学生生活編⑱ タゴサクさんとの約束
ルビーフォルンでは、主に醗酵魔法使いによる、醗酵祭りで時間を過ごした。
お酒も作ったし、酢も作ったし、味噌も醤油も作った。紅茶も作って、肥料も改良したし……。
やりたいことはとりあえずやった。
味噌や醤油は臭いって言われて、不評だった。慣れれば美味しいのに。
ただ少し誤算だったのは、魔法を使うのは疲れるらしく、腐死精霊使いのダリアさんは、一日にそう何度も魔法が使えないようだった。
長期休みに入る前、何度かシャルロットちゃんにお酒造りの実験を手伝ってもらった時は、シャルちゃんに疲れた様子がなかったから、気づかなかったんだけど、魔法を使うと結構疲れるらしい。精霊使いの場合は、精霊に魔力的なものを吸われるような感覚があるとか。
シャルちゃん、何度も魔法を使わせちゃったけど、疲れてたのかな……。私に言われて、ヘトヘトの体に鞭打って、魔法使ってたのだとしたら申し訳ない。
そう思って、ダリアさんに聞いてみたら、どうやら疲れやすさは個人差があるらしいので、いわゆるシャルちゃんは魔力が強いといわれる部類に入るのかもしれないとのことだった。
そういった疲れやすさとかの点も含めて効率のいい酒造りを考えた結果、小さい樽に一回一回呪文を唱えてつぶした果物を酒にするよりも、人が余裕で2,3人入れそうなものすっごくおっきな樽、もしくは桶のようなところに材料を入れて、一度の呪文で大量にお酒を作るほうが、生産性が高いことが分かった。
精霊使いは、魔術師が使う魔法よりも大雑把な魔法だから、大きく使うほうが楽らしい。
その感覚は、魔法使いじゃないのでよく分からないけれど、実際、結果として、一度の呪文で大きく魔法をかけたほうがたくさんのお酒が作れたので、きっとそういうことなんだろうと思うことにした。
お酒の材料は、今回は、私が大量に馬車に積んできた渋柿。安いし最高。バッシュさんにも手紙で渋柿集めといてってお願いしていたので、材料はたくさんあった。
ルビーフォルンは地形的に山に囲われている。渋柿等のお酒にできる果実が山にはたくさん生っているのだ。
以前作ったのと同じように、大きな樽の中に、柿を入れて、つぶしてまぜまぜ。そして魔法をかけてもらうこと数分でお酒が完成。お手軽すぎる。さすが魔法、ファンタスティック。
そして、最初に出来たお酒を漉して樽に詰めて、残った粕で、またお酒を作る。
酒ってすごい。一体粕の粕の粕でどこまでお酒が出来るんだ! と思ったけれど、そのうちお酒にならなくなったので、限界はあるようです。
味も落ちるようなので、酒粕で作ったお酒は、二級品として安価で販売する予定。
出来たお酒は、一度ルビーフォルンで一番大きい商会を通して、一部がお隣の領地レインフォレストのクロードさんの商会に流れる予定で段取り中。
ルビーフォルンでは捌き切れないからだ。
さばくだけの箱、入れ物を用意できないし、あんまり交友関係がよくない、というか呪われた地とか言われてるルビーフォルン発信だと、あんまり売れなさそうという判断で。
お酒の入れ物になる樽は辛うじて、人の手で作れるから、樽での販売は可能だけど、お酒の主な買取手になるだろう富裕層は、酒類はガラス瓶で買うことが多い。でも魔法使いがほぼいないルビーフォルンで、ガラス瓶を作るのはなかなか難しい。
ルビーフォルンにいる魔術師は、私が山賊暮らしの時に、顔面を膝蹴りをしたあのリュウキさんぐらいだ。ルビーフォルンには、現在、そのリュウキさんという魔術師と、そのお父さんで、コウお母さんの弟のセキさんという精霊使いぐらいしか戦力になる魔法使いはいない。
この二人の魔法使いは、ほぼ屋敷にはおらず、ルビーフォルン内を駆け巡っている。
そんなお忙しいお二人に瓶を作れだなんて言える訳がないので、他領への販売はお隣の領地であり、生粋の商人のクロードさんにお願いすることにした。
レインフォレストは、ものづくりで結構評判の領地だ。大量生産工場代表格のアイリーンさんもいるし、私が小間使いの時にはいなかった他の魔法使いさんたちも、カーディンさんが領地に戻ってくる時に何人か一緒に帰ってきてる。
あの領地なら、安定して、瓶も作れるし、お酒も十分さばけると思われる。クロードさんは、糸車をあっという間に国中に広めたという実績もあるし、それに一枚噛ませておかないと、うるさそうだからしょうがない。
それでも、お酒造りは、生産元のルビーフォルンに大きな利益を残す。すごい楽しい。
お酒造りに関しては、ルビーフォルン邸から程なく離れたところで、ひっそりと作ってもらうことにした。しばらくはお酒の製造方法は秘密にする予定だから、ひっそりと。
