新入生編⑳-婚約破棄-
レインフォレストでお帰りなさい晩餐会が催された。参加者は、私、アラン、カイン様、アイリーンさん、夫のカーディーンさんに変態のクロードさん、そしてまだ2歳のチーラちゃん。
クロードさんの給仕係であるハーレム要員ナイスバディ担当のリオーネさんが、後ろに控えており、隙を見ては私を睨んできている気配がするけれども、気にしないようにする。
「何はともあれ、リョウの無事な姿を見れてよかったわ」
アイリーンさんが、そう声をかけると、クロードさんが大きく頷いた。
「ああ、本当にそうだね。リョウが攫われてからは生きた心地がしなかったよ」
とクロードさんはそう言ってくれるけれど、私がいない間にハーレムを築いておるではありませんか……。
ねえ、クロードさんが私の話をするたびにナイスバディリオーネさんから私、睨まれてるんだよ? 気づいて!
「本当にご心配おかけしました。今こうやって、過ごせるのも、幼少の頃にカイン様たちと一緒に授業を受けさせていただいたおかげです。学校にも無事入学することが出来ましたし、ゆくゆくは自分の手で準貴族の爵位を得て、自立していきたいと思っています」
私はさりげなくクロードさんに、結婚する気がないことを伝えるジャブを放った。
『わたしー、キャリアウーマンになるからー、結婚とかーまだ考えてないんだよねー、だからー婚約は破棄したいーみたいなー』というノリをアピール。
「ハハ! リョウ、いいんだよそんなに頑張らなくても。ゆくゆくは私の商爵夫人なのだし、何かやりたいことがあるのなら、私の商会でその力を発揮してくれればいいんだよ」
「ふふふ、クロード様ったら! またまたそんなご冗談を! ルビーフォルンの方々にもお世話になってますし、私恩返しもかねて自分の力で頑張りたいと思っているんですー」
「おやおや、こんな可愛いリョウに大変な思いをさせるなんて、ルビーフォルンは噂どおりのひどい連中なんじゃないか? リョウ、無理していないかい?」
「嫌ですわー、無理だなんて全然っ! とっても良くしてくださってますのよ! うふふ」
私はいつもよりも二割増ぐらいの伯爵令嬢スタイルでクロードさんに応戦するも、なかなか埒が明かない。
はっきり物申した方がいいのだろうか……。
すると、カイン様が動きを見せた。アイリーンさんに『お母様……』と声をかけると、アイリーンさんが頷いた。
晩餐会の前にアイリーンさんには協力を要請済み。
ということは、これからアイリーンさんの援護射撃かな! ありがたい!
「お兄様、リョウにその気はないみたいですわよ。いいお話だと思って私も賛成してましたけれど、やはり結婚と言うものは愛がないと……」
援護射撃班のアイリーンさんは、そう言うと、隣に座る自分の夫カーディーンさんを見つめた。
「アイリーン、そうだね。キミの言うとおりだ。さすが私の可愛い妖精さんだね」
そう言ってカーディーンさんも蕩けそうな瞳でアイリーンさんを見つめ返すと、どちらともなく肩を寄せ合って、二人の世界に没入していった。
あれ? もう援護射撃終わり? ちょっと、二人の世界に没入する前に、もっと射撃してよ!
全然、クロードさんに射撃が届いてないよ! アイリーンさんの言葉なんかなかったかのように、何食わぬ顔で食事を続けてるよ!
く、予想以上に、クロードさんは手強い。そして思ったよりもアイリーンさんが使えなかった。
「クロード伯父様! リョウは結婚したくないって言っているし、俺も反対です!」
そう噛み付きそうな勢いで我が子分が応戦してくれている。おお、ありがとう、子分! 親分を心配してくれているのね? やっぱり持つべきものは子分よね!
「アラン、しかしだ。もしこのままリョウが学校を卒業したら、ルビーフォルンの領地に帰ってしまう。そしたらなかなか会えなくなるよ? それでもいいのかい?」
クロードさんにそう言われたアランはハッとしたような顔をして固まった。
やばいアランが懐柔される。
「ルビーフォルンとレインフォレストの間にはっ! 確かに山が多くて交通は少し不便ですけれど、お隣の領地! 会いに行こうと思えばいつでも会いにいけます」
アランの正気を取り戻させようと、大きめな声でそう教えてあげる。私と目が合ったアランは、二回ほど頷き返した。
そうだよ、子分、気落ちしないで。学校を卒業しても、私達の友情はこれからだ! って言う感じになるはず。
「リョウが嫌がっているのに、結婚を迫るのは良くないと思う!」
そうだ、そうだ、もっといったれ、子分!
クロードさんは鼻息の荒いアランを見て、一つため息を落として、私のほうを見た。
「リョウ、これはリョウのためでもあるんだよ。悪い話ではないはずだ。よく考えて欲しい」
思ったよりクロードさんが真剣だ。
……これを子分任せにしては親分の名が廃るね。
やっぱり自分の口ではっきり言おう。
「クロード様……。私はクロード様との結婚は考えておりません。これはよく考えた末での結論です。クロード様こそ、きちんとしたお相手を見つけた方がいいと思います」
たとえば、さっきからクロード様の後ろで給仕しながら、私のことを睨んでいるナイスバディの女性なんかどうだろうか。彼女の眼光の凄まじさといったら、ほんとすごいよ。私敵わない。だって、私まだ10歳!
