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第十話:滝の裏迷宮1

 迷宮課課長殿

 私たちは、冒険者法に則り以下の迷宮攻略計画書を作成し、迷宮の探索許可を申請いたします。

 

 ハイン歴2002年 十月二十四日


 【攻略予定の迷宮】


 滝の裏迷宮 全層(ただし、二回に分割して探索する)


 【探索者】

 ①リル・エルファー 戦士LV68

 ②サラ・ブレア 盗賊LV65

 ③ミライア・スイーツ 魔法剣士LV48

 ④キャロライン・スイーツ 戦士LV50

 ⑤フランキスカ・スイーツ 魔術士LV45


 【攻略計画】

 ①目的:基本的にはパーティーメンバーの成長と資金集め。今なお行方不明であるズズ・クライスン及び彼を捜索に向かった冒険連職員の捜索も余裕があれば行う。滝の裏迷宮はすでに「攻略本」が発行されているため、基本的にはそれに記されたルートを辿る。

 

 ②侵入:滝の裏迷宮はすでに全階層踏破が達成されており、迷宮に入るに際して特別な手段は必要ない。入り口を守護するモンスター「マーマン」に対しては、毒耐性装備を保有する前衛が矢面に立つ形で毒爪の攻撃を引き受け、後衛の魔術士による雷属性の攻撃魔術によって弱体化を狙う。このとき、盗賊はスニークスキルを使用して攻撃対象から外れ、前衛の回復とサポートに徹することでメンバーの生存率を高めるものとする。


 ③地下一階~十階:水属性のモンスターが多く出現し、物理攻撃系と魔術攻撃系が徒党を組んで襲ってくることが多いため、侵入時の陣形を維持する形で進む。また、毒・麻痺・混乱等ステータス異常に対処できるよう、回復系アイテムは十分に数を揃える。


 ④地下十一階~三十階:魔術禁止ゾーンやダークゾーンなど、探索者に不利な環境が増えてくる。その分モンスターの出現数が減少するらしいが、個体の戦闘能力は上昇していくとのこと。一階層下るごとに最低でも3レベルアップするまでは次の階層に踏み込まない。

 準備できる食糧はおおよそ二か月分。そこで、第一回の探索期間は一か月とし、帰路にかかる期間の目標を半月に設定する。リーダーのスキル「薬草鑑定」を活用し、攻略本に記されている水場を効率的に利用したとしても、探索期間の限界は二か月半と判断する。それ以上過ぎてもパーティーが帰還していない場合は、遭難したとご判断願いたい。


 第一回探索の帰還予定は十二月二十四日。


 続いて第二回探索は――




「信じられない。本当に、昨日の今日でこれを仕上げてきたと言うのかね」


 ロバートが計画書から顔を上げて驚嘆の意をあらわした。滝の裏迷宮はクライスン家のイベントの最初の舞台であり、私にとっては思い入れのある迷宮だ。ゲームをプレイしていた頃を思い出しながら、攻略本片手に計画書を作成するのは苦労する作業ではなかった。


「頑張りましたから――」

「わたくしども全員・ ・の熱意の表れだと思っていただけると、幸いですわ」

「…………」


 瑠璃として生きていた頃は、まさか自分がゲームの登場人物になるとは夢にも思わなかったな、などと思いながら無難な返事をすると、ミライアが余計な修飾を付け加えた。

 結局冒険連が運営する簡易宿泊所で夜を過ごした私たちは、朝一番でラクロスの冒険連迷宮課課長の元を訪れていた。

 目を三角にするサラに視線で大丈夫と告げ、私は彼女の父親に注意を戻す。


「いかがですか。迷宮探索の許可を頂けますか?」

「うぅむ……」


 応接テーブルの向こうで、ロバートは腕を組んで唸って見せた。

 滝の裏迷宮は、中級冒険者向けの迷宮だ。それは、冒険者になって四か月かそこらのメンバーだけで構成されたパーティーが踏破できるようなものではない。名門出身のミライアたちはまだしも、私とサラは公式の記録ではこれが迷宮初挑戦となるのだ。隠し迷宮の存在を知らないゲームの世界の住人であるロバートは、元冒険者である父親として娘の急成長を喜びつつも、クライスン家と関わりがあり、叩けば埃が出そうな私と一緒にいることで彼女に危険が及ぶのではないか、そんな風に考えているのだろう。

