学生活動編⑥ カテリーナ嬢、襲来
請願書を校長先生に渡したけれど、アレから、進展がない。
校長先生に確認しても、汗をふきふきしながら「もう少し、もう少し待って欲しい」と言われるだけ。
やっぱりあの人数じゃ厳しかったのかな……。
やっぱり、署名活動を本格的に行なったほうがいいかもしれない……。
ゲスリーは問題外だから、もう、アレだとして、他に有力候補といったら、カテリーナ嬢かな。
1年生のときは、1年生の女子達の最高派閥だったけれど、2年生になった今は、1年から3年生の女子達のボスのような存在になっている気がする……。お、恐ろしい子!
でも、彼女、私のことすっごい睨んでくるから、協力してもらうのは難しいかな。
まだ、朝の授業が始まる前の講堂で、私は、チラっとカテリーナ嬢を盗みみると、やっぱり、私を睨んでる。
しかも心なしか、睨む目にいつも以上に力がこもっている。いつもなら、ある程度見つめあったら、ふん! とか言って、目をそらしてくるんだけど。
今日は、なかなか目をそらさないぞ、むしろ、なんか睨みながらこっちに近づいてきてるような迫力……!
あ、ていうか完全に近づいてきてる!
「リョウ様、今お時間よろしいかしら?」
カテリーナ嬢は私の前でピタリととまると、腕を組んで席に座っている私を見下ろしてきた。後ろはいつもの取り巻き集団が勢ぞろいしている。
「じゅ、授業が始まるまででしたら……」
「それで結構よ。実はね、あなた少し、最近調子に乗っているんじゃないかって、皆さんおっしゃてるのよ。ご存知?」
え、調子に……? カテリーナ嬢の後ろの取り巻き達も、そうよそうよ!みたいな感じで声を出している。
「いや、存知てなかったです」
私がそう答えると、取り巻きの一人が、まあ、何あの生意気な返答は、やっぱり調子に乗ってますわ! みたいな事を言っている。
ど、どうしたんだこの子達。私そんなヘイトがたまるようなことした覚えないんだけど!?
すると、取り巻きの子達から、『アラン様やヘンリー様にも構われているからって、調子に乗らないでよね! あなたなんか遊びなんだから!』みたいな声が聞こえてきた。
ああ、そうか。アランはともかく、ヘンリー様は中身は下衆だけど、見た目はいいし、中身を知らない学校の子達に大人気だ。
そのゲスリーが私に最近構ってくるから、もしかして、嫉妬的なやつなのかな?
くそ、ゲスリーめ! どこまでも私の邪魔をしてくれる!
ゲスリー好きな彼女達に何を言っても、『まあ生意気!』と言われそうで、どうしたもんかと思っていると、アランが、私とカテリーナ嬢の前に立ちはだかってくれた。
「リョウになんの用だ?」
腕を組んで偉そうに、カテリーナ嬢の前に立つアラン。
さすが、我が子分!
「あら、アラン様、御機嫌よう。わたくしリョウ様とお話ししておりますの。アラン様には関係のないことですのよ」
「リョウは確かにちょっと生意気なとこもあるけど、お前に言われる筋合いはないと思う」
カテリーナとアランの間で火花が散ったように見えた。
アランが、私を庇おうとしているのは分かるし、ありがたいと思ってるんだけど、なにこっそり私生意気説に同意してるんだ、子分!
「なんで……ただの人間にどうしてそこまで……! あなた魔法使いでしょう!?」
いきなりカテリーナ嬢が声を荒らげ始めた。いつもは、ツンツンしていて、声をあげるのは取り巻きの仕事で、自分は高みの見物的な感じで優雅にしていたからびっくりした。
私だけじゃなくて、取り巻きの女の子達も驚いたような顔をしている。
「そうだけど、だからなんだよ。リョウのことと、俺が魔法使いであることに、なんか問題でもあるのか?」
アランが、そう言うと、カテリーナ嬢はものすごく悔しそうな顔をして押し黙った。
すると、先生がやってきたので、カテリーナ嬢とその取り巻き達は、気まずそうな顔をして、去っていく。
取り巻きの一番後ろにいた色っぽい女の子が、すれ違いざま、私の肩にポンと手を置いて、頑張ってね、とでも言いたげな目で私を見て通り過ぎて行った。
ああ、あの子確か、私に休み明けのカテリーナ嬢に気をつけろって警告してくれた子。サロメ嬢か。
やだ、もう何、ヘンリー様に目をつけられ(家畜的な意味で)、カテリーナ嬢にも目をつけられて、子分に生意気と言われ、2年生に進級した私、なんか散々なんだけど……。
とりあえず子分とは少し話し合いが必要なようだ。
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カテリーナ嬢襲来事件から、彼女はちょくちょく私のところにプチ襲来をし始めた。時には、カテリーナ嬢の相手をし、時にはゲスリーの相手をしたりと、大忙しの休み時間。
アランがたまに、代打で頑張ってくれてなかったら、私ハゲちゃうところだよ。
心の優しいシャルロット嬢が、私のせいなんじゃないかって心配してくるけど、大丈夫。カテリーナ嬢は、シャルロットちゃんのこととは関係なく、私が生意気なのが気に食わないらしいので、うん。
べ、別に生意気なこととかしてないと思うんだけど!
