学生活動編⑳ 七三との交渉
とうとう、完成した。
この学校を牛耳っているのが教頭のトーマス先生だと分かってから、こっそりずっと研究していた代物が。
マッチ。
魔法石を使って、マッチを作った。
氷の魔法石は硝石。そして色々実験して、火の魔法石がリン鉱石だということが分かって、それらを素にしてマッチ作ってみた。
マッチを作っている期間よりも、マッチ作りで怪我しないようにって、買った鎧をカスタマイズしたり、硬い皮を使って防護手袋や仮面を縫ったり、寮の部屋を作業部屋として補強したりする時間のほうがかかったけど、どうにか完成にまで至ることができた。
木箱にマッチ棒を収納すると、さっそくどうやって、あの七三教頭を脅し、じゃなくて説得しようかと考えをめぐらす。
……いや、特に作戦はいらないかもしれない。
多分原始人あたりが、「マッチある。コレほしいなら、オデのネガイ許可しろ」って言っても、あの教頭なら言うことを聞きそう。
だって、マッチ。コレがあれば、完全に火魔法使いの扱いは変わる。魔法を使うために必要な火種をすぐに用意できるんだから。
私は魔法科の授業が終わるのを、教頭先生の書斎で待っていると、とうとうお目当ての彼はやってきた。
いつもどおり七三でばっちり固めた髪形の彼だ。
「キ、キミか……。一体なんのようだ」
私の顔を見るなり、なんか気まずそうな顔で七三は言った。
去年の法力流し以降、この先生は私に苦手意識があるみたい。私、命の恩人なんだからもう少し敬うような態度をとってくれてもいいんだよ?
「請願書の件です」
「まだ諦めてないのか。魔法学の授業を体育という授業に一部変更したのだからもういいだろう。他の要望は無理だ。それに、何故私に言ってくる。いつもどおり校長に言えばいいだろう」
そう言って、私を校長先生のところに追払おうって魂胆だろうけど、引き下がらないよ!
もうこっちは、犯人は七三だってお見通しなんだから!
「だって、教頭先生にお話した方が、早いと思いましたから。それに、教頭先生のために、私とある物をこしらえたのです。火魔法使いのための代物です」
終始眉をしかめていた教頭は、『火魔法使い』の単語がでたあたりで、片眉をあげて私を見る。食いついてきた。
私は、彼の食いつき具合を確認すると、「こちらです」と言ってスカートのポケットから木箱を取り出した。
「なんだ、その箱は。それが火魔法使いのためになるものだというのか?」
「ええ。火魔法使いは、私素晴らしい魔法使いだと思っています。火魔法はなんと言っても強力です。魔物や獣と戦う際などに大活躍だと聞いてます」
私が、火魔法使いについて褒めると、七三は、『そうやろ?』という感じで、得意げな顔をしてきた。ここで、その得意げなイラつく顔にビンタを叩き込みたくなったけれど、どうにかその衝動を抑えて、言葉を続けた。
「しかし、火魔法は不便です。なぜなら火種がないと使えないからです。火打ち石で、火をおこすのは時間がかかります。何かに襲われた対処法として、火魔法を使いたくても、火種がないと使えないのでは咄嗟に使うことも出来ず、はっきり言って使い物になりません」
「な、なんなんだキミは! いきなりやってきて、火魔法が使い物にならないといいに来たのか!」
火魔法の活躍の場は意外と少ない。
基本的に火魔法の使い道は、魔物対策だ。多くの魔物は火に弱い。結界からこぼれてしまった魔物退治は主に火魔法使いが中心となって退治に行くし、魔物に遭遇する可能性の高い法力流し、結界を張りなおす作業は火魔法使いがいくことが多い。
その際は必ずランプや松明などの火種をもっていくようだけど、何かの拍子で火が消えたり、ちゃんと管理しなくて火事になったりという事故が実際にあるみたい。
だから最近じゃあ、魔物退治といえば、火魔法が常識! だったのが、風や水、土魔法で退治することが多くなってきている。水や土に風らは外を歩けばだいたい回りにあふれているし、水と土なら、水筒に入れるなり、鉱石用意するなりで手軽に持ち運べる。
それにくらべて、火魔法は持ち運びに不便すぎるのだ。
