呪文の謎編① ぶりっ子コギャルにご用心
私が、トーマス教頭と陰でこそこそやっているうちに、長期休みに突入した。
そういえばちょっと前に行なわれた卒業式は、わが国の王族で有望な魔法使いであるゲスリー様の卒業式と言うことで例年よりも盛大な式だったらしい。全く興味がないので詳しくは知らないけれども。
彼は成人したら、王様になるかも説があるから、もう少ししたら王様がゲスリーになっちゃうのかな……超やだ。
そんなことよりも今年の長期休みはレインフォレストに寄ることにした。コウお母さんとも一緒!
実は当初、レインフォレストに寄ろうかどうか迷ってて、むしろ今年も寄らずに行こうかなって思っていた私の横でアランが「コーキさんも来たいだろ? 来てもいいんだぞ!」とコウお母さんにおすすめしていて、コウお母さんも『じゃあ行こうかしら』見たいな流れになりそうだったから、二人っきりにはできんと思って私も行くことを決めたんだけど……ねえ、仲良すぎじゃない? ねえ、大丈夫? 私、泥棒子分は徹底的に打ちのめす所存だよ?
レインフォレストへは例年通りアランのとこの馬車にお邪魔しての移動。ただアランのテンションが若干いつもより高めに見えるのは、コウお母さんも一緒だからとかじゃないよね?
いつの間にかコウお母さんと仲良くなっているアランを牽制するため、二人が隣同士で座ったりしないように気を配りながら、馬車の旅を続けていたら、無事にレインフォレストに到着した。
レインフォレストの屋敷では、一昨年と同じように、アイリーンさんたちが温かく迎えてくれたんだけど、出迎えメンバーの中に、小さい女の子が。
アレはまさかアラン達の妹チーラちゃん!?
一昨年2歳だったから今は、4歳か! しばらく見ない間に大きくなって!
一昨年も私はチーラちゃんと会ってはいるんだけど、私のことは忘れてしまっているらしく、アイリーンさんの後ろに隠れながら、恐る恐る私の様子を伺うチーラちゃん。可愛い。
屋敷の前で、アイリーンさんと再会の抱擁をしたり、アランと一緒にチーラちゃんをぷにぷにした後に、私とコウお母さんが泊まる部屋を案内してくれた。私とコウお母さんは別の部屋だった。
2部屋ももらうの申し訳ないし、コウお母さんと一緒の部屋でいいのにって言ったけれど、アランが『男と同じ部屋にしちゃいけないんだ!』と主張するので、別々になった。
“男”と言ってもコウお母さんは、お母さんだし、オネエなんだから、なんもないんだけど。とは思いつつも、アランから見れば、オネエ口調を封印したコウお母さんは男性に見えるのだろう。ここはアランの家だし、アランのしきたりに合わせることにした。
レインフォレストでは、クロードさんと販促経路の確認や今後の展開なんかを話し合ったり、アイリーンさんの酒瓶製造工場を覗かせてもらったり、暇があれば、相手して欲しそうな顔をしている子分と一緒に乗馬の練習なんかをしたり、チーラちゃんと遊んだりして過ごした。
チーラちゃんは、最初こそ警戒されたけれども、しばらく一緒にいたら、なんか遊んでくれる人がやってきた! と思ったらしく、私やアランの後ろをいつもひょこひょこついてくる。なんとも可愛い。
妹かわいいなー。私も欲しい。
でも、よく考えれば、ガリガリ村に帰れば妹か弟がいる可能性がものすごく高い気がする……。毎日、お盛んだったもんね……。
アランに与えられたお部屋で一人、知らぬうちに弟や妹が5人ぐらいはいるんじゃないか疑惑を首を振って打ち払って、目の前の呪文書に目を向けた。
魔法の本が見れないというなら、もう自分で作ってしまえと思って、教頭先生にお願いした甲斐があって、私の手元には呪文集と言ってもいい立派な紙束が完成した。
呪文については、本当なら古の魔法使いが下さったという『救世の魔典』が見たかったし、見れると思っていたのだけど、見れそうにないから仕方あるまい。密造である。
長期休みに入る前には既に完成していた呪文集。やっぱり呪文は前世で言うところの短歌で、主に百人一首に選出されるような有名な短歌ばかりだった。いわゆる小倉百人一首に乗ってる短歌ばかり。それ以外の短歌もあるんだけれども。
あと、中には、おそらく私が前世で覚えてなかった短歌のようで、なんて書いてあるのか全く読めない呪文もあった。この何を書いているのか読めない状態が、普通の人の反応なんだと思われる。そういう呪文を見てると、目の前がグルグルしてなんだか気分が悪くなる。コレが呪文なのか……不思議だ。
1時限の魔法史の授業を使って、魔法使いの子達の筆跡を確認し、生徒達が魔法の授業で紙に書き取った呪文を、筆跡で精霊使いの呪文か魔術師の呪文か大体分けることも出来た。
