新入生編⑫-王都の市場でお買い物-
シャルロット嬢の護衛任務を与えられた子分アランは、さっそく彼の特殊スキル:ストーカー(多分レベル97ぐらい)を駆使して、SPのような仕事ぶりを発揮した。
4時限目が終わり、魔法使いの子たちの教室移動が始まると、アラン氏はなんだかおかしな……ユーモアにあふれた軽快な動きで周囲に睨みをきかせつつ、シャルロット嬢の廻りをうろちょろしている。
シャルロット嬢は、変な動きをするアランのおかげで大注目され、恥ずかしそうにうつむいていた。
リッツ君が、心なしか少し離れたところを歩こうとしている。ねえ、リッツ君、お友達なら止めてあげてもいいんじゃない。
問題のカテリーナ一派は、『何アイツ、変な動きして……ひくわー』という顔をしており、襲い掛かる気配はなかった。まさか、これを見越してのアランの作戦なのだろうか……。
どうしよ。これこのままアラン護衛続行でいいかな? カテリーナ派閥からの攻撃からは完全に守ってくれそうだし。
その数日後、いつものように図書館で勉強会をしているときに、シャルロット嬢がものすごく言いにくそうに、『アラン様の護衛は、ちょっと……』と、やはり嫌がっていたので、護衛役をリッツ君に変更した。
うん、そうだよね、やっぱだめよね。ごめんね、すぐに止めてあげればよかったよね。
アランは、護衛役をクビになり、『なぜだー!』と言いながら憤慨していた。
しかし、アランの奇妙な見張りが功を奏したのか、もしくはその後のリッツ君のさりげないフォローが功を奏したのか、シャルロット嬢への嫌がらせのようなものはなくなった。
たまに私がカテリーナ嬢と目が合うと、フン! と言う感じで目を合わせてくれない気がするけれど……。
アラン氏、特にカテリーナ嬢に何かやらかしてるわけじゃないよね? そうだよね?
たまに、アランがノリノリでカテリーナ嬢との抗争問題について、様々な角度から行き過ぎたすばらしい作戦を語ってくるけど、実行に移してないよね? 私ちゃんと止めてるよね?
ただ、とりあえずは今のところは、フン!ってされるぐらいで、抗争が勃発することもなく、いつしか話題は次の一大イベントに変わっていった。
そう、学生生活にも慣れてきた頃を見計らって、1年に1回のすごいイベントがもうすぐやってくる。
なんと、学園を出て、王都からも降りて、郊外の森の近くまでみーんなで行く遠足!
じゃなくて『法力流し』の見学会があるのだ。
法力流しとは、簡単に言えば魔物達が人里に入らないように結界を張る作業のようなものらしい。
私も、一度魔物に襲われたことがある。
すっごい恐怖体験を味わったあの山暮らしの日。あの恐ろしい魔物から私を守ってくれたのは、コウお母さんというナイスガ……ナイスオネイ。そして、その魔物は川を越えられないという謎の定め。この謎の定めというのは、この法力流しのおかげ、だったようです。
名前の感じからして、川に何か魔法でも流すのかな? と言う感じがする。定期的にこの法力流しをやらないと魔物が結界から出てきてしまうらしい。とても大切な行事です。あんな魔物が人里に下りてきたら、大混乱よ。農民達もぬくぬくと作物育てている場合じゃない!
定期的にやらなければならないので、せっかくだからと学校行事の一部として組み込んでいるので1年に1回この大イベントが行なわれる。
学校行事の一部なので、基本は魔法科の生徒さんが魔法でどうにかするのですが、他の生徒もせっかくの魔法使い活躍の場なので、魔法使えないけど見学しようぜーというテンションなんです!
といっても、生徒全員で同じところに行くのは近隣住民から苦情が入りそうなので、いくつかグループを分けて、色々な場所へ行かされる。
ということで、遠足! むしろ場所によっては泊まるところもあるみたいなので、修学旅行? うんうん、テンションあがるわ!
私はそのテンションのまま、週に一度のお休みの日に、子分を引き連れて王都の市場に繰り出した。
だって、おやつとか用意しないと!
王都の市場は、めっちゃでかかった。レインフォレストの市場でもすごい! と思ったけれど、王都の市場はそれ以上。
お祭りのように人が多いし、出店の数もすごい。
何かの肉の串焼きのようなものを売っていたり、食べやすい大きさに切られたフルーツが売られていたり、骨付きの鶏腿肉とか、クレープのように薄い生地の中に野菜や肉・魚を包んだものがあったり……どれもおいしそう!
しかし、私のお小遣いは限られている。どれもこれも手を出したいけれど、そうもいかない。バッシュさんの仕送りもあるけれど、私が自由に使っていいと決めたお小遣いはコウお母さんのお店のお手伝いをした時にもらえるお小遣いと決めている。慎重に使おう。
あ! あんなところに落書きせんべいのようなものが! あ! あそこには、熱々のウィンナー焼きが!
