第九話:パーティー結成
「なんでキャロルがリーダーじゃないのよぅ!?」
「キャロライン。淑女が公の場で声を荒らげるものではありませんわ。わたくしたちは、リルさんのパーティーに“入れてもらう”のだから、彼女がリーダーを務めるのは当然のことですわ」
ここは冒険者用に開放されているミーティングルーム。スイーツ三姉妹と私とサラは飾り気のない無垢材のテーブルに対面して座っている。
渡された迷宮探索の計画書の写しを見るなり目を吊り上げたキャロラインをミライアが窘めたが、三姉妹のアイドルの勢いは止まらない。
「や! キャロルがリーダーじゃなきゃ、迷宮行かない!」
十七歳とは思えない容姿も相まって、ただの駄々っ子にしか見えない。私は聞えよがしにため息をついた。
「リーダー登録なんて、実務が増えて面倒だし形式だけのものよ。迷宮に入ったら、あなたが先頭を歩けばいいじゃない」
「リルさん、いけません……そうやって、新迷宮でもいの一番に罠に引っかかったのですわ。キャロライン。あなたのおかげで迷宮調査から外されたのを、もう忘れたのかしら?」
うるさいので出してやった助け舟は、ミライアによって海の藻屑と化した。ついでに、彼女らがラクロス新迷宮の調査から早々に外れてしまった理由が判明した。
スイーツ三姉妹――主としてミライアと私――の話し合いの結果、私たちはパーティーを組むことになった。
すでにゲームの主人公ネルと邂逅を果たしているにも関わらず、なぜ三姉妹が彼と行動を共にしていないのか、という私の疑問に対する答えは、ミライアの説明によって一応明らかになった。
転生者どうこうという話は伏せて、私がネルと出会ってから別れるまでの経緯を訊ねると、ミライアは「彼が足手まといだったから」と答えた。
ネルは迷宮調査チームが集合する場で三姉妹を見つけると、走り寄ってきてパーティー契約を迫ったそうだ。
社交界にはその名を轟かすスイーツ三姉妹だが、名前も聞いたことがないような田舎の農村出身の少年が、何故自分たちを知っているのか。
初対面にも関わらず親しげに語りかけてくるネルに三姉妹が抱いたのは、まず不信感だったという。加えてネルが何のバックボーンも持たないが駆け出しの新人冒険者とくれば、パーティーを組むメリットは皆無だった。
けんもほろろに扱われたネルは、しきりに首を傾げながらもパーティー契約を諦めたが、会話の中でミライアたちがラクロス周辺で活動しようとしていることを知ると、リルに会うことがあったら、と伝言を頼んできたそうだ。
ミライアの発言をきっかけに、私は次のように考えた。
ラクロス新迷宮の調査に訪れた三姉妹は、英才教育のおかげで新人冒険者の枠を大きく逸脱した実力を持っていた。それは到底、ネルなど足元にも及ばないものだ。故に弟が足手まといと判断されたのは当然だが、スイーツ三姉妹とネルの出会いがゲームの筋書に沿った必然であったなら、どんな事情があってもパーティーを組んでいたはずだ。
しかし、それは叶わなかった。
そもそもスイーツ三姉妹が主人公の攻略対象として登場するのは、設置宝箱コンプリートという条件を満たしてからだ。ゲームのプレイヤーはそれを達成していない場合、彼女らと出逢うことすら不可能なはず。しかも、この世界には私やサラを含めて遍く冒険者が存在し、日々迷宮に潜っているのだ。一攫千金の可能性がある宝箱を素通りする冒険者はいないだろうし、薔薇に埋もれた町に入った私たちも、いくつかの宝箱を開けて中身を回収した。このことから、ネルが世界中の迷宮の宝箱を発見し、その中身を独占することなど絶対にできないことがわかる。
それにも関わらず三姉妹はこの世界に現れ、ネルと邂逅を果たし、彼を袖にした。
これはつまり、「宝箱をコンプリートしなくても、スイーツ三姉妹はもともとこの世界に存在していた」が、「宝箱コンプリートを達成していないため、三姉妹は攻略対象とならない」ということだろうか。
彼女らが転生者ではなく、条件さえ整えばネルのハーレムの一員となってしまう存在であるならば、これで説明がつく。
レイシャのように男の魂をもって転生した人間であれば、ネルとねんごろになるなんて考えられないところだろうし、そもそも彼と出逢う可能性のあるラクロス新迷宮には赴かないだろう。
