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第五話:呪いの品が眠る館

 竜人族が竜だったころと比べてなにが変わったって? 別段なんにも変っちゃいねえよ。大飯食らいで気位が高くて、珍品気品のキンキラキンを収集しちまう癖だってそのままさ。だがまあ、強いて言うなら……“アレ”の良さってやつがわかるようになったってとこかもなあ。


 そう言うと、長年竜族と共に暮らしてきたという老人はニイッと口角を吊りあげた。


 旅人ブライアン・ホース著 「伝説の竜の谷」より抜粋。








「ええ、ええー!? もう、奥サマったらお上手ザマス! 奥サマこそ、リルさんをご立派にお育てで! え? それはもう、お嬢さんは爆風竜乙女タイフーンドラゴニーナことわたくし、ララ・クライスンが責任をもって預からせていただくザマス! では、失礼いたしますザマス~」


 クライスンの家には固定電話が引いてあった。この世界で個人宅に電話線を引けるのは、中流以上の経済力をもつものだけだ。リルの実家にそれはなく、ララはリルの村の村役場へ電話をかけ、リルの母親を呼び出してもらったのだった。


 ララは恐縮するリルの母親に彼女の身元引受人になった経緯を説明し、型通りの挨拶を交わして電話を切った。


「さて、リルさんにお部屋を用意しなければいけないザマスね」


 しばらくは客間を使ってもらおうかしら、そう言いながら憑き物が落ちたように晴れやかな笑顔で振り返ったララ。傍に控えていたクライスン家の兄妹が揃ってジャンプし、母親の強靭な尾を避けた。


「私のことはリルと呼んでください、クライスンさん」


 その光景に目を丸くしながらも、どうにか平常心を保てたらしいリルがはにかんで言うと、ララは柔和な笑みを浮かべて頷いた。


「わかったザマス。ルル、リルを二階の客間へご案内するザマス」

「嫌ですわ。人間のお手伝いさんの案内なんて、誇り高きドラゴンの血が許しませんもの」

「ルル、リルはお手伝いさんではないザマス。明日からはジジと同じく訓練学校に通って、将来はお母さまやお父さまのような立派な冒険者になるザマス」

「まあ! お兄様と一緒ですって!? 人間のメスの分際で!? 学び舎を一にするだけでは飽き足らず、一つ屋根の下で暮らすなんて、そんなこと……そんなこと許せませんわ! お母様の馬鹿!!」


 ララは母親らしく娘の言動を諌めたが、ルルは首を縦に振るどころか拳を振り回して喚いた揚句、荒々しい足音を立てて屋敷の階段を上がって行ってしまった。


「ルル! ちょっと待つザマス! ――ジジ、案内を頼むザマス!」

「わかった。ついでに屋敷の中も案内するよ」


 上階からはバタン! とドアを閉めた音が聞こえた。ララはジジには応えず娘の後を追って階段へ急ぎ、残されたジジは軽く肩をすくめてリルの方を向いた。


「すまないね、リルさん。妹は難しい年頃なんだ」

「わかります。私にも、同じくらいの弟がいますから」


 ネルの反抗期には、両親もリルも手を焼いたものだ。ようやく落ち着いたと思ったら冒険者になって旅立ってしまった弟のことを思ったのだろう。リルの表情が少し曇った。


「事情は母から聞いたよ。僕もできる限りのことはさせてもらうから、お互い頑張ろう」

「ありがとうございます。ジジさん」


 リルは軽く頭を下げた。軽く目を伏せていたため、ジジの目線がワンピースのネック部分に注がれたことには気づかなかったようだ。顔を上げたリルの顔には親しみのこもった笑みが浮かんでいた。


「ジジでいい。それと明日からは同級生なんだ。堅苦しい言葉遣いは無しにしてくれよ――ああ、こんなことを言うと余計にルルを怒らせてしまうかな」

「クスッ。気を付けます――あ、そんな! 自分で持ちます!」


 リルの荷物――ラクロスに到着した際、町の入り口の手荷物預かり所に預けておいたもの――に手をかけたジジの手に、リルの手が添えられた。ジジは一瞬ハッとなったが、すぐに顔を平生に戻して口を開いた。


