学生活動編⑮ 醗酵魔法使いとウヨーリの教え
休みの日、コウさんの家にシャルちゃん、アラン、リッツ君がやってきた。
正直、シャルちゃんだけでも良かったんだけど、当然のようにアランがリッツ君を引き連れてやってきた。
まあ、いいんだけどね、慣れたし。
私は、樽の中に、この前買った渋柿のヘタをとって、皮ごとぐちょぐちょにつぶしたものを、シャルロットちゃんの前に持ってきて、さっそくお願いをした。
「シャルちゃん、この樽の中に入っているの、渋柿なんですけど、これを魔法で、腐らせて欲しいんです」
「え!? 渋柿!? 腐らせるんですか!?」
「む、難しい?」
「難しいと言うことはないですけれど、どうしてわざわざ?」
「作ってもらいたいものがあるんです。シャルロットちゃんの魔法で」
シャルロットちゃんは、「私の魔法で……?」と自信なさげにつぶやいてから、「分かりました」と言ってくれて、呪文を唱えた。
「少しだけ、魔法をかけてみました。どうでしょうか?」
私は出来上がった樽の中身を見て臭いをかぐ。
うーん、アルコールっぽい臭いはしないなー。
人差し指を入れて、なめてみると……。
「……しぶい」
まだまだ醗酵が足りないのかもしれない。
「シャルちゃん、あのね、もっともっと強烈に魔法をかけて欲しい。ほら、あの法力流しの時にウサギを土に返したみたいに、お願いできる?」
と言うと、シャルロットちゃんは頷いて、また呪文を唱えてくれた。
さっきよりも時間をかけて呪文を唱えて、シャルロットちゃんが、どうでしょう?と声をかけてくれたので、私は、樽を覗き込むと……?あれ?
樽の中身が、水……? 臭いもしない。恐る恐るなめてみると、間違いなく水だった。無味無臭。
醗酵しすぎて、マジで自然に帰ったみたいだ。どんなものも、水や土に返っていくんだねって、自然の循環の奥深さを思いながら、再度シャルロットちゃんにお願いをする。
「もうちょっと手前で、魔法を止められますか?」
そして、念のため複数用意していたつぶした柿入の樽をシャルちゃんに差し出して、呪文を唱えてもらった。
シャルロットちゃんがどうでしょう? というので、チェックをいれる。
すっぱい、めっちゃすっぱい臭いがする。これはアレだ。絶対あれ。
一応なめてみると、予想通りお酢だった。柿酢。……美容によさそうだし、これも商品になる、うん。でもこれが欲しいわけじゃない。
「ありがとうシャルちゃん! これは使えます。でも、まだお願いしたくて、今度はこれよりももっと手前で魔法を止める感じで、お願いします」
私の懇願に、シャルロットちゃんは、嫌な顔を一つもせず、頷くと、また呪文を唱えてくれた。
そして、とうとう、お酒っぽいものに出会った。
この国では、お酒は何歳以上からOKとかいう法律はない。薬にもなるから禁止にはされてないけど、でも子供はお酒をあんまり飲まないのが基本だ。私も、薬として飲むことがあるぐらい。
前世ではもちろん飲んだことがないので、臭いをかいでお酒っぽいと判断して、コウお母さんにお酒の試飲をお願いした。
コウお母さんは、一口飲むと、ものすごく驚いた顔をした。
「……これ、お酒、リョウちゃん、どうやって……?」
どうやら、コウお母さんから飲んでもお酒であるらしい。よし、大人もお酒と認めてるんだから間違いなくお酒だ。
しかも結構美味しいらしいことが分かった。
よかった、魔法で、発酵が出来る!
この世界のお酒は、高い。作るのに、時間がかかるからだ。基本的にこの世界で流通しているもののほとんどが、魔法の力を借りているけれど、酒は基本的に魔法の力を介入させて作っていない。だから高い。
昔から、偶然出来たお酒と言う飲み物をその偶然の状況をマネて、作っているだけ。
地方の農村とかでも、こっそり作っていたりするぐらいお酒は身近なものだけど、基本的な生産を魔法頼りにしているこの世界では、お酒の大規模生産地のようなものが、ない。
だから、需要に対して、供給が追いつかず、お酒は高い。
これは売れる。相場よりも安く市場に出すことができる。だって、材料はほぼただ同然の渋柿で、しかも腐死精霊使いという貴重な労働力は余っている。これなら時間をかけず大量に生産できる。
そうだ! ルビーフォルンへも、バッシュさんにも伝えなくちゃ!