仮にスイーツ三姉妹全員、あるいはその中の誰かが転生者だとしたら、何がしかの目的をもってネルに逢いに行ったのかとも考えられる。けれども私のようにそれが彼と愛し合うことだったのなら、やっぱり彼女らはネルとパーティーを組んだはず。ちなみにミライアはネルとの出会いに関しては「ただの偶然」だったと主張した。それならなぜ私との出会いが「運命」なのかといえば、お互い探していた人材の条件がぴったりと合うことと、ミライアたちがもし私に出会うことがあったら、とネルから伝言を託されていたことからそう思ったのだそうだ。
なんだか胡散臭い。
運命の出会いとは、私と弟のようなものを言うのだ。彼が生まれた日に感じた衝撃は、転生した今でも少しも色あせることなく私の魂に刻み付けられている。
だいたい、ほぼ同時期に冒険者になったものは、自分のレベルに合った迷宮を目指すものだろう。弟は私が前世の記憶を失っている――というか、私をリル・エルファーだと思っているはずだから、私がゲームの流れに従って彼を探し始めることを知っている。さらに「クライスン家の闇」が進行すれば私があの家の地下で発見されることも当然知っているのだから、ラクロスで活動していたミライアたちに伝言を託した思考も頷ける。大方、他の冒険者にも同じように伝言を頼んでいることだろう。
問題なのはそんなことでも、ミライアが言うところの私たちの運命的な出会いでもない。
「探さないでほしい」
ミライアの口から告げられたネルの伝言である。
伝言を受け取ったとき、私は目の前が真っ暗になり、膝から崩れ落ちそうになるのをどうにか堪えた。
私がリルとしてネルを探すことは先刻承知のはず。ネルはいったいどういうつもりでそんなことを。シンプルな言葉であるが故に、隠されたメッセージの存在を垣間見る余地はない。
なぜ探されたくないのか。
私の身を案じての言葉ではないだろう。弟にそんな気概は期待できないし、彼の様な思考の人間がゲームの世界に転生してやることは一つだ。彼は己の欲望を満たすためには努力を惜しまないだろう。
結論はこうだ。
ネルは、私をヒロインとして――欲望のはけ口として見ていない。
いったいどうして?
答えは単純明快だった。ゲームの設定が現実となったこの世界で、弟は私以外の誰かと添い遂げるつもりなのだ。
そんなことは許さない。
許されるはずがない。
ミライアじゃないけれど、弟と私が結ばれるのは運命だ。
前世では許されないことだったが、姉弟揃ってそれが可能な世界に新たな生を得たことが何よりの証拠じゃないか。
ネルの伝言をもって、私は三姉妹とパーティーを組むことに決めた。彼女らが転生者かどうかを近くで見極める必要があると感じたのと、そもそも伝言自体が嘘である可能性が残されているからだ。
私は渋るサラを説得にかかった。
殺し文句は「私にはあなたしかいない」だ。滝の裏迷宮は中級向けとはいえ、二人だけで全層踏破することはなかなかに困難だ。三姉妹をパーティーに迎えれば、安全度は一気に上がる。私が大事なのはサラだけ。スイーツ三姉妹をパーティーに迎えるのは、あなたを守りたいからなのよ。
そんな風に諭すと、サラは目を潤ませて首を縦に振ったのだった。
実際のところは、私がクライスン家に何をしたのかを知っているのはアドリアルを除けばサラだけだ。彼女はさらに、私がレイシャを殺害したことも知っている。そんなサラに不信感を持たれるわけにはいかない。
ミライアたちにしても、彼女らが転生者ではなく、ヒロインとして私のライバルにもなり得ない存在であるならば、戦力としてこれほど頼もしい相手もいない。でもそれはそのまま、敵に回せばやっかい極まりない相手になるということでもある。
危険分子は近くに置いて監視するべきだ。……サラも含めて。
「やー! キャロルがリーダーじゃなきゃ、やー!」
「……わかったわ」
相も変わらず駄々をこねるキャロラインを一瞥し、私は頷いてスライム型の消しゴムに手を伸ばした。
計画書の一枚目には、一番上に申請日、次いで攻略する予定の迷宮の名を記す欄があり、その下に参加するパーティーメンバーの氏名が列挙する枠がある。
迷宮攻略の責任者すなわちパーティーのリーダーの名前を一番上に書くのだが、現在そこには私の名前が記してあった。無論、いつでも修正できるように鉛筆書きである。
私は自分の名前をまず消し、そこにキャロラインのファーストネームを記載したところで手を止めた。