万が一、腐死魔法使いの手によって、お手軽に発酵食品が作れると知られたら、領地間で、腐死魔法使いの取り合いが始まっちゃうからね。
クロードさんにも内緒だ。
気づかれる前に、王都にいる腐死精霊使いをたくさんこちらで雇い入れる魂胆である。
順調だ。
まだ、販売こそ始まってはいないけれど、順調すぎる。間違いなくお酒は広まる。今まで、お金持ちのための飲み物とか、薬とかのイメージで、買うとなるとものすごく高いお酒は、庶民からしたら特別なお祝いの時だけに飲んだりするぐらいだけど、それがもっともっと身近なものになる。
ヤバイわー、順調だわ。これ順調だわ。
「ふふ、こんなに美味しいお酒が、たくさん飲めると知ったら、アレクきっと喜ぶわねー」
出来立てのお酒に、薬草を浸して、薬酒を作りながら、ちょっと頬を染めたコウお母さんがそうつぶやいた。
真昼間だけど、お酒も少しのみつつのほろ酔いオネエさんだ。
親分は、お酒が好きだった。農民達が、こっそり、樹の虚でお酒をつくるのと同じように、親分達も自分で作っていた。
たくさんは造れないそのお酒を、薄めたり、チビチビ飲んだりして楽しんでいた山賊達の暮らしを思い出す。
ルビーフォルンにくると、やっぱり親分達のこと思い出してしんみりしちゃうな。
「親分、帰ってこないかな……」
思わずつぶやいた私のつぶやきに、コウお母さんが少し困った顔をした。
「そうねぇ」
コウお母さんが、そう言ってちょっと悲しそうに笑う。その顔が親分が帰ってくるのは難しいと思っていることが分かった。
コウお母さんにこんな顔させるなんて、アレク親分は本当に悪い男だよ。
でも……もし、このままうまくいけば……もしかしたら親分は……。
私が色々と今後のことなんかを考えていると、窓の外から、なにやら聞いたことあるような声が聞こえてきた。窓を少し開けて、2階にある部屋の窓の隙間から下を見ると、タゴサク氏さんが使用人の何人かに囲まれていた。
ものすごく嫌な予感がして、こっそり耳を澄ませて聞いてみる。
「そして、天上の御使い様は、今まで渋く食べることが出来なかった果実を甘露なる酒に変えたのでございます。『この酒は、私があなた達のために流した涙である』。そう尊いお言葉で我らをお慰めになられたのです。そう、あの果実の渋みこそ、我らの苦しみと罪であり、その全てを背負い憐れみ、涙を流して柿酒としたのでございます」
そしてすすり泣く、タゴサク氏。
……おや?
……おやおや?
あっれー。おっかしいな。確かタゴサクさんには、もう天上の御使い様系の話しはすんなよって釘刺しといたはずなんだけどなー。
私は、窓を全開に開けて、窓枠に肘をついて冷たい視線でタゴサク氏を見ていると、使用人の誰かが私に気づいたようで、タゴサクさんを囲っていた人達がいっせいに地面に額を擦り付けた。
そして私が見ていることに気づいたタゴサクさんが、ちょっと目をキョドらせてから、他の人と同じように五体投地して、回りの使用人に何事か言ってから、その場を去っていった。
そして、ほどなくして、私の部屋にコンコンとノックが。
うん、入りたまえ、タゴサク氏。話を聞こうじゃないか。
隣にはコウお母さんもいるし、コウお母さんもタゴサク氏の奇行にご立腹だよ!
「リョウ様、申し訳ございません。どうしてもと屋敷の者達から話をせがまれてしまい……」
部屋に入るなり、開口一番そう言って、額を床につけてくるタゴサク氏。
「しかし、ご安心ください。リョウ様のおっしゃるとおり、近隣の村々には、話しておりません。この屋敷に住まうものだけ、住まうものだけなのです!」
これだけ、これだけだからー! という感じで懇願してくるタゴサク氏。
本当に、これだけで済むの? ねえ、本当に済むの?
私はじと目でタゴサクさんを見る。
どうか、お慈悲をー、屋敷の者たちだけでございますー、他の村には広めませんー、どうかー、と言う感じで、私が許すまでずっと懇願する勢いだった。
天上の御使いのことについて釘を刺してから元気がなかったタゴサク氏。さっきの多分久しぶりの演説会のおかげか、今は謝りながらもかなり生き生きしているように見える。
「タゴサクさん、でも私、前にもうその話はしないでって言いましたよね?」
「はい……ええ、そうですが……しかし! 私が、私がリョウ様の偉大さを語らなければ誰が、語るというのでしょうか!?」
「語らなくていいのですよ」
私は、極力穏やかな声色でそう諭すと、タゴサクさんはショックを隠しきれないような顔でうなだれた。
すごく落ち込んでいるように見える。すごく。
でも私はもう騙されないぞ! どうせまた数日経過したらケロってしちゃうんでしょ!?
