転章Ⅱ トーマス=ミカサの話
主人公の1人称ではありません。ご注意ください!
あ、あと、トーマス=ミカサって誰だよって方もいると思うので、お伝えしますと、髪型が七三分けの教頭先生のことです。すみません。
サーグランガ大陸は、かつての闇の魔女王による侵攻によりできた南北に伸びる魔の森によって二分されている。私達が住む魔法大国カスタールは、サーグランガ大陸の東半分を占めている広大な国だ。素晴らしき魔法使いが国を治める偉大なる国。
大陸の西側との交流はほぼなく、唯一カスタール国の最南端に位置するグエンナーシス領の港で交易品のやり取りがある程度。
なぜなら陸路は全て魔の森に阻まれ隣国に行くことができず、大陸の北側は北方民族が住まう険しい山々に囲まれている。唯一グエンナーシス領だけが、穏やかな南の海を渡って隣国と交易ができるのだ。
そのお陰でグエンナーシス領は、かなり豊かである。
それが小さい頃から口惜しかった。
私は、カスタール国の最北端、パーリミア領のヴァリミリアという姓を名乗る魔法爵家に生まれた。
パーリミア領にグエンナーシス領のような豊かさはない。北方にそびえ立つ険しき山々がなければ、あの広大な海がパーリミア領のものであったのに。
しかも山の奥地には魔法が使えない北方民族がいると聞く。彼らが直接パーミリア領を襲ったことはないが、海や資源を求めて山を進もうものなら、北方民族に襲われ山から帰ってこれないらしい。
魔法が使えない民族のくせに、汚らわしい。そう思いながらも、北方民族に関する昔話は、子供ながらに恐ろしかった。
リョウという生徒を見るたびに、北方民族の話を聞いて震え上がった小さい頃を思い出す。もともと、そう、もともとあの呪われたルビーフォルンの養女が入学してくると聞いた時に、ものすごく嫌な予感がしていたのだ。
そしてあの日、法力流しの行事で失態を犯し、おそらく命を救ってもらったあたりから、私はリョウと言う生徒が本当に恐ろしかった。北方民族と同じように、魔法が使えないくせに、それ以上の何かを持っている気がして……。それになにより、リョウはあのルビーフォルンの……。
そして、実際リョウは私が持っていないものを持っていた。リョウがマッチと呼んでいた、火を灯す箱を。
その箱によって灯された火を見て、私はリョウを恐れる気持ちも、嫌な予感も全て吹き飛んだ。
そして、私の妹である彼女の顔が浮かぶ。
グローリア。
私と同じく炎属性の魔法ぐらいしかまともに使えない精霊使いである私の妹。
二人続けて魔法の素養を持った子供が生まれたことに、父は当初喜んでいたが、私達が二人とも火属性の魔法ぐらいしかまともに使えないことが分かると、目に見えて落胆した。
それがとても不快だった。私には火魔法が使えるではないか。火魔法は、どの属性の魔法よりも優れているのに!
確かに、一般的に精霊使いに求められることは……魔法で作物を育てることだ。もともと、寒冷地であるパーリミア領では、魔法の力なくして、作物を育てることが難しい。植物魔法を行使できてこその精霊使いだとは言われている。
植物魔法など、バカみたいじゃないか。わざわざ選ばれた人である我ら魔法使いが、なぜ魔法の使えない下民のために作物を成長させなければならない? それができないなら、用なしだなどと、下民の分際で笑わせる。
しかし、私と同じように火魔法という尊い力を持って生まれた妹は、私と同じ考えではなかったようだ。
愚かで優しい私の妹、グローリアは、下民にもその慈悲をくれる気でいた。下民のために妹は笑うのだ。
作物を実らせるために植物魔法が必要ならばと、彼女は日夜植物魔法習得のために、呪文を見つめ続けていた。相性の悪い呪文は、見ているだけで気持ちが悪くなる。何とかいてあるか読めない呪文を見ていると、心と体が不安定になり、時には吐き気ももよおす。
私は、とうに火魔法以外の呪文を覚えることをあきらめたと言うのに、妹は決して諦めなかった。そしてとうとう勤勉なグローリアは、植物魔法を唱えられるようになったのだ。
妹も、領地の者も、皆喜んでいたが、その喜びは続かなかった。
相性の悪い魔法の行使というものは、体に負担をかけてしまうらしい。
植物魔法を使えるようになった妹は他の精霊使いと同じように、活動し、体を壊した。
それでも、魔法を、植物魔法を使おうとする彼女は、どんどん体調を悪くして、とうとうベッドから起き上がれなくなるまで衰弱した。