「気にすることはない。ルルが大事にしている“ドラゴンの血”は僕にも流れている。おかげで腕力だけは有り余っているのだから、少しは使わせてくれ。あまり元気な顔をして登校すると、マックス先生のトレーニングメニューを増やされてしまうしね」

「マックス先生?」

「そうか、リルはまだ知らないんだな。彼は“戦士講座”の鬼教官でね――」


 楽しげに話す二人は、そのままルルが使用したものとは反対側の階段へ向かって歩き出した。クライスンの屋敷は表玄関から二階までが吹き抜けになっており、向かって右側の階段を上がると家人の部屋が並び、左側の階段を上がると三つの客間が用意されている。


 一階には二十畳ものリビングダイニングがあり、そこはクライスン夫妻が収集した様々なコレクション群が飾られていて、さながら個展のようになっている。一階には他にズズの書斎、使用人室とレストラン並みの設備を誇る調理室があり、地下にはトレーニングルームまで造られている。







 リルをもっとも奥の客間に案内して荷物を置いたのち、ジジはリルを一階のリビングダイニングへ案内した。暖炉の傍にはすわり心地のよさそうな八人掛けのL字型ソファーが置かれており、重厚な織物のカーテンに隠れるようにして、年代物の蓄音器が置かれていた。


「おっと、手を触れないように!」

「え?」


 蓄音器を初めて目にしたリルの背中に、ジジが鋭い警告を発した。


「そいつは怨嗟の蓄音器マリシャスフォノグラフといってね。北の地下墓地迷宮から父が持ち帰ったものだ。……立派な“呪いのアイテム”なんだよ」

「呪いのアイテム?」

「そうさ。なんでもそいつには、地下墓地に眠る亡霊たちの断末魔が録音されているらしい。再生すれば呪いが発動して、聞いた者全ての魂が吸い取られてしまうそうだよ……」

「なにそれ、怖い……」


 タイミングを計ったかのように落ち始めた西日が、リビングを血のような赤に染めた。床に敷かれたトラ皮の絨毯ですら呪われた一品のように見えたリルは、蓄音機から遠ざかった。西日を背にしたジジの表情は影になって見えない。


「このリビングに飾られているのはほとんどが呪われた品だそうだよ。なぜか両親はそういう品が好きでね。貴金属の類いはすぐに売ってしまうのだから、同じ竜人族から見ても、あの人たちの趣味は理解できないよ」


 おかげで、食うには困らないけども。と嘆息したジジは、暖炉の前で不安げに立つリルの背後を指差した。


「中でも、“その剣”は群を抜いて気味が悪い」

「…………」


 リルはそうっと背後を振り返ってみた。暖炉の上には立派な飾り棚が設えてあり、そこに一振りの剣――あまり飾り気のない木製の鞘に納められており、これまた飾り気のない錆びた柄の――が鎮座していた。呪いの有無は別として、そもそも価値が無さそうに見えるそれは、頑丈そうな鉄製の金具で棚に固定されていた。


「そいつは鏖の剣(ジェノサイドソード)という、冒険者の間では大変に有名な武具なんだそうだよ。実は、この家の前の住人の持ち物でね……」


 大きな館に住むような金持ちのなかには、倒錯した趣味を持つものも少なくないという。クライスンの前にこの屋敷に住んでいた冒険者は、ある商人から古びた剣を買い取った。「絶対に抜いてはならない、呪いの剣だ」と厳に言い含められてはいたのだが。生誕祭を祝う晩餐の席――あらかじめ言っておくが、この世界の生誕祭と、諸君の世界で言うところのイースターは意味合いが違うぞ――で、悲劇は起こった。


 酒に酔った客人の一人が、誤って鏖の剣の柄に触れてしまった。抜かなければ呪いは発動しないはずだったが、男は狂気に囚われ、一家と客人の全てを切り倒し、自らも喉を突いて果てた――