そして私は手元に呪文の資料が集まった段階で、その資料にのっていない自分が前世で覚えていた短歌を書き出し、それを教頭に見せて、呪文と呪文じゃないものを分けてもらうことに成功する。もちろんマッチを代償にして。
本来なら、読めなかったり、読みにくいと感じたものが呪文なんだけど、私の場合は、既に覚えてしまっている短歌が呪文なのかどうか判別できない。
だから、教頭先生に有無を言わさず分けてもらおうと思って、私が覚えている短歌を書きなぐった紙束をトーマス先生に渡しながら『ちょっと、教頭先生! 教頭先生から貰った呪文がかかれた紙の中に、どうやら生徒がふざけて自作した呪文があるみたいなんです! 先生の方でこういうのは、精査して私に渡してほしいです』とぷんぷんの様子で教頭に押し付けて分けてもらった。
恥ずかしいぐらいのクレーマーだし、自作の呪文を作っちゃう系魔法使いが生徒の中にいるってことにしてしまったのは申し訳ないけれども、マッチをはずんだら、教頭先生は喜んで、引き受けてくれた。マッチ中毒者の悲しいさがである。
そうした色々な努力(おもにマッチ教頭の)が実を結び、今手元には、立派な呪文書が。
そんで、こっそり効果が分かっている呪文を、呪文書を見ながら唱えてみて、目を凝らして魔力を見ようとしてみたけれど、そんなものが見えるはずもなく、魔法はやっぱり私には扱えない。
……普通の人が万が一読めても、反応がないのだから、なんで、わざわざこんな呪文集を隠そうとするんだろう。
色々と考えていると突然ガチャリと扉が開く音がした。
「リョウ様ー! そろそろご夕食の時間ですよー! いますかー?」
そう言って、ノックも無しに入ってきたのは、クロードさんのハーレム要員の一人、ツインテールのロンネさんだ。一番若い感じの彼女が、私が滞在中にもっぱらお世話をしてくれる使用人になっている。
しかしこの人遠慮がない。淑女の部屋に入る際は、ノックしてから入るのよって何度も言っているんだけれども!
「ロンネさん、ノックしてから入ってくださいって何度も言ってるじゃないですか。着替え中とかだったらどうするんですか!」
「えーでも、着替え中とかそんなことなくないですー? 私が着替えさせるわけですしー。それに、リョンリョンはドレスなんか1人で着れるんですかー?」
着れるわ! こう見えても、使用人としては、ロンネさんより前に働いてたんだからね! アイリーンさんのドレスの裾とか整えたりしたんだからね!
私がクロードさんの婚約者扱いされていた一昨年は、ものすっごく態度が悪かったロンネさんは、私が婚約破棄をしたことを知ってかなり私に対する態度が、なんというか温和になった。
この領地についた時に、ロンネさんから、この前王都で行なわれた婚活パーリーでクロードさんがいい感じになってる人がいないかどうかを相談されて、良く見てなかったから知らないけどとりあえずお持ち帰りしてる様子はないという話しをしたり、ロンネさんのクロードさんに対する思いについて聞いていたりしていたら、私への態度がどんどん温和というか、うん、かなり砕けた、粉々に。私のことリョンリョンとかよんでくるし……。
「あと、一応私、お客様扱いのはずなんですけどっ! リョンリョンとか、態度とか、駄目だと思いますけど」
私は、使用人の先輩として心配になって彼女を諭そうとするけど、伝わらないらしくきょとんとした顔をしている。
「えーリョンリョンって呼び方、可愛くないですか? 私、超親愛込めてよんでます☆ クロード様振ったこと、超感謝してますしー。それに私の相談聞いてくれてー超嬉しかったんですー」
リョンリョン、可愛いの……? パンダみたいな名前だなって最初思っちゃったからどうも受け入れがたい。
「でも、ロンネさん、クロード様とかアイリーン様の前だと、私のこと普通に『リョウ様』って呼ぶし、普通に接してくるじゃないですか」
そう、ロンネさんはアホに見えて、アホだけど、思ったよりもアホじゃない。ちゃんとお偉い方の前では、それなりの使用人らしく振舞うのだ。クロード様の前ではぶりっ子だって忘れない。
「さすがに私だって、ご主人様達の前じゃーこんな態度とりませんよー。ホント、リョンリョンのための特別仕様、なんですからね!」
そう言って、渾身のぶりっ子顔を向けてくれるけれど、私のための特別仕様とかいらないよ……。
「それとー、夕食が終わったら、またクロード様と私が結婚するための相談聞いてくださーい」
えー、また……?
私は反論しようとすると、彼女はさっと部屋から出て行った。
コギャル、なんてすばやいんだ……。
 