「グローリア、そんなに無理しなくていい。もう植物魔法を使うのはやめるんだ! 火魔法だって優秀だ。私はそれで必要とされて、ここにいるんだからな。なんと言っても守りの要だ。魔物が襲ってきた時も心強い。そうそう、結界を貼るときなんかに重宝される。だからそんな無理をして植物魔法を使おうとしなくていいんだ。火魔法だけでも十分下民より優秀であり、素晴らしいのだ」
私がそう力説すると、妹はベッドの上で顔を青白くさせながら微笑んだ。
妹には私が言った嘘がばれているのかもしれない。火魔法使いである私はまったく必要とされていなかった。学校を卒業してからの私は、姓を『ミカサ』に変え、魔法爵を得てはいたものの、ただ毎日を領地で無為に過ごしていた。
火魔法は素晴らしい力だ。だが、そう、あまり認めたくはないが、火魔法は不便なところがある。火魔法を使う時には、火種がいる。それが何よりも不便だった。万が一火が消えてしまえば、何の役にも立たない。
それに、私や妹は、火魔法以外の魔法がほとんど使えないが、他の人はそうではない。水の魔法が使えても、火の魔法も使えたりする。私達兄妹のように、一つの魔法に特化していると言うことの方が、珍しいのだ。
しかし、植物魔法特化型の魔法使いは、むしろ歓迎されているというのに、どうしてこんなに素晴らしい力をもつ火魔法特化の魔法使いの扱いが悪いのだろうか。解せない。
腐死精霊使いと一緒だ。彼らは基本腐死精霊魔法ぐらいしか使えない。
しかし綺麗な火魔法とは違い、腐死精霊魔法は死せるものを操り、腐らせる魔法など汚らわしい。そうは思う、そうは思うが……他人事には思えなかった。いつか火魔法も、灰に帰すだけで何も残らない役立たずな魔法だと言われ、同じような扱いをされるのではないかと……。
こんなにも素晴らしい力なのに。火魔法の力をもってすれば、どんな魔物も恐れることはない。
それに万が一北方民族が攻めてきても対応できるだろう。むしろこちらからしかけてもいい。魔法の使えない不気味な北方民族など、私の力を以て滅ぼしてしまえばいいのだ。山の木々も全て焼き払い、わが領地とする。まあ、それをするためには、私ほどの火魔法の使い手が何十人もいないと難しいだろうが……しかし、そうすれば、グエンナーシス領と同じように広大な海が手に入る。
どうしてこんな簡単なことが、他の奴らは思いつかないのか! こんな素晴らしい力なのに……何故腐死精霊使いのような不当な扱いを受けるかもしれないという恐怖に怯えなければならない。何故誰も、私を必要としない……。
火魔法が役立たず? 火種がなければ、ただの人? 何をバカなと言いたい。火魔法は素晴らしい! 魔物を退治する時に一番確実なのは何だ! 火だ! そうだ火魔法は素晴らしいのだ。守りの要だ! 役立たずなんかじゃない! いざと言う時に頼れるのは、火魔法なんだ!
私がそんな憤りを抱えながら、植物魔法を使わなくなった、というか使えなくなるほど衰弱した妹と一緒に体力が回復するまで過ごしていると、とうとういつか来るであろうと覚悟していた宣告を受けた。
体を壊した妹と一緒に、私は国へ、王都へ帰されることになった。領地の税率を下げるためだ。
あんな領地、北方民族に襲われて滅んでしまえばいい。私がいれば、守りきれたのに。私を追い出したがために、彼らはきっと成すすべなく、北方民族に滅ぼされる。そこではじめて気づくのだ。私という偉大な魔法使いの存在に。
王都について、そんな妄想ばかりして過ごしていたある日、しばらく養生して大分体力が回復してきた妹に、ある結婚の話がきた。
とある領地の伯爵家に嫁いで欲しいと言う要請……つまり政略結婚をしろという国からのお達しだ。
国から斡旋されて、妹はそれを了承した。嫁ぎ先は……最悪なことに、あの、呪われた……。
私は抗議をしようとしたが、妹に止められた。
「お兄様! やめてください。いいのです、私、嫁ぎたいんです。それに、相手の方とは一度会いましたけど、噂にあるような恐ろしい人ではありませんでした。あの方と一緒ならきっと、大丈夫、そう思っています」
「何を言ってるんだ、グローリア! こんな、無理やりじゃないか! 不当だ! 火魔法使いは素晴らしい人種なんだ。こんな、不当な扱いを受けていいわけがない。この国をすべる魔法使いの、その中でももっとも強力な力を持つこの火魔法使いが、こんな、投げ捨てられるかのように、あんな領地に嫁がせるなど許せるわけがない!」