とは思いつつも、何度かの襲来で彼女の話を聞いていると、どうやら、私のような魔法の使えない人間が、魔法使いと仲良くしているというのが気に食わないというような印象を受けた。
まさか、ヘンリーと同じ下衆思想をお持ちなの!? と焦ったけれども、ヘンリーほどぶっ飛んだ思考はしていないみたいで、ただ魔法使いたるもの魔法使いらしくしなくちゃ駄目なのよ! というようなことを考えてるみたいだった。
彼女の魔法使いらしさの中では、必要以上に魔法使いじゃない人とは仲良くしてはいけないらしい。それなのに、仲良くしてる私にイラっとしてるようだった。
もうさー、そんなことでイラっとされても、私どうすることもできないじゃん。
ていうか、私に矛先を向けるのおかしくない? むしろ魔法使いたるアランに矛先向けるべきじゃない? とか思いつつも、実際にカテリーナ嬢が目の敵にしてるのは私な訳で。
彼女がどんなに私にイラついていようと、今さら、シャルロットちゃんやアランや、リッツ君と仲良くしないなんて出来ないし。
こちとら、ヘンリーの相手だけでも、精神擦り減ってるというのに……カテリーナ嬢どうにかならないかな。
ヘンリーはもう手遅れ感ハンパないけど、カテリーナ嬢との関係は、まだ、どうにかならなくもない気がする……。
うーんどうしたものか。アランみたいに決闘して、コテンパンにする?
でも、女の子相手に決闘だなんて、腰が引けちゃう。それに、アランはああいう性格だから、決闘にも乗ってくれたけれど、カテリーナ嬢が野蛮な決闘なんかに参加してくれる気がしない。
カテリーナ嬢とのわだかまりがなくなったら、署名活動の件もいい感じになるのに……。
考え事をしながら、図書館のある建物の下で、アラン達を待っていると、誰かしらがこちらに向かってきているのが見えた。
皆と一緒に図書館に通っているのは変わらないんだけど、最近は、魔法使いの授業が長いので、図書館のエレベーター前で1人で待つことが多い。
足音を聞いたときは、おお、みんなやっと来たか! と思ったけれど、遠くからみるシルエットがアラン達じゃない。
女生徒の集団に見える。
先頭にいるのは、カテリーナ嬢じゃないかな? 縦ロールがぶんぶん揺れている。
どうしてここに……。はっきり言って、図書館なんかを利用してる生徒は私達ぐらいだ。
「御機嫌よう、リョウ様」
近くまで来たカテリーナ様が、なんか意地悪な顔で笑いながら挨拶してきたので、挨拶を返すことにした。
「御機嫌よう。皆様おそろいで、いかがされたのですか?」
カテリーナ嬢の後ろには、7人ほどの女子部隊が揃っていた。
「こちらに来れば、リョウ様お一人とお話できると思って、来てみたのよ。いつも、図書館に集まってるんですって? 本当に、仲がよろしいのね。でも、魔法使いのご友人なんて、同じ立場でお話ができないですし、一緒にいて疲れないかしら?」
なんか回りくどい話し方するよね、カテリーナ様は。
「それで、要するにどのようなお話ですか?」
「せっかちな方ね。いいわ。実はね、貴女に良いお話を持ってきたのよ。わたくしのところにこないかしら? 貴女だって、周りが魔法使いばかりだと疲れるでしょう? わたくしはね、魔法使いでも、魔法使いではない人達とも交友関係を結んでいますの。私の交友関係の中の魔法使いではない人達を紹介しますわ。きっとすぐに仲良くなれますわよ」
カテリーナ様の人脈! 確かに、カテリーナ嬢にはお友達というか、手下的な子いっぱいいるもんね。
紹介してもらえるのはうれしい、署名活動的にも、でも……。
「紹介してくれるのは、嬉しいですが、それでアラン達との友達関係を辞めるつもりはありませんよ」
私が、そう宣言すると、さっきまで、余裕そうな笑みを浮かべていた、カテリーナ様の顔が歪んだ。
「どうしてよ! 貴女だって、同じ立場の者たちのほうがいいのでしょう!?」
「別に、立場のことはどうも思っていません。カテリーナ様は誰かと親しくする時、その人の立場しか見ていないんですか?」
私がそう言うと、顔を真っ赤にして、プルプルと震えだした。眉間に皺が寄っている。めっちゃ怒っている。怒りのオーラをひしひしと感じる。心なしか、縦ロールがドリルのように鋭利になってきているような気もする!