王都には、腐死精霊使いが余ってる。たくさん! 王都から呼び寄せて、たとえ税率が高くなったとしても、お酒を作ることができるのならば、そんなもの屁でもない。
それに腐死精霊使いが、作れるものはお酒だけじゃない。利益を求めればお酒が効率がよさそうだけれど、醗酵ができるなら、さっきも失敗して出来た柿酢だってあるし、ルビーフォルンで育ててるガリガリ村原産の豆を使って、醤油や味噌だってできるかもしれない。
肥料だって、もっと改良できるし……それにそれに……!
「シャルちゃん! ありがとう、大成功だよ。これ、すごいことだよ。シャルちゃんはすごい!」
私は思わず興奮して、シャルちゃんに抱きついた。
隣で必死な声でアランが『お、俺の魔法だってすごいだろ!』って吠え付いていた。
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腐死精霊魔法使いの力で、お酒等を作れると確定してから、はやくルビーフォルンに帰りたくてしかたない。
もうすぐ長期休暇、その時にルビーフォルンに帰って、やることはたくさん!
ちなみに長期休みが終わったら、3年生に進級するのだけど、商人科に進むことに決めた。
一年生の時の法力流しのイベントで、お世話になったバロン先生という商人科の先生がたまに勧誘に来るし、それにシャルロットちゃんの力を借りて、3年生になったら、お酒を売るし、商爵を狙っていこうと思う。
とりあえず、今はお酒の販売に向けて色々準備中。
バッシュさん宛に、腐死精霊使いを王都から雇い入れたいということを手紙でもお願い済み。
3年の選択授業については、アランやシャルロットちゃんとか、仲良くしている子は、だいたい魔法科。あと、サロメちゃんは、騎士科にいくみたい。
私、はぐれちゃうけど、でも、大丈夫、だって、私達にはドッジボールがあるもの!
ドッジボールを嗜む貴族令嬢令息達。
うちらの友情は、ドッジボールを通してまだまだ続くんだから! ズッドジ!
それに、1時限目は全校生徒仲良く魔法史の授業を受けるし、その時ばかりは全員集合だ。
そして、今の私はランチの時間をそそくさと終わらせて、とある一大イベントが行なわれている講堂を前にして待機。長期休みを目前に、卒業式が今まさに講堂を貸しきって行なわれているのだ。そう、今日はカイン様の卒業式。
私は、カイン様に渡すために用意した花束を持って外で待機していた。
卒業式ということで、レインフォレストから、カーディンさんとクロードさんが卒業式に参列するために王都にやってきていて、式に参列しているらしい。
でも、在学生は、まだ授業があるから、出席できない。今も昼休みを利用しての出待ちだ。
くっそ、私だって、カイン様の勇姿を拝みたかった!
と、盛大に嘆きたかったけど、親族のアランもお留守番。おそらく人一倍嘆きたいのは私の隣にいるアランなので、嘆くのはやめておくことにする。
アランも私と一緒で、花束を持って出待ち中なのだ。
なんかドキドキする。そっか。カイン様卒業か……。
隣で、アランも興奮した面持ちで、花束を持って待ち構えている。
ちょっと顔を赤らめて、固唾を呑んで、入り口を見つめるアランは乙女のようだった。
卒業生が、いっせいに出口から出てくると、私達と同じように出待ちをしている生徒が、ワタワタと目的の人物を探し始めて、騒がしくなる。
カイン様はすぐに見つかった。なんていってもイケメン貴公子、オーラが違う。
私とアランが駆け出すと、すぐにカイン様が私達に気づいてくれた。いつもの貴公子スマイルで手を振りながらこちらに来てくれる。
やだ素敵!
