学生活動編⑯ カイン様、卒業する
私は、ウヨーリとかいう不気味な響きから目をそらすため、そそくさとクロードさんとの会話を終わらせて、カーディーンさんとアランでカイン様の卒業を祝っている話に混ぜてもらおうと、意識をそちらに向けた。
脳内にチラつくタゴサクとか言うハゲ頭をもう思い出したくない。
「しかし、すごいじゃないかカイン。卒業したら王族の近衛隊勤務とは……順調に行けば、ゆくゆくは騎士爵が取れそうだね。あまり会えなくなるのは寂しいが、立派に勤めるんだよ」
カーディーンさんが、誇らしそうにカイン様の肩に手を置いて、笑っている。
カイン様は、王都に残って、お城で王族の護衛騎士になることに決まっていた。 王族の護衛を主とする近衛隊っていうのは、騎士の中ではかなりのエリート。何年か鍛錬を行なって、きちんと職務を遂行していけば騎士爵がもらえることが多いエリートコース。
「カイン兄様は……ずっとお城に?」
もしや領地に戻らないのだろうかと、アランがちょっと恐る恐るカイン様にお伺いを立てると、フォロリストカインは、安心してとでも言うように、笑顔でアランの頭の上に手を置いた。
「騎士爵を頂いたら、領地に帰るつもりだよ。そして、領主になるアランを守る……それが私の小さい頃からの夢なんだ」
そしてこのイケメンスマイル。
なんて素敵なお兄様! これは素敵お兄様選手権があったら、ぶっちぎりのトップで、堂々優勝するに違いない。『みんなの素敵お兄様』という旗を持ってパレードしたって、私は許します!
アランも素敵お兄様発言に感極まったのか、体をビクってさせてから、『ウグ』みたいなうめき声とちょっと鼻をすする音がしたかと思うと、『お、俺、顔洗ってくる!』と言って、どこかに駆け出した。
完全に感極まったんだろう。
アラン、昔からちょっと泣きそうになると、顔洗ってくる!って言って去っていくところがあるよね。変わらないね。あとブラコンなところも変わらないね。
カイン様も同じことを思ったのか、ものすごく優しそうな笑顔で去っていくアランを見ていた。
なんか、いいなー。
……でも、私、これからカイン様に話さなくちゃいけないことがある。この、素敵お兄様ムードをちょっと壊してしまうかも知れない、ものすごく嫌な話を。
ずっと先延ばしにしていた。言わなくちゃ、言わなくちゃって思ってたのに。
私は意を決して、カイン様に話しかけることにした。
「あの、カイン様、王族の近衛隊に入られるんですね。ヘンリー様に是非と誘われて、ゆくゆくはヘンリー様の専属に護衛になられると言う話も聞きました。それで、あの、お話したいことがあって……」
少し声が震えた。まだ、少し迷ってる。言ってもいいものか、どうか……。
「父上、クロード叔父様、少し外します。……リョウ、少し二人だけで話そうか」
何事かを察してくれたフォロリストカイン様が、そう言って、抱えていた花束をカーディーンさんに預けると、私を人目が離れたところまでエスコートしてくれた。
「あの、ありがとうございます、カイン様」
「うん、ヘンリー様のことだよね?」
「はい、あの、カイン様、その、ヘンリー様のことなんですけど、えっとですね、彼はその……」
私が、まだちょっと迷ってるから、うまく言葉に出来なくて、どもりまくっていると、カイン様は、おかしそうに笑った。
「大丈夫だよ、リョウ。多分リョウの言いたいことはなんとなく分かってる。ヘンリー様が、皆が思っているような人ではないって言うことだろう?」
えええっ! 知ってんの!? カイン様知ってんの!? アイツ、カイン様にもあの変態性を前面に押し出していたのか……。確かに、隠すような感じの人でもなかったし。
「カイン様は、ヘンリー様が、私達のことを家畜だって、本気で思ってる危ないゲスリーだと、ご存知なんですか?」
「えっ! 家畜? ……ゲス、リー?」
驚いた様子のカインさんがそう目をぱちくりさせながら聞いてきた。
あ、やばいそのご様子だと、ご存知ないぞ……勘違いして口が滑ってしまった。い、いや、でも、どうせ言おうと思っていたんだから、うん。これで、いい、はず……。
「えっと、あのゲス、じゃなくてヘンリー様から、その、魔法を使えない人は家畜……みたいなことを、えっと、聞いて、まして……!」
ああ、どうしよう口の中が渇いて、うまく舌が回らない。
やっぱり言うべきじゃなかったのかも、だって、カイン様にとっては、仲のいい友人なのかもしれないし、そうすると、私は友達の悪口を言う嫌なやつだ。
もうちょっと、色々聞いてから、言葉を選んでから、言えばよかった。そうすべきだった。
「いや、いいんだ、リョウ。落ち着いて。家畜っていうのは、ちょっと驚いたけど、納得したよ」
若干頭が真っ白になりそうな私に、カイン様の優しい声が、染み込んできた。見上げて彼のご尊顔を拝むと、貴公子スマイルで私を見ている。
「リョウは直接、そのことをヘンリー様から聞いたの?」
「あ、ハイ。私が、たまたま人身紹介所でヘンリー様と会ってしまって、その後に、その家畜と思っているって言うようなことを聞きました。その、カイン様のことも、その……優秀な、理想的な……それだと」
「そうか……。ウン、すごく納得した。ヘンリー様と話しをしていると、時々すごく、歪な感じがする時があった。目を見て話し合っているはずなのに、目が合っていないような。同じものをみていても、違うものを見ているような、そんな感じがしていた」
さすがフォロリスト。直接ゲスリー様の講釈を聞かずとも、異常さを察知してしまうとは……。
「すみません……もっと早く言うべきでした」
「いいんだ。きっとリョウが私のことを思って、悩んでくれたんだろう? 大丈夫、リョウ、ありがとう」
……素敵か! カイン様、素敵過ぎか! これでカイン様が、大人の色気とか出してきたら、完全に持ってかれてるところだよ!
