第六話:メノウの瞳を持つ女たち 2
私とサラは、ラクロスに戻ってきた。
町に足を踏み入れた途端、治安組織に拘束されるようなことはなかった。アドリアルが事件を上手く処理してくれたのだろう。
私たちは懐かしいカフェに入ってランチプレートをつつきながら、今後の計画を練ることにした。
電話や冷暖房設備、ボイラーなどの近代発明品は在るというのに、陸路で長距離を移動するには馬車を利用しなければならないというちぐはぐな世界設定のおかげで二週間もかかった。
ゲームをプレイする際の時間経過にはこの移動時間というものがまったく考慮されていなかった。なにしろネルはラクロスの転移迷宮に迷い込んだおかげで、世界のあちこちに瞬間移動してしまうという設定なのだから無理もないが。
さて馬車の話に戻ると隠し迷宮近くの町からラクロスへの定期便は出ていなかった。そのために御者付きの馬車をチャーターする必要があり、今回の移動で所持金のほとんどを使い果たしてしまった。
薔薇に埋もれた町は隠し迷宮であるため、攻略しても冒険連から報奨金は出ない。その上たいしてお金になる素材も得られない。
電気自動車でも開発すれば一儲けできそうだが、私は別にお金儲けがしたいわけじゃない。
ネルに発見されるまでひたすら迷宮をさ迷っている竜人族――ズズ・クライスンを殺し、「クライスン家の闇」を完全に葬り去るのだ。アドリアルが魔王になっても、「協定」があるため私が殺害されることはない。忌まわしいイベントさえ起こらないようにしてしまえば、あとはゆっくりとネルを探せばいいだけのことだ。
「滝の裏迷宮かぁ……二人だけで大丈夫かな」
私の内心などわかるはずもないサラが、これまた懐かしいミートボールを嚥下してから口を開いた。彼女の不安はもっともだろう。私だって、こんな主人公を欠いた少人数パーティーで中級以上の迷宮を踏破できるとは思っていない。
「滝の裏迷宮攻略の推奨レベルはとっくに超えているわ。私と二人きりじゃ不安なの?」
敢えて意地悪く訊ねてみると、サラは「そういう訳じゃないけどさ」と口をとがらせてスムージーに口を付けた。そんな様子を微笑ましく思いながらも、パーティーの強化という問題をどう解決するか。それを考え始めた私は内心神経を尖らせていた。
ラヴ・ラヴィリンスでヒロインと出会える場所はいくらでもあるが、特定の場所に行けば出会える固定キャラと、リルのように一定期間迷宮をさ迷っているものや、レイシャのように町の宿屋等で起こるイベントで登場するキャラがいる。彼女たちを探して回るのもゲームをプレイするものの楽しみの一つだ。しかし中盤以降、攻略にある程度以上の実力が求められる迷宮に挑む必要があるため、主人公を含めて仲間たちと早期に出逢い、成長させておくことが重要だ。魔王出現に備えておかなければ、お気に入りのヒロインをあっという間に惨殺されてしまう。
ラヴ・ラヴィリンスのプレイヤーは、冒険連施設の迷宮課に赴いて「パーティーメンバー募集」を行うことができる。
訓練学校で得た知識では、メンバー募集はネルだけの特権ではなく冒険者なら誰でも行うことができるものだった。募集をかければ、最低一人は必ず見つかるという仕様がこの世界でも適用されるのならば、冒険連に行ってそれをするのが一番手っ取り早い。
「後衛に魔術士が欲しいよね。それに、あたしがスニーク使って隠れるとリルが一人になっちゃうから、できれば前衛も。格闘家とかいいよね――」
言ってからしまったと思ったのか、サラの言葉を聞いてサラダをつつく手を止めた私を見て、彼女が目を逸らして口許を押さえた。
前衛を強化する。
そういう意味ではレイシャの死は惜しい。狂騒庭師と戦う際も、彼女を加えた私たちの連携はいい線を行っていたと思う。けれども将来の脅威となり得るヒロインは生かしておくことはできなかった。
