学生活動編⑨ 最近の1、2年生は
次の日、たくさん署名してもらった用紙を持って、意気揚々と校長先生に提出すると、校長先生も、ウヒョーイという感じで喜んで受け取ってくれた。
これは、いい感じ! 頑張ってよかった!
とりあえず、署名活動の件は、校長先生に提出したので、後は結果を待つのみ。
そして、その待っている間に、貴族のお嬢様・お坊ちゃま学校に空前のドッジボールブームが巻き起こった。
放課後はもちろん、昼休み、果ては授業間の短い小休憩時間を使って、空き地で、ドッジボールに勤しむ1、2年生達。
しかし、授業間の短い休憩じゃあ、ほとんどドッジできる時間なくない? そこは休もう? 放課後だけにしよう? ね?
貴族の子ども達は、一度ハマッたら、もう夢中なようで、時間を惜しんでドッジに明け暮れる日々である。
ちょっと前までは、すまし顔の貴族のお子様だったのに……ドッジを広めたことは、果たしてよかったのだろうか。
保護者の方に、『うちの子に、こんな野蛮な遊びを教えるなんてー! キーっ!!』と怒られたりしないか私心配。
それとドッジボールが流行ったおかげなのか、1,2年生の間で、愛称で友達の名前を呼ぶブームも到来した。
最初のドッジボール大会で大変お世話になったサロメ嬢は、カテリーナ嬢のことを『カテリーナ』と呼び捨てするようになったし、私もどさくさにまぎれて、シャルロットちゃんのことを、『シャルちゃん』とか『シャル』って呼ばせてもらうことになった。ぐへへ。
まあ、こういう、かわいらしい呼び方ならいいんだけど……。
「約束された勝利のリョウ殿、棒を一つとってくれ」
授業が終わって、ドッジボールするために空き地に集まっていると、スポーツ刈りの少年が、そう言いながら、たくさん木の棒が入った筒を私に向けた。同じ2年生の男子である。
私は筒の中の棒を一つ引き抜くと、赤いリボンがついている。
赤いリボンがついている棒を引いたら、赤チーム。ドッジボールのチーム分けのためのくじなのだ。
「よっしゃー! 勝利の女神は赤チームだ! 勝った!」
同じく赤チームらしい男の子が、めっちゃ喜んで、白チームがちょっと残念そうな顔をしている。
そう、さっき呼ばれた”約束された勝利のリョウ”は私の二つ名だ……。 ドッジボールをするとき、私の入ったチームがたいてい勝つので、そんな中二病チックな二つ名をつけられた……。
誰かは知らないけど、このドッジボール大好き人間の中に中二病患者がいるらしく、ちょっとドッジボールで活躍をすると漏れなく二つ名がおくられる。
普通に呼べばいいのにっ!! むしろ元の名前よりも長ったらしくて言いにくいんじゃないだろうか!
最初こそ、『それはちょっと……』と呼ばれ方に難色を示したけれど、1,2年生の大半が、中二病患者だったみたいで、みんなして、『超かっけー! 他の人にも、名前付けようぜー! 超カッケー!』ていうテンションなもんで、そのままずるずると……。
私まだ、中二病発症してないから、ただただ恥ずかしい。みんな、中二病にかかるの早くない? 恥ずかしいの私だけ?
たとえば、カテリーナ嬢も、彼女お得意の風の魔法でボールが遠くまで転がっていかないようにしてくれる功績を讃えて『必要不可欠のコートの管理者』と呼ばれているんだけど、彼女は何故かまんざらでもなさそうな顔でそれを受け入れている……。
あと、シャルちゃんも『開戦の鐘の君』と呼ばれているんだけど、その理由が、大体一番最初にボールに当たるのがシャルロット嬢だからという不名誉な理由なのに、ちょっと嬉しそう……。
心なしか、試合が始まると嬉々として前に出て、ボールが当たると、一仕事終えました! みたいな満足そうな顔をしている気がするんだけど、私の気のせいだよね?
それに、意外と運動神経が良くて、なかなか優秀なドッジボールプレイヤーなアランは、どんなボールも果敢にキャッチしにいく精神を評価され、『挑戦者アラン』という二つ名がついている。もともと、二つ名とか大好きなアランは、嬉しそうだけど、前小声で『もっと難しい言葉が使われたかっこいい呼び名がよかった』と言っていた……うん。
と、とりあえず、今日のドッジボールは赤チーム。いつものように、全力を尽くすのみ。だって、私は、や、約束された勝利のリョウなんだから!
