第八話:メノウの瞳を持つ女たち 4
「そう構えないでくださいませ……」
女神の微笑みを湛えて近づいてくるスイーツ三姉妹の長女、ミライア・スイーツは根っからのお嬢様育ちであり、家督を受け継ぐものとして最高の教育を受けてきた。
職業はデフォルトで上級職魔法剣士となっており、両親の期待に応えるため日々研鑽を積んできたおかげで文武共に優れた実力を発揮するが、幼少の頃から溜めこんできたストレスのせいか背負った大剣で戦うときは性格が豹変する。
メノウを思わせる不思議な透明感のある碧の瞳、長い睫毛に縁どられた三白眼の上には意志の強さを象徴したような太めの眉がある。髪の色は瞳と同様の碧だが、こちらは艶やかな光沢があり、蛍光灯の光を反射して見事なエンゼルリングを形成していた。長く伸ばしたそれをツインテールに結っているが、毛先は達人の筆先のように整えられており、重力を無視して∫を形成していた。
さすがは出現難度最高位のヒロイン姉妹、そしてその長女。
ミライアはそう感じざるを得ない美貌の持ち主だった。
前世では二次元の女性キャラに対してこんな感情を持つことはなかったが、いざ目の前に人間として現れるとこれほどにプレッシャーがかかるものだとは。
そして彼女の脅威は戦闘力と美貌だけではない。
夜の営みに関しては主人公をリードし、次女と三女を巧みに操って「淑女のたしなみ」とやらを存分に披露する。私はそうしたシーンは速度二倍の自動再生にして放っておいたものだが、彼女らのそれは他のヒロインたちとは一線を画す濃密な描写で描かれており、制作陣の意気込みを感じて存分に引いたものだ。
我知らず警戒が表情に出ていたのだろう。ミライアは歩みを止めて、こちらを振り返りはしたものの口を開くことはなかった次女の手を引いた。
「きっとあなたが仏頂面をしているからですよ? ご挨拶なさい、フランキスカ」
「…………」
ナチュラルに紹介されたのは次女のフランキスカ・スイーツ。彼女は完璧すぎる姉をもってしまいその陰に埋もれてきたためか、根暗で陰気な性格の魔法少女になってしまった。
姉と同じ三白眼を無理やり細めているため碧の瞳はほとんど見えない。クリティカルダメージを与えた際や上級魔法を行使する際のグラフィックでは目を大きく見開いたショットが画面に踊るが、はっきり言って怖い。
ダイナマイトボディの姉と違って、フランキスカの体型は中肉中背。冥土服のスカート丈はくるぶしまで伸びている。実はその下に貞操帯を装着していて、鍵の管理はミライアがしているのだが、それは私にはまったく、完全に関係のない話だ。
彼女はゲームシナリオ進行中の台詞がほとんどなく、せいぜい「……ん」とか「……イヤ」しか言わない。戦闘中のボイスも魔法を棒読みで言う程度で、これじゃあ声優は給料泥棒だ、などと思っていたものだ。しかし夜の営みになると一変、クスリでもやっているんじゃないかと思わせる嬌態を披露する。弟が彼女のシーンになると少し画面に近づきすぎるのが悲しかった。
「…………」
「あらあら……困ったわね」
ついつい恨みの籠った視線を送ってしまったせいだろうか。フランキスカは三姉妹共通のツインテールの尾を残してミライアの後ろに隠れてしまった。
「凄い! フランキスカおねえちゃんにメンチ切ってビビらすなんて!」
「キャロライン? 言葉遣いにお気を付けなさい」
「いーじゃん! ここはお屋敷じゃないんだからさぁ」
ぶー! とわざわざ口に出して言い頬を膨らませたのはキャロライン・スイーツ。三姉妹の三女にしてアイドル。目立ちたがりの派手好きな性格で、パーティーのトラブルメーカーだ。痩せ型で背が低く幼女にしか見えないが、三姉妹は年子であるため彼女の年齢は十七歳。冥土服のスカートはショートパンツのような形状になっており得意の槍を振り回して奮闘しても下着が見えない仕様となっている。
