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第四話:薔薇に埋もれた町 攻略

「ああ、笑えないよ。本当に、な」


 口ではそう言いながらもレイシャの顔には笑みが浮かぶ。もちろん自嘲気味ではあった。


 私の方は本当に笑えない。


 彼女――いや、私が彼の境遇だったらと思うと体中の毛穴が開く思いだ。男性の魂が女性の身体に入ってしまう、あるいは入れ替わってしまうなんて話は世の中に溢れかえっているが、実際に体験したらどうなるだろう。


 例えば私がもし、アドリアルの身体で生まれ変わっていたら。


 いや別にアドリアルでなくってもいいんだ。ともかくこの身が男になっていたらと思うと、身の毛がよだつなんて言葉では表現しきれないほどの恐怖が私の心に満ちた。


 ネルは性的に多少倒錯してはいても、ボーイズラブには興味がなかった。この世界は力が全てだ。ネルは絶対に冒険者になってハーレムを築こうとするだろう。私が男の姿で現れた時にネルはどんな顔をするだろうか。


 きっと、死ぬ直前の顔になるに違いない。

 汗臭いベッドに私を押し倒したときのような、虚ろで、途方もなく愛おしい闇を抱いたあの顔に。


 私は剣を降ろしていた。


 サラだって昏倒しただけで死んではいない。倒れ伏したままの彼女の胸は規則的に上下している。

 あまりにも不幸過ぎる境遇の彼に対する敵意はない。中身が男なら、まさかネルと結婚しようなどとは考えないだろう。

 けれど、確認は必要だ。


「あなたの目的は何? まさか、ゲームの主人公と結婚するつもりじゃないのでしょう?」


 私は笑顔を作って訊ねた。するとレイシャはよくぞ聞いてくれましたと言う風に鼻の穴を膨らませた。


「決まってるだろ。強くなるのさ。主人公に負けて犯されないように」


 中身が本物の男だからだろうか。構えを解いたレイシャが力こぶを作って見せ、見事なまでの男の娘っぷりを披露した。


 私たちはお互いの半生を紹介しあった。


 レイシャはなんと、生まれた時から自我をもっていたという。生まれ落ちた瞬間に目覚め、転生譚を自分が経験していると自覚したときは歓喜に震え、性別が異なる身体を得たことに気づいた日は高熱を出したそうだ。

 レイシャの悪夢は終わらない。

 どうにか冷静さを保とうとする精神をかき乱したのは、どこかで聞いたようなアクの強すぎる父親の声だった。

 命名、レイシャ。

 そこで彼は自分がゲームの世界に転生したことを知る。

 新生児のぼんやりとした視界でも見間違うことはない巨躯、雷のような怒鳴り声。父親の名はバサラに間違いなかった。

 かつて攻略したヒロインに生まれついた運命を呪いつつ、思春期が終わるころには女体の変化を楽しむ余裕が出てきたそうだ。しかし性行為については絶対にNG。男に抱かれるなんて想像するだけで虫唾が走る。

 前世を自殺という幕で終わらせた彼は、生まれてしまった以上は生きると決めた。

 しかし中身が男である以上、まっとうな女子としては生きられない。ならば冒険者になろう。ファンタジーの世界で最強の存在を目指すと決意する。これには父親も大賛成だった。

 受け継いだ才能は訓練を始めるとあっという間に開花した。第二の実家近くで冒険者資格を取得したレイシャは、それから訪れる冒険の日々を夢想することでわが身の不幸を忘れようとした。

 彼女はしかし、旅立ちの朝の父親の一言で目の前が真っ暗になった。


「自分より強い男を探して、連れて来い」


 迷宮、冒険者、モンスター。

 およそ現実とは思えないゲームの世界に暮らす人々は紛れもなくゲームの登場人物であり、「シナリオ」に従って生きている。自分が冒険者になる道を選んだのも、自らの意志ではなく、運命や律などと呼ばれるものにそうさせられているだけじゃないのか。