「キャロライン……わかっていると思うけど、敢えて説明するわ。ここに名前を書いて提出すると、あなたがパーティーのリーダーつまり迷宮攻略の責任者として登録されるわ。冒険後の書類作成、攻略結果の報告は――もちろん私たちも手伝うけれど、あなたが代表としてやらなければならないの」
「…………」
キャロラインの眉尻が下がる。構図だけ見れば若妻をいびる姑というところだろうか。いやいや、彼女は誰の妻でもない。
「計画書にしても、リーダーのサインと計画書の筆跡が不一致の場合は受理されないことがあるわ。それはそうよね? 計画書も作成できないひとが、メンバーの生死を預かるリーダーを名乗っているなんておかしいものね。ちなみに計画書だけでもこの厚さだわ。百階層もある滝の裏迷宮の攻略報告書となると、どのくらいの量になるかしら……ちょっと想像もつかないわね」
実際、現実の世界で冒険者として生きていくのは大変だ。前世で言うところのトレジャーハンターみたいなものだろう。彼らは夢を追うだけの風来坊ではない。歴史を紐解き、科学調査に基づく証拠を揃え、各国政府からきちんと承認をもらって仕事をしている。
「それじゃ、攻略計画書を見直してくれる? 下書きはしてあるけれど、“リーダーとして”内容を確認してほしいの。もちろん、清書はあなたが――」
「いい」
「え?」
キャロラインが机に顎を乗せて、口を尖らせたまま短く言った。なにが「いい」のかは分かっているが、敢えてキョトンとして見せた。
私の様子をじっと見ていたミライアが苦笑いを浮かべている。
サラは退屈そうに椅子を軋ませていて、フランキスカは下を向いたまま身じろぎもしない。
「リーダーじゃなくて、いいって言ってるの!」
キャロラインが頬を膨らませてそっぽを向いた。
「…………」
「もちろん、わたくしもけっこうですわ」
私の視線を受けて、ミライアが頷いた。パーティーを組むにあたって、私がリーダーとなって計画の大筋を決めること、報酬の分配などについて取り決めをしたが、彼女はこちらが出す条件に異論を呈することはなかった。彼女は「わたくし達より、リルさんの方がレベルも高いわけですし、短期間で急成長できたあなた方の手法に学ぶことは多いのではないか、と思います」などと、口ではしおらしいことを言っていたが、激しい気性を淑女の仮面の裏に隠しているミライアだ。油断はできない。
「それじゃ、清書して提出してくるわ。サラ、一緒に来て」
「おっけー」
「事務手続きが済んだら、買い出しに行きましょう。今夜の宿は――」
「ん? そんなの、あたしの家に決まってんじゃん」
サラが嬉しそうに応じて席を立った。迷宮課課長の認可はすぐに降りるだろう。今日は物資を調達して、攻略は明日の朝からスタートする。
「ミライア、フランキスカ、キャロライン。明日からよろしく、ね」
スイーツ三姉妹の顔を順番に見る。ミライア以外は目も合わせようとしなかった。信頼を勝ち取ろうなどと思っていないからそれは構わない。パーティーを組むと言っても一時的なことだし、後ろから刺されたりしない程度の関係を保てればいい。
「ちょっと、リル」
「……なにかしら?」
明日の集合場所を告げて踵を返した私の背中に声をかけてきたのは、キャロラインだった。サラの説得や計画書の作成に時間を取られていて、迷宮課窓口の営業時間の終了が迫っている。ここでまた何か我が儘を言いだされてはかなわない。しかし、キャロラインの機嫌を本気で損ねると、時に過保護なミライアが何を言いだすかわからない。私は精いっぱい嫌そうな顔にならないよう配慮しながら振り返った。
「キャロラインたちはね、こんや泊るところがないの」
「…………」
キャロラインが突然捨てられた猫の様な目になった。私はその視線を受け流してサラの方を見た。
「ちょ、あんたたち、まさか――」
キャロラインの意図を察したらしくサラが目を吊り上げて何かを言い出す前に、ミライアが席を立って深々と頭を下げた。目の前で見ていたにも関わらず、私は彼女の動きを完全には捉えられなかった。
「御厄介になりますわ。サラさん」
「……ごはん」
顔を上げたミライアが満面の笑みを浮かべ、フランキスカがサラの半袖シャツの袖を引っ張った。彼女もいつの間に移動してきたのか。
やはり、スイーツ三姉妹は危険だ。