攻略イベント解放後はとにかくあちこちで喧嘩を売って回るのだが、それによって引き起こされるバトルにすべて勝利すると彼女の人格が破たんしてバッドエンドを迎えるという最悪の噛ませ犬である。一度だけ、わざと負けることでミライアとフランキスカが貞操の危機に陥り、そこを火事場のくそ力で救った主人公に三姉妹まとめて惚れ込み、キャロラインは仲間の危険を顧みることを学ぶ。
主人公が夕焼けをバックに泣きじゃくるキャロラインを諭すシーンで「キュン死」を迎えたプレイヤーが後を絶たなかったらしいが、彼らは多分この世界に転生していないだろう。
ちなみに夜の営みでは恥じらいつつも健気に奉仕する姿が高い評価を得ていたようだ。親密度が一定以上に達すると、キャロラインは主人公を「お兄ちゃん」と称するようになる。三姉妹攻略は男の欲望を満たす理想郷への虹の架け橋などと称されていた。
「お、お? ちょっと、やる気!?」
私とは正反対の、陽の気全開なキャロラインを見る私の視線から剣呑なものを感じ取ったのだろう。キャロラインは薙刀の切っ先を向けこそしなかったものの、その柄をドンと打ち鳴らして威嚇してきた。
その様子を見た長女ミライアが軽く眉を上げる。
「おやめなさい。キャロライン」
「なんでよ!?」
右手で制されたキャロラインが目を吊り上げた。
「これからパーティーを組んでいただくのに、無礼を働いてはいけませんわ」
そうでしょう?
ミライアはとても二十歳前とは思えない、男を惑わす未亡人のような微笑みを浮かべてこちらを見ている。私が首を横に振ると、ミライアは意外そうに眉を上げてからねっとりと絡みつくような視線が私とサラを順番に見つめ、ルージュを引いているかのような艶めきを放つ唇をゆっくりと動かし始めた。
「募集要項を拝見する限り、わたくしたちの利害は一致していると思いますが……?」
「ちょ!? 勝手に剥がさないでよ!」
ミライアはいつの間にか掲示板から書類を剥がしていた。
ヒラヒラとそれを動かす姿は日舞でも嗜んでいるかのよう。さながら扇子扱いとなったそれを見てサラが目を剥いたが、ミライアは小首を傾げて「だって、もう掲示しておく必要はありませんもの」と言ってのけた。
「サラ、落ち着いて」
さらに怒気を増したサラを背後に隠し、私は精いっぱい平生を装って見せた。
ミライアの言っていることは正しい。戦力を強化して迷宮に潜りたい私たちと、三姉妹だけでは罠の解除や施錠されている扉の開錠を行うことがでない彼女らの利害は完全に一致している。
一致しているからといって、素直に行動を共にすることはできない。彼女らが転生者でネルと添い遂げるヒロインの座を狙っているのかもしれないからだ。そうなら殺すしかないが、現時点でそれが可能かどうかも分からない上に、共に戦って成長されれば確実に不可能になる。
「リル・エルファーさん。わたくし達がここでまみえたのは、運命なのですよ?」
一体どうすれば――思考が迷宮入りしそうになるのを押し止めたのはミライアのややハスキーな声だった。
「運命ですって?」
「そうですわ」
使い古された口説き文句の様なことを言いだしたミライアは微笑みを消して頷いた。
「わたくしたちは、ラクロス新迷宮であなたの弟さんと出逢いましたの。その際、伝言を預かっていますのよ」
「なんですって!?」
今度は私が色めき立つ番だった。その様子が可笑しいのか、再び微笑みを浮かべるミライア。苛立たしい表情だがそれを指摘している場合ではない。こいつは弟と――ネルとすでに邂逅を果たしているのだ。
それなのに、何故行動を共にしていない!?
人間最強三姉妹編以降登場予定ヒロイン紹介(変更するかもしれません)
①獣人族で妖狐のヨーコさん→ケモミミ要員ですね。
②妖精のガブリエルさん→幼女要員ですね。
③魔人族のナディーンさん→サキュバス要員ですね。
……先は長いぞぅ、と。