 バサラは豪快に背を叩いて送り出したが、レイシャの足取りは重かった。ゲームのヒロインに生まれた以上、どこかでネルと戦う羽目になるのかもしれない。勝てばまだしも、もし負けてしまったら。

 ネル側の条件さえ整っていれば、どの町の宿屋でばったり出くわすかわからないのだ。人間らしい生活を送りたければ、ずっと野宿することはできない。彼女はまっすぐ、この薔薇に埋もれた町を目指した。

 最短で最強になる。ゲームの設定上、自分とネルは同じ年齢のはず。冒険者になってからの経過日数に差はほとんどないはずだ。奴が転移迷宮をさ迷って幼馴染や先輩冒険者、冒険者志望のサキュバスなんかとセックスしている間に自分は強くなる。

 ネルを見つけてぶっ殺す。

 拳を握り締める彼女をとりあえず諭すのは一苦労だった。







「本気なのか……? お前ら、姉弟だったんだろ?」


 ネルを殺されては困る。私の前世の物語と今世の事情を聞いたレイシャが顔を青ざめさせた。

 自分だってリルを攻略したことがあるくせに、何を偉そうに。

 そう言うとレイシャは肩を竦め、「ゲームと現実は違うぜ」と言い、自分で言ったことが可笑しかったのかしばらく笑っていた。中身が男だからなのか、少年のように笑う彼はたしかに可愛らしい。ネルとして生まれ変わった弟の姿がそれに重なり、少しだけ胸が苦しくなった。

 私たちはたしかにゲームの世界で生きている。

 人間として。

 血のつながった肉親であるということは変わらないけれど、私は弟が思い描く理想の女として生まれ変わったのだ。どんな手段に訴えてもネルと結ばれる。

さすがにそのために人殺しまでしでかしたとは言わなかったが、彼なりに察するところがあったのだろう。レイシャは私から少し離れて苦笑いを浮かべた。


「ヤンデレってやつだな……実際に目にすると、怖いもんだ」


 自分の方が冒険者として実力が上だからか、好き放題言ってくれる。私はわざと聞こえないフリをして、サラを起こしにかかった。







サラ・ブレア

 職業:シーフLV65

 体力:18

 腕力:15(+2)

 知力:12

俊敏さ:-18(-2)

頑強さ:17(+3)

器用さ:29

 精神:10

  運:19(+2)


固有スキル:短剣術C 刺突C 銭投げE 不意打ちC 警戒D

職業スキル:開錠D 罠解除C 探知C スニークスキルC 速度上昇E 運上昇E

   呪文:まだ習得していません


   右手:ショートソード+2

   左手:なし

   身体:皮の胸当て

    足:皮の脛当て

 その他1:毒の護符

 その他2:麻痺の護符


 サラはシーフとして順調に成長している。ラヴ・ラヴィリンスの世界ではだいたいレベル100前後で、種族的な成長は限界を迎えるが、その後のステータス上昇系のスキルの成長は異常に遅い。装備品による恩恵を得るためにも、そろそろワンランク上の迷宮に潜る必要があるだろう。


リル・エルファー

 職業:戦士LV68

 体力:24(+2)

 腕力:29(+11)

 知力:10

俊敏さ:-17(-5)

頑強さ:29(+8)

器用さ:18

 精神:18(+5)

  運:7


固有スキル:剣術C 狂戦士の心得E 穢れた魂C 即死回避率上昇C 薬草鑑定D

職業スキル:剛腕E 剛健E 

   呪文:まだ習得していません


   右手:鏖の剣(ジェノサイドソード)

   左手:なし

   身体:皮の鎧

    足:皮の脛当て

 その他1:(イバラ)の首飾り

 その他2:麻痺の護符


 鏖の剣を使い続けていると見覚えのないスキルが登場した。「狂戦士の心得」とはいったいなんだろうか。サラの刺突のようないわゆるアクティブスキルは、習得と同時に何となく「目覚める」らしいが、冒険者カードにそれが現れた私は何の自覚もない。ということは、これは剛腕や剛健のように習得しているとステータスや行動になんらかの補正がかかるパッシブスキルだろう。


