新入生編22 -ルビーフォルン生活後編-
次回は転章を挟んで、学校生活に戻るので、あとがきに学園勢の登場人物紹介を載せておきます。
結局、鳥獣被害対策は、私の目論見どおりタゴサク先生の取り巻きの騎士を中心に、唐辛子の囲い、案山子作り、そして狩猟の技術を教えに行くことになった。
ふふふ、取り巻きが減ってさぞや心細かろうとタゴサク先生を見てみたけれど、特にショックを受けている様子はなかった。な、なんかムキになっている自分が恥ずかしい!
まあ、いい。調子に乗っていられるのも今のうちよ!
しばらく屋敷で過ごしていくうちに分かったけど、去年と比べて、タゴサク教信者の数がすごく増えてる気がする……。
だって、会う人みんな私を見るなり額を床にこすり付けてくる! 怖い!
ルビーフォルンの屋敷に働く使用人含めほぼほぼタゴサクウィルスが蔓延していると思われる。ちょっと、タゴサク教の騎士を地方に散らしたからと言って、この勢力が衰える気がしない。
昨日バッシュさんに、タゴサクさんの奇行を何とかしてください! と頼み込んでみたけれど、『はは、そんなに気にすることないよ! タゴサク先生の趣味みたいなものさ!』と取り合ってくれなかった。
バッシュさんはタゴサクさんに甘すぎるよ!
「どうしたのぉ? リョウちゃん。さっきから唸ってるけど……」
私がコウお母さんの背中にもたれかかって本を読んでいると見せかけて、タゴサク教に頭を抱えていると、コウお母さんの心配そうな声が聞こえた。どうやら、タゴサク教問題が深刻すぎて、思わず口から唸り声がでていたらしい。
「あ、いえ、なんでも……ちょっとタゴサクさんのことが気になって……」
「あら? 恋?」
「ちがいます!」
「冗談よーう!」
そういって、笑いながら、コウお母さんが体ごと私のほうに向いてきて、ちょっと心配そうに私を見た。
「まあ、タゴサクさんはねぇ。相変わらずというか、むしろ前よりすごくなってるわね……」
コウお母さんが私と一緒にタゴサク教問題について心配してくれている! コウお母さんなら、私の気持ち分かってくれるって信じてた!
「そうなんですよ! 誰かに会うと床に額こすり付けてくるし、夜になるとどこからともなく『リョウ様~、リョウ様~』って声が聞こえてきたり、この前、私が食事の前に手洗いに使った水を屋敷の使用人の方が瓶に詰めて回収していったんですよ! あれ、何に使われてるんでしょうかね!? こわい!」
私は、コウお母さんという理解者を得て、今まで溜まっていた思いを発散させた。
「リョウちゃん、タゴサクさんのことは、ここを出て行く前に片をつけましょう! あのハゲはキチンと言ってあげないときっと駄目よ。私も一緒にいるから」
「コウお母さん……! 実は今日、早速タゴサクさんと話し合おうと時間を取ってもらってるんです! コウお母さんが一緒なら心強いです!」
私は感極まりながらコウお母さんを見つめた。分かってくれるって思ってた! コウお母さんが味方にいれば怖いものなんかないはず。
私は頭をヨシヨシしてもらおうと、コアラのようにコウお母さんに抱きつく。まだ10歳なんだから、甘えたっていいじゃないか。きっとギリギリセーフ! それにここ最近ずっとタゴサク教の謎の行動に怯えていたんだから、これぐらいの癒しを求めたっていいじゃないか! だから、別に恥ずかしくなんてないよ、まだギリギリセーフだし!
私が必死に、元女子高生だった時もあるのに、そんな甘えん坊でいいのかね!? いいのかね!? と訴えてくる冷静な私に言い訳を放っていると、コウお母さんから、ちょっと落ち込んでるような、元気がないような声が聞こえてきた。
「リョウちゃん、レインフォレストにいた時のほうが楽しかった? お友達もいるものねぇ」
どうしたんだろう、顔をあげてコウお母さんの顔を見てみたけれど、やっぱりなんか元気ない。
レインフォレストは、そりゃまぁ、楽しかったけれど。タゴサク教もないし。
「レインフォレストにいた時も楽しかったですけれど、ここでバッシュさんのお手伝いをするのも楽しいですよ?」
私がそう答えて首をひねると、やっぱりちょっと元気なさそうに『そう』とだけ返した。
うーん。
「それに、コウお母さんと一緒だとのんびり出来るし、なんか安心。ルビーフォルンの屋敷で過ごしたことなんて、ほとんどなかったけど、ここが家なんだなーっていう気がします。コウお母さんがいてくれるからかな?」
うふふ、と若干かわいこぶって、上目遣いで顔を向けると、コウお母さんは、もう我慢できない! とばかりに私を抱きすくめて、頭を撫でた。
「やだ! うちの子、なんて可愛いのかしら! さすが私とアレクの子!」
今のセリフをアレク親分が聞いたら、『お前と子供をもうけた覚えはねぇ!』とかいう鋭い突っ込みが入りそうだ。
へへ、よかった、コウお母さんに元気が出てきた。私は、ここぞとばかりに久しぶりのヨシヨシを堪能する。
「アタシったらね、ちょっと不安だったの。リョウちゃんがレインフォレストの家の子になりたいとか言い始めたりするんじゃないかって……」
「それはないです、絶対に!」
本当に、そんなことは何があってもないから安心して。昔の養父候補が確かにレインフォレストにいたけれども、この間、やっと婚約破棄をしたばかりさ!
