学生活動編⑪ 法力流しでの騒動 後編
熊の脅威がなくなって、ふう、とちょっとみんなも緊張の糸が切れたみたいで、周りから安堵のため息が聞こえた。
私も、すこし息をついて、そろーりとアランの様子を伺った。
ま、まだ、怒ってる?
アランは、また呪文を唱えて、出した剣を崩していた。
そして、やっぱりちょっとむすっとして、私を見た。
やっぱりまだ怒ってる。
「あ、あの、アラン、そのありがとうございます! でも私……狩りとか実はしなれていたりするし、熊を相手にするのも初めてじゃなくて、心配なんて」
「でも、リョウは女の子じゃないか。怪我したらどうするんだよ!」
私の言い分は、フェミニストアランによって遮られた。
『リョウは女の子じゃないか』だなんて! やだ、うちの子分たら、いつの間にこんなフェミニストに!? 出会った瞬間、泥水かぶせて来たあの頃のクソガキアランはどこへ!?
それに、女の子って……確かに、私女の子だけど……でも、アラン……。
ドッジボール、私に勝てない、よね?
正直、身体能力とか、私のほうがまだ高いって言うか……。
いや、まあ、ドッジボールで優劣を決めるのもなんだけど……。
ドッジボールでハッスルしすぎて、最強のドッジボールプレイヤーとして、学校で君臨している私を、レディ扱いしてくる男子がいようとは……。
なんという徹底したフェミニスト。お父上であるカーディーンさんの教育の賜物かもしれない。
……でも、なんかちょっとこそばゆい。アランは、いつもなんだかんだ心配してくれるんだもんね。
「うん、心配かけてごめんね、アラン」
私がそう言うと、「わかればいいんだよ」ってアランは言って、そっぽを向いた。
どうやら、アランの噴火を免れそうだと、一安心していると、崖のほうで、先生を救助するため集まっている生徒から焦りの声が聞こえてきた。
え? まだ先生救出できてないの?
まあ、確かに、崖結構高いけど……。でも魔法使いの生徒いるし、むしろ先生大人で魔法使いだし……。
ただ現場は、ものすごく焦ってる風だったので、私もいそいそと湖の方に行くと、先生が、最初見たときと同じように、体をばたつかせていた。
魔法使いの生徒が作ったロープを木にくくりつけて、ロープの先を湖に投げ入れ、魔法で先生の近くまでロープを運んでいるのに、先生が、バタバタすることに必死すぎてロープをつかめないで居た。
完全に、冷静さが足りない。
ロープを投げ入れてることにすら気づいてないのかもしれない。しかもばたばたするたびにロープが波紋で離れていく。
魔法使いの先輩が、「だめだ、直接湖に触れられないから、うまく水流を操れない!」
とか何とか言っている。
せ、先生……。魔法使いなんだから、不思議な力で自分でどうにかしてもらいたいんだけれども。
というか、あの先生……泳げないのかな……。
いや、むしろ、多分先生だけじゃなくて、この国の人って、泳げる人少ないんじゃないのかな。体育とかないし……。
どうしたもんかと、ロープを魔法で操っている先輩に声をかけた。
「魔法で、湖の水を割ったりとか、できないんですか?」
ほら、前世で、モーセさんて方が海を割って歩いたって、もっぱらの噂ですよ。
「無理だ。湖の規模が大きいし、水魔法が得意な精霊使いが居ないから、そんな大掛かりなことができる生徒が居ない。できても直接湖に触れないと難しいだろう」
まじかよ。湖いく班なんだから、水魔法得意な生徒連れてくるべきなのでは!? もう!
「なら、水の流れを作ることは出来ますか? 崖のほうまで、水流で運んであげれば」
「水流で流すことはやっているが、先生がバタついていて、うまくいかない」
と答えてくれたのは、最年長の魔法使い先輩だ。
そうこうしていると、ずっとバタバタしていた先生がとうとう力尽きたみたいで、ゆっくりと湖の中に沈んでいった。
ああ、もう!
私は、荷物を下ろして、制服を脱いで、薄い肌着だけの姿になると、崖から飛び降りた。
こうなったら、泳げる私が、引っ張りあげるしかないじゃない! と固い決意で飛び込んでいる間に、アランらしき声で『やっぱりリョウは何もわかってなーい!』と吼えてる声が聞こえたけれど、でも、先生沈んじゃうし、泳げる私がどうにかしないといけないんじゃなかろうかと思うじゃない!
一応、『ごめん、子分、心配をおかけします』って心の中で謝りつつ、飛び込んでそのまま湖の中にもぐって先生を探す。
ゆっくりと落ちていく先生を見つけて彼の首を肘でホールドして、上まで泳ぐ。
先生が気を失ってるから、暴れたりはしないので、そこだけはよかったけど、くそ、重い。
それでもどうにか湖に飛び込んだ時に掴んだロープを伝って、どうにか湖面から顔を出すことが出来た。ロープなかったらやばかった。
「すみません! 私達が崖のほうまで行きやすいようにできる限りでいいので、水流を操ってください。それに、崖には上りやすいように足場をお願いします!」
湖面で、ぶはっと息を吐き出してから、崖の上の生徒に呼びかけると、さっそく魔法を発動させてくれたみたいで、先生を引きずりながら、水流でらくらく簡単に崖下まで泳ぐことができた。
崖下には、正方形の岩場のようなものが出来てた。
多分私が、さっきお願いした足場を魔法で作ってくれたんだ。
一旦、そこに這い上がらせてもらうけど、これ、どうやって昇っていくんだろう。
階段みたいなものを作って欲しかったんだけど……。
「リョウ、そのまま動くなよ、今動かすから!」
と上からアランの声が聞こえた。
すると、図書館へ行くときのエレベータのように、岩場がグーンと盛り上がって、あっという間に崖の上にたどり着いた。
おお、さすが魔法!