だ、だめよ、リョウ。おやつを買うんだから。保存がきくやつじゃないと!
と思ってキョロキョロ見回してみると、隣にいるアランが肉の串焼きに齧り付いていた。
いつの間に購入してたの!
誘惑に負けたのね! この裏切り者! だいたい貴族のご令息が出店で買い物して、立ち食いだなんて、はしたないのではなくて! という恨めしい目で見ていると、
「なんだよ、そんな目でみて、食べたいならそう言えよ。……一口だけやる」
と言って、アランが串焼きを差し出してきた。
え? そう? べ、べつに、お肉が欲しくて見てたわけじゃないんだけどー、お小遣いを考えなしに使ってるアランを諌めた目なんだけどー。まあ、そこまで言うなら? 食べてみてもいいけどー。
というテンションで、私は遠慮なくアランから串を奪って、肉にかじりつく。
牛肉だー! おいしい! 思ったよりもやわらかい! 筋張ってないし、噛み切れる。THE肉! という牛肉らしい甘みと塩コショウというシンプルな味付けが口の中で広がって、これがお肉のメリーゴーランド!
とか思っていたら、一串全部食べていたっ! なんてこったい、ごめんね、アラン、悪気はないの。テヘペロ!
「リョウ! 何で全部食べてんだよ! 俺まだ一切れしか食べてないのに! まったく、俺が止めても止まらないし」
そう、止めてくれてたのね? ごめん、食べてる時、私はお肉のメリーゴーランドに乗ってたから、気づかなかったの。だからごめんね。
でもこのアランの恨み節はテヘペロじゃあ、許してくれそうにないな。食べ物の恨みはなかなかこわいのである。
「ごめんなさい。あまりにおいしくてつい食べ過ぎました。今度は私が何か買いますからまた二人で食べましょう」
仕方あるまい。私に非があるわけだし、大事なお小遣いを削ろうじゃないか。
「二人でか……。まあ、それなら、許すけど」
アランが、口をもごもごさせて喜んでいる。よかった、許してくれそうだ。
次は何食べようかなー。さっきはお肉食べたから、甘いものがいいかな? アランも甘いもの好きだし。
あっ! あれなんかいいんじゃないかな! りんごの包み焼き! アップルパイみたいなやつだよね!
「アラン、あそこで売っているりんごの包み焼きはどうですか?……って、あれ? あそこにいる二人組みって……」
と言って私は、りんごの包み焼きの出店の前に近づき、問題の人物達を見た。
ああ、やっぱり!
「シャルロット様に、リッツ様ではありませんか? お二人も遠足、じゃなくて法力流しのための買い物を?」
出店の前にいたのはリッツ君とシャルロット嬢だった。私に気づいてシャルロット嬢は嬉しそうな顔で飛び跳ねた。
「リョウ様! すごい! 本当にお会いできるなんて! リョウ様が市場に買い物にいかれたと聞いて、私もリッツ様と一緒に市場にきてみたのですけど、人が多くてリョウ様にはお会いできないと思っていました!」
えー! 追いかけてきてくれたの? 嬉しい! ていうかリッツ君と二人でお出かけなんてデートなんじゃないの? このこのー! ヒューヒュー!
「シャルロット様に会えて私も嬉しいです。市場に出かける前に声をおかけしようと思っていたのですが、お部屋にいらっしゃらないみたいだったので、留守なのかと思っていました」
「多分、学校の花壇のお世話をしている時だったのだと思います! 朝、いつもそこで水遣りをしているんです。植物と触れ合ったら、もしかしたら木の精霊が見れるようになるかもしれないと思って。今のところ、成果はないですけれど」
そういって、テヘペロな仕草をするシャルロット嬢の可愛さといったら!
おいおい、リッツの坊やよ、こんな可愛い子連れて、ええ? ちゃんとしっかりエスコートできたのかい? ええ?
私はセクハラ親父なテンションをどうにか心の奥に押しとどめ、リッツ君を見やると、アランと楽しそうにお話をしていた。
リッツ君はリッツ君でアランを探しに来てたのか。仲いいよね、あの二人。
「せっかくですから、4人で市場を回りましょう!」
私はそう声をかけて、みんなで市場を回ることになった。
リッツ君とシャルロットちゃんが食べていたりんごの包み焼きがおいしそうだったので、結局それを買ってアランと食べることにした。
アランにはりんごの包み焼きを半分にして渡したところ、不服なようでむっつりした顔になる。
「二人でって言ったのに……」
と、ぶつくさ言ってきた。
半分に割ったと見せかけて若干小さいほうをアランに差し出したことがバレたか。
なかなか鋭いな。私は、しかたねぇなと言う気分で、大きいほうをアランに差し出してあげた。寛大な親分に感謝してよね!