あ、だめ、やっぱり恥ずかしい……。
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ドッジボールブーム、そして、愛称ブームで、如実に1,2年生達の仲が深まってる気がする今日この頃。それに3年生以上の生徒も、授業が遅くまであるからあまり参加者が居なかったけれど、夕方近くになると少しだけ参加してくれる上級生もポツポツでてきた。上級生と言っても、まだまだ遊びたいお年頃だもの。
ただ、問題なのは……もともとドッジボールを広めたのは、署名活動のためで、署名活動は図書館の本を読みたいとかの請願書を通らせたいためなわけだけど、その重大な請願書関係が進まない!
思いのほかに難航しているらしく、なかなか返答をくれない校長先生に進捗を確認すると、じわりと汗をにじませて、もうちょっと! もうちょっと頑張ってみるから……!という感じで汗をふきふきしている。
なんかもうその様子からして駄目そう。
なんでよ! あんなに、あんなにいい感じで受け取ってくれたじゃないか、校長!
校長先生も申し訳なさそうにしていたのであんまり責めることはできなかったけど……。
校長先生が言うには、「やはりヘンリー君の力を借りなくては」みたいなことを言っていたけど……それだけは絶対にやだ! 絶対に!
やっぱりここは、商人として成功してどうにか卒業するまでに知名度を上げないと……。でもそれで、請願書が受理される保証もない……。
いや、あんまりくよくよ考えるのはよそう。取り合えずやれることはやる! まずは市場へ出店だ!
市場に出店するためのお金は貯まったけれど、やっぱり売る品物がなかなか決まらなくて、動けてない。
最初、化粧水とかがいいかなって思ったんだけど、原料になるお酒や薬草が高いんだよね。原価が高いとやっぱり儲けは少ないし。だからと言って、値段設定なんかあげたら、市場の客層の人達が、美容でそんなものは買わないだろうし……。
「リョウ、どうしたんだい? 元気がないように見えるけど……」
そう言って、心配そうに私の顔を覗き込んでくれたのは、カイン様だ。今はお昼休みなんだけど、最近よくカイン様が一緒にランチをとってくれる。
何を隠そうカイン様は今年で、学校を卒業するから、もうこうやって、学校で会えることがなくなってしまう。だから、最後の年は、弟とその友達と一緒の時間を増やそうとしてくれるらしい。
さすが、カイン様! 優しい!
まあ、理由はそれだけじゃないけど。
一番の理由は、ゲスリーのせいだ。ゲスリーは懲りもせず、ちょくちょく私にちょっかいをかけてきていて、それにアランが応戦して、ものすごく険悪な空気になることがある。
しかし、そこで、フォロリストのカイン様が加わると、不思議なことに少し空気が柔らぐんだからすごいよね。
「あの、学校に出してる請願書がうまくいかなくて、少し考え事をしてました」
私が心配してくれるカイン様に答えると、その隣に座るゲスリーがいつもの笑顔で会話に混ざってきた。
「だから、私が手を貸してあげようって言ってるじゃないか。ひよこちゃん、そんなに強がって、何の得があるんだい? さあ、もう観念して、私の手をとるんだ」
こやつ! と思って、じと目でゲスリーを見ていると、差し出されたゲスリーの手を子分のアランが、ペシッと叩く。
よし、よくやった子分。
「リョウには、ヘンリー叔父上の手はいりません!」
「やだなー、アラン君、痛いじゃないか」
ゲスリーは不機嫌そうな顔でアランを見て、ため息をつく。
ゲスリーは、魔法使いに対しては、あの気持ちの悪い笑顔じゃない顔を見せる。
あの気持ち悪い笑顔は、家畜大好きゲスリー様の家畜専用笑顔のようだった。
二人のやり取りを見ていると、わたしの隣に座っているシャルロットちゃんが、こそこそといった様子で、耳元に顔を近づけてきた。
「でも、リョウ様って、なんだかヘンリー様のこと嫌いみたいですけど、どうしてです? すごくかっこいいと思うんですけど……」
シャルロットちゃん、だめだよ、見た目に騙されたら。やっぱりね、中身も大切だと思うの私。
「ヘンリー様とはちょっと、性格が合わないみたいなんです。なんていうか生理的に受け付けないというか……」
「まあ、そうなんですか? でも、ヘンリー様すごく人気なんですよ。優しいですし、かっこいいですし、魔法の力も強くって……それに次期王様候補ですし」
うん、知ってる。知ってるよ。