 自分で言うのもなんだけれど、計画書は完璧だ。メンバー構成も準備品も抜かりはない。これで許可が降りないなら、「上告」をするまでだ。

 私はロバートの顔を見つめ、表情から心の機微を読み取ろうと彼の表情筋の動きを注視した。

 ちなみに上告とは、冒険者が冒険連の支部の対応を不服とした場合――例えば探索計画の不当な棄却等――、冒険連本部に訴えることができるシステムのことだ。本部が支部の裁定を覆す判断をした場合、支部の信用が大きく損なわれることになる。サラの暮らしぶりを考えれば迷宮課課長の椅子に座りたい輩はいくらでもいるだろう。ロバートは渋面を作って書類とにらめっこを続けているが、彼にしても今の生活を失いたくはないはずだ。


 ロバートの表情は動かない。


 お互いに沈黙したまま流れる時間は妙にゆっくりと感じられる。精神的に幼いキャロラインが何か言おうと息を吸い込んだのを視界の端に捉えた瞬間、ロバートが口を開いた。


「計画には非の打ち所がない。滝の裏迷宮の探索を許可しよう」

「……ありがとうございます」

「サンキュー! 親父!」

 

 私は頭を下げ、サラは父親に飛びついた。ロバートは愛娘からのお礼(ほっぺにちゅー)に相好を崩し、私に向き直った。


「時期的に、ズズ・クライスンの捜索に向かったうちの職員が帰路についている頃だろう。だが、滝の裏迷宮はそもそもズズが遭難するほど高難度の迷宮ではない……彼の一家が貧民街の連中に焼き討ちに遭ったことといい、どうも嫌な予感がする。くれぐれも、短慮は慎んでくれたまえ」


 サラの頭に手を置き、娘を案ずる体でリーダーである私に語り掛けるロバートの目は笑っていなかった。

 私はわずかに頤を引いてそれに応じ、サラと三姉妹を促してロバートの執務室を辞した。







**************


 君たちは滝の裏に隠された迷宮の入り口の前に、うずくまる奇妙な人影を見つけて足を止めた。

 松明の灯りに浮かび上がった背中は青緑色の鱗に覆われていたのだ。

 一見するとそれは竜人族の子に見えなくもなかった。しかし、気位の高い竜人族が人前で肌を晒すことはほとんどないし、自身の身体を掻き抱くようにして背中に回された小さな手の指の間には水かきが付いていた。


半魚人(マーマン)


 滝の裏の迷宮を守護するという噂のモンスターの名が、すぐさま君たちの脳裏に浮かんだ。


「……ポ?」


 息を飲んだ君たちが半ば反射的に得物に手をやると、小さなマーマンが振り返った。半魚人の名に恥じない丸く大きなドーム型の目の中心にある暗い輝きを放つ黒い瞳が瞬く。まるで餌付けされた池の鯉のような半透明の唇が動き、やや間の抜けた破裂音がそこから発せられた。

何か問いかけられたのだろうか。

そう判断した君が声を得物から手を離し、マーマンに話しかけようとしたその時だった。


「……ポ」

「……ポ」

「……ポ?」


 バチャバチャと複数の水音が起こり、それに反応して滝壺の方に目をやると、分厚い水のカーテンを背景に複数のマーマンが出現していた。大人――そう表現するのが正しいのかどうかわからない。しかしあとからあとから岸に押し寄せるマーマンの群れに囲まれた君たちは、自分たちが招かれざる客であることを知った――