りんごの包み焼きは、ナンのようなしっとりとした生地の中にシナモンの効いたりんごが柔らかく甘く焼きあがっていておいしかった。ただ、欲を言えば、生地はパイ生地が良かったかなー。アップルパイのあのサクサク感がおいしいと思うの。
それにしてもこの市場、お値段がめっちゃ高い。田舎と比べると相場が10倍くらい高いと思う。
王都って無駄に小高い場所にあるから、運送料がかさむんだろうか。
本当にあんまり無駄遣いできないなー。
食べ物ばかりが売られているエリアを抜けると、鍋や食器、ガラス製品などが売られているエリアについた。衣服や鎧、剣もあるので、まあ、魔法使いが大量生産した品々を売っているエリアのようだった。
4人できゃいきゃい言いながら、ウィンドウショッピング。特にアランが、この品はまずまずだな、これなら俺のほうがいいのが作れる! とかウンチクを語りながら通り過ぎると、次は薬屋さんのコーナーみたいだった。
私はコウお母さんが、薬酒を作りたいから買ってきて欲しいと頼まれていたので、材料になる薬草とお酒を買う。
うーん、やっぱり高いな。とくに薬草なんかは山暮らしのときはただで手に入れていただけに、よりお高く感じた。
お薬コーナーを通り過ぎると、今度は、なんか、石を売っているエリアに着いた。
何これ、石? 買う人いるの?
さっきまでのエリアよりも人通りが少ないけれど、それでも必死な様子で商品を見ている人はちらほらといた。この石はなんだろう?
と思っていたら、さっきまでキャイキャイウィンドウショッピング中だったアラン達が、いきなり真面目な顔をして、石を検分し始めた。
「アラン、この石は何ですか? 皆さん真面目な顔で見てますけれど……」
私は石を睨んだり、陽にかざしたりしているアランに恐る恐る尋ねた。
「ああ、俺が見てるのは鉱石だ。物を作る元になったりするからいくつか買っておかないと。学校で支給されるものだと足りないからな。リョウもうちにいた時、見たことあるだろ? 家の倉庫にたくさん石が積んでたじゃないか」
ああ、そういえばそうか。
石が転がっている箱についている名札を見ると『鉄』とか『ガラス』というようなことが書かれている。多分この鉱石で作れる素材を表してるんだろうな。
ふと、リッツ君やシャルロット嬢のほうをみると、アランが見てるところとはまた違うところの石を見ていた。
箱に張り付いている名札を見ると、『火』、『氷』、『雷』と言うようなことが書かれている。
これも、鉱石?
「シャルロット様は何を見てらっしゃるんですか?」
「氷の魔石をみてました。私、氷の精霊とはほんの少しだけ相性がよさそうだったので」
「魔、魔石?」
そういって私も手にとって石を見てみた。
「はい! 魔石です! いい魔石には精霊が宿ってますし、たとえ精霊がその石に宿っていなくても、精霊の力をより借りやすくしてくれます!」
マ、マジか、すごいね魔石!
この灰色だったり白かったり黒かったりする、一見何の変哲もないような石が、魔力が宿る特別な石ってこと?
私のイメージだと、炎の魔法石は赤くて、水なら水色で……みたいな感じかと思ったよ。宝石みたいにキラキラさせてくれないと困るよ。
「ちなみに、シャルロット様が見ているこの石で、何が出来るんですか?」
「こちらは氷の魔石ですので、魔法を使った時、ほんのちょっといつもよりも周りを冷やすことが出来るかもしれません!」
ああ、そう、そうなの。なんか聞く限りあまりすごそうではないのだけど、シャルロット嬢が目をキラキラさせて言っているので、きっとすごいんでしょうね。
隣を見ればリッツ君も真剣な目で『火』とかかれた箱に入っている石を手にとって見ている。火の魔石かな。他の魔石と比べるとたくさんの種類の石があるみたいだった。
「火の魔石は何が出来るんですか?」
「魔法で火を操る時、より大きい火を作れるし、いい魔石なら、火種がなくても火を操ることが出来るよ!」
リッツ君が少し興奮気味で話してくれた。基本的には、火種がないと火の魔法を発動するのは難しいらしいけれど、魔石がそれを補ってくれることがあるらしい。あるらしいというのは、補わないこともあるからというのだから、結構曖昧な力っぽい。
うーん、なんか話を聞く限りそんなにすごそうな石じゃないんだけども、魔石というものは……。
私はそう思いつつ、石を色々な角度から見てみる。やっぱり、どこにでもありそうで、なさそうな……というか、この石……もしかして?
私は火の魔石と氷の魔石と雷の魔石をそれぞれいくつか購入し、ガラスの鉱石も買った。決してお安いお値段ではないけれど、研究のためという大義名分があるので、バッシュさんからの仕送りから拝借することにした。
結局その後は、おやつたくさん買えるほどの余裕はなかったので、自分で作ろうかなと小麦粉とかの材料を買って帰ることになった。