今の王様には魔法使いの子供がいないから、もし、万が一今の王様に何かあれば、弟であるゲスリーが王様になる可能性があるらしい。
前の王様が生んだ魔法使いは4人。一番上の魔法使いが現在の王様。2番目に産まれた魔法使いは精霊使いなので王位にはつけない、3番目は死亡、そして4番目のゲスリー。
しかも、ゲスリーは魔法の能力がすこぶる高いらしく、成人したら、もう王様代わってもいいんじゃない? という噂まである。
やだ。ゲスリーがおさめる牧場王国になんか在籍したくない。
「ヘンリー様は人気なんですね……」
私はしんみりと頭が痛くなりそうな話に相槌をうった。アレが王様になったら、どうなるんだろう……。
「はい、大人気です! 王様の正妻は、しっかりとした血筋の魔術師が選ばれますけれど、側室は魔法を使えない女性を選ばれることが多いので、学校の女の子達も、ヘンリー様の側室狙いの子がたくさんいるんですよ!」
うわー。そうなのか……。ゲスリーハーレム、ゲスリー牧場か……。
ていうか、学校の女の子達、この年で、側室とか考えるのか……。
ませてるんじゃないかな……いやでも、15歳で成人だから、こんなもんなのか……。
そういえば、この前の長期休みでレインフォレストに寄った時、アランにすごい数の見合いの手紙が来てたみたいだし。そうか、貴族ってすごいね。
そう思いながら、アランを見ると、未だゲスリーと火花を散らしていた。 あの様子じゃ、アランはまだ、婚約者とか何も考えてなさそうだな。
二人の近くには、ゲスリーとアランを宥めているカイン様がいる。
カイン様はもう14歳か。来年成人だ。結婚とかも考えてるのかな……。
「ふふ、やっぱりリョウ様は、カイン様が好きなのですか?」
ボーっとしてレインフォレスト兄弟を見ていたら、シャルロットちゃんに話しかけられた。
え? いきなりどうしたのシャルロットちゃん!
カイン様は、好きって、まあ好きかどうかなら、好きだけど。でも、シャルロットちゃんのちょっとピンクに頬を染めた顔を見ると、なにやら恋愛的な雰囲気を出してきてる。
でもカイン様はまだ14歳よ、確かに、背丈とかで言えば、結構伸びてきてるけど、ほら、肩幅とかまだ細いし……やっぱりまだ私のストライクゾーンには届かない。せめて前世の年齢を超えてくれないと。
ていうか、私達だってまだ11歳。コイバナなんて早くない? おませさんって呼ばれない?
「カイン様のことは尊敬してますし、好きですけど、シャルロット様が思ってるような気持ちではないと思いますよ」
私がそう答えると、シャルロットちゃんはものすっごくびっくりした顔をした後、再度口を開いた。
「そうなると、ま、まさか、リョウ様って、実は、アラン様のことを……?」
「いえ、それもないですけど……」
「そうですよね。全然そんな感じじゃないですもんね! ちょっとびっくりしちゃいました」
そう言ってふふって笑ってるけど、シャルロットちゃん、驚きすぎじゃない?
べ、別にそんなにアラン悪くないと思うけど……まあ、恋愛対象じゃないけど。子分だし。
アランて、そんなにモテない系男子なんだろうか……顔は悪くないと思うんだけど、まあ、でも、アランだもんなぁ。
なんかちょっとうちの子分たら、不憫ね。
けどアランもまだまだ子供だから、恋なんてまだしてないだろうし、本人はそんなこと気にしてないはず。
思春期になれば、女子にモテたくなって、かっこつけて、私の子分もやめたいって言ってくるかも。
その時は大人しく、独立させてあげよう、うん。
「そういえば、もうすぐ法力流しの時期だね。また市場まで買い物に行く? 今年は4人とも同じ班だから楽しみだね」
私とシャルロットちゃんとで、恋話風な話をしていると、横からリッツ君が会話に混ざってきた。
ああ、そういえば、もうすぐ法力流し。去年の法力流しは、なんか大変だったなー。
魔物が襲ってくるんだもん。あの時のヘンリー……じゃなくて、カイン様かっこよかったな! こう、魔物の腕を切り落としちゃうとことか、ほんとすごかった!
「わあ! みんなで市場だなんて、楽しそうです! 行きたいです!」
リッツ君の提案に、シャルロットちゃんが賛同した。うん、私も良いと思う!
今年は、4人で同じ班だし、法力流し、楽しみかも。
なにより今年は、ゲスリーと班が別。
去年の私は、まさかヘンリーがゲスリーだったとは気づかなかったけれど、よく考えたらゲスの片鱗はあったのかもしれない。
まあ、でも今年は、仲良しメンバーでいけるんだから、去年よりも楽しいに違いない!