崖の上にたどり着くと、治療科の先輩方が、ヨイショヨイショと先生を運んで寝かせている。
よく考えれば、階段なんか作ってもらっても、先生を私が運び出すことはできないのだから、アランエレベーターには感謝しないと。
魔法で崖の上まであげてくれたアランにお礼を言おうとしたら、ものすごく疲れたような顔をしている。
「す、すごい、あの離れた場所に岩を作って、あそこまで大きくすることができるなんて……それに水流も」
というような声が魔法使いの先輩方から聞こえた。どうやらアランがしたことは、結構すごいことらしい。
アランも息が荒い。
ごめん、無理をさせてしまった。
無理をしてお疲れのアラン氏は、ゼエハア息をしながら、ドスンドスンと私のところにやってきた。
あ、これはやばい、ちょう怒ってる。子分、めっちゃ怒ってる。
アランは、私を睨みながら、器用に自分が着てるローブを脱ぐと、「リョウ! 服!」と言ってバサッと私の上にローブをかけてくれた。
あ……そういえば私、肌着一枚だった。
「あ、ありがとう。でも、このまま着たらアランの服濡れてしま」
「いいから早く着ろよ!」
子分怖い。反抗期かしら。
まだそんなピリピリするほど、私の体型は育ってないよ。
私は怒った子分を刺激しないように、お礼を言ってありがたくアランのローブを着込んでいると、先生を介抱している治療科の先輩方から、ただならぬ声が聞こえてきた。
「せ、先生、息を、していない」
そう言って、治療科の先輩方が、胸に耳を押し当てたり、口元に手をあてて、真っ青な顔をしている。
先生、息してない……マジか。
ここは、いわゆる人工呼吸……?
しかし、治療科の先輩方は眉間に皺を寄せて悲しむ表情をするぐらいで、心臓マッサージをやる気配がない……。
この世界に人工呼吸的な発想はないのか……!
私は慌てて、先生の方に駆け寄って、顎をそらして、気道を確保する
まずは心臓マッサージ! と思って、胸に手を置いて、力いっぱい何度か押し付ける。
しかし、まだ息をしない。……こうなったら、人工呼吸。
そう、人工呼吸だ。
これは医療目的であって、決してキスとかそういうんじゃないんだ、人工呼吸なんだ!
くっそ私の初めての口付けが七三だなんて、だなんてー! いやこれはキスじゃないから別にファーストなんかじゃないんだから!
と思いながら、七三の鼻をつまんで、口を開かせそこに息を吹き入れるために口をつけようと……。
「いや、まてリョウ! 何やるつもりなんだよ!?」
アランが、私の肩に手を置いて動きを止めた。
「人工呼吸、です。息を吹き入れて、呼吸を促す……」
「それってもしかして、口と口をくっつけるのか!?」
「まあ、そうなりますけど……人工呼吸です!」
そうなるけど、これは私のファーストキッスじゃないから、人工呼吸だから!
私が一生懸命、心の中で、人工呼吸であることを再確認していると、アランが、慌てた様子でより強く肩を掴んできた。痛い。
「じゃ、じゃあ俺がやる!」
そういって、止める暇もなくアランが七三の顔めがけて突っ込んで、フー! と息を吹き入れる音が……!。
ア、アラン……! もしかして、親分が嫌がってるのを見かねて? なんていう特攻隊長! キミの唇に幸あれ!
私がアランの勇姿に感動しながら、タイミングを見計らって、心臓マッサージをしていると、七三先生がピクッと動いて、ゴフっ!と口から飲んでしまった水を吐き出した。
おお、よかった、呼吸が戻った!
ゲハゲハと息を吐き出す先生に、どうにか胸をなでおろし、人工呼吸をしてくれたアランを見てみると、口をゴシゴシと腕で拭きながら、呼吸が戻った先生を驚いた顔で見ていた。
アラン、その、唇の件、ごめんね。でも、アレはノーカンだから、あんまり気にしないでね、うん。
もしかしたら、アランに彼女が出来て、ファーストキッスで浮かれてる時に、お茶目な私が、「キミの初めてのキッスは、七三だったけどね!」って盛大にからかうかもしれないけれど、お茶目なだけだから許してね。
治療科の先輩方も、驚いた様子で復活して起き上がろうとしている先生を支えている。
「……私は、助かった……のか?」
未だ涙目の先生は、信じられないような顔をして私を見た。
その表情が、やっぱりどこが傲慢というか、鼻持ちならないというか……典型的なお貴族様っぽい。
なんだか、ちょっと嫌いな先生ということもあるし、かわいそうな子分を犠牲にしてしまった悲しみもあって、なんかイラってきた。
「先生は、泳げないんですか? それに魔法で何とか自分できないんです?」
私がイラつきに任せてちょっと強めの口調でそう言うと、七三はちょっとためらったような表情をしてから、口を開いた。
「私は漁師じゃない。泳げるわけがないじゃないか……それに、魔法を使うには呪文を唱えなくてはならない。水の中で呪文なんか唱えられるわけがないだろう!」
ちょっとむっつり怒り気味に七三が返してくるから、ますますイライラが……。
「水の中じゃ魔法が使えないのに、泳げないなんて、バカみたいですよ! 水に入ったら終わりじゃないですか! 魔法史の授業なんかしてないで、泳ぎの授業でも取り入れたほうが、断然、断然、有意義ですね!」
私は、語気を荒げてそう言うと、先生は、七三のくせに、唇をとんがらせて目をそらした。
そんな顔しても、全然可愛くないんだからねっ!