新入生編⑭-魔物ってこわい-
やっとこ魔の森についた。ただ、法力流しを行う現場は少し森に入ってかららしいのでそのまま進む。
この魔の森は、私達が住んでいる大陸を東西に分断する広大な森。歴史のお話によると、ネクロマンサーの闇の魔女王が蹂躙した跡地が禍々しき森になったと伝えられている。
この森を越えれば、カスタール国ではない別の国があるけれど、山と森のせいでほとんど親交がない。唯一の窓口が、南端にあるグエンナーシス領にある港町で行われる貿易ぐらい。あまり資料もないので、遠い隣国の情報は少ないけれど、いったいどういう国なのかなーと期待は高まる。
私が、感慨深げに妖しげな森を眺めつつ、隊列に並んで歩いていくと、先頭チームからついたどー! という歓声のようなものが聞こえてきた。
お! とうとう目的地! と思って、ひょこひょこ顔をのぞかせて先頭を見てみると、なんか、森の中に不自然なものが見えた。
何か、しめ縄のようなものが、木をぐるりと巻いており、そしてその縄は、そのまま少し離れた木に同じように縄が巻かれて、そしてその隣の木へとずっと続いている。何かを囲むように張り巡らされているように見える。
何これ怖い。
これ以上は入っちゃだめですよってことかな。立ち入り禁止テープみたいな奴かしら。
「あまり『神縄』の近くに行かないように! 向こう側には魔物がいる。安易に近づくと引っ張られるぞー」
引率の先生が、物珍しそうに近づいている1年生に注意を促していた。
このしめ縄みたいなの、神縄っていうのか。この縄の向こうへ行くと魔物が出るってこと?
私はてっきり『川』が結界のような役割を持っているのだと思ってた。
「川じゃないんですね……」
私のつぶやきに、カイン様が答えてくれた。
「去年僕が行ったところは川だったよ。今回は神縄の地区みたいだね」
「マモノを封じる方法っていくつかあるんですか?」
「うん、そうみたい。川があるところは川を利用するけれど、それ以外は神縄だったり、あとは剣を柵みたいに突き刺しているところもあったよ」
へー。そうなんだ。どういう理屈でマモノが封じられてるのかわからないけれど、すごいね! 魔法使いが一体この縄にどんなすごいことをして封じるんだろう!
30人の大所帯は今まで通り横2列編成で、魔法使いの生徒たちに導かれながら、神縄に沿って進む。もちろん後ろには後方支援の魔法使いもいてくれる。ヘンリー様は後方支援のようだった。
先頭の魔法使いが、縄を見たり触ったりと、神縄の状態を確かめながら進みつつ、何か白い粉を振りかけていた。あれは何かと隣のカイン様に聞けば、塩だと答えてくれた。
塩……。
そして、魔法使いたちは、たまに神縄が少しでも傷んでいるところを見つけると、魔法でそれを修復していた。
うん。
我が班は神縄に沿って隊列も乱すことなく進んでいく。
なんていうか、一通り作業を見た限り、地味だった。
予想と全く違ってた。私的には、呪文を唱えるや否や縄がうごめき始め、直視できないほど輝き始めたりするのかと思っていた。
多分他の子も地味だなと思い始めたのだろう、ちょっと飽きている感じがする。最初こそキャーキャー騒いでたのに、今では無言。
先導している魔法使いの皆さんも、最初こそドキドキワクワクしている感があったけれど、なんか明らかに疲れが見え始めた。
これ、いつまで続くんだろう……。
そんなことを思っていたら、私よりも少し前に並んでいた女の子が、隊列から飛び出して、神縄のほうに駆けて行った。多分私と同じ一年生の子だ。
いくらなんでも飽きたからって隊列を乱してはあかんよ、と突っ込もうとした時、神縄の向こうから毛むくじゃらの大きな手が伸びてきて、女の子の腕をつかんでいた。
え!?
さっきまで、神縄の向こうは何もいなかったのに、今ははっきりと、赤目で2本の角が頭に生えた大猿がいた。そして、女の子の腕をつかんでいる! 見た目からして完全なる魔物だ!
いきなり現れて腕をつかんでいる魔物を見ながら、驚きで少し固まった後女の子から叫び声が上がる。
私は、銅貨をコツコツ削って作った小さな手裏剣をスカートから出して、猿の左目に投げつけた。
手裏剣は狙い通り目を潰して、猿は呻いてのけ反ったけど、女の子をつかむ腕を離さない!
次の手を……! とスカートから新たに秘密道具を出そうとしたら、いつの間にか颯爽と魔物の近くまできていたカイン様が、剣で魔物の腕を切り落としていた。
す、すごい! あの極太の腕切り落とせるの!?
そのままカイン様は女の子を抱えて、距離をとる。
腕は伸ばしてきちゃったみたいだけど、魔物だし、きっと神縄からは出れまい! と思っていたけれども、なんと大猿は、神縄をまたいでこっちにやってきた。
全然、封じられてないじゃん!
またがれた神縄を見てみると、すごく傷んでいた。傷みがあると、魔物を封じる効果がなくなるのか……。ここは既に、先頭の魔法使いが巡回済みのはずなので、見落としてしまったみたいだった。
こっち側に来たマモノに生徒たちの恐怖の叫び声が聞こえる。
思った以上にでかいよ、この猿。3mほどはある。カイン様だけじゃ荷が重いのでは!? と思っていたら、大猿の背中がいつの間にか10本ほどの剣で串刺しになっていた。
え!?
大猿はゆっくりとうつ伏せに倒れた。血の色は赤い。頭や胴体、太腿など全身至る所に剣が刺さっているけれど、まだ生きているようで、ワサワサと切られていないほうの腕をバタつかせていた。
き、気持ち悪っ!