 ゲームをプレイしていたとき、魔人族のキャラクターに同武具を装備させていた時は狂戦士の心得などというスキルは登場しなかったように思うが……本当になかったかと言われると自信がない。弟ほどラヴ・ラヴィリンスにのめり込まなかったことが今更悔やまれる。


 鏖の剣を外すとカードから狂戦士の心得が消えるため、同剣がもたらしたものであることは間違いない。


 効果がわからないスキルを所持していることに若干の不安はあるが、パッシブスキルは基本的に有利に働くものばかりだ。実害を自覚するまではこのままでもいいだろう。


 狂騒庭師の亡霊が極希にドロップする「イバラの首飾り」を入手できたのは大きい。当然のように呪われたアイテムだが、即死――いわゆる「首切り」の回避率が30パーセント上昇するという固定スキルを得ることができる。

 高レベルのモンスターはただの物理攻撃にこの「首切り」が付与されているものが多く、不意を打たれて前衛が死亡する悲劇を何度も経験している私としては――そもそも自分の首が飛ぶなんて考えたくもないが――、これは是非とも装備しておきたい逸品だった。


「リル……そんな痛そうなネックレスなんてやめなよ……」

「あら、付けてみると案外大丈夫よ?」

「似合ってるぜ……色々な意味で」


 サラは「無理、無理」と言って首を横に振り、私が穢れた魂の持ち主であることを知るレイシャはよくわからないことを皮肉っぽい口調で告げてきた。

 別に、怒る気はない。

 彼には感謝している。

 レイシャが私たちのレベル上げに協力してくれたおかげで、ズズ・クライスンがさ迷っている迷宮に潜れるくらいの実力は十分についた。

 気絶から回復したサラを説得するのに少々手間取りはしたものの、素早く動いて敵の弱点を突く戦い方は彼女の参考にもなっただろう。


「レイシャ。ありがとう」


 私は彼をレイシャと呼んでいた。「十六年もそう呼ばれてきたんだ。そっちの方で慣れたよ」とのことだった。


「いや……」


 前世で他人とうまく関われなかったというレイシャは、鼻の下を指でこすってはにかんだ。そういう姿はやっぱり可愛らしい。格闘家と戦士、シーフのパーティー構成も悪くなかった。けれど、私の目的がネルとの再会にある以上、一緒に行動し続けることはできない。


 私たちはこれが最後ということもあって、薔薇に埋もれた町周辺のローズを全滅させた。辺りに充満していた青臭い体液の臭いの元はすぐに消えてなくなり、風が新鮮な空気を運んでくる。


「じゃあ、な」


 レイシャはそう言うと、私たちに背を向けた。


「さようなら」

「じゃね」


 レイシャには、弟があまり興味を示さなかったヒロインの名を教えておいた。彼女は今後腕を磨きつつ、できる限りネルと遭遇しないルートを歩む。万が一魔王に殺されることがないよう、アドリアルに出会ったら私の名前を出すように言い含めた。そうした話を、声を潜めてしている間不機嫌そうにしていたサラは、気づかれないように舌を出していた。


 そんなサラの髪を左手で撫でてやりながら、私は右手で呪われた剣を抜いた。彼女には事前に言い含めてある。サラは一瞬身を固くしただけで、私を止めようとはしなかった。

 低く構え、一跳びで距離を詰める。

 気配に気づいたレイシャが「ん?」と口中で言って歩みを止めた時には、彼の腹から鏖の剣が二十センチほど突き出していた。


「リ、ル……?」


 振り返ろうとして痛みに顔を歪めたレイシャ。私はその背に片脚をかけ、思い切り剣を引き抜いた。腹腔内を埋め尽くす臓器や決して切断されてはならない血液の通り道がズタズタに引き裂かれる。


「――!!」


 痛みに声を上げることもできないのか、レイシャは蹴り倒されるまま地面に転がった。まったく、いい様だ。


 ネルに出逢ったら殺す?


 そんなことを私に言った時点で、あなたはこうなる運命だったのよ。





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