「……私は、気づいたのでございます。私のうまれた意味を!」
う、うまれた意味? なんかタゴサク先生が哲学的なことを言い始めた。
「私は、リョウ様の尊さを人々に伝えるために生まれたのでございます。そのための生! それなのに……それが出来ないとなるならば、私にもう生きる意味はなしっ!」
そう言って、タゴサクさんは、窓の方に駆け出して、窓枠に足を掛けた。
まさか、飛び降りる気!?
私は慌てて、彼の腰を掴んで、窓枠から離そうと引っ張る。
「ちょっと、タゴサクさん、何してるんですか!?」
「止めないでください! リョウ様っ! 止めないでください!」
「だいたい2階から飛び降りたとしても大怪我するだけで死ねないと思いますよ!?」
ていうか、子供の私が引っ張ってるぐらいで、止まるぐらいなら、そもそも飛び降りる気ないよね!? 『離してくだされー!』とか言ってるけど、私が止めてくれて若干嬉しそうに見えるのは気のせい!?
「ちょっと、落ち着きなさいよぉ!」
と言いながら、コウお母さんが、タゴサクさんの腕を取って一本背負いにて、部屋の床にたたきつけた。やだ。コウお母さんかっこいい。
床に腰を打ちつけたタゴサクさんはアイタタと言いながら腰をすりすりさせて起き上がる。
「ひどいですぞ、コーキ殿」
と渋い顔をして言ってるけれど、タゴサクさんあのままいったらそんなもんじゃすまなかったの分かるよね!?
まったくコウお母さんの手を煩わせやがって。
もう、どうしよう。このタゴサクとか言う人のこと、どうしよう。このまま、嘘話するの駄目、絶対! とか言って禁止にしたところで、本当に止まるかどうか怪しいし、ゆくゆくはなんかストレスが爆発して、むしろ過激になりそうな気もしなくもない……。
それならいっそ、ある程度許した方がいいのだろうか……。でも……。
何するか分からないところがホント怖いタゴサクさん。どうにかして管理できれば……話の内容だけでも。
管理……そうだ!
「タゴサクさんが、神の御使い様なる者の伝道者だとおっしゃるなら、分かりました。神の御使いとやらの話を広めることを許可します」
「本当でございますか!」
と嬉しそうに顔をあげるタゴサク氏。そして私の横で、え、いいの? と驚愕の表情をしているコウお母さんに、大丈夫ですの意味を込めて、大きく頷いた。
「ただし! ただしですよ、タゴサクさん。私は、口伝は嫌いなんです。口伝は、ほら、間違って伝わってしまうこともありますから。私は神の御使いじゃないですけど、神の御使いとやらも嫌いです」
「な、なんと! そうでありましたかっ! しかし、では、どのようにっ! どのように偉大なるお話を皆に伝えれば……!?」
「文章にしてください。今までも、毎回手紙で変な話し送ってきてますよね? あれです。アレをもっと人に広めること前提で書いてみてください。そして、今までどおり私への手紙と一緒に送ってください。私が確認した上で、大丈夫そうなら、その文章を広めることを許可します。これでタゴサクさんも立派な伝道師。私は神の御使いじゃないですけど、神の御使いとやらもそう望んでいますおそらく」
多分許可することはないけど……という心の声を伏せつつそう伝えると、タゴサクさんは興奮の面持ちで何度も頷き、コウお母さんも私の企みが分かったようで、なるほどと一つ頷いた。
なんか、タゴサクさんにはちょっと騙してるような気もしなくもなくて、心が痛いこともないけど、タゴサクさん相手なんだから致しかたあるまい。
文章にすることで、『ぼくの考えたすごい神の御使い様の話!』を語りたい欲求が落ち着けばいいんだけど……。
「タゴサクさん、決して、これからは誰にせがまれても、口にしてはいけませんよ。神の御使い様は口伝、嫌いですからね。絶対ですよ」
これ守れなかったら、流石の私も針千本飲ます所存よ!
私の固い決意を帯びた厳しい顔を前に、タゴサク氏は、相も変わらずのタゴサイックスマイルで何度も頷いた。
大丈夫かな……。
でも演説さえ、封じてしまえば……。万が一タゴサクさんが我慢できず、自分が書いた文章を村民に見せたとしても、普通の村民は文字読めないんだし、広まらないはず……うん。
大丈夫、きっと。