それにしても、やっぱりコウお母さんはすごい。いつもそうなんだ。私が悲しい時は一緒に悲しんでくれるし、私が何か困ってる時は、私が困ってることを分かってくれる。私が可愛いって言って欲しいときは、可愛いって言ってくれる。
コウお母さんは、私のことをなんでもお見通しなんだ。
本当に、楽しすぎる1年だった。友達が出来たり、友達と思ったらストーカーだったり、決闘して仲直りしたり、友達と一緒に勉強するようになったり、昼食を食べたり、放課後に勉強と見せかけてしゃべり倒したり、夢中になって泊り込みで遊んだり……。
全部コウお母さんのおかげかも。いつも、何があっても、コウお母さんなら分かってくれるって、そう思えるから。
「ねえ、コウお母さん。バッシュさんは、ああ言ってましたけど、親分は大人しくしてくれるでしょうか。剣を作るだけで満足するようには見えませんでした」
多分、親分は、剣を作るだけで満足しない。すぐに行動を、無謀な行動を起こすと思う。バッシュさんがそれを知らないのか、分かってて私の前でああ言ったのか、分からないけれど……。
「そうね……」
コウお母さんはそれだけつぶやくと、少し寂しげに視線を上げて、遠くのほうを見た。多分、親分のことを考えてるんだと思う。コウお母さんはたまにそういう顔をする。
「……もし、親分に何かあったら、コウお母さんは私のことは気にしないで、親分のところに行ってあげてください」
「リョウちゃん?」
「私、コウお母さんが親分達と別れて一緒に来てくれて、本当に嬉しかった。でも、やっぱり私がコウお母さんを縛り付けてるんじゃないかって、そんなこと考えたりして……。それに、友達もできて学校はなかなか楽しいし、だから私、大丈夫なんです」
私のすぐ上で息を飲むような音がした。私は怖くて、ずっとコウお母さんの胸の中に顔を埋めていた。こんなんじゃ『大丈夫なんです』というところの説得力がないよ、私。
「リョウちゃん、前も言ったけど、私は好きでリョウちゃんと一緒にいるのよ。縛られてるなんて思ってない」
「……そうだとしても、もし、親分のところに帰りたくなった時は、私のことは大丈夫です。だって、親分、コウお母さんいないとすぐに死んじゃいそうだし、私は大丈夫だから」
「やだわ、リョウちゃん、そんなに私と一緒にいたくないの?」
「そんなんじゃないです!」
コウお母さんが冗談めかして、そんなことを言うもんだから、私はコウお母さんの胸から顔を離して、大きな声で訂正した。
「ふふ、冗談よーう。でも、まだまだリョウちゃんと一緒にいるつもりよ。許してね。あと、アレクのことも気遣ってくれて、そう言ってくれて……ありがとう」
そう言って、コウお母さんは、私の頭を抱えている手に力を入れてきたので、また大人しくコウお母さんの胸に顔を預けた。
―――コンコン。
ノックの音が聞こえた。多分タゴサクさんだ。話したいことがあったから、手が空いたらきて欲しいって朝お願いしていた。それにしても、家族団欒の一時に来るとは……。相変わらずタイミングが悪いタゴサクさんめ。
私はコウさんにしがみ付く体勢から離れ、伯爵令嬢らしくビシっと背筋を伸ばしてから扉に向かって声を掛けると、ギギギと扉が開いた。すると這いつくばるような感じで部屋に入ってくるタゴサク氏。
貞子なの? ねえねえ、貞子なの? 井戸からやってきたの? でもね、タゴサクさん、髪の毛が薄いからね、全然貞子らしさが伝わってこないよ、どうしたのかな?
「お待たせいたしました! リョウ様! お話とは?」
タゴサクさんは部屋に入りきると、五体投地したままそう声を掛けた。
「そ、その前に、確認したいんですが……、一体どうしたんですか? その、なんていうか動きは……」
「先ほど考えたのですが、リョウ様の前に進む時の歩き方でございます」
「う、動きづらくないですか?」
ていうか、それ歩いてなくない?
「想像以上に動きづらいです。リョウ様には申し訳ないのですが、普通に歩いてその御身に近寄ることをお許しいただけませんでしょうか?」
いやいやいや、私から別にその歩き方やれって言ってるわけじゃないからねっ! なんであたかも、私の指示で貞子スタイルしましたみたいな風になってるの?
