新入生編⑯-氷の魔石-
私は、朝早めに市場に行って、生クリームみたいな重たい牛乳を購入。
そこそこ高かった。
牛乳やバターがこの世界にはあるけれど、乳製品は基本的にお高い。多分、作物みたいに魔法でぐんぐん育てて大量生産することが出来ないから、畜産物関係は、動物達のお力に頼るしかない。
もともと高級品な乳製品なので、王都で売っている牛乳は一体おいくらなの!? と恐怖していたけれども、相場よりちょいと高いぐらいだった。
小高い場所に築かれたこの王都の中には、なんと牧場がある。だから、運搬費が抑えられるので、そこまで高騰しなかったみたい。また、王都には何気に畑もあるので、その畑で育てられる作物は、なかなかお安いお値段で取引されている。
小さい畑でも、魔法使いがいれば、呪文一つでぐんぐん育つから、お手軽だもの。その最たるものが、てんさいから取れる砂糖。しかもてんさいの根から砂糖を取り出すのも魔法。
他の領地よりも魔法使いの人口が多い王都は、魔法使いが加工したり抽出したりする品物が手に入りやすい。
私はそちらの砂糖をたくさんと卵を少し購入。両手に大きい袋を抱えて、コウお母さんの家に向かった。
アラン達が全員揃って家の前で待っていた。あ、カイン様も来てくれてる! テンション上がる!
アランはコウお母さんのお店兼自宅の場所を知っているから、みんなの案内役を頼んでいた。
家に入る時に、シャルロットちゃんやリッツ君、カイン様もコウお母さんに初めましての挨拶をした。コウお母さんは、オネェな雰囲気を隠してさわやかに対応。
すると、アランが『まあ中入れよ!』みたいな感じで、お店の常連客的な雰囲気をかもし出し始めた……。
もう、いい。もう、突っ込まないぞ!
「お待たせしましたー! それじゃあ早速作ります!」
私は気を取り直して、そう宣言すると、シャルロットちゃんに水を渡して、ブロック状の氷を作ってもらうようお願いした。
そして、買ってきた生クリームを鍋にかけて、加熱消毒。
まだこの世界には、『菌』という存在は知られてないけれど、なんとなく生活していく上で、食べ物は加熱すると安全という考え方が根付いている。
なので、この世界の人は基本的に何でも加熱してから利用する。
だから、多分出荷前に畜産家の方が低温殺菌をやってくれてるんじゃないかなって思っているけれども、念のため、殺菌する。べ、別に信用してないわけじゃないんだけどね!
そして、殺菌した生クリームの中に砂糖をたくさんいれて、かき混ぜつつ程よく冷まして、卵も入れてまたかき混ぜる。
その後、水筒代わりに使えるような薄手の小さい皮袋を2つ用意して、それぞれ注ぎ、出来る限り空気が入らないように詰めてしっかり紐で縛る。
残りのクリームも同じようにさっきより大きい皮袋に入れて、同じくきゅっと詰めてしっかり縛る。漏れたら大惨事なので、念のため袋の口を縫い付ける。
よし、準備はばっちりだ。
シャルロットちゃん達のほうを見ると、水を凍らせて、細かく砕き終わっているところだった。
ん? というかちょっと気になることが……。
「もしかして、氷の魔法って、水以外でも何でも一瞬で凍らせることが出来るんでしょうか?」
だとしたら、このクリームも魔法で凍らせれば一瞬で……。
「多分、普通は出来ないと思います。基本的に、氷の魔法、特に精霊使いが使えるのは氷を生み出す魔法です。私はまだまだなので、水がないと氷をつくれないんですが、ある程度の魔法使いなら何もないところから氷を作れたりもできるみたいです。ただ、本当にすごい魔法使いなら、どんなものも凍らせるようなことが出来なくもないんでしょうかね……?」
シャルロットちゃんが首をかしげながら教えてくれた。氷の魔法は『凍り』の魔法ではないってことか。-196℃とかにして、周りのものをたちまち凍らせるようなことは出来ないみたい。
でも、何もないところから氷をつくるっていうのもすごい。……そういえば、魔術師リュウキさんと戦闘した時、親分達の足元に氷を張って動きを止めてた。氷のおかげで固定されて動けなかったみたいだけど、魔法を解いてもらった時に、足はピンピンしてたから、人体を凍らせた訳じゃなかった。
まあ、そうだよね、何でも呪文一つで液体窒素並な冷却効果を発動されたら……それってものすごく怖い。
とりあえず、私が準備したものは無駄じゃないと分かったので、作業を進めることにした。
大きめの器にシャルロットちゃんに作ってもらった氷を入れて、その中に生クリームが入った小さい皮袋の一つを突っ込む。もう一つ大きめの器を用意して、同じように氷と、氷の魔石を粉状にしたものをババッと入れて、同じようにもう一つの小さい皮袋を突っ込む。
メインの実験の作業は以上。後は待つだけだけど、待つ時間がもったいなかったので、大きい皮袋に入れたクリームを使ったスィーツ作りに取り掛かる。
皮袋よりも大きい布の袋の中に氷と、氷の魔石を入れて、クリーム入りの皮袋を突っ込む。そして、氷がこぼれないように布袋の口を閉じて、そのまま持ってぐるぐると回すこと2分程。腕のシェイプアップも兼ねて多めに回す。
よし、もういいかなー?
