新入生編⑪-腐死精霊魔法-
シャルロット嬢から聞いた話によると、5時限目が終わった後にカテリーナ嬢に呼ばれて、前もたむろっていた女子トイレの裏で会合があったらしい。
その時に、最近勉授業についてこれるようになったからって、調子に乗ってるんじゃないの? みたいなことを言われて、いえ、乗っていません! と回答したけれど、カテリーナ嬢の取り巻きの一人から生卵を投げられてスカートが汚れたとか。
な、生卵って……。こ、ここお嬢様学校だよね? お貴族の方々がお集まりになる学校だよね? その割には意外とやることが……。
もっと意外に感じたのが、目をつけられたのが、魔法使いであるシャルロットちゃんだということ。正直、イメージ的には、魔法の使えない人間達を、魔法使いが下僕のように扱ったりするんじゃないかと恐怖していたぐらいだったのに。
そのことについて、リッツ君に疑問をぶつけてみたところ、僕も良く分からないけれど……という前置きとともに教えてくれた。
魔法使いにとって、魔法が使えない人間は、庇護されるべき可哀想な子羊的な存在であるので、それを表立っていじめたりするのは魔法使いの矜持に反するみたいだけど、同じ魔法使い同士ならばそういう発想が薄れるんだと思うということだった。
魔法使いの中で暗黙の序列のようなものがあるみたいで、基本的には魔術師のほうが精霊使いより立場が上であることが多いらしい。国王も王族の魔術師から選ばれるのが慣例になっている。そして精霊使いの中でも、優劣のようなものがあり、作物を育てることが出来る精霊使いが人気で、それが不得意だとちょっと落ちこぼれ的な扱い。
シャルロット嬢は植物精霊魔法が不得意なだけならまだしも、実は得意な魔法の属性が問題で目立っているらしい。
シャルロット嬢の得意魔法は、腐死精霊魔法。抜けた髪の毛や、はがれた爪、取れた歯など、すごい人は死肉を操るという魔法だった。神話の時代の終わりに暴れまくったネクロマンサーの魔女王が得意とした魔法だ。
ただ、闇の女王みたいに死骸を自由自在に動かして使役するような大きな力はないので、シャルロット嬢をはじめこの時代に生きている腐死精霊使いが出来ることといえば刈り取った羊の毛の加工や蚕の繭の加工になる。
本当にすごく力が強い人は、死肉の再生が出来るみたいで、死んだ牛の足を切り落として、その後足を再生させて、そしてまた切り落として、再生させて……という風に、食肉を増やしているとかいないとか……何これめっちゃ怖い!
そ、そんなお肉食べたくない! た、ただの都市伝説だよ、ね?
そんな恐ろしいことも可能な、腐死精霊魔法使いは立場が弱い。魔法使いの歴史の中でも最大の汚点のような感じで教科書に載っている闇の魔女王は、とっても嫌われており、その魔女王と同じ腐死精霊魔法使いというのは嫌われやすいのだとか。闇の魔女王がご健在の時はどうだったか分からないけれど、現在では、腐死精霊魔法を得意とする精霊使いはちょっと不遇らしい。
そういえば、カテリーナ嬢に以前、『闇の魔法使い』と仲良くなって後悔しても知らないよ! みたいなこと言われたけれど、シャルロットちゃんのこの属性のことだったのか……。
貴族のお嬢様からしたら、死肉を操る魔法なんて、汚らわしいのだろうなーとは思うけれど、私にとっては魔術師も精霊使いもみーんなファンタスティックヒューマンであり、大差ない。
死肉使いで、平民出身で、卵投げられちゃって、スカート汚しちゃったシャルロットちゃんは、ものすごーく落ちこんでいるけれど、そんな気にすることないよ!
私だって、小間使いで、開拓村出身で、唐辛子爆弾投げちゃって、ストーカーに付きまとわれたけど、あんまり気にしてないよ!
「シャルロット様、あまり気になさらないでね。衣服の汚れだってすぐに落ちますわ。それに何を言われようと、シャルロット様のお力はすばらしいです。恥ずかしい力じゃないですよ。私達が着ている制服も、確か絹や羊毛で出来ておりますから、きっとシャルロット様と同じ腐死精霊が得意な精霊使いが用意してくださったんでしょう? すばらしいことですわ」
私は、落ち込みのシャルロット様に慰めの言葉をかけて、肩を叩くと、目を潤ませてシャルロット様は私をみた。
君に涙は似合わないよ、子猫ちゃん! 私はヘンリー王弟を思い出して心のなかで慰めの言葉をつぶやきつつ微笑んだ。
「リョウ様、お優しい言葉ありがとうございます。……でも、最近は糸車と機織り機が普及したので、こちらの制服はその道具を使って人の力で作られていると聞きました。もともと、精霊使いは細かい作業が苦手で、魔術師が作る綿製品とかの植物製の品のように質量を魔法で増やすことも簡単には出来ないですし、羊毛や絹の加工は向いていなかったのです。なので、道具の普及とともに腐死精霊使いが出来る仕事がなくなってきているという噂を聞きました……」
あ、え、それは……糸車と機織り機を普及したおかげで、ますます立場が弱くなっているということかな……? まったく誰だい、糸車とか、機織り機とか、そんなものをこっちの世界に紹介したのは!
……私だよっ!
ご、ごめんよ。シャルロット嬢、悪気はなかったんだ。
「ごめんなさい。シャルロット様、私ったら出すぎたマネを……」
私が色々な意味をこめてそう言うと、シャルロット嬢がハッとしたような顔をして、頭を下げた。
「いいえっ! ごめんなさい、私のほうこそ、リョウ様がせっかく励ましてくださっているのに、愚痴のようなものを返してしまって!」
そして、バッと顔を上げると、にこっと微笑んだ。
「リョウ様のおっしゃるとおり、気にしないようにします。きっと私にも他に出来ることがあるはずですし……お話を聞いてくださったおかげで少しすっきりしました」
ちょっと空元気なような雰囲気はあったけれども、シャルロット嬢が何とか浮上したのでちょっと安心した。
何か、シャルロットちゃんのために出来ることはあるかな……。カテリーナ嬢か……。
とりあえずその日の帰り際、子分アランに、シャルロット嬢を守りたまえと命令を下したので、次の日からは魔法授業中も何か起こらないように見張ってくれるに違いない。
見張りの腕前については、親分、君を大いに認めているよ、アラン!