「でも、実際そうですし、他の魔法使いもみんなそう思っています。だから、教頭先生は火魔法使いの立場向上のために必死になっているのでしょう? 腐死精霊使いみたいな扱いをうけないために」
火魔法使いが腐死精霊魔法使いのような扱いにならないのは、死とかの気持ちの悪いイメージがないし、なにより火魔法を使える人は、他の属性の魔法も普通に使えることが多いからだ。リッツ君もそうだった。彼は風と火を得意としてるし、他の便利系魔法もそこそこに覚えてる。
でも、もし火魔法ぐらいしかうまく使えない人がいたら、もしかしたら扱いとしては、腐死精霊使いと同じような感じなのかもしれない。
実際、教頭先生がそうだ。もともとの領地で活躍できる場所がなかったから、城に戻され、学校で魔法学を教えることになったらしい。あと、子供は嫌いらしい。
うぐぐと教頭が口をつぐんだのを確認して、私は出来る限り明るい声を出す。
「でも、ご安心ください。コレがあれば、火魔法使いの価値は上がります。こちらの木の箱、一見普通の箱に見えますが、中には、先端に赤色の薬品を塗って固めた木の棒があります。なんとこちらの道具を使うとすぐに火がポンってつくのです」
「そ、そんな木の箱と棒でそんなことできる分けないだろう! だいたいさっきからキミのその態度はどうなのだ、魔法が使えないくせに、火魔法を馬鹿にするような」
火魔法をディスられてご立腹の七三教頭が、声を荒らげてしゃべり続けているが、私は優雅な所作でマッチ棒でマッチ箱の側面、薬品が塗られている方の側面を擦る。
ザスッというすられる音と供に、その小さな木の棒に、火がともった。
「火種などいつもランプを持って歩けばいいのだ。確かに片方の手がふさがるから不便だが、それなら召使にもたせて……あれ、え……火?」
七三の怒りのマシンガントークは、マッチ棒に灯された火によって、中断された。
「それ、まさか、いま、用意したのか。その木箱で、火、を?」
吸い寄せられるように、マッチ棒の火を見ながら、途切れ途切れに七三はそう言った。
「そうですよ、先生。こちらの木箱……マッチというのですが、いつか私の商会で、販売しようと思ってこっそり作ったんです。でも、作るの手間だし、危険を伴うので、やめようかなーって思っていたり……」
「なっ! やめるのかっ! なぜだ! コレがあれば……!」
「作るの、結構大変なんですよ。そうすると割に合わないかなーなんて。でも……教頭先生がどうしてもとおっしゃるなら、前向きに考えてもいいです。そう、交換条件です。私の請願書を通してください。そうすれば、マッチを作って販売しましょう。もしくは主に火魔法使いに与える特別な魔法具、のような扱いにしてもいいです」
私は極力彼の心が穏やかになるように優しげな笑みで笑いかけた。
七三は、火が灯されたマッチ棒に釘付けの様子で、直立不動で見つめ続けている。
私はダメ押しとばかりに、「この道具は、火魔法使いの存在価値を劇的に変えますよ」と、とびっきりの笑顔でそう言うと、七三教頭はゴクリと唾を飲み込んだ。
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マッチ棒の誘惑に惑わされて教頭は、請願書を通すことにかなり前向きな姿勢を見せ始めた。へへ、ちょろいっすわ。
ただ少し時間はかかるかもしれないようなことは言っていたので、しばらく待つしかない。でも、教頭のあの反応からしていけると思う。
待っている間に、我が学園の大イベント法力流しが行なわれた。
いつも何かしら事件に遭遇する法力流し。でも、今年の法力流しは、何事もなく普通に終わった。
去年も一昨年もなにかしら事件があったから、ちょっと身構えてしまったけれど、何事もなく。むしろ何事もないのが普通なのだから、今までの私の運が悪すぎたのだと思われる。
法力流しの行事が終わってすぐは、だいたいみんなでその話題で盛り上がっているのだが、今年はちがう。