「火魔法は、素晴らしい力を持ってるかもしれません。でも、今は必要とされてません……私は必要とされたいんです! あの人は、私を必要だと、そうおっしゃってくれました!」
「フン! そりゃあ、魔法が使えない下民なのだから、魔法使いの私達が必要なのは当然じゃないか! 甘い言葉に騙されるな! そうやっておだてられて、前みたいに植物魔法を使って体を壊すのか!」
私が妹に向かってそう言うと、妹は、涙を流した。小さい頃は泣くこともあったが、10を過ぎてからの彼女が泣くところをはじめてみた。必死で植物魔法を覚えている時も、身体を壊しながら、植物魔法を使っている時も、妹は一度も泣かなかったのだ。
「お兄様なんて……大嫌い! その選民思想も吐き気がするわ! 私は私のやりたいようにやるの!」
それが私達兄妹の最後の会話だった。そのあと一言も口を利くことなく妹は呪われた領地ルビーフォルンへと嫁いでいった。
何て愚かな妹だろうか。
ふん、どうせ、泣き言を言って戻ってくるに違いない。
何が選民思想は吐き気がするだ。優れた者が特別に扱われる、それは当然のことじゃないか。
むしろまだまだ足りないくらいだ。そうだ、大体私のような優秀な魔法使いが、王都に戻され、誰にも必要とされずに過ごしているというのが、間違っている。そうだ、周りの奴らの思考はおかしい。
正さなければ……火魔法使いが優秀であると。分からせてやらないといけない。
それから私は、学校の教師として勤める事になった。子供なんか大嫌いだ。
でも、ここでなら、まだ若い魔法使い達に火魔法の素晴らしさを伝えることができる。
そしていつか、火魔法が素晴らしいという当然のことを皆に分からせてやったら、妹も帰ってくるだろう。
あの優しく、病気がちな妹に、呪われた領地での生活が続くとは思えない。
火魔法に、本来当然あるはずの栄光をもたらすためなら、何も惜しんだりしない。
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今、私の目の前には、悪魔のように微笑むリョウという生徒がいる。私の右手には、マッチという名の木箱。私はそれを握り締める。これさえあれば……。
火魔法使いに希望が見えた。皮肉なことにその希望を示したのが、呪われた領地のルビーフォルンの小娘なのだからおかしなものだ。
リョウ=ルビーフォルン……グローリアの養い子。もしかしたら、グローリアの導きなのか……。あれ以来、口を聞くこともおろか手紙のやり取りすらない妹のことを考えながら、私はこの小娘の要求を飲むことにしたのだ。
全ては、私達兄妹が、必要な存在だとわからせるために。
火を灯す木箱を手に入れて、私はリョウがいなくなってから早速一つ火を灯した。
本当に、簡単に火がついた。火打ち石で火を灯すのにかかる時間とは、雲泥の差だ。鳥肌が立った。
そしてその火を見てなぜかすごく昔のことを思い出した。
小さい頃、領内を駆けずり回るのに忙しい父に会いたくなって、妹と家を飛び出して探しにいったことがある。
しかし、色んなところを回る父に、考えなしの子供が出会えるはずもなく、山の中で案の定迷子になった。疲れ果てた私達兄妹は、側の大きな木の風がしのげるぐらいの虚に身を隠した。
しかし、このままでは寒いと、暖をとるため火打ち石を打つ。既に日が落ちて、外の空気は冷たく、手がかじかむ。何度、火打石をうっても下の枯れ草に火がつかない。
どうにかしてやっとついた小さな火を、私の魔法で大きく、明るくする。火は不思議だ。ただそこにあるだけで、さっきまで暗く寒く心細かった空間が明るくなり、心も穏やかにしてくれる。
その時に、妹がいったんだ。
「お兄様すごい! 明るくて、暖かくて安心する。さっきまでいた真っ暗な場所じゃない別のところにやってきたみたい! お兄様の魔法は、きっとみんなを安心させるすごい魔法なんだね!」
あの時の、そういった妹の笑顔がいまでもはっきりと脳裏に焼きついている。
今思えば、私の渇望はそれが始まりだったのかもしれない。
そうだった、私は、ただ、すごいと、笑顔で、そう言って欲しくて……。誰かに必要だと言って欲しかったのだ。