布から皮袋を取り出す。さわって、硬くなっている感触を確認して、皮袋の口をあけた。
そこには、クリームがちゃんと固まって真っ白いアイスクリームが!
よし、かたまってる! いい感じだ!
早速お皿に取り分けて、皆に振舞うことにした。コウさんはお仕事の関係でちょっとお出かけ中、少しだけ残しといて、氷の入った袋に再び入れておいた。
「すごいね! さっきの液体が、もう固まってる……? こ、このまま食べて良いの?」
リッツ君が、スプーンでアイスをツンツンしながら聞いてきた。
いいよ! スプーンですくって召し上がれ!
私はお手本とばかりに、一番最初に口をつけた。
おお!
なかなか濃厚じゃないですか! 舌触りも滑らか。砂糖多すぎたかな、とも思ったけれど、冷たいお菓子だからちょうどよかった。
さすが私!
このままいくと、『さすがリョウ!』コールがとどまるところを知らないかもしれない。少なくとも、5サスリョウぐらいはいくに違いない。
「冷たい! あまいですー! おいしい! リョウ様これはなんなのですか!? ていうか冷たいってことはこれ、凍ってるんですか!?」
シャルロットちゃんが女子らしく、スイーツにキャイキャイと興味を持ってくれた。
「リョウ、これはすごく、おいしいね。今までに食べたことがない。口の中ですっと消えて……まるで、幸せが口の中で溶けて沁みこんでいくようだ」
カイン様は驚いたような顔をしながらそんなことを言ってきた。カ、カイン様ったらポエマーだね……。でも私、ポエム的な褒め言葉よりも、『さすがリョウ』的な簡単な褒め言葉でいいのよ。
「こちらはアイスクリームっていう氷菓子です。さっき用意した材料を混ぜて凍らせただけのお菓子ですよ」
「で、でも、凍らせるなんて……! そんなことができるってことは、やっぱり、リョウ様は魔法を使えたんですね!」
シャルロットちゃんは興奮のあまり想定外のことを叫び始めた。
わたし、魔法使いじゃないよ……。入学する時もね、なんか試験監らしき人からも『はい、あなたは魔法使いじゃありませんね』ってわざわざ言われてから入学したよ!
「ち、ちがいますよ。魔法じゃなくて、氷に塩的なものを入れると氷の凝固点が下がって、氷が溶け出すのですが、その際、周りの熱を奪うので、周辺の温度が大体-20℃ぐらいになります。-20℃ですと牛乳も凍ります」
私は、魔法使いじゃないよ!? てことを言いたくて慌てて説明したけれど、シャルロット嬢は、『フーン?』という顔で目を泳がせて、『わ、わかりました……』と言ってアイスを食べる作業に戻った。
うん、分からなかったよね。だってこの世界にない言葉とか言ってたし、ごめんね……。
「でも、なんかリョウがグルグルしてたほうが、固まるの早くないか?」
そう言いながら、すでにアイスを平らげていたアランが、いつの間にか、まだ氷に漬けている実験中のクリーム入り皮袋に手を出そうとしていた。
ちょっと! さわらないでよ!