女子寮の中にある談話室が、こんな華やかにザワザワしている日をはじめてみた。いや、いつも結構女の子達の井戸端会議みたいな感じで、わりと人がいるけど、今日は特別。
今年は、貴族交流会なるものが開催されることになり、談話室ではドレスの仕立て屋さんとか、布屋さんとかがやってきていて、女の子達は、自分たちの衣装作りに奔走中なのだ。
「わあ、どのドレスも可愛いですね! リョウ様はどのようなものを? 私、こちらの淡いピンク色のドレスが気になっているんですが、フリフリで……でも、私には可愛すぎて、似合わないでしょうか?」
「シャルちゃんは可愛らしいんですから、そういう色合いのドレス、似合うと思いますよ。私も淡い色の黄色いドレスにしようかな……」
繊細に作られているレースや、華やかな色の布地なんかを見ると、シャルちゃんも私も楽しくってテンションあがる。
お祭りのような女子寮交流スペースで、ドレスをあてがったり、布をあてがったり。お化粧や香油なんかも売っていて、ものすごく華やかだ。
多分ここにいる女の子達のほとんどが、初めてのパーティーでのドレス選び。テンションをあげるなというほうが難しい。
この国の社交会的なものは成人してからのデビューだ。それまでは、ダンスの稽古こそすれどなかなか披露する場面はない。せいぜい身内でパーティーしたりするときぐらいだと思われる。
初めてのパーティーの準備でみんな楽しそうにしてるし、私も楽しみだけど、今年いきなり開催された貴族交流会なるものは、国の問題が見え隠れしてる。
今回のパーティーには、基本は3年生以上の学生達、ただ魔法使いならば1年生からでも参加可能で、他にも学外から成人済みで未婚の紳士淑女がやってくる。
表向きは、学生達が早く貴族社会に溶け込めるようにという名目の勉強会という形だけれども、これぶっちゃけ、多分、お見合いパーティーなのだ。
前の王様が、たくさんの側室を抱えて、たくさんの子を生んでくれて、そしてその子達を他の有力貴族に嫁がせたものだから、私達の年代の子は結構血が近い者同士が多い。血の近いものとの婚姻は、あまり良いイメージがないらしく、若者の間で、結婚・婚姻がうまくいかないというのが、もっぱらお国が抱える問題の一つなのだ。
その問題対策のために、開かれたのが学生も交えての交流会。
他の領地からも自分のお婿さんお嫁さんを求めてぞろぞろと未婚のそれなりの身分の方々が王都に集まってきているらしい。学校には、未成年だけれども全国の魔法使いが集まっている。彼らに唾をつけたい人もいるだろうし、国としても成人したらすぐ結婚して子供作って欲しいぐらいに思っているのかもしれない。
まさか齢12にして、婚活パーティーに参加することになろうとは。
ふう。
私、今結構忙しいし? 請願書の件も、教頭にお預けして、大詰めって感じで? ほんとパーティーどころじゃないんだけどー、しかも婚活とか、っていうかまだ男性に興味ないシー。
まあ、でもパーティーはパーティーだし? 料理だって美味しいだろうしー、ドレス着てダンスできるし、みんなの正装姿を見れるし、もしかしたら、イケメンが私に一目ぼれして追いかけてきてしまうかもしれないけれど……そしたら、慎ましやかな私は恥ずかしがって、逃げるから……だから……。
「シャルちゃん、私、ガラスの靴を履きたいんですけど、ありますかね?」
「ガ、ガラスの靴ですか? アラン様なら作れるかもしれませんけれど、履き心地悪そうですね」
あ、そうよね。
いっけね、妄想が膨らんで、ガラスの靴を落としてまだ見ぬイケメンにハニートラップを仕掛けてしまうところだった。
落ち着け、私。思っている以上に舞い上がっている!
だ、だって、パーティーとか、そんな貴族みたいなの初めて!
ドレスだって、ダンスだって……あ、やばい、まだ先なのにもうソワソワしてきた。
次回は、女の子達のかわいいドレス姿が!
というタイミングで、シャルロット嬢と、アラン氏のイラストを頂きましたので、活動報告を更新してます!
イラストのおかげで、お二人のパーリー妄想が捗ります。
よろしければ、是非覗いてみてくださいませ!