**************





「まったく……口ほどにもないとはこのことですわね」

「…………」


 なます切りにされた半魚人の死体の山を踏みしだき、湿った靴音を立てながら戻ってきたのはミライアだった。彼女が刃渡り一メートル強、厚さ二センチの剣というよりは鉄板を振り回して戦う姿は圧巻の一語に尽きるものであり、戦闘というよりは一方的な殺戮の様相を呈していた。

 けれども「口ほどにもない」というセリフは酷い。マーマンたちは何一つ語ることなく襲い掛かってきたのだし、切り倒された彼らに対する手向けの言葉としては不適切極まりないものだと思えた。それを口に出しても意味がないし、私の視線から何かを悟ったらしいサラが頷いてくれただけで満足することにした。


「こぉんなのが“迷宮の番人”なんて、笑っちゃうね~」


 薙刀を一振りしてモンスターの残滓を払ったキャロラインが、次いで地面に突き立てたそれに寄りかかるようにして欠伸交じりに言った。

 彼女もまた、流れるような動きで毒爪、尻尾、牙で襲い掛かるマーマンの群れの只中を走り回って撹乱し、確実に急所を突く見事な戦いぶりだった。マーマンを殺した数でいえば、ミライアよりも彼女の方が多い。

 二人とも高さ十一センチはあるとみられるピンヒールを履いているというのに、どうしてそんな動きができる。前世の私なら走り回るどころかまともに歩くことすらままならないだろう。

 冒険連施設で人間団子になったサラもそうだが、ゲームの登場人物たちはときに人間の常識では考えもつかないような動きをする。

 今では私もその一人なのだが、私の中の「そんなことができるはずがない」という思いが身体の動きを鈍らせているように思えてならない。それが転生者に共通する足枷だとすると――生前役者だったりサーカス団員だったりした場合は別として――、ミライアとキャロラインの立ち回りを見る限り、彼女らは転生者ではないように思えた。


「……魚臭い」


 ミライアとキャロラインがまき散らしたマーマンの血や臓物の臭気も相当なものだが、ボソッと不平を洩らしたフランキスカの魔術によって感電、あるいは焼け死んだ怪物たちの臭いが辺りに立ち込めていた。魚っぽい形質を体表に発現させてはいても、半魚人はヒトに類似した内臓を持っていた。それが焼け焦げた臭いはかなり刺激が強い。


「三人とも、戦い慣れているのね?」

「幼い頃から手ほどきを受けておりますから」


 私は暗に「冒険者になって間もないのに」という部分を匂わせたつもりだったが、ミライアは特に気にした様子もなく答えて微笑んだ。

 ミライアとキャロラインが人間離れした動きをするとは言っても、戦士としてレベルを上げている私はそれを観察しつつ戦う余裕があった。私は実際に戦う二人を見て、武器を手に打ち合うだけなら私に分があると思っていた。一対一ならまだ負けることはないだろう。けれど、フランキスカの魔術ばかりは発動する瞬間を見極めて効果範囲外へ逃げるという方法しか、現在のところ対処法が思い浮かばない。

 魔術――それは前世には存在しなかった未知の力だ。

 西洋には黒魔術、白魔術などの伝承が伝わっているというのは、テレビのバラエティ番組やなにかで得た知識として私も知っている。日本には陰陽道とか恐山のイタコ――は少し違うか――ともかくそうした超自然的な、人には見えない力を使って何かを為そうとする技術の話があるというし、不思議な力の存在が一応知られている。

 しかし動物や目に見えない霊的な存在を使役するとか、雨を占うとかいろいろと謳ってはいるが、結局のところ前世に存在した魔術とは、“鰯の頭も信心から”程度の存在でしかないと私は思う。手から砂を出したり、素手で体内から病巣を取り除いたりする心霊手術なんて全部トリックだ。

 しかし、ラヴ・ラヴィリンスの世界における魔術というやつは、私にとってまったく未知の、摩訶不思議としか言いようがない存在だった。

 ゲームをプレイしていれば、魔術はいとも簡単に行使できる。キャラクターを育てて呪文を覚えさせ、コマンドを選ぶだけでそれは発動した。あるときは炎の矢を虚空に生み出し、あるときは迷宮に雷鳴を轟かせ、またあるときは異形の怪物を召喚し――