「彼が喉を突いたのが、今リルが立っているところだそうだよ」

「きゃあッ!?」


 いつの間にかすぐ後ろに迫っていたジジが、リルの耳元で囁くと、リルは驚いて飛び退った。こういうとき、後ろに逃げてしまうのはエビと人間だけらしいが、そんなことはどうでもよい。


「おっと、はは。冗談だよ。驚かせてしまったかな」

「もう……ジジ、意地が悪いわ」


 ジジにぶつかりそうになったリル。その肩を優しく受け止めたジジは、優しく微笑んだ。


「ごめんごめん。でも呪われた剣というのは本当なんだ、どうかお手を触れませぬよう」

「もう、やだ……ふふふ」

「ははは」


 二人はその後も屋敷内を見て回り、すっかり打ち解けたようだった。どうにか娘の説得を終えたララが階下に降りてきて二人の姿を認めると、意味ありげに微笑んで声をかけた。


「お友達になってくれたようでよかったザマス。さあ、リル。クライスン家自慢の“全自動風呂”に入ってくるザマスよ。わたくしは晩餐の支度をするザマス」

「えッ!? そんな、手伝います!」

「明日からはもちろん手伝ってもらうザマス。今夜は特別ザマスよ?」

「はい! あの、本当に、ありがとうございます!」


 バチン! とウィンクしたララに、恐縮して頭を下げたリル。ジジの案内で人生初の「全自動風呂へ」向かった。

 






 おいおい、まさかリルの入浴を覗くつもりじゃあるまいな。ジジも当然、母を手伝いに調理場へ向かったぞ?


 全自動風呂が気になるか。なるほどでは説明させていただ――こら、地下に降りて行こうとするんじゃない! 諸君らの世界にもあるだろう、ボタン一つで湯を張ったり排水したりできるあれだ。基本的にはそれと同じなのだよ。


 は? クライスン家のものは一つ穴だ! いいから戻りたまえ!







 さて、呪われたアイテムというものは、この世界で暮らす一般的な人民にとってあまり価値がないものだ。


 だが、前述したように呪われた武具の中には常識を超えた付加効果をもたらすものが多く存在していることは事実なのだ。世界には強大な敵を倒すため敢えて呪われた武具に手を出した――すなわち装備して非業の死を遂げた冒険者たちのエピソードがいくつも伝わっている。そんなわけで一部では「呪いを解く」研究が昔から行われているが、残念ながらそれは実を結んでいない。


 実は、呪われたアイテムや武具を自在に使いこなす方法が一つだけあるのだが……清浄潔白な精神を持つ諸君がけして口外しないと言うならお教えしよう。


 それは「魔人族になる」ということだ。


 生まれながらにして神と聖霊の全てに呪われた魂をもつ彼らは、武具に込められた呪いに心を狂わされることなく、常識外の能力を振るうことができるのだ。もしかすると、彼らが世界の種族の中で最も個体数が少ない理由がこれなのかもしれない。


 クライスン家が所有する土地は二百坪、屋敷の敷地はおよそ百三十坪もあり、呪われた品々が眠る豪邸をララ一人で管理することは難しい。つい先日まで、この屋敷には若くて優秀なメイドが働いていたのだが、彼女がどうなったのかを諸君が知る必要はない。もし知っていたとして、諸君は物語の進行を邪魔してでもリルがクライスン家に下宿することを止めただろうか。








「さあ、今夜はリルの歓迎会ザマス! たんと召し上がるザマス!」


 一家の大黒柱であるズズが遭難したことで、重苦しい夜を過ごしたクライスン家であったが、リルを迎えたことで明るい食卓が戻っていた。


「なによ、兄様とベタベタして……」

「ルル、僕はベタベタした覚えはないよ。ほら、こっちへ来なさい」

「嫌ですわ! ルルは兄様なんて嫌いですもの!」

「ルルちゃんは、ジジが大好きなのね」

「なッ、馴れ馴れしく呼ばわらないでいただけますこと!?」

「これ、ルル! 食事中無闇に立ち上がらないザマス!」


 食卓に並んだ肉肉しい料理を囲む四人を、呪われた品々が見守っていた。リルの物語の一日目は、概ね平和に幕を閉じようとしていた。




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