カイン様のイケメンオーラに打ち震えていると、カイン様が素敵貴公子スマイルで、私に話しかけてきた。
「ヘンリー様が私のことをどう思っていても、私は彼を友人だと、そうなりたいとは思ってる。思ったよりも難しそうだけど……どうやら私は、ああいう不器用な人がほっとけないみたいなんだ」
カイン様……。
ゲスリーは不器用とかのレベルじゃない気もするけれど、昔から、クソガキアランの面倒をみたりしているカイン様は、ああいうちょっとズレた人を見るとほっとけないのかもしれないね。
本当に、すごい人だよ、カイン様は。
「カイン様は、昔から変わりませんね。他の人のことを思いやることができて……私、昔からずっと尊敬してるんです」
「ハハ、それはすごく光栄だ。しかし私は、リョウのほうがすごいと思っているよ、昔からね」
そう言って、ウィンクとかかましてくる辺り、ほんと、カイン様の将来が末恐ろしすぎる。イケメン過ぎるだろう。ご令嬢達が、カイン様を取り合って、ドロドロの昼ドラみたいな展開になったりしないか私心配。
「私は、全然……昔から自分のことばかりです」
「そんなことないよ。……ヘンリー様が、リョウにだけ、少し素顔を見せたのも、きっかけは偶然だったのかもしれないけど、でも、きっとリョウだったから、そこまで見せてくれたんだと思うよ」
いや、たまたまだと思う、うん。だって、ゲスリーは魔法が使えない人のことを家畜と思っていること、隠してる感じじゃないし。
よく春先にコート一枚で待機してる変態がたまたま近くを通った女の子に、その変態性を晒してくるのと同じようなものだと思う。
いやまじそれ偶然っす。深い意味ないっす、みたいなことを言おうとしたら、少し離れたところから、さっき顔を洗いに行ったアランがこちらに駆け寄っているのが見えた。どうやら、感極まった心が落ち着いたらしい。
アランが走って、ここまできて、ちょっと乱れた息を整えると、「カイン兄様、こんなところでリョウと何の話を?」と聞いてきた。
すると、何て答えようかと、ちょっと困った笑顔で、微笑むカイン様を見て、なんか、昔も同じようなことがあったなーって思い出した。
確か小間使いだった時。その時は、カイン様とアランについての話をしていた。それで、アランが何の話をしてたの?って聞いてきたから、カイン様の代わりに私が、『アランには早い大人の会話です。それよりも市場に行く準備をしてください』って子分に命令したんだっけ。それで、文句を言うクソガキアランに『子分が親分の言うことを聞くのは当然の理なり』って教えてあげて、クソガキは、ギャフンと言わせてやるーみたいな捨て台詞を言って……懐かしい。
私は、昔を思い出して懐かしみながら、なんて答えようか迷っているように見えるカイン様の代わりに、アランに答えてあげることにした。
「アランにはまだ早い大人の会話です。それより、そろそろ帰りましょう。私のどが渇きました。なにか飲み物が飲みたいです。飲み物」
私がそう、『はよう子分、飲み物持ってまいれ』というような顔をしていると、アランが不満そうな顔をして口を開いた。
「な! なんだよ! 大人の会話って! リョウも俺と同じ年だろ! あと、さり気なく飲み物ねだってくるし! まったく……何が飲みたいんだよ?」
アランはそう言って、どんな飲み物も用意してやると言うような顔をしている。
……昔のアランなら、命令してくんなって吼えてくる展開だったのに。
アランほんと、丸くなったよね。
カイン様も昔を思い出して当時の状況とくらべたのか、アランの様子をみて本当におかしそうに笑っていた。