「リル……ごめん」
「いいの。私は大丈夫だから」
サラは私がレイシャを埋める穴を掘っている時に涙を見せた時から、妙な気遣いをするようになった。恐らく彼女は勘違いをしている。私は今更この手が汚れることなどなんとも思っていない。私があのとき泣いたのは、純粋に死への恐怖に怯えたからだ。懺悔の念や死者を悼む気持ちからなどではない。この世界では、前世よりもはるかに簡単に人が死ぬ。日本なら持っているだけで逮捕されるような武器をぶら下げて町を歩いていても、誰も気に留める者はいないのだ。
この世界でネルと添い遂げることを至上目的に掲げて行動するヒロイン――いや、サラのようなモブに転生した女がいてもおかしくはない。頭のおかしいやつなんていくらでもいる。通り魔のようにヒロインを狙っている転生者がいるかもしれない。町で、街道で、迷宮で、誰はばかることなく人殺しの道具をぶら下げた連中に背後から襲われる危険は常に付きまとう――
強くなろう。そう誓ったばかりなのにいったいどうしたというのか。こんな弱気な考えが私の頭に巣くってしまったのは、あれを聞いてしまったせいだ。
徐々に光を失っていくレイシャの目。
瞳孔が開いて戻らなくなる直前、彼女の唇が動いた。
「死にたくない」
遠巻きに見ていたサラの耳には届かなかっただろう、レイシャの最期の言葉。 シンプルな願いだ。実に分かりやすい。
彼女は二度目の死後、どうなったのだろう。
キリスト教徒が言うところの天国に旅立ったのだろうか。それとも、アドリアルのように別の何かに生まれ変わってこの世界をさ迷っているのだろうか。
「リル……?」
私はいつの間にか立ち上がっていた。
強くなろう。
例えどんな狂人に襲われようと、それを撃退できるように。
◇
「あなたの言うように、私も戦力の強化は必要だと思うわ」
いきなり立ち上がった理由をトイレに行くことで誤魔化した私は、席に戻るなりできるだけ優しい笑顔を作って口を開いた。
「冒険連に行って、募集する?」
「…………そうねぇ」
我ながら気のない反応をしたものだ。サラは何とも言えない表情を浮かべてミートボールにフォークを突き刺し、ソースの海を泳がせ始めた。
募集をかけるにはパーティー構成などを記した募集要項を公示する必要がある。そこに虚偽の記載は許されず、ヒロイン狩りを目論む連中――勝手にそう言う輩がいると決め込んでいるに過ぎないのだが、いないと断言もできない。私がいい例だ――に「リル・エルファーここにあり」と知らしめることになるのだ。
今のところはゲームの主人公であるネル、将来魔王となるアドリアル、私を含めてヒロイン等重要な登場人物しか転生者を確認できていない。モブは除外できるとすれば、訓練学校の同期であるジョナサンや獣人族あたりがいいかもしれない。
「多分だけどさ、冒険者になって三か月くらいで滝の裏迷宮に潜れる奴なんていないと思うよ」
私が同期に声をかけようと提案すると、サラはそりゃ無理っしょ、と言ってため息をついた。私たちの成長速度は一般的なそれとはかけ離れているが、狭い迷宮で足手まといを引き連れて歩くのはかえって危険だとサラは判断していた。彼女はさらに、ラクロス周辺には中級以上の迷宮と行方不明者が続出している新迷宮しか存在せず、同期たちは高い確率でこの地を離れているだろうと付け加えた。
どうやら、冒険連で仲間を募集する以外に道はないようだ。
果たして鬼が出るか蛇が出るか。
食事を終えた私たちは、かつてララと不愉快な職員と出会った冒険連迷宮課へと足を運んだ。
長くなっちゃったので、分割します。
「メノウの瞳を持つ女たち3」は、本日夜!