結構怒りやすい人なんだね。カテリーナ嬢は。ちょっと5歳の時のアランに似てる。
私がマジマジと観察していると、おもむろにカテリーナ嬢が右手を上げた。ま、まさかこれはビンタ! でもビンタするには、腕届かないんじゃない!? 私とあなたの間、ちょっと距離あるよ!?
私はビンタ攻撃におびえていたけれど、 ビンタではなかったようで、あげた右手に、取り巻きの一人が、卵を載せた。
他の取り巻き達も、籠から卵を掴んで構えている。
ああ、あの籠、卵が入っていたのか。なんでみんな籠持ってるんだろうって思ったんだよね。
ご令嬢達は、卵を掴んで構えた。
「立場しか見てないのは、私を魔法使いとしてしか見ないのは、あなた達のほうじゃない!」
というカテリーナ嬢の金きり声で、いっせいに私めがけて、生卵が放たれた。
何そのセリフ! 言ってる意味がわからない!
ていうか、なんてもったいないことをするんだ! 卵って高いんだよ!
私は、自分に当たりそうな卵をいくつかキャッチして、私から少し離れたところに放られた卵を足先でいくつか優しく蹴り上げて、その間にキャッチした卵をポケットにしまい、その後蹴り上げた卵を改めて手でキャッチした。
8個、8個も卵が手に入った! 卵って高いから、嬉しい!
「新鮮ですか?」
ちょっとテンションがあがって、今一番気になる質問をしたけれども、ご令嬢達は固まっていた。
……いや、私、何を聞いてるんだ。新鮮かどうかは確かに重要だけれども!
今はそれどころじゃない。私は卵を放られたんだぞ! これは許せない! 卵をぶつけるなんて! 信じられないゆで卵! 人にモノを投げつけたらオムレツ美味しい!
ああ、だめだ。思考がどうしても卵料理に行ってしまう。だって、卵を8個も手に入れたんだもの! 新鮮かどうかは卵の殻を割った時に見た目で分かるし、早速家に帰ったら、卵割ってみて……。
「そ、そういうところが生意気なのよ!」
気づけば、カテリーナ嬢がますます顔を赤くさせている。
あ、ごめん、結局卵に夢中で……ごめん。
べ、別に、無視してたわけじゃないの。本当よ。
卵料理で、浮かれてる場合じゃないって私知ってるもの、本当よ。
人に卵を投げつけてはいけません。
シャルロットちゃんもこのおいし……おそろしい卵攻撃でスカートを汚しちゃって、泣きそうな顔をしていた時があった。
ゲスリーの野郎にもストレスが溜まって、署名活動もうまくいかないし、それに加えいちいち突っかかってくるカテリーナ様に、私の怒りは噴火寸前よ!
……よし。
「カテリーナ様!」
私は、結構強めに彼女の名前を呼ぶと、カテリーナ様はビクッと肩を揺らして、警戒したような目を私に向けた。
私は心なしか、胸をそらして、彼女達を威圧するように、声を張る。
「次の休み明けの放課後、お仲間を集めてあちらの空き地にいらしてください。本物の玉投げと言うものを教えてあげますよ」
カテリーナ達は、卵を全てキャッチしたことへの驚きが続いているようで、呆然としたような顔で私を見ていた。









