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第十四話:滝の裏迷宮5

「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ!」


 滝の裏迷宮地下一階、迷宮の入り口から二百メートルほど進んだ回廊にサラの声が響く。

 人外の魔物が際限なく湧いてくる迷宮に潜るものの大半は、それらとの遭遇をできるだけ避けたいと思うものだ。ましてやここは初心者向けの迷宮ではない。悪趣味収集家(オカルトコレクター)の二つ名で知られる竜人族の冒険者、ズズ・クライスンが行方不明となり、彼を捜索するべく旅立った元上級冒険者も安否不明となっている滝の裏迷宮だ。サラの大声に慌てた仲間たちが、さらに喚こうとするサラを手で制しながら息を潜めた。


「サラさん……気持ちはわかりますが、これ以上の探索は危険ですわ」

「危険!?」


 サラが自身の毛髪と似た、燃えるような瞳でミライアにくってかかる。


「一人でいるリルに比べたらどうってことないでしょ!」

 

 碧の髪、碧の瞳、似たような服装と髪形をした三姉妹が視線を交わし、困憊した様子でため息をついた。


「遭難者が出た場合、パーティーの全滅を避けるためには速やかに帰還して捜索依頼を出す。これは冒険者の鉄則ですわ。リルさんを探して深層に潜れば、それだけわたくしたちが帰還するのに要する時間も増えます。迷宮課に捜索を依頼するのが遅れるほど、生存の可能性が低下すると思いますが」

「いくら早く戻っても、無駄だし」


 攻略本は読んでこないくせに冒険者の正論を振りかざすミライアに、迷宮課の実情に詳しいサラが応酬する。


「ラクロスの遭難係は今人手不足なの。戻ったところで依頼を受けてくれないわ――っと、ここになんかあるし」


 怪しいコケが生えた箇所を素早く区別できるようになったサラが、湿った石を調べ始める。すぐにその石が回転することに気が付き、仕掛けを動かした。石壁が崩れ、新たに出現した通路を見渡して気配を探る。


「右奥――それに左の小部屋にも」


 敵の位置を指示し、上層階で発見した黒塗りの小太刀の柄に手を伸ばして進もうとすると、ミライアが聞えよがしにため息をつく。

 渋る三姉妹を説き伏せてリルの捜索を続けてもう七十二時間が経過したが、限界だろうか。

 いや。

 レベルも上昇し、探索能力が飛躍的に向上したためほぼ全戦で先手を取ることができるし、規格外の戦闘力を持つ三姉妹の助けもあって、格上の敵を相手にしてもさほど苦労せず倒せる。深い階層に潜ればそれだけ敵も強くなっていくが、まだ大丈夫なはずだ。帰還分の食糧を考えても、最低でもあと十日くらいはリルを探せる。


「あたしの“索敵”と“不意打ち”に、あんたたちのコンビネーションがあればほとんど無敵じゃん? 大丈夫だって――」


 振り返ろうとして、後頚部に強い衝撃を受けた。







「う……」

 

 私は、どうなった。

 爆発の衝撃波のせいだろう。一時的に聴覚が働かなくなっている。階段の角に打ち付けてしまったせいか、右肩から先の間隔がなくなっていたが、それでも私の手が鏖の剣(ジェノサイドソード)を握っているのを、何もかもが二重に視える視界の端に捉えた。

 背中にはブレスの余波――尋常ではない高熱を感じるのだが、腹側は固くて冷たい迷宮の床に密着していた。要するにうつ伏せに倒れているのだ。身体を起こそうともがくが、足腰に力が入らない。恐らくは背後に迫っているだろうドラゴンゾンビと少しでも距離を取りたいのに、這い進むこともままならないほどのダメージを負ってしまったのか。

 

 生きてはいる。

 

 けれど、すぐに殺される。


 嫌だ。


 こんなところで、ネルにも会えず、汚らしい腐った死体に――


 諦めるな。


 私の運命は特別なはずだ。一度死んで、こんな世界に転生したのがその証拠じゃないか。


 不安定に揺れ、ぼやけていた視界が徐々に安定を取り戻してくる。

 相変わらず右腕の感覚はない。

 左手を支えに上体を起こした。

 曲がり角の辺りは真っ黒な煙で充満している。まるで火山の噴火だ。その中で紫色のスパークがはじけるのを見て、ぼんやりとそう思った。

 煙の中から巨大なアンデッドモンスターが出現した。黄色く変色し、濁った眼がブレスの一撃で倒れている私を確認すると、ブスブスと煙が漏れる口角が動いたような気がした。

 こいつ、笑っている。

 ズズ・クライスンが大剣の切っ先で床を擦りながら、ゆっくりと近づいてくる。


 立ち上がれ。リル――いいえ。瑠璃!


「おいおい。マジなのか」


 完全には復活していない聴覚が、この場に似合わない緊張感を欠いた声を認識した。

 背後から――つまり階段の方から聴こえた声の主の正体を確かめようと身体を捻ったが、首の痛みに呻き声を上げることしかできなかった。


「やっとこさ見つけたと思ったのによぉ。ゾンビ化の場合は死亡扱いだよな……うん。間違いない」


 階段を下る足音が、声と共に近づいてくる。男の声だ。足音に合わせてガチャガチャと聴こえるのは、装備品同士が触れ合う音だ。皮鎧やスニーカー、三姉妹のようなピンヒールでもない。重装備の戦士の足音だった。


「やれやれ。口の臭い奥さまにゃ、なんて言い訳したらいいんだ。腐った死体を運ぶなんてまっぴらだしな……ま、ともかく」


 足音は私を追い越し、雄叫びを上げるドラゴンゾンビの姿は淡いブルーのマントとその裾から覗く磨きこまれた銀のブーツの踵に覆い隠された。


「迷宮×ゾンビ×女の子――タイミングだけは、バッチリ決まったってわけだ」


 おどけた調子の声を残し、男は走った。マントが翻り彼が腰の剣を抜いているのがわかった。

 ドラゴンゾンビが一際大きな咆哮で迎える。

 男が剣を振りかぶった。直後、全ての音が消えた。





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