「カイン兄様、卒業おめでとうございます!」
アランが、大輪の真っ赤なバラの花束を差し出すと、花束を嬉しそうに受け取って、アランの頭を撫でた。
ていうか、真っ赤なバラの花束って……いや、いいけどね。
「ありがとう、アラン。私はいなくなるけれど、ちゃんとみんなと仲良くするんだよ」
そんな優しいお兄ちゃん的セリフに、アランは、感極まった様子で何度も頷いていた。
カイン様が私のほうも見てくれたので、感極まったアランの余韻を壊さないようにいそいそと、花束を差し出した。アランの花束に比べるとちょっと地味かもしれないけれど、白いカサブランカっぽい花束をチョイスした。
「カイン様、おめでとうございます」
「ありがとう、リョウ。アランが面倒をかけるかもしれないけれど、よろしくね」
うん、アランのことは大丈夫。最近慣れてきたし、前よりも大人しくなってるから、大丈夫です。
私は『ハイ』って頷くと、アランと同じように頭を撫でてくれた。
優しいなー、カイン様は、本当に良いお兄ちゃんだ。
私のお兄ちゃん、ガリガリ村のお兄ちゃんズもこんな感じだったのかな。
優しかったような気がする。マル兄ちゃんとか、ジロウ兄ちゃんとか。
でも、あの時の私は、親に愛されたくて、自分のことで必死すぎて、よく周りが見えてなかった……。
タゴサクさんから、もしかしたらジロウ兄ちゃんは私を追って村を出たかもしれないと聞いた時、ものすごく驚いた。だって、そこまで思っていてくれたと、思ってなかったから……。
「アラン君にリョウじゃないか。久しぶりだね」
カイン様の後ろから、どこかで聞いたことある声が響いた。
声の主は、ヒラヒラと手を振っている。
おお、クロードさんじゃないっすか。そしてその隣には、アラン達のお父上、カーディーンさんもいらっしゃる。
カイン様の卒業式に参列していたお二人だ。
お久しぶりですー、とかの挨拶を交えたり、カイン様の卒業についてコメントしたりと雑談に花を咲かせていると、ふと思い出したようにクロードさんが私のほうを見て問いかけた。
「そういえば今年の長期休みもレインフォレストに寄ってくれるのかい?」
「いえ、今年の長期休みは、やりたいことがあるので、ルビーフォルンにそのまま行かせて貰います」
アランからも、長期休み今年も一緒に過ごそうと何度も誘われていたけれど、丁重にお断りしている。ただ、アランは納得いかないみたいで、今でもその話をすると不満顔だ。
「そうか、それは残念だけど……やりたいことかぁ。やりたいこと……なるほどなるほど。なんだろうなーやりたいこと」
クロードさんがやりたいことのくだりを目ざとく聞きつけて、商人らしいにんまりスマイルを私に向けてきた。
多分、この話には金の臭いがする! と目ざとく気づいたのだろう。
大丈夫、慌てるな。あとでちゃんと教えるから。
「ええ。クロード様には、また後ほど詳しくお伝えしますね。お願いしたいこともありますから」
「うんうん、待ってるよ!」
そういって、満足そうにクロードさんは頷いた後、ハッと思い出したような表情をした。
「あと、少し、リョウに聞きたいことがあるんだが……、ウヨーリの教えって知っているかい?」
ん? ウヨーリの教え?
「……いいえ、聞いたことがないです。それがどうかしたんですか?」
「いや、最近レインフォレストの一部の農民の間で広まっているようなんだ。主に生活の知恵や農作のことについての教えがほとんどで、なかなか有用なんだが……天上の御使い様とやらを崇めたり、すこし危険な側面もあるかなと危惧していてね。どうやら出所がルビーフォルンらしいから、リョウなら何か知っていると思ったんだが。まあ、ずっと学園にいるリョウが知るわけがないか」
そういって、クロードさんは納得したように何度か頷いているけれど……ウヨーリ、ウヨーリ。
天上の御使いって、なんかすごいデジャブが……。
私はチラつくハゲ頭をどうにか、思い出さないようにしながら、クロードさんにもう少し話を聞いてみた。
「はじめて聞く話で、本当にまったく、思い当たることなんてないですけど、なんか、こう、そんなに危険そうな感じなんですか?」
「危険というか……いや、教え自体はさっきも言ったけど有用なんだ。ただ少し、農民に対して知識をつけ過ぎてしまうんじゃないかとね。それに、“ウヨーリの教え”とは言うが、教えの主はウヨーリという者ではないらしく、謎も多くて……教えの主は、“天上の御使い”とか“名を口にすることさえも尊すぎて恐れ多きお方”と表現されて、どうやら魔法使いではないみたいなんだ。農民が魔法使い以外の者を信奉し始めていると王族に知れたら、問題になるかもしれない」
へー。そーなんだー。へー……。
「な、なんだか、怖いデスネー。私もルビーフォルンに帰っタラ、聞いてみますネー」
私は、どうにか笑顔を貼り付けてそういうと、クロードさんは満足そうに頷いて、小声でボソッとつぶやいた。
「ウヨーリか……、なんだか少し不気味な響きに感じるね」
……うん! そうだね! なんか、ちょっと、不気味だね!