私は、隣で、驚きの表情で固まっているコウお母さんに首を横に振って、『私言ってない、私言ってないから!』ということをアピールした。コウお母さんも『分かってるわよ』という感じで首を縦に振ってくれた。
「タゴサクさん、普通にしてください。私から別に、そういう風にして欲しいっていってませんよね?」
私がそう声を掛けると、タゴサクさんは何故か感極まった様子で立ち上がった。その額は赤くなってた。どんだけ床に額を擦り付けてたんだ……。
立ち上がったタゴサクさんに席に座って欲しいと伝えて、私もその向かいの席に座った。
とうとう、本題にはいる。
「タゴサクさん、冷静になって聞いてくださいね。私、今までも何度か言っていますが、天上の御使いではないんです。人間なんです。タンポポの蕾から産まれてもいません。だから、その、私の名を使って、嘘をつくというか、変な話を広めるのをやめて欲しいんです」
私はとりあえずいつもと同じように、私は人間だということを教えてあげた。しかし、タゴサクさんのことだ、どうせなにやらまた意味不明なことを言い出して話をそらすに決まってる。でも、今日の私は一味違うよ! 隣にはコウお母さんもいてくれるし、あらゆるパターンの返答も考えてる!
「リョウ様……そうですね、確かに。神聖なるリョウ様の名を直接口にするなど……私もこのままではいけないのではないかと思っていたのです」
え? いつもと反応が違う。ま、まさか、もう分かってくれたの? 『神聖なるリョウ様』の当たりがちょっと気になるけれども、なにやら反省をしているご様子!
「そう、普通にしてほしいんです。普通に。さっきみたいに頭を床にこすり付けたりとかは、必要ないですよ。私、ただの人間なんですから」
「そうですね、先ほどはやりすぎてしまいました。洗練された動きで対応するべきでした」
せ、洗練された動き? まあ、一応貴族の伯爵令嬢だからそれなりの節度ある対応ってことかな?
やだ、どうしたの、タゴサクさん! ちゃんと会話できるんですね! 今まで私が何を言っても、都合の悪いことは聞こえてないような感じだったのに……私嬉しい!
「タゴサクさん、理解していただいて、本当に嬉しいです! 今まで広めてしまった妄想は、出来る限りでいいのでなかったことにしていただけるとありがたいです」
「はい、それはもちろんです。すぐに訂正に伺いましょう! それでは早速訂正してまいりますので、失礼いたします」
タゴサクさんはそう言って、キビキビと部屋から出て行った。
なんていう特別な日なんだろうか。今日は、タゴサクさんと初めて言葉が通じ合った感動の日。ただ、あまりにもあっさりと了承してくれたから、なんか不安。
でも、大丈夫! タゴサクさんは私の気持ち理解してくれた! きっと!
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私とタゴサクさんが初めてわかりあった日から数日経過したけれども、あんまり目に見えて、信者に変化がない。まだ屋敷の人達の一部は、相変わらずのタゴサク教徒で、私を見かけて隙があれば膝をついて額を床にこすり付けてくる。まだ、タゴサクさんの訂正が追いついてないのかも。
とかいうタゴサクさんも、相変わらずな様子に見える。『リョウ様、リョウ様』と連呼するようなことはなくなったけれど、大丈夫なのかな……。あ、あの時分かり合えたんだよね?
そうこうしているうちに、そろそろルビーフォルンを出なくてはならなくなった。新学期に間に合わない。
私が、ルビーフォルンを発つ時も、やっぱり信者の皆様が地面に額を擦り付けながら、「いってらっしゃいませー」と言っていた。
ねえ、その遊びもう終わりにするんだよね? そうだよね? 約束したよね? 次、里帰りした時は、そういうのなくなってるんだよね?
私は、一抹の不安を残しながら、ルビーフォルンを後にした。
登場人物
シャルロット
主人公に初めてできた女の子の友達。精霊使いの女の子。得意魔法は腐死魔法で、魔法使いの中では冷遇されている属性。
貴族の生まれではなく、開拓村出身。魔法使いと分かり、学校に入学させられる。
カテリーナ=グエンナーシス
魔術師の女の子。今一番勢いのある領地グエンナーシス領を治める伯爵家の娘。高飛車でつんけんしてて、シャルロット嬢にきつく当たったり、主人公を睨んだりしてる。1年女生徒最大派閥のボス。
サロメ=モンシス
騎士爵の家の娘。魔法使いではない女の子。
一年の女生徒のボス的存在であるカテリーナの取り巻きの一人。側近のようにいつも側にいる。長期休み明けは覚悟したほうがよろしくてよ、と主人公に話しかける
リッツ
精霊使いの男の子。アランの友達。素朴な雰囲気だけど、それゆえに親しみやすい印象を与えるようで、けっこう誰とでも仲良くなれる。
ヘンリー=カストール=ゲースフォムタール
魔術師の男の子。現在の王様の異母弟。魔法使いで、王族で、美形だけど、気さくな雰囲気を醸し出している。カインと仲良くしており一緒にいることが多い。いい人かもと思いつつも主人公のことをヒヨコちゃんと呼んで、そのキザな様子に主人公はちょっと引いている。