私は山暮らしで、動物を狩っていたりしたので、少しグロテスクな光景には免疫があったけれども、生徒たちの中には血まみれでも動く腕に、気持ち悪さを感じて恐怖とはまた違う悲鳴をあげている者がいた。
私だって、慣れているとはいっても、正直気持ちが悪い。
そして一人の生徒が、ドクドクと血を流している猿の近くにやってきて、呪文を唱えて何か石のようなものを上に放った。その石は剣に形を変えて、ワサワサ動かしていた猿の腕に刺さる。
ワサワサ動いていた腕は、剣で縫いとめられて、動かなくなった。
多分この生徒が、猿を退治してくれたのだろう。
その生徒は、終始穏やかに微笑みながら、猿の様子を見ていたが、ふと顔をあげた。
「完全に消滅させるには火が必要みたいだ。誰か火をおこしてくれないかな?」
キラッキラの笑顔のヘンリー様だった。
「すまない、ヘンリー、私が前に出なければならなかった」
そう言いながら、引率の先生が火打石で火をおこした。その火種を松明に移してヘンリーさんに渡す。
「いえ、魔物から人々を守るのは魔法使いの務めです」
引率の先生は、商人科の先生で、魔法使いではない。確か名前はバロン先生。特に鍛えている感じでもなさそうだったので、前に出ても何も出来なかったかもしれないけど、なかなか責任感のある先生なのかもしれない。
ヘンリーさんは、松明を持ってまだピクピクと動いている魔物のそばによって呪文を唱える。
松明にともされた炎が、まるで魔物を食べるように覆いかぶさると、ゴウという音とともに燃え始めた。
「カインもその切り落とした腕を火の中に入れてくれ」
ヘンリーさんのお言葉に、切り落とした猿の腕をカイン様は、炎の中に投げ入れた。
そして、もう一度呪文を唱えると、炎がさらに燃え上がり、一瞬で猿を灰にし、最後に解除の呪文を唱えて、炎を消した。
「ヘ、ヘンリー様、あ、あの……すみません、私達が神縄の綻びを見落としてしまって……」
先頭で点検をしていた魔法使い達が、青い顔をしてヘンリー氏のところにやってきた。
「もう修復は終わったの?」
「はい、先ほど修復したので、もう魔物が付け入る隙はありません! お手数をおかけしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
「謝る相手は私じゃないと思うよ」
そういって、視線をマモノに腕を捕まれた女の子に向ける。
女の子は、結構強く掴まれたみたいで、掴まれた場所が赤黒くなっていた。班にいた治療科の先輩方が塗り薬を施している。
先頭の魔法使い達は、まだ泣きじゃくる女の子のところへいって謝っていた。
引率の先生が、謝っている魔法使い達に、
「疲れてきているのは分かるが、気をつけなさい」とお小言を言う。
そして、襲われた女の子にも、
「君も、不用意に神縄には近づいちゃだめだ」
と、釘をさした。
「神縄の向うに友達がいるように見えたの……」
と言って、女の子はやっぱりワンワンと泣いた。
分かるよ、気持ち。うん、私も同じ手に前引っかかったからね!
親近感が沸いたので、彼女の背中をさすって落ち着かせてあげたかったけれど、周りにいた治療科の先輩方が介抱してくださっていたので、断念した。
するといつの間にか、先生が目の前にいた。
「カイン、あの場でよく動けたな! 流石だ! 騎士科で優秀だと聞いていたが、ここまでだとは思わなかったよ」
どうやら私に用があるわけではなく、私の隣にいたカイン様に用があるようで、そういって、先生はバンバンとカイン様の肩を嬉しそうに叩く。
ね! 本当にカインさんやばかったす! あの腕切り落とすとかやばいっすわ!
「いえ、私は、まだまだです。ヘンリー様がいなかったら、仕留められなかったでしょうし、一番最初に動けたのは、リョウです。彼女が魔物に隙を作ってくれたんです」
そういって、カイン様が私の肩に手を置いた。
えへへー。そんなー、照れるー。まあ、確かにー、すぐに動いちゃったけども! 山暮らしの敏捷さが発揮されちゃったけどもー!
「ああ! あの時魔物の目をつぶしたのは君だったのか! 確か君は今年の入学式で一般の部の代表をしていたルビーフォルンの子だね?」
そういって引率のバロン先生と目が合った。20代後半ぐらいの年齢だろうか。長い揉み上げが特徴的な栗色の髪で、太めの眉からかなんとなく熱血な感じのする濃い顔立ちだった。彼の青い瞳が興味深そうに私を見ている。
「はい。リョウ=ルビーフォルンと申します」
「そうかそうか。私は商人科でこの学校を卒業したから、武術のことはからきしだが、いい反応だったと思うよ。ところで何を使って目をつぶしたんだい?」
「……銅貨です」
うん、嘘は言っていない。銅貨だもん。ちょっと削れてるけど、銅貨だもん。
「なるほど。すばらしい投擲術だったね。君は成績が優秀だと聞いているから、商業科にきてくれるかと思っていたが、騎士科にいくつもりなのかな? だとしたら残念だな」
「いいえ、まだどの学科に進むかは決めていません」
「そうか! まだ1年だもんな。知ってると思うが、私は商業科の教師だ。出来れば君みたいな優秀な子には商業科に来て欲しいと思っている。是非検討してほしい」
先生はそう言うと、バチッとウィンクをして、引率の先生らしく崩れた隊列を整えるために先頭に立って生徒達に声をかけ始めた。
日本の硬貨を削ったりするのは犯罪なので、良い子のみんなは絶対にマネしないようにね!
そして、ツイッターをはじめました!(@torizukipista)