 まさに奇跡としか呼べない様々な現象を引き起こす業の数々は、テレビやパソコンの画面の中にしか存在しない非現実的なものでしかなかった。

 フランキスカが魔術を使う様を目の当たりにした私は全身の毛穴が開くのを感じていた。

 フランキスカが口中で何かを唱えると、手にした(ワンド)の先端の宝石がぼんやりと光を放つ。フランキスカが杖を動かすと空中に光の軌跡が残存して複雑な印が出現し、それが完成した瞬間、その軌跡全体から眩い光が放たれ、直後にまったく予想していなかった場所――十メートル以上離れた場所にいたマーマンの群れの真ん中に炎の柱が出現したのだ。滝の裏迷宮へと続く石の通路は苔がびっしりと生え、岩の隙間から湧き出す水や滝のしぶきによって常に濡れている。油を撒くなどしない限り、そこに火を放つことなどできはしない。

 さらに私を驚愕させたのは、魔術の効果が終わった後の光景だった。時間で言えばせいぜい十数秒だったろう。高さ五メートルほどの火柱が天井や床をなめ尽くしてそこから消え去った後には、有機物が燃えた匂いと僅かな煤の残渣があるだけだったのだ。岩壁には相変わらず苔が生えており、何事もなかったかのように水が表面を覆うように流れていた。多少のバラつきはあっても、人間の大人と同等の体格をしたモンスターを七体まとめて消し炭にするほどの熱がそこに発生したなどと誰が信じるだろう。

 その後もフランキスカは様々な魔術を行使して敵を倒していた。虚空に出現する稲妻、モンスターの身体を切り刻む風の刃、真っ黒な影が立体化したような咢が半魚人を食い殺すというものもあった。彼女の魔術は、どれもがモニター画面越しに見る二次元のエフェクトとは比較にならない迫力だった。

 ただ、強力な魔術を使うにはそれなりに複雑な術式が必要らしく、フランキスカが呪文を唱えたり印を描いたりしている間、ミライアとキャロラインは彼女を中心にして敵を寄せ付けないように戦っていた。

 三姉妹の戦いは実によく計算されたものだった。ミライアの大剣は複数の敵を同時に薙ぎ払い、時には攻撃を防ぐ盾の役割も担う。キャロラインは敵に囲まれても薙刀を振るいながら乱舞して視界を確保し、姉妹の様子を常に観察しているのだ。戦いになると性格が豹変してしまうミライアが防戦に回ったと見るや、キャロラインがそこへ走り込んで行く。キャロラインがいなくなったところへなだれ込む敵の前には、妹の助太刀で我を取り戻したミライアが立ち位置を入れ替えて立ちふさがるか、完成したフランキスカの魔術が発動するというパターンを構築していた。

 魔術の射程距離はどの程度なのか、フランキスカがどのように目標を定めているのかなどは目で観察していただけではわからなかった。

 モンスターの死骸があっという間に消滅したり、魔術が迷宮の壁や床に何の影響も及ぼさなかったりするところは、“ここはゲームの世界だから”で説明がつく。

 問題は、“実際に自分が魔術による攻撃を受けた場合どうなるか”だ。

 致命傷を負わされれば、死ぬ。

 レイシャを刺し貫いた剣を引き抜いた時の、あの感触。決定的なダメージを受け、糸が切れたように崩れ落ちる彼女の姿が脳裏に浮かぶ。

 数秒で骨まで焼き尽くす業火に呑み込まれたら確実に死ぬだろう。その場面を想像すると逆に寒気がした。


「リル、サラ! おいてっちゃうよー?」


 滝の裏迷宮入り口に立って、キャロラインが声を張り上げた。


「今、行くわ」


 盗賊らしく、マーマンの死骸を突いて戦利品を漁っていたサラを促して入口へ向かう。三姉妹の存在は脅威だが、現段階では敵ではない。この滝の裏では、私の攻略ルート消滅を完全に回避するということが至上目的だ。




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