「まだ、そっちのは駄目です! そっとして置いてください! 今私達が食べているのは、私がグルグルまわして、より効率的に冷やすことができたので、早く固まったんです!」
アランは手を突っ込むのはやめてくれたけど、興味津々の様子で、そこから目を離さない。この子分ったら、本当に油断できん。
カイン様が『うちの弟がいつもごめんね!』みたいな笑顔で私を見てから、アランに話しかけた。
「アラン、まだ、私のが少し残ってるから、食べていいよ」
「えっ! でも、それはカイン兄様のだし……」
きょろきょろする目からはアランの葛藤が見て取れた。
アイスを食べたい、でもアレは兄様のアイス、でも食べていいって、しかしここで食べたらなんか……というようなたぐいの葛藤。
さあ、どうするの? どうするの、アラン!
「そ、それは兄様のだから。俺はもう、自分のは食べたので、大丈夫です!」
アランは唇をかみ締めた後、一大決心をしたかのごとく胸を張って答えてくれた。
そっかそっかー偉いぞ、アラン! 我慢できてよかったね!
うん……なんか、アランっていいよね。アイス食べるのを我慢できたことで、ここまで晴れやかな顔が出来るんだもん。なんか人生、楽しそう!
「アラン……! わかった。よく、決めてくれたね! それでは、私が、アイスクリームを食べるよ!」
そう言ってカイン様は眩しいものを見るかのごとく、目を細めてアランを見ると、2、3度頷いてアイスを食べた。
あ、相変わらず仲のいい兄弟だなー……。
ただ、なんか私との、こう、テンションの差がね? 気になるっていうか。私ほら、無駄に前世の記憶とかあるし、年齢足しちゃうと結構大人だからさ、まあでも、自分でもまだまだだなって思うところはあるから、大人だなんて思ってもいないんだけど、やっぱりなんていうかジェネレーションギャップ的なものを……たまに感じちゃうよ。
「ふう。アランはいつの間にか成長してる。もしかしたら、そろそろ兄離れしてしまうのかな……そう思うと寂しくなる」
憂いを帯びたカイン様が、そう言って、私のほうを見て微笑んだ。あたかも、『リョウもアランの姉みたいな感じだし、気持ち分かるよね?』って感じの暖かい微笑だった。
やめて! 子分も弟分もアランだなんて、私には荷が重過ぎる!
私は助けを求めるがごとく、シャルロット嬢のほうを見ると、リッツ君と楽しそうにお話していた。
「それじゃあ、シャルは領地には戻らないで、王都に残るんだ」
「はい。家族は王都に移り住んでいますから。村のみんなには会いたいですけれど……」
「村? あーそっか。シャルは確か開拓農村出身だったんだっけ。しかもグエンナーシス領だよね? そうすると、領地に帰るってなるとカテリーナ嬢と一緒かー」
「はい、そうなんです……。最近は、授業にもついてこられるようにもなったし、カテリーナ様からは何かされることもないんですけれど、やっぱり取り巻きの方々は少し怖くて……」
お二人は、どうやら、もうすぐ始まる進級前の長期休みの件で、話しているようだ。
シャルロットちゃんは王都に残るんだ。へー。
いや、ていうかそれよりも、さっきリッツ君さ、シャルロットちゃんのこと『シャル』とか愛称で親しげに呼んでなかったかしら! お二人は一体どんな関係! シャ、シャルロットちゃんとの関係を深めたいなら、私を通してもらわないと困るわ!
「リョウ様はどうされるんですか?」
私が社交能力の高いリッツ君に嫉妬していると、シャルロットちゃんが話しかけてくれた。
「私は、ルビーフォルンに帰る予定です。伯爵様から帰って欲しいと言われているので……」
一応、入学してからも、手紙などでバッシュさんとやり取りをしている。主に農業とか、領地経営のこと、何か困ったことの相談のような感じの手紙とタゴサクさんからの謎の手紙が定期的に届く。
タゴサクさんは、現在文字を勉強しているみたいで、覚えたての文字で、何か物語のようなものを送りつけてくる。
出だしは『タンポポの蕾より生まれし金色の赤子。生まれいずる時に清らかな心をもつ全ての生き物が涙を流す』だった……。
私はあんまり深く考えないようにして、その怪しい文書に『もう送ってこないでください!』って書いて返却するんだけど、毎回タゴサクさんの考えた物語がバッシュさんの手紙に同封されている……あの人怖い。
まあ、いいや、タゴサクさんのことは置いておいて、バッシュさんから、農業のことで出来れば直接相談したいことがあるから戻ってきて欲しいという話があった。
「リョウはルビーフォルンに帰るのか……もし嫌じゃなければ、レインフォレストに寄ってほしかったんだけど……どうかな?」
結構真剣な顔でカイン様が聞いてきた。レインフォレストに寄る?
