り付けた。そしてDavid Bowieの「Heroes」を選曲した。

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