「そうか……。なら、しょうがないね。私も無理強いはしたくない」
そう言って、クロードさんは力なく微笑んだ。
え! ご理解いただけたの!? やだ、クロードさんたら意外と話が分かるのね。
あ、でもなんか、元気なく微笑むクロードさんの笑顔が胸に痛い。
なんだか、私が悪いことしちゃったみたいな空気になってきてるような……。
「あの、ご、ご理解いただいてありがとうございます。それに……ごめんなさい」
私は、クロードさんの醸し出す空気に負けてとりあえず謝ることにした。
「リョウ、もし、一方的に婚約を破棄される私に申し訳ないと思う気持ちがあるのなら、聞き入れて欲しい願いがあるのだが、聞いてくれるかい?」
おもむろにいかにも優しそうな笑顔で私に話しかけるクロード氏。悲しみを笑顔に変えるその姿がとっても痛ましい……って、あれ?
えっと、まあ、確かに一方的に婚約破棄? してる、のかな? そっか、私彼の心を傷つけてしまったのか……っていや、待って!
一方的に婚約してきたのクロードさんじゃん! えー、何この雰囲気! リョウちゃんが悪い、みたいな雰囲気作ろうとしないでよ! だって、あんた私、10歳よ!? この変態! しかも、失恋の痛手……みたいな顔してるけど、別に恋はしてないよね!? 私、悪くないはず! ……悪くないはず? ないよね?
と思いつつも、クロードさんの巧みな話術と顔芸で、ものすごく私が悪い感じに聞こえてくる不思議。
「お願いの、内容によりますが……どういうご用件でしょうか?」
気弱な私は恐る恐る聞き返した。
「たとえば今後、リョウが何か事業等を起こす時には、ルビーフォルン側の人間だけでなく、私にも知らせて欲しい。たとえば、糸車や機織り機のような道具の発明をした時に、優先的に取引を行なってもらえるようにしたい。欲を言えばリョウには商爵になってもらって、対等な関係を築きたいと思っている。詳しくは、また後日打ち合わせしたいと思っているけれど……聞き入れてくれるよね?」
一応疑問系で聞いているけれど、断れない雰囲気出してきてますよね!?
やだ、こわい、商人ってこわい! ていうか、こいつやっぱり、失恋の痛手! みたいな顔してたけど、恋なんかしてない! この仕事人間め!
ちょっと、可哀想なことしちゃったかな……とか思った私の優しい心を返して!
いや、でも、冷静に考えると、クロードさんの提案は、そんなに悪い話ではなさそうな気もする。私が何かするときは一枚噛ませろってことか。商爵になるかはまだ決めてないけれど、将来的なことを考えると色々とパイプがあるのは悪くない気がする……いいかもしれない。
「分かりました。もし何かするときは、クロードさんにもお知らせします」
「よかった! ありがとうリョウ! リョウなら数年で、なにかしらはしてくれるだろう? 学生の間に活動して、成人の儀式と供に爵位を貰うのも悪くないよ。私としても、早くリョウと取引をしないと、色々と踏ん切りがつかなくて、もっと婚期が遅れそうだから、数年以内の取引の話を待っているよ!」
え、ちょ、さり気なく数年以内とか、学生の間とか言って、締め切り設けてくるのやめて! 商人こわい!
あと、婚期が遅れるのあたりで、後ろのナイスバディリオーネさんが般若みたいな顔したんだけど、ねえ! クロードさーん!
「ク、クロード様、学生の間にで」
「そういえば、アラン宛にたくさん手紙が来てるみたいだよ、もう見たかい?」
私の訴えは、唐突にアランに話しかけたクロードさんによって妨害され、最後まで言うことが出来なかった。
よし、もう一度。
「学生の間に」
「そうなんだよ、アラン。後でもいいから一応目をとおしておきなさい。うちの娘を婚約者として是非というような内容だから、まだアランには早いとは思うが、せっかくのお話だからね」
今度はカーディーンさんによって、中断された。あ、すでに話題が……。
でも諦めずもう一度。
「学生の」
「俺に、婚約者?」
今度は子分に妨害された。子分の癖に!
もう駄目だ、諦めよう。完全に話が変わってしまった。
それにもともと学生のうちに活動して、成人したら爵位を手にすることが出来るような努力をしようとは思っていたんだし……うん。いいんだ。
それでそれで? 今はどんな話題なの? え? 婚約者?
……アランの婚約者?
早くありませんこと? まだ子分は10歳よ! 女心も分からない坊やよ! まあ、私も10歳でいまさっき婚約を解消したりなんだりしたけれど……。
「少し私も目を通したが、どれも血筋のしっかりしたご令嬢だったよ。下は3歳から上は35歳までの女性が選び放題だ」
そう言って、クロードさんがアランにウィンクした。
3歳から35歳って……すごいね。そうか、アランは魔法使いだから、大人気なんだね。
「婚約者なんて……まだよく分からないし、いらない! 見ない!」
婚約者とかの話が気恥ずかしいのか、アランはそっぽを向いた。やはりまだまだお子様だね。
「ふふ、そうね。そう焦らなくてもいいわ。私もディーンと出会う前は興味なかったもの。むしろ男なんて汚らわしくて嫌いだったし……でも、運命の人に出会えばアランもすぐに分かるわ。私みたいに」
アイリーンさんはそういって、頬を赤らめながらカーディーンさんのほうを見た。
「私の可憐な花は、かわいらしいことを言ってくれるね。でもね、アイリーン、私はキミを前にするといつでも汚らわしい雄になってしまうんだ。許してくれるかい?」
「やだ、ディーンったら!」
あ、またあちらのご夫婦が二人の世界に没入した。
ていうか、やめて! 子ども達の前よ! やめて!
見詰め合うカップルと、その様子を極力見ないように努めるその他の参加者は、黙々と食事を続け、お帰りなさい晩餐会は終了した。