「実は母やクロード叔父からの手紙で、リョウに会いたいという話が出ているんだ」
クロードさんにアイリーンさん。それにステラさんにくたびれた精霊使い。
懐かしい。私も、ちょっと会いたい。
それに心配かけちゃったことも謝りたい。
レインフォレストは、ルビーフォルンへ向かうまでの通り道だから、寄ろうと思えば寄れるのかも……。
私が迷っていると部屋のドアがガチャと開いた。
「ごめーん、お待たせー! ……したね」
前半完全にオネエになってたコウお母さんがやってきた。
みんなの反応が気になったけれど、あんまり気にしてないようで。『お邪魔してます』みたいな感じでお辞儀をしていた。
私は、そそくさとコウさんの分のアイスクリームをお皿に盛る。
コウお母さんも私お手製アイスクリームをおいしいといって食べてくれた。そしてここで、やっと、念願の『さすがリョウ』っていう言葉を頂きました!
さすがコウお母さんは私が欲しい言葉を的確に言ってくれるね!
私はサスリョウの評価に満足しながら、コウお母さんに長期休みの予定について相談してみた。
「え? レインフォレストに?」
レインフォレストに寄ることは可能かどうか、私から伺ったところちょっと驚いた様子でコウお母さんが聞き返す。
そんなコウお母さんの問いかけにカイン様が身を乗り出して答えた。
「はい。私の母が是非会いたいと。数日だけでも、レインフォレストの屋敷で過ごしてもらいたいと思っているのですが、どうでしょうか?」
「そう……。リョウはどう?」
コウお母さんが私に首をかしげて、行きたいのかどうかを尋ねてくれた。
「そうですね。私も、お会いしたいです。お世話になりましたし……」
「なら、いいんじゃないかな。こっちも流石にリョウの長期休み中ずっと店を休みには出来そうになかったから、しばらくお世話になっておいで。私は後から迎えに行って、そのままルビーフォルンに行くような流れでどうだろうか」
「はい! 是非! ありがとうございます!」
そういってカイン様は笑顔でコウお母さんにお礼を言うと、アランにも声をかけた。
「アラン! リョウも長期休みにレインフォレストに寄ってくれることになったよ!」
実験中のクリームの様子が気になるようで、それを見ながらアランは私達が座っている席から少し離れたところでうんこ座りしている。
お願いだから、実験中は触らないでね。
カイン様が声をかけると、クリームに夢中だったアランが、なんだか呆けたような顔でこっちを向いた。
「長期休み、リョ、リョウも、一緒に?」
「はい、よろしくお願いします」
「……ふ、ふーん」
よろしくの返答が「ふーん」だなんて、失礼な子分だけど、口をもごもごさせ始めたので、多分喜んでいると思われる。
そっか。久しぶりにレインフォレストの皆に会えるんだ!
「あ! リョウ! これ! ちょっと固まってきたぞ!」
アランがそういいながら無断で、実験中のクリーム入り皮袋を持ち上げた。
ちょっとー、触らないでってー、言ったじゃないですかー!
と思いつつ、私も実験現場へ。
アランが言うとおり、確かに、氷の魔石を入れたほうのクリームは固まっていた。そして入れてないほうは固まっていなかった。
なるほど、これで実験結果が出揃いましたね!
いや、まあ、結果は既に分かってたんだどね。既にアイス作って食べたし。
でも、比較して実験しないと正しい理解には繋がらないって前世の教科書に書いてあったし。
「リョウ、これ、食べていいか?」
アランが、アイスクリームが入った皮袋を指差した。
食べていいよ、と言おうと思ったら、既にアランはほお張っていた。
ねえ、どうせ食べるなら、聞かないでくれる? そんなにがっついて、お腹痛くしても知らないからね!
「あれ? なんかさっき食べたやつと違う。ジャリジャリする。おいしいけど」
「さっきみたいに混ぜながら凍らせてないですし、凍るまでに時間もかかっているので氷の結晶が大きくなってるんでしょう」
私はアランに疑問に答えている間、今までひっそり実験をしていた結果を思い出していた。
氷の魔石は塩のように氷の凝固点を下げる効果がある。
火にかざすと、火が紫色になる。
なめると苦しょっぱい。
氷の魔石というのは、前世で言うところの